天使は舞い降りた。<内面世界への旅立②>
お待たせしました。では、本編をお楽しみになってください。
神話は云う、"………神は愛が故に、汝ら人を造り賜いし"と………、
"………汝に愛が存すなら、夢々これを疑う事なかれ"と………、
そして神はこう宣す、"………愛は、全ての定めを超える"と……。
「えっ!?きゃああああぁぁぁ………。」サンダルフォンの権能で状況を観察しながら気を揉んでいたフリジアは、天眼で見ていた視点座標に空間転移して空中に放り出されてしまう。心の底から彼等を救いたいという気持ちに、アルマロスに封じられた神智が反応を示したみたいだ。
奇跡的偶然が重なった結果、予期せず聖鎧メタトロンの重囲結界を抜けてしまったのだ。地上から数百トワからの自由落下は、着陸するまでは大して時間はかからない。聖鎧の結界は、十重二十重の構造を有している。
認識阻害で鎧の装着者を感じられ無くしたり、認識置換で認識したモノを入れ替えるのを序の口に、空間遮断、空間歪曲などの権能をもつ。また一つの結界を破った所で、次の結界を破る間に再生を果してしまう。
事実上、人類に突破は不可能とさえ言われていた。でなければ、王太女を単独で宝物殿に立ち入らせたりはしない。これを、力付くで貫けるのは、雷神オルギウスが邪竜退治に使用した神槍アスカロンだけである。アスカロンは現在、天界の宝物殿に納められていた。
落下するフリジアの耳元で、"精霊の子が願う、精霊よ我が身を受け止め給え"と少年の声がして、風の精霊エアリアルが彼女の体をヤンワリと受け止めて地上にスッと降ろしてくれた。
少年少女達の隠れ家は谷間の急峻な斜面に開いた洞穴で、帝国兵は散開してこれを取り囲む。人海戦術に、さしものマナ法使い達も兵力差に味方を打ち減らされていた。洞穴は大して深くは無く、逃走しようにも、もう一つ河原に開いた出入口は既に炎で塞がれて洞窟内は煙りで燻されていた。
洞窟内に居た者達が気が付いた時には煙りで喉をやられマナ法の詠唱が出来ず、上の出入り口から飛び出せば待ち構えていた帝国兵の弓弩で蜂の巣にされる。洞穴の中の地面に伏せて何とか呼吸を整えた風マナ法使いが、洞窟内の空気を操作して煙りを排気して反撃をしたが劣勢には変わりなかった。少年達は、出入り口の周辺を確保して、雲霞の如く押し寄せる敵兵の攻撃に耐えていた。
今日のフリジアは、王太女だけに許された白い衣装を身に纏い、打ち掛けの様なローブの背中にエルファーナの国章が金糸で縫いとられたドレスを着ている。ハッキリと言えば、この山間部に似つかわしくない豪華さだ。その麗しいエルフの姫君が、帝国兵のド真ん中にフワリと降り立ったのである。
戦闘で、お互いに狭まった視野の中に鮮やかな麗人が入って来たら、その場に居た全ての人間に意識の空白が生じても理の当然という物であろう。フリジア自身も、余りの事に呆気に捉われていた。
"ごくっ………" 一同の強い視線が、フリジアだけに集中する。「エルフだ!こいつエルフだぞ!!!」一同の呆気を覚ましたのは、この一言だった。「エルフ、エルフだ……。」彼女の周辺から伝わり、やがて全軍に広まっていった。
「ありゃ〜、何だ!?」洞窟から、500トワ離れた地点の河原に司令部を置いて指揮をしていたガイアスは、突然舞い降りた白銀の美女を望遠鏡で確認して目を奪われていた。彼は、その美少女がエルフだと気が付き、全軍に彼女の確保を命じる。「捕まえろ!捕まえれば、報奨は思いのままだそ!!」
帝国が、このトリーア地域に深く足を踏み入れた理由の一つに、揃って美男美女で金髪碧眼が珍しいエルフを愛玩用奴隷商品とする目的がある。ここ何十年かは帝都の奴隷市場でも、人間と混血した土エルフでさえ一財産物なのに、彼等の目の前の美少女は生粋のエルフにしか見えない。
