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闇からの囁き。<内面世界への旅立①>



今回は、アイテシア建国前夜の話に入ります。では、お楽しみになってください。

 


 カレンはスカートを摘むと、真っ暗闇の中で螺旋階段を一段、また一段と意識の奥底へ降って行く。


 階段を下り切って前に踏み出すと、周りの景色がパーッと展けて(ひらけて)屋外へと移り変わる。雲が一つもない麗らかな晴れ間が続いて、遠くに雪山が白く輝き、足元は広い丘で緑の草原に囲まれていた。


 辺りは季節感など関係なく、花壇には春の花から冬咲きのバラまで、遠くの果樹もリンゴ(ポム)オレンジ(オランゲ)木苺(フランボワーズ)、季節の限られたスモモ(ミラベル)まで雑多な果実が生って(なって)いる。


 色とりどりの花々が咲き乱れる中を、蝶々や昆虫達が忙しく(せわしく)飛び回り、小鳥のさえずりが周囲から聞こえてくる。そよ風が心地よく、不思議と寒さも暑さも感じない。


 丘の上に、カレンを呼んだ者の姿があった。そちらへ行きたいと考えて、一歩踏み出せば次の瞬間には目的地にたどり着いている。


「これはこれはカレン様、本来なら私めが参上する所ですが、お呼び立てして申し訳ない。このワインを飲ませて差し上げたくて、デキャンタージュしていたモノですので…。」


 ピエロ帽(シャポー)を被ったソレは、ギザギザ帽子の八方に付けた鈴を鳴らして丁寧なお辞儀をした。その男らしき者が、赤ワイン(ヴィン・ルージュ)のボトルに空気含ませ器(ポアラー)を装着して、長いガラス製のネックが美しいクリスタルガラス瓶に移し替えが終わった所だ。


 彼はポアラーを外すとシゲシゲと見つめ、「貴女の前世には、随分と便利な物があるのですね。こっちでも、商品化したら如何ですか?」「長い時を眠ったワインを目覚めさせるのにも、若いワインを花開かせる(キャラファージュ)のにも向いていますしね。考えて置きます。」


 ピエロが腕を振り指をパチンと鳴らせば、革張りの趣味が良い応接セットが現れて、カレンはピエロに勧めらるまま長椅子に身を沈めた。足が長くボディに膨らみのあるグラスを低いテーブルの上に置き、デカンタのワインが静かに注がれる。


「クイズはお好きですか?良ければ、そのワインの銘柄を当てて見てください。」イタズラ気に、彼は問いかけてくる。カレンは、グラスの長い足を持って、太陽に透かして見た。「そうですね。一般的赤葡萄(カベルネ)の暗紅色に比べて軽い紅で、この微かなミントとベリーの繊細にして優美な香り(アロマ)は……、」


 彼女はグラスをユックリと燻らし(くゆらし)ワインの香りを楽しむと、ガラスに付いた液体の跡を見て一口ワインを含み、「色からフレッシュワインと思わせて、グラスの内面器肌に残る濃厚な跡を見ると年代物ですわ。この渋味よりも立つ爽やかな酸味は、ピノ・ノアール。最近では、フランス以外でもピノは栽培されていますが、年代物となると原産国のフランス産です。」


 ピエロが訝し気に目を細めた所をカレンが続けて、「ピノは果皮が薄く管理にデリケートさが要求される葡萄ですから、年代物ならブルゴーニュ辺りの生産者(ドメーヌ)で…、」しばし考え込みグラスに目をやってポンと手を打ち、「このグラスとデカンタは、バカラ製ですか?」「ええ、そうですお嬢様。」


 ピエロは、フーンと値踏みする様にカレンを見据えると、「最近は、この呼ばれ方に違和感を感じない様ですね。」と、ニヤリとして独り語ちる。そのデカンタは、柔らかな透明感でボディーに格子状の切れ込みが入っていて表面がデコボコになる様にデザインされている。


 この世界でもベーメン公国からバンベルクを経由して、ガラス原料の良質な珪砂が入ってくるので、うちの商品の炭酸ナトリウムと交易路のロレーヌでバカラグラスが出来ると良いなと彼女は思った。前世では、バカラ村産のガラス器は独特の風合いが有り、王のガラス器として世界でも有名だ。


