メノルカを襲う怪物(=アルカバラ)。
今回は、危うく落とす所でした。説明の長い回ですが、どうぞお付き合いください。では、お楽しみに!
「お父様、例の件の交渉は上手くいきました?」対決の日から1ヶ月あまり、初夏には早い晩春の爽やかな空気が流れる朝食の席で、カレンはフォンタナとの首尾を聞いてみる。「領地の意見はこれから調整する様だが、首都邸の方は取り込めそうだ。」
「それは、重畳でございます。」カレンは澄まして、自分の皿の中の濃厚なグリンピースのポタージュに黒パンを一欠片ひたして口にした。ライ麦の全粒粉が主原料の黒パンは、滋味に溢れていて彼女の最近のマイブームなのだ。
当たり前だが、フスマを多く混ぜたボソボソする食感の粗悪な黒パンは美味しくはない。望めば、毎食でも白パンが食べれるお嬢様が好む黒パンだ。大体、全粒粉パンが一概に不味かったら、カレンの1番のお気に入り、パン・ド・カンパーニュなぞ食べられた物ではない。
一口に伯爵家とは言っても、この世界の伯爵家は概して1つの領を占有する程の大きな同族組織である。現代に例えると、伯爵という社長を中心に数十万人規模の老若男女が社員として働く大企業と言えば想像が着くだろうか?土地も、その規模の人口を養えるだけの広さがある。
ムールムロン領は、隣領のバ=ランに比べて山岳は少ない物の、領地の6〜7割は山谷となる。隣国と接して、メノルカに次いだ外国との交易路にあたっている。領の人口は、ざっと35万人。地形的・文化的に、9の郡部の中に50の小郡を抱えていた。無論、町や村落はそれ以上の数である。
同程度の人口規模で言えばバーゼル領と同じだが、切り立った海岸以外に、なだらかな丘陵地帯の多いバーゼルは4郡部30小郡となる。接するバンベルク側は、西部辺境と呼ばれる特別開発地区になり王族の支配地であった。
民族も言語も大別すると、バンベルク=アルル人がモンテ・ティオワ語で、キャナル=ロレーヌ人がモンテ・アイテシア語を用いていた。バ・ランの渓谷から伸びるエルラメイン川に、ムールムロン領都メスの中心を流れるモデーレ川がバンベルク国内で流れ込んでいる。
バンベルクが、ロタンギリアと呼んでいたのがロレーヌの語源である。もともとこの地方はロートリンゲンと呼ばれていたが、北アイテシアに帰属すると共にモンターニュ区に再編されムールムロンになった。バンベルク王族ロートリンゲン辺境公フランツ3世シュテファンの支配地の一部が、ムールムロンとなった訳である。
バンベルク王都から西部辺境地域に向かう道筋に、広大な森がある為、モンターニュとガウ・ヴェストマルクは一つの経済圏と言って良い繋がりがある。2国間条約があって国境線は確定しているとは言うものの、実効支配と言った点で微妙で難しい地域にムールムロンは有った。
そんな複雑な政治状況の中、領地を平穏無事に経営するフォンタナ伯爵フランツが尋常一様な人となりをしているとは誰も思うまい。
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【時は、2週間ほど遡る…。】
「ロレッタ公から、この度の件で娘の行き過ぎに付いて謝罪が有った。」ムールムロン伯フランツの機嫌は、まさに上々と言った所だ。「な………、お父様。この度の件は、一片の言葉だけでお済みと考えますか?」
「お前は、何を言いたいのだ?」ラヴィニアは膨れっ面で父親に向かって、「決まっています。謝罪を公文書に起こして貰って、社交界での我が家の名誉を回復して頂く事が水に流す条件です。だいたい、お父様が私の方から挨拶をせよと仰られるから、こうしたトラブルに成ったのですわ。」
フランツは、右手を挙げてラヴィニアを制止すると、「次代の公爵を値踏みするのは、フォンタナ家にとっては浮沈の問題だ。私はお前に、"先に挨拶をせよ"とは言ったが、"ケンカをしろ"とは言ってはいない。お前の案だと、ロレッタ家に一方的に恥を搔かせるだけなのが分からんか?」
「でもそれは、あの娘が平民なんかに肩入れするとは思いませんでしたもの、先に挨拶をする為のキッカケに過ぎませんでした。」「平民ではなく、元平民の名誉爵だがな。まあ良い、働きのある者を大切にするのが分かったからな。お前にしては、まずまずの成果だ。」
父は、娘の顔をニヤニヤと眺めながら言葉を続ける。「お前にと、カレン嬢からのパーティーの招待状を渡されたぞ?」「我が家に恥を掻かせて置きながら、誰が行くものですか!」「やれやれ残念、我が家の体面を回復する良い機会なんだがな。」「それは、どう言う意味でしょう?」
「子供とは言え、随分と察しが悪いな。事の発端は、お前とカレン嬢の些細な行き違いによる。向こうからのパーティーの誘いに乗るという事は、お互いに手打ちにしたと周りは見るだろな。そうすれば、体面がどうとかの噂も収まるざるを得ない。行こうが行くまいが、どちらにせよ国境を守る我が家の重要性に変わりが無い故に好きにすれば良い。」
「クッ………、貴族にとって体面がどれだけ大切だと思っているのですか……。」「ふむ…、ならば体面が保てるだけの武力と交渉力を身に付ける事だな。私は、年齢から行けばお前より先に亡くなる。残った兄弟姉妹が協力して、我が領を守らなければ誰が守れるのか?ラヴィニアは、伯爵家の娘として相応しい対応力を身に付ける事だ。」
さすがに、そうした切り口で諭されると、いくらワガママなラヴィニアでもシンミリとしてしまう。「経緯は、お前の側仕えや首都邸の執事から大体聞いているが、向こうが決闘を言い出した時に、何故、それを受けた?逃げたと思われるのが、そんなに嫌だったのか?」
「そうです……。」「お前達が傍に居ながら、どうしてラヴィニアを諌めなかった」「申し訳ございませんでした。」執事が小さくなって謝罪をする。
フランツは、また手を挙げて制止をすると、「まぁ良い。これも、ラヴィニアの勉強だからな。交渉術は言うなれば、右手で殴りつつ左手で握手を求める事をする。貴族同士の喧嘩は、お互いに決着の見通しまで幾つか決めてから対戦に臨む。ラヴィニアの悪い所は、感情が先走って場当たり的な対応になった所だ。」
「お父様はこの度の件、いかにお考えでしょうか?」「そうだな、カレン嬢は貴族の娘としては合格点以上だ。あの交渉術をどこで学んだかは知らぬが、我が家が問題を広めようとすれば、空かさず決闘という実力で応える。それも、子供同士の諍いなどとの建前を崩さぬように授業中に試合という形にしていた。
つまりはだ、相手の横っ面を叩いても、やり過ぎにならない程度の気遣いはされている。ロレッタ公は、決闘と話を大袈裟にした事は謝罪しているが、本筋では謝っては居ない。寧ろ、決闘を後押しした可能性さえある。でなければ