しかも、白い肌なのに金ではなく輝く銀髪だ!青じゃなく紫瞳だ!!希少過ぎる………、余りにも珍しい………。「悪さをするネズミどもの巣を片付ける詰まらない仕事だとは思っていたが、思わぬ拾い物をした。マナ法を封じて皇帝に献上すれば、俺は一国の主になる事も夢ではない。」ガイアスは、その軍人にあるまじき固肥りの腹を撫でて野心に目をギラつかせた。
この時期の帝国は、既にマナ法封じの方法を開発していたのである。それは、対象となるドルイドのマナを死なない程度に搾り尽くした後、首の後ろを切開して小さな木の実を植えるという手段だ。数日もすれば、中枢神経まで根を張って取り出し不能となる。体内の種は、そのまま休眠状態に入るが、マナ法を発動するとこの種子が育って宿主を苗床に木に成長する。
「この小僧っ子等が、大人しく制圧されればこいつを植え付けてやるのに、まあ、死ぬまで反抗をすれば、それはそれで仕方なく全滅させたという口実にはなるが…。」ガイアスとて、この地域の人間の憤懣を溜め込み過ぎるのは危険だと考えていた。
だから制圧後、反抗出来ない様に種子を植え付けて、身代金と引き換えに親元へ送り返す積もりだった。"しかし、さっきのクソ司祭に比べて奴等の方が随分とマシなんだがな…" 神もその教えも一切の宗教を信じず、異端者と決め付けられない程度に信仰に背を向けた野心家の彼は、出世と大酒と荒淫のみに生きていた。
先程、この教区の救世教司祭が神殿騎士団の護衛20名ほどを伴ってきて、異教徒を徹底的に調伏する様に口を出してきた。幸い戦闘開始となって、ここに居ては危ないと体良く追い返す。神の慈悲とか慈愛とか言う割に、異教徒に対しては徹底的な皆殺しを命じる司祭を彼は嫌悪していた。
司教の到来に腐っていたガイアスは、お宝エルフの降臨に全身が震えるほど喜んでいた。抑制の種子が彼の手元に有って、目の前に垂涎物のお宝エルフが居るのだから彼のやる事は一つしかない。「制圧だー!必ず傷一つ付けず身柄を確保して、皇帝陛下へ献上するぞ!」
ガイアスは、その美しいエルフを献上する前に自らの体の下に組み敷くか、皇帝の寵姫となった彼女が次代皇帝を産み落とせば立身出世の種になるから優しく接するかで悩んだ。彼にとっては、エルフの確保は規定の事実になりつつある。「町に残してきた、予備の2万も投入しろ!絶対に逃すな!」
帝国軍が一斉に鉾を返して一点に集中し始めたので、少年少女達はひと息吐けた。ボドワンは、その蜂蜜色の瞳に不思議な光を宿しながら銀色エルフを見つめている。
"キャー、キャーキャーキャー!!"フリジアは、この状況に内面でパニックを起こしていた。先程までは呆気に捉われていた空気が、急にギラギラと脂ぎった欲望の雰囲気に変わったのだから無理もない。お姫様だから外面はニコやかにして、見た目と違い内心は穏やかとは言い難い。
「大人しく、その武器を捨てて投降せよ!周囲は1万の軍勢が囲んでいる、マナの豊富なエルフとは言え、いつかは尽きてしまうぞ!」その一瞬の緊張を切ったのは、不幸な帝国の一兵長だった。また、小さな男の子の声で、"マクリルが望む、リルよ我が身を守護し給え"この気味の悪い声は、耳元ではなく頭の中に直接響いてくる。
「キャー!!」その瞬間、槍と盾を構えた5〜6名の兵士達を巻き上げる一陣の突風が吹く。25トワ〜30トワ程も巻き上げられた兵士達は、地面に叩きつけられて四肢が複雑に折れてあらぬ方に向いた。"キャーキャー、その武器って、その武器って、矢筒の無いただの弓だけだよ………(泣)"
"落ち着いて、僕は君が額にしているアルマロス。僕達神器には、それぞれに意思があるんだ。今、君に解る言語で喋れるのは、神智を司る僕だけだから…" 「そうなの?」 "他の子は、神代語に近いアルヴ古語までしか喋れない" 「さっきからの、リルやマクリルって何?」