「なるほど、そう言う趣向ですか、答えはロマネ村のコンティさんですわ。」「何故、その様に思われたのですか?」


「グラスもデカンタも王様のガラス器ですから、入っているワインも王様のワイン=ロマネ・コンティと思った訳です。」「ご名答。前世で貴方が生まれたのと同じブルゴーニュの当たり年、1971年物のワインとなります。」「当たり年ですか?それで、産地の場所にしては、よりベリー味が豊潤なのですね。」


「出来れば、貴女様がお好みの白ワインをサービスしたかったのですが、グラン・クリュ以上の品質でも50年経てば飲み頃を過ぎてしまいます。前世と今世を入れてカレン様は、50になられますので生年のワインを提供する趣向でした。」「なるほど、それで比較的サッパリした味わいのピノ系赤ワインにしたのですね。」


 今度はカレンがピエロをマジマジと観察して、「私を呼び出したのは、美味しいワインを提供する為だけではないのでしょう?」


 顔を見れば上の半分は、仮面舞踏会(マスカラード)でするような全体的には黄色いマスクをして、下半分は地肌に赤いドーランを塗り唇は青い化粧がしてある。身体は、ピチッとした緑のストライプスーツをスマートに着こなし、袖や襟元からはシャツのレースがはみ出していた。


「この仮面は、身体の一部になっておりまして、取り外せませんので予めご了承をお願い致します。これは申し遅れました、私はこういう者です。」ソレは、懐のカードケースから1枚の名刺を取り出すとカレンにオーバーアクションで渡してきた。大仰な仕草と言い、身形りと言い、雰囲気全般が如何にも怪しげである。


「祝福支援(サポート)人?」「はい、何せ我が主神(しゅじん)の祝福を受け賜う(たもう)た方は600年ぶりでして、その術法も遠く忘れさられ、為に私めが祝福を受けられた貴女様をサポートする必要があるのです。名前は、道化者(クロウン)とでもお呼びください。」


「見たままの名前じゃないですか、私をからかっているのですか?」「いえいえ、飛んでもない。クロウンで悪ければ、ピサロでも構いません。私の名前が安易なのは、祝福に付随して貴女様の深層心理に入った人工知能的な者だからです。」


「はぁ〜、ピサロって、ピエロの捩り(もじり)じゃないの?安易ねー。私が話しかけるよりも先に一方的に喋るし、丁寧な態度に見えて随分と無礼ですよね。」「それは、済みませんでした。なにせ喋るのは4年ぶりで緊張しまして、その前がフリジア様の600年前になりますのでハイ。」ピサロは緊張した風もなく、余裕でカレンに対応した。


「その600年前のフリジアさんて、我が家のご先祖様の?」「ご明察の通りに御座います。」彼は胸に右手を当てると左を広げて腰を曲げ、丁寧な態度で彼女の言葉を肯定するが、どこかで軽く見ている雰囲気がプンプンとしていた。「アイテシアの正史には余り出て来ないと、クレモンさんが不思議がって居りましたもの。」


「貴女様は、この国の創生に疑問を抱かないので?いかにグザヴィエ英雄王(ロイ・ヘロイック)が発想に長け民を統べる力があろうと、如何なボドワン智慧公(ル・サジェス)の神算鬼謀に拠ろうとも、そもそもの弱小な戦力で強大な帝国を一代でこの国から追い出そうなんて可能と思われますか?」


「思わないでも無いけど、それとフリジア様に何の関係が御座いますの?」「有りますとも、フリジア様あってのアイテシア建国であり、同時にロレッタ家がリュイン家と、北と南に(たもと)別って(わかって)建国した原因でも有ります。」


「それは、初耳ですわね。」カレンが少し困った風に小首を傾げると、ピサロは満足そうに笑みを深めた。「それでは、お教えしましょう。この国の隠された真実の歴史を、フリジア様の記憶からご覧になられてください。」「まって!リーヌの兄妹達に美味しい物を作らないと、ロゼリーさんの病気の治療だって算段して皆んなに指示を出して置かないといけませんわ。」