"リルが精霊で、マクリールが精霊の子という意味だよ。それよりも、後ろから彼等が忍び寄って来るけど?" 「キャン、えっと、えっと、風の法術は……。」"あはっ、そんなの要らない。僕がアルヴ古語で精霊にお願いすれば良い"
「凄い!そんな事が出来るの?」"さっきから、やってるじゃんw 女の子の背後から近づこうとする奴はこうだ。フリジア手を打ち合わせて!" フリジアは、両手に集まっていた闇精ダクロンごと手を打ちダーク・スプラッシュと掛け声をだす。風精シルフィ達が、無数のダクロンと一緒に敵兵の下まで散る。
そして闇精が本性を現すと、そこに極小のブラック・ホールが発生した。フリジアの背後に忍び寄っていた100名程の兵士は、一瞬で影も形もなく特異点に喰われてしまう。「凄い、一瞬で居なくなっちゃった。何処に行ったの?」"彼等は、高重力に押し潰されてケシ粒以下になったんだ"
「重力って?」"リンゴは地面に落ちるよね?あれは地面とポムの間に引っ張る力が働いている証拠だよ。それが強いと、引っ張り力で物を潰してしまう。まだ強いと別次元まで飛ばしちゃうけど、さっきのは小さ過ぎてそこまでの力はない。小さく固めて、風で飛ばすだけ"「そう………、」
"何?自分を狙う人の死を、気にでもしているの?"「………少し………。」"フリジアってば、底抜けに優しいんだから、良い?神様だって、悪鬼羅刹は討ち亡ぼす。僕達は、それをする神器だからね。暴虐を犯す魂が、これ以上濁らない内に天に返すのも僕達の役割りなんだよ"「貴方が正しいのは、凄くよく分かるのだけど……、、、」
"それでも釈然としないんだね。皆んな君が優しいから好きなんだ、人を殺める事を当たり前と感じる様なら傍にも寄りたくないさ。それより、また来たよ"「お願い近寄らないで!また、貴方達を殺してしまう…。」「へっへへっ…、分かっているさ、何をやったのか知らんが、あんな大技を使えばもうマナが無いんだろ?だからそんな虚仮威しを言う!」
"んー、精霊魔法とかコイツら知らなさそう。全部、体内マナだけで発現した事だと思っている。正しく、フリジアのマナは僕達を維持する為だけに使われているんだけどなぁ〜。しゃーないフリジア、サンダルフォンでソイツらを黒焦げにして威してみれば?"
「サンダルフォン?弓が有っても、矢がないわよ。」"大丈夫、サンダルフォンは矢の要らない弓だから、その神器は雷精プルサーを集めて矢として打ち出す権能を持っている。" フリジアが見ると、サンダルフォンは何時にも増して青銀の輝きを放っている。
フリジアが、恐る恐る弓弦を引くとバチバチと音を立てて、弦と弓の間に青白い雷光の矢が生成される。"今だ、放て!"帝国兵は身を躱して避けようとするが、ホーミングして在らぬ角度で矢の軌道が曲がり敵兵を丸焦げにした。"神力でコーティングした矢だから、君が感電する恐れはない"
「お願い、私に近寄らないで!貴方達を、これ以上傷つけたくない!」フリジアの前方は雷光の矢、後方は突風でガードする。それでも彼等は諦めない。何故なら、「ちぃ、運の悪い野郎どもだぜ。もう少し、もっとマナを使わせろ!」このガイアスの言葉に代表される様に、エルフのマナが枯渇するタイミングを見計らっていた。
彼等の感覚からすれば、エルフは手に入りかけた極上の獲物である。こういう時の寄せ手は、目の前の豪華賞品が手に入らず焦りで目が血走ってギラギラとしていた。彼女が何かゴニョゴニョと独り言を言うと、木の弓を構え雷光の矢を天に向けて放つ。快晴だった空は、たちまち黒雲が広い範囲で湧いて蓋をしたように真っ暗になった。