「それなら、ご懸念に及ばないかと…。ここは貴女様の意識の奥底である心象世界、実世界とは時間の経過にズレが御座います。こちらの4日が、あちらの1時間程になりますよ。それに、先程のクイズの賞品としてロゼリーの病魔は吸収して御座います。私は、強い望みなら貴女様の力を使う事が出来るのです。」


「そうですか…、そう言えば、私の前世に随分とお詳しい様子でしたよね。」「なんせ、カレン様からのお呼び出しがトンと無かったもので、暇で貴女の記憶から異世界の様子を窺せて頂いていたのですよ。私共には、世界を超える事は出来ませんですし、興味の尽きぬ珍しい光景でした。」


 ピサロは不敵に笑いながら、「貴女の望みは、純粋で美しい。誰でも心の中で憎む人間の1人や2人位は殺しているが、貴女の心根はこの風景が物語っている様に純真無垢だ。しかし、それを愚かさ故に理解しないのが人間という醜悪な生き物。憐れみ甘やかす事が、どれほど人を醜くさせるか、人間がどれだけ赤黒い腹わたを持っているかを貴女は知らなければならない。」


 カレンは、少し鼻白んだ表情をして、「あ、そりゃどうもお世話様、ありがとう御座います。」と、どこか抜けた返事をした。



 …


 ………


 ………………



【アイテシア建国前/エルファーナ王国ラナチュール宮小謁見室】


 先触れの花の乙女達がハミングで女王の到来を告げ、緋色のカーペットが敷かれた道に色とりどりの鮮やかな花が撒かれると、たちまち辺りはその香りに包まれた。


 儀典官が高らかに、「エルファーナ王国の主、第82代女王フィーヌ・エル・ピエレット・アルチェッセール陛下ご入来(にゅうらい)!皆の者、静粛にし(こうべ)を垂れよ。」と宣し、一同は片膝を突き頭を低くして女王を待つ中、身長の5倍はあろうかと言う絹の光沢があるローブを引いて女王陛下が粛々と進む。


 儀典長に王笏(おうしゃく)と冠を渡し、女官にローブを持たせると、女王は金色の玉座に腰を落ち着けた。「一同の者、面を上げよ!」気迫に満ちた王者の声にフリジアは顔を上げ母王の前に進み出て、「萬世普遍にして光輝溢る恵みを垂るる女王陛下に、拝謁の栄を賜らん事を乞い願い奉ります。」「よい、許す。」


「我が母フィーヌ陛下、本日もご機嫌麗しゅう。」「我が娘フリジア王太女よ、其方(そなた)もな。」王位継承順に、次々と宮殿に住まう王族達が挨拶をする。


「フレジア、明日はいよいよ30歳になり成人を迎える。其方も女王の位を引き継ぐのだから、シッカリと気を引き締めて掛かるように。」「畏まりました、フィーヌお母様。あ、陛下。」それは神に愛されし民、エルフ族の国エルファーナと呼ばれ、人口10万が暮らす平和な王国だった。


「まったく、この娘は仕方がない。幸いな事に、容姿にコンプレックスを抱かず屈託なく育った事は神に感謝しなければならんが、今ひとつ礼儀に欠ける所に難が有る。光輝満つる我等(ブランシュ)エルフの次期女王たる其方が、土エルフと同じ容姿に生まれた事を快く思わない者も宮廷には大勢いると思え。其方、揚げ足だけは取られまいよ。」


「陛下、土エルフは蔑称です。(ソンブル)エルフとか、せめて(ノワール)エルフが妥当かと………、」「フリジア殿下、陛下に真っ向ご意見なさるのは、いかな王太女とはいえ不敬かと存じます。」「よいよい、フリジアの情け深き優しさは紛う事なく我ら陽光(ソレイユ)エルフのモノ。じゃが余り情けをかけ過ぎて、次期女王たる身が軽んじられる事のない様にな。」


「承知しました、おかあ…陛下。」「ふふふっ…、フリジアは真っこと愛らしや。まだ我もフリジアを産んで100年に満たず、あと2〜300年は王座にあろう。フリジアは、ゆるゆると女王たるに相応わしくなれば良い。」「御意に!」


「では、()がりゃ。」小謁見室に退室を促す妙なるハーモニーが響いて、フリジアはトンと膝を突き深くお辞儀をしてそのまま背中を見せず後ろへ下がる。フリジアが忙しい母親に朝の挨拶をし、二、三の言葉が交されるのは、彼女の物心が付いてから毎朝の行事だった。


 "神の精霊力が生み出した自然界のマナの凝集した姿がシルフィなどの精霊(リル)ですが、その影響を強く受けた人種の一つがエルフ(マクリール)(=リルの子)なのです。フリジア様は、エルフの王族であるハイエルフの出身で、王太女であらせられました"ピサロが、フリジアの記憶と一体になりつつあるカレンに語りかけた。もちろん、過去の記憶であるフリジアが応える事はない。


 白エルフの容姿は、金髪碧眼であった。(まれ)に、フリジアみたいな容姿で産まれる事もある。金髪が白っぽいシルバーブロンドや、落ち着いたダークブロンド、紅が混じるピンクブロンドや、明るいハニーブロンドの違いがあり、瞳の色も濃淡の個人差があっても白エルフの共通の姿だ。


 "フリジア様の鏡のように映り込む髪は、他のハイエルフと同じでしたが、白エルフなら当たり前の金ではなく銀髪でした。それは当時、犯罪人種と言われた黒エルフと同じモノです" "黒エルフは、そんなに悪い事をしたの?" "3000年前に、支配階級である白エルフに対して反乱を起こしたのです"


 "!!!…、そんな昔の罪で?" "仕方ありません。彼等の寿命からすると、ハイエルフで約1000年、ダークエルフで2〜300年というスパンで見ますから、当時の判決は5000年の種族抑留でした。と言っても、魂にマナ法を抑制する刻印が刻まれて肩に焼き印が押されるだけです。基本的扱いは、反乱以前と変わりません"


 フリジアは自室に下がると、「ただいまシャノン、変わった事は無かった?ピノもピコにも、ただいま!」「お帰り〜。」「おはえり〜、ハムハム…。」「あー、またピノの奴!つまみ食いをしてる。ズッコイ!」「だって、この蜂蜜菓子サイコーだもん。」


 ピノとピコは風精霊のシルフィで、よくフリジアの部屋に来ては遊んで行く。この時代のシルフィは、エルフの影響も有ってか自我が強く実体もハッキリとしていた。「お帰りなさいませ。王配殿下から、昼食のお誘いが有りました。参加されるとなると、統治論に付いての講義予定がズレそうなので宰相(メリザンデ)閣下にご連絡を差し上げましょうか?」


「お父様が?行く行く! 宰相(おばあさま)も一緒にどうかと伝えてください。」ここの所、連日の成人記念式典のリハーサルで、精神的にホトホト疲れ果てていたフリジアは父親の誘いに歓喜した。「畏まりました。」エルファーナでは、新女王が立つと前女王は国政を補佐する宰相の地位に下る事が慣例になっていた。宰相の重要な仕事が、次代を担う王太女の教育である。


 フリジアは姿見の前で、色んな角度から顔を映してみる。"このフリジアの姿って、耳の形が違う以外はお母様(ミラベル)そっくり!?" カレンは思わず驚く。"ロレッタ家の始祖だと思っていたら、ミラベルの実家のモンテローザ=モントイユ家にもフリジア様の血脈が流れている? "その辺りは推測に成りますが、後に理由らしき物が出て来ます"


「フリジア様、お綺麗ですよ。」「そう?貴女の髪の色も輝いて、とっても美しく見えるわ。」「そんなぁ〜、王太女様と同じ銀色ですのに、ご謙遜になって居りませんわ。」「私は、シャノンの肌の色との対比を言うのです。黒曜石の様な輝きのある黒い肌と、銀の艶やかな髪色があっていますわよ。」


 シャノンは、フリジアの侍女であり乳母の娘で彼女とは乳姉妹(ちしまい)の間柄だ。王太女の乳母と言えば白エルフから選ぶのが常識なのだが、フリジアの容姿が災いして乳母のなり手がない。女王の公務の傍ら新生児の世話を焼く訳にもいかず、仕方なくフィーヌの異例の決断で黒エルフから乳母が選ばれたのだ。


 ハイエルフは長命な代わりに、子供に恵まれる確率が低い。乳母を探すのも一苦労なのだが、王女の乳母が黒エルフでは体裁が悪いと、議会=白エルフ達からクレームが付いた。フィーヌ女王は、自分が困っている時は無視をしておき、クレームがある時だけ騒ぎ立てる白エルフ達に激怒した。