"ヤバイ!" フリジアに援軍を出すべきかどうか悩んでいたボドワンは、直感的にこの天候の変化は大規模な法術の前兆だと理解した。「皆んな、直ぐに洞窟に隠れろ!」冷静沈着な彼の常にない態度に、入り口でフリジアの戦いを観戦していた面々は慌てて洞窟に飛び込む。
"ピシャ!ピカン!!ドゴーン!!ズゴゴゴ………!!!"今まで真っ暗だった辺りが光のみに覆われ、続いて地面が揺れるほど強烈な轟音が腹に響く。それが超ド級の雷なのだと気が付いた時には、天の底が抜けた様な豪雨になっていた。ボドワンは、洞窟の入り口で外の様子を窺おうとしたが、強い雨で一寸先は闇の様になっていた。
「離してくれ、あのエルフの娘がどうなったのか知りたい。」「離さない。今出て行った所でこの豪雨だ、足元が見えず思わぬ所で足を踏み外すのが落ち!」仲間の忠告に、ボドワンの頭は冷静になって行動を自重する。「ともかく、雨が弱くなったらあの娘を迎えに行く。」
"………神は大いなる怒り以て、彼の傲慢と堕落の都アロゴンとコルプを滅せりと啓示す。預言者は神の聖名を呼ばわり、「もし、その都市に5人の仁者あらばお鎮まりください。」「然り。」「然りと仰せあらば、其が4人では、」「然り。」「其が3人では、」「然り。」「其が2人では、」「然り、我は愛ゆえ、彼の者らが互いに愛を示すならば怒りを解こう。」預言者は拝礼し、神の寛大と忍耐を称えた……。
………神は預言者を遣わし、「滅びの時は来たれり、行いを悔い改めよ。汝ら神の愛を思い出し、互いに愛せよ。」斯く表す。人々は、愚かさ故に石もて預言者を追い払えり。已んぬる哉(=どうしようもない)、神の怒り満ちアロゴンとコルプの悉くを滅したもう。大いなる怒りの名、其はサンダルフォンと言えり。天は泣き、地を清めん………"
"チュチチ………、チチチチ………、チーチーチー、パタパタパタ………" 雷鳴の振動で発生した大雨は、黒雲がかき消えると共に去って行った。後に残ったのは、冷涼たる空気と焼け焦げて炭化した累々たる屍体の群れだった。そんな中で、ポッカリと浮かぶ大きな岩の上に天を仰ぎ瞳から涙を止めどなく溢れさせる少女の姿があった。
その一幅の絵にも例えられる在り様は千の言葉を物語っている様で、少女に声をかけるのが思わず躊躇われた。「ゴクリ……、あ、あの〜、これは貴女がしたのでしょうか?」彼は、生唾を飲み込み勇気を振り絞って少女に話し掛けた。
少女は瞳を下げて少年を見やると、「ええ、これが天地を揺るがし海を割る神器の権能……。」「貴女は、泣いているのですか?」「………そう、沢山の命が愚かさ故に失われたから………。」涙と雨に濡れそぼった少女は、小刻みに震えながら哀しげに肩を落とす。
もし、これだけの所業が可能な存在が悔いを感じないなら、それは神か悪魔かバケモノだと考え、心の距離を置いたかも知れない。だが少女は自らの行ないを恥じ、瞳にいっぱいの涙を浮かべて失われた命を憐れむ。それが、如何しようも無い結果だとしても、当たり前と見過ごしにはしない。
"可憐だ……、途轍もなく可憐だ………" 少年は、一瞬で恋に落ちてしまった。ボドワンとフリジア、この出会いが後の世のロレッタの礎となる事を、2人はまだ遠く知らない。
「君の名前を教えてくれる?」「……フリジア……」「フリジア、可愛い名前だ。」ボドワンは、雨に濡れたままの彼女を洞窟へ少し強引に連れ帰ると、服を着替えさせて事情を聴き始めた。「どうやって此処へ来たのです?」「分からない。貴方達が危ないと思った時には、いつの間にか空に投げ出されていた。」
「あの、帝国兵を消した力と雷を呼んだ力は何なのですか?」「消した力は精霊術、雷は神器に宿った雷精の力。」「精霊術や神器は古い昔の伝承にありますが、神器自体の能力は伝わっては居ません。出来れば詳しく教えて欲しくあります。」フリジアは、切株を利用した粗末な椅子を立つと、額と二の腕の紋を順に指差す。