 議場は女王の軍隊によって閉鎖され、20年間は猫の子1匹たりとも出入りを禁じると宣言したのだ。出産直後の神経質になった女性を怒らすと、後が恐いのは何処(いずく)も同じだ。更に、屋根のある場所でも、同じく会議を開く事を禁じる。これにより、議会と女王の関係は最悪になった。


 この状況に胸を痛めた前の(さきの)女王メリザンデは、「今まで議会が執り行って来た政務が滞り、陛下の政務も膨大になると思し召せ。」「承知の上です。煩わしい議会の代わりに、私が認めた大臣や政務官を増やしましょう。」と言えばニベもないが、そこは交渉事、結果は議会を開くのなら女王の息のかかった議員を受け入れるという形で決着をみた。


 女王の絶対王権は実際的には四方神器に依存しており、風と光の白エルフよりか、強力な闇マナ法が使える黒エルフからの保護が前提にある。黒エルフを従えていられるのも、全ては四神器と女王のおかげであった。


 聖なる信仰を守護する四方神の権能を有した、慈悲の聖剣ジュワユーズ・必中の聖弓サンダルフォン・浄化の聖鎧(せいがい)メタトロン・叡智(えいち)聖珠(せいじゅ)アルマロス。それぞれ、東西南北に対応している。メタトロンの権能により守られし地下宝物殿に、四方神器は納められていた。


 翌日、フリジアの成人の儀は滞りなく行われ、マナの発現は何く(いずく)の神の祝福を受けたか確かめられた。エルファーナは、アイテシアと比べ物にならないくらい平和が故に、焦って祝福を確認する必要はない。


 人間とエルフの成長速度は5〜6歳位まで一緒だが、その後急激に差が開いて人間の成人15歳の時にエルフは丁度倍の30歳になり、5〜60歳で成長し切ると外見は変わらなくなる。


 エルフは概してマナの量が豊富で、後数年という所まで死に近付かなければ老いはなく美しい容姿をしていた。同じ人種でも特徴の違いで、長命なハイエルフは生命力容量(マナプール)も人間より膨大な物になる。


 為に彼等は、光と風の2つの祝福が普通だった。偶に、火や水の祝福が混じる事もあるが、基本の風は必ず発現する。黒エルフは、闇と親和性の高い土の祝福の時が多い。


 フリジアは、風と闇の発現で強力なマナ法が使えた。その事を祝し、盛大にして絢爛豪華な祝賀会が開かれる。1週間に及ぶ国中を挙げたお祭り騒ぎに、主役であるはずの彼女はその煌びやかさに目を回してしまった。


「フリジア、愛いやつめ。」女王にとってフリジアは待望の初子(ういご)であり一粒種。乳母がなかなか決まらなかった時に、政務の傍ら母乳をやって2〜3時間毎の世話を侍女の手を借りながらでも自ら行ったのだ。愛しさも、一入(ひとしお)だろう。


 だが次期女王として、優しく慈悲深いだけでは救えない者もいると言う事を我が子に教え無ければならなかった。「宰相、王太女に人の冷酷さ凄惨さを学ばせてやって欲しい。人間とは、救い難き生き物よ。」「承知致しました、我が陛下。次代の女王に、必要な教育を施します。」


 成人の儀を済ませて、数日後………。


 フリジアとメリザンデは、ラナチュール宮の地下50トワ(約100m)地点にある、地下宝物殿の前に来ていた。「お祖母様、ここに来るまで一瞬でしたが、アレは瞬間移動のマナ法陣だったのですか?」「しっ、注意した様に、宝物殿に入るまで今少し静かに。」


 そこは通路の両脇に、12体の神像が飾られ木の根に覆われた奇妙な場所であった。メリザンデが壁に触れると、壁がフッと消えて通路が現れたので、その原理の解らない精巧な仕組みにフリジアは驚いてしまった。


 そうして2人で入り口を潜り抜け、宝物殿の奥に来ると、やっとメリザンデから口を開いた。「ここに来る事が出来るのは、歴代女王と王太女だけです。あのマナ法陣は、事前にマナのタイプを登録した者だけですけど、宝物殿の外は神像を模したガーディアンが守って居ますから反応しない様に静謐を保つ必要があったのです。」