「額の紋がアルマロス、左腕の内側のがサンダルフォン。神器に、特定の形は存在しない。今は、顕現した為に消費されるマナを抑える形になっている。」フリジアが左の手の平を上に向けると、その手に青銀の弓が顕現する。他の者には、古ぼけた木製の弓にしか見えない。
彼女が弓を構えて弦を引くと、バチバチと音を立てて白銀の雷光が矢の形をとった。それを、洞窟の出入口に向けてフリジアは放つ。「サンダルフォンの雷光の矢は必中、盾の陰になったとしても裏側まで伝わる。これは精霊術と同じ、精霊を集めてその力で能力を発揮している。自己が消費するマナは、神器を維持する物のみ。」
「それは凄い……。是非、僕達の力になって欲しい。」ボドワンが、ため息交じりに称賛して勧誘をすると、「ちょと良いか。」赤っぽい金髪の少年が手を挙げた。「仲間にする前に、確認したい事がある。なぜ、今頃助けに来た!」フリジアは意味が分からず、困惑顔で黙り込む。
「む、ヴィブ!フリジアさんも意図せずここに来た訳だし、僕達が全滅する前に間に合ったんだからそれは聞かなくて良いんじゃないのか?」「そうじゃない、アルモニカ戦役の時に、何故エルフは逃げて結界の奥に引っ込んだか聞いている。」「ほう、我ら誇り高きエルフが逃げたと?」
フリジアは、彼女の感情に雷精が反応しないように神器をしまうと、「だって、そうじゃないか!その力があれば、アルモリカだって負けなかった!!俺達が1000年も苦しまずに済んだんだ!!」「おい、ヴィブいい加減に止めろよ。」その場にいた、5〜6名のメンバーがヴィブリートの暴挙を押し留める為に服を引っ張る。
フリジアはスッと目を細めると、「其方が何故エルフを目の敵にするのかは知らぬが、アエドゥイ・カルヌテニは最初から離反し、ウェルネティは一当たりしてから族長は本拠に戻り、その後も櫛の歯を引く様に戦線に穴を開ける同盟と心中する気はせんと曾祖母の手記に有ったがな。
それと我れは王女、フリジア・エル・ピエレット・王太女として言うが、当時の女王の記録なら歴史で学んだ。我等は、世代交代の激しい其方等より正確に歴史を記録している。我等とて同胞をたんと拉致されて怒りを抱えていたのに、肝心の主軍がいい加減ではそれ以上の犠牲は出せぬよ。当時の女王の判断は正しかった。」
ボドワンは、少女がエルフの王女というのにも驚いたが、話ながら徐々にアルモリカ語が滑らかになって行くのにも驚いた。そして、怒りを瞬時に腹の底に沈めて気品溢れる気高さを前面に出す。これは、間違いなく王女様だと理解できた。周囲も呆気に捉われていたが、ヴィブを除き慌てて膝を突く。
「正しかった!?見捨てる事が、正しかったというのかお前らは!!」「うむ、女王としては他に選択のしようがない、犠牲が更に犠牲を呼ぶ事態を避ける為には致し方ない。」「犠牲になった者達の気持ちはどうなる!」「犠牲者なら、外にもたんと転がっておる。我も救おうと善処したが、自らを救おうとしない者は救えぬ。」
「ヴィブ、止めろ!抑えないか。」他のメンバーからも声が上がるが、「自分で如何にか出来ないから、何をされても文句も言えないって!」「うむ、アルモリカの事を言うのなら、幾ら我等に力有りしとて足手まといの烏合の集と一緒では戦いにならぬ。」
世の中、正しいと分かっては居ても、どうしても承服できない時がある。フリジアは、敢えて上品ながら相手の肺腑を抉る言葉使いを選んでいた。こういう時に、中途半端な同情は禁物だ。彼女が、誇り高き女王としての英才教育を受けた証拠でもある。
ヴィブには、彼なりにエルフに反感を持つだけの理由がある。"あんな力が有って、アルモリカの時さえキチンと奴等が戦ってさえいたら、あんな事には成らなかったんだ!"