 メリザンデとフリジアだけの時は、普通に祖母と孫の話し口に戻っている。「あの、精巧な壁の仕掛けは?」「聖鎧メタトロンの権能の一つ、重囲結界を開いたのです。重囲結界の中は、メタトロンが灰燼に帰さない限り何人も空間操作で侵入できません。」


 メリザンデは宝物殿の中央に有った、どこか人の形をした柱に向かい額突くと祝詞を上げ始めた。「何を為さって居るのですか?」「この柱は、聖樹の根で出来ていて、代々の女王は死期を悟るとこの柱と一体になるのです。自然から産まれたモノは、自然に還るのが我等エルフの定めなのですよ。そうして、聖樹と共に新しき生を永らえる。」


「そうなんですね、私も拝礼しなければ行けませんわ。」「貴女に教えなかったのは、王家の墓所を明らかにしたく無かったからです。理由は、おいおい分かるでしょう。私の母、貴女のひいお祖母様が、貴女と会えて喜ばれていますよ。」メリザンデはそう言うと、愛おしげにその柱に埋もれようとしていた人形(ひとがた)の顔を撫でた。


 天井にあたる部分から、キラキラとした金色の光が降り注いでくる。「フリジアが拝礼するので、ご先祖様が皆んな喜ばれて居るようです。この場所は、マナで満ちて居ます。それは、聖樹とラナチュールの樹々のマナであり、代々の女王のマナでも有ります。四方神器が現界に留まっていられるのも、この豊富なマナのお陰です。」


 メリザンデは、手に持ったハープで妙なる調べを奏でながら天に向かって呼ばわる。「聖弓サンダルフォンよ、聖珠アルマロスよ、その御姿を現し給え…。」サンダルフォンもアルマロスも、ユックリと天から降ってくる。


 フリジアが見る聖弓は、ただの古びた木の弓で鉄と貼り合わせたコンポジットでもない。アルマロスに至っては、燻んだ玉の連なりで、とても貴重な物には見えなかった。「ふふ…、ご大層な名前の割に価値がなさそうでガッカリしたと顔に書いて有りますよ。」


「いえいえ、大切な物なんですから…。」フリジアの顔には、慌てて隠しても落胆の残滓が残っていた。「良いのですよ。私も最初見た時は、貴女と同じ様に考えましたから、懐かしくて思わず笑いが溢れてしまいました。」


 祖母は、柔和な笑みを浮かべていたが、顔を引き締めて孫娘に神器を渡した。「四方神器というのは、扱う人のレベルに合わせた姿を取ります。これが、取るに足りない姿なら、貴女が神器に見合わない人と言えるでしょう。神器が、主と認めた時には真の姿を現わにすると伝わっています。」


「伝わっているとは?お祖母様でも、まだまだという事ですか?」「ええ、その通りよ。私は、サンダルフォンで言えば、青白い本体が見れただけ。本当の姿に成ったら、放った矢が雷撃に変わると伝わっているわね。」歴代の女王でも、神器の真の姿を拝んだ人は限られていた。メリザンデもフィーヌも、真の姿を見た事はない。


「初めての貴女の力では、サンダルフォンで10里眼ができる程度。この神の叡智が詰まったアルマロスの補正が有って、やっと千里眼が使える。」メリザンデが真剣な表情で、孫娘に人間の業を教えようとしていた。


「これから見る世界は貴女の常識が通じない所、人間の冷酷さ醜さの世界です。何故、私達エルフが人間達から姿を隠したのか、結界を張ってこのエルファーナの地に籠らなければならなかったのか、エルフを正しく導く為に全てを知って置く必要が有るのです………。」



 …


 ………


 ………………



 ………………………そうして、彼女は目撃してしまった………。


 見た、見てしまったのだ。自分が如何に美しい世界に生まれ落ちてしまったのかを、人間が人間にどれほど残忍な行いが出来るのかを………。


 彼女は泣いた。彼等の余りに哀れな姿に、自分が無力で有る事に、無知の幸せが恨めしく思える程に泣き崩れて、吐いて、吐いて、胃が裏返る程に吐いて、病人の様になり、その日から7日7晩を寝込んでしまった。


「あの娘は、耐え切れるのだろうか……。」フィーヌが、宰相に尋ねた。「私でも、3日3晩寝込みました。あの娘は、エルフでも特別に気の優しい娘ですからこの試練に耐えられるか如何か………。」「耐え切って、神器を自分の物として扱えねば困る。」


 それから半月後、フリジアはどこか影が差す表情をしたがフィーヌへの朝の挨拶を行う様になり、3か月後には恐る恐るだが神器を扱う練習を始める。彼女は彼女なりに、女王への階段を必死に登り始めた。人間は、泣けない時が1番辛いという。泣く事で溜めていたモノを吐き出して、前向きな気持ちを取り戻したのかも知れない。


 フリジアは、神器に慣れて遠くまで見通す事で希望を探そうと努めた。その時は、意外に早く訪れる事になる。確かにそれは、汚れ切った世界には有るかないかの微かな希望だった。


 フリジアが知り得たのは暴虐を為す帝国、それに反抗するは100人に満たない本当に若い若者達の抵抗。手を束ねる(つかねる)しか無い彼女、か細い希望の火が消えない様に一所懸命に祈った。"頑張れー、頑張ってお願い!"それは、外界の汚れを知るという、女王達の望みとは違うモノだった。


 フリジアの表情が、明るく希望に満ちて輝きだした事を女王も宰相も喜んだ。彼女は人が変わった様に毎日、終日宝物殿に通って神器を扱う練習を欠かさない様になっていた。


 そうして半年が過ぎた頃、何時もの様に義賊の如くカッコイイ若者達の集団に見とれていた。特にこの、蜂蜜色の瞳に黒っぽい髪で風采の上がらなそうな少年の動きが気になった。戦いの先頭に立ってテキパキと指示を行い、逃げ惑う人々を隠れ家に匿っていた。


 毎日サンダルフォンやアルマロスを使った所為か、木目だったサンダルフォンの地肌がクリスタルの青に変わり、茶色の燻んだ玉の数珠が澄んだ赤から青になり皮の紐で額にかけるアミュレットに変わっていた。サンダルフォンの権能が、【千里眼】から【天眼】に進化した


 そんなある日、若者達は本拠の包囲殲滅攻撃を受けていた。「おい、そっちはまだマナがあるか?」「こっちは、もう無い。くそっ、ダメだ。帝国の奴ら、少なくともコッチの10倍は居るぜ。」「奴等、コッチを皆殺しにして、ぺんぺん草一本生えない様にする積もりらしい。」


 1人、また1人と打ち減らされて、いよいよマナが尽きかけた頃、誰かが神に救いの祈りを始め、周りに伝播して一同の祈りとなった時………、


 それは、窮地に陥る若者達の祈りが天に通じたのか、それとも傍観者の祈りか、フリジアの闇マナ法の素養か、四方神器の権能か、多分、そのどれもが重なった結果だろう、あり得ない事に聖鎧の結界を抜いて、天使のように美しい少女が空間転移して彼等の目の前に降り立った。





 そして、運命の歯車が回り始める………。






カレンは公爵子ですが、実は生粋の王の血筋です。ワイン談議など、ストーリーとは関係のない余計な話を挟みましたが、王侯貴族の雰囲気を盛り上げる為に入れました。どうか、ご理解の程を宜しくお願いします。


「太陽の光」を指して、lumière du soleil(=リュミエール ドゥ ソレイユ)と言いますが、普段使いには少しくどい言い回しになります。私達が「陽光」と使う様に、le soleil(=ル ソレイユ)と表します。本作での白エルフ達は、光輝溢れる種族という意味でソレイユ・エルフと自称します。



次回以降2〜3話を挟んで、リーヌの裁判編も書きますので暫しお待ちください。黎明期編の予定の山場は、その後です。今はだいたい、1週間〜10日ペースでリリースをする積もりです。


'21-12/22 カベルネが一般的赤ワインに使われていると書いて居ますが、一般的な物として他にもメルローなどが有名です。メルローの親株がカベルネなんで、カベルネ系と理解して下さい。カベルネが、暗紅色なのは変わりません。メルローは、僅かに明るい紅が入ります。とても明るい紅は、果皮の薄いピノ・ノワールの特徴です。


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