ヴィブの生家は、代々祭祀の家系だ。彼の父母は、農繁期の始まりに村々を巡って畑に祝福を与え、収獲後に今年の実りを神に感謝し、来年の実りを祈って歌と舞いを奉納するのが仕事だった。ドルイドは支配階級とは言っても、地道な活動で人々の信頼を勝ち得ていただけで決して理不尽な存在では無かった。
この頃の帝国"皇帝"は、キャナル人に対して民族浄化政策を採っていた。元より悪辣な行為であるが、浄化策を推進する者が巧妙なのは、キャナルを激発させて鎮圧を名目にし議会の追求を躱してこれを進めた事である。
具体的に言おう、
・あるキャナル人家族の母と娘を父親の目の前で武力をチラつかせ無理矢理連れ去る。
・当然の様に、乱暴され孕まされて帰ってくる。そうして、大切な妻や娘達が悲惨な目に遭わされると男達は激発する。
・これを鎮圧する為に軍を出し、5歳未満の子供と女達以外は粛正される。
・かくて、キャナルの血は薄まり続け、民族浄化の意図が完遂される。
・議会には、現地人が反抗したので適切な鎮圧をしたと半分虚偽の報告をする。
これで皇帝は議会に追求されず、彼の邪悪な意図を成就させるのだ。
ヴィブの家も、これをやられた。キャナルの女は、そんなに弱くは無い。夫に子供達を託すと、彼等を守る為に涙を湛えながら笑顔で兵士に連れられていく。娘達も、家族を守る為に精一杯明るく振る舞う。男達は、涙を飲んでこれを見送った。そうして、帝国への怨嗟が降り積もっていく………。
だが………、ヴィブの場合は悪魔が鼻白む様な扱いを受けた。
5歳になったヴィブが、遊びから帰ってくると家には泥酔した奴等が居たのである。何時もは明るく"お帰り"を言ってくれる母が、5〜6人の兵士達の慰み者になって彼等の上になったり下に組み伏せられて、彼等は夢中になって腰を打ち付けていた。
1人が呻いて終わると、次がのし掛かる。「いっやー!あの子にだけは絶対に見せないで!!」「早く、こっちへ…、」父親がヴィブを引き寄せて抱き上げると、別の部屋に連れて行こうとする。「おっと、まてよオッサン。」終わった兵士の1人が、サーベルを振り翳して行く手を塞ぐ。
「コイツが帰って来てから、ガバガバだった女の具合が格段に良いんでな。ヒッヒヒヒ……、そう言う訳で坊主を連れて行かれると困るんだよ。」「お願いです、お願いです、この子だけは勘弁してください……。」「だーめだ。それを言うなら、もっと締めろってお前の女房に言えよ。ヒヘッヘッ………、」
兵士達は泥酔して、焦点の定まらなくなった濁った瞳で無慈悲な言葉を投げつける。「ほーら、お前の産まれて来た所を見たくないか?母ちゃんの穴をよー!」2人の兵士がヴィブの母親と激しく絡み合う場に、嫌がる彼が無理矢理連れられて来る。兵士の1人が体を退かすと、別の兵士2人掛かりで母の体が開かれた。
その行為が理解出来るほど成長はしていなかった少年は、最初は何がされているのか分からなかった。ただ、母が苦しめられているのだけは分かっていたので、「やーめーて!伯父さん達、母ちゃんを苦しめるのだけは止めておくれよぉ〜。」「へへっ…、坊主。いずれお前さんも同じ事をする時がくるんだ。せいぜい、俺達から勉強しとくんだぞ。」
「……ぜぃぜぃ……、貴方、子供達を頼みます…。」それだけを苦しげな息の下から懇願すると、母親は舌を思い切り出して噛み切った。残った舌と大量の血が気管を塞いで、母は喉を掻きむしって絶息をする。父は、膝から崩折れる。ヴィブは、視界が真っ赤に染まるのを目を開いて呆然と眺めた。
「オホーッ!こりゃ具合が良いぜ。あっという間にくたばっちまったがな。」母の体はグニャリとして、もうあの優しい声を聞く事が出来ないのは分かった。苦しむ死に方としては、絶息が1、2を争うだろう。女房が苦悶の表情で死んだのは、自分が守り切れなかったからだ。
ここまでしても、兵士達は余裕だ。何故なら、父親が僅かでも反抗を示せば、この一帯の村落を上げて粛正の嵐が吹くので逆らえないと思うからだ。彼等はその愚かさ故に、父親の怒りの量を見誤った。彼は、幽鬼の様にスッと立つとヴィブを窓から放り出して、「いけ!お前は生きろ。」その言葉だけ残して、兵士達に向く。
ドルイドである父親の首筋には、抑制の種子が埋め込まれている。成人に達する前に、彼等彼女等は抑制因子を埋められる。だから反抗を指揮するこの洞窟のメンバーは、7〜12歳位の年齢の者が多い。誰もが若くして、親から離れて帝国への怒りに胸を燃やす。
父親は兵士に向き直ると、「ブツブツブツ……、お前らの血は何色だ………。」「は!?オッサン、壊れたか?血は赤いに決まってんだろ。」「いいや、お前らの血は、悪魔と同じ青黒いに決まっている!」「ヘッヘへ……、だから如何したよ?え、俺達に逆らうと、この辺りに虐殺の嵐が吹くよ〜ん。ベロベロバー、プルプルプル……。」
そう、1人の兵士がフザケルと、他の兵士が爆笑をする。父は、ニッコリと笑い口を大きく開けて轟音と共に火炎を吐いた。"ギギギ……、ブチ!メリメリメリ"皮膚を突き破って抑制の種子が成長を始め、父は烈火の如く燃え上がり兵士達を余さず焼き殺す。そして、自らも生えた木と共に家は灰燼に帰した………。
全てが火焔の中に沈んだお陰で、父親の叛意も帝国兵の暴虐も全ては跡形もなく消えてしまった。ヴィブの中に、紅蓮の焔を残してだが………。
他の弟妹達は、父母と共にあの世に旅立った。残されたのは、ヴィブだけ。どうせなら、あの時一緒に連れて行って欲しかった。なぜ、生き残ったのか考えて、いつか帝国に行って同じく平和な家庭を紅蓮の焔に沈める為とヴィブは固く信じる様になる。
ともかく彼にとって、この悲劇の原因すべてが呪わしかった。その原因の一端、エルフが目の前にいる。ヴィブは、スラリと腰の物を抜いて構える。「ヴィブ!それだけはダメだ!」周りから、怒号の様な悲鳴が湧き上がった。
「ほぅ!小心者よな。我を切りたいか?我も、我等の誇りを疑われるは本意ではない。切りたいなら切れ!エルフの誇りにかけて受けて進ぜよう。」フリジアは、啖呵を切りながらヴィブに首を差し出す。
「ワァァァァ………、切るぞ!本当に切るぞ!」「早く切れい!我等エルフは、誇りの為なら死をも恐れぬ。アルモリカを去ったは、共に語るに足りぬお主等の情け無さ故じゃ!」ヴィブの精神年齢は、あの悲劇の日、5歳で止まっていた………。
ヴィブがサーベルを大上段に振りかぶって、「ワァァァァ〜〜〜!」掛け声と共に振り下ろす!!!
結局、リーヌの裁判模様の予定は先が伸びそうです。神話のナレーターは、ピサロ君でした。ガイアス君は、フリジアのサンダーレインで炭になりました。またも捨てキャラが増えたけどリサイクルがしたいなー。
※メーヌ編は間延びして副題に内容が合わなくなったので、改称して別話で書きます。クリス編3部作『舞うが如く』以下みたいに、底流で進めるべきだと考えを変えました。
設定資料の書き込みは、時代考証で手間取ってしまったので黎明期編が終わったら改めて書く積もりです。では、次回も、だいたい1週間〜10日ペースでリリースします。余裕なら、先行リリースとなります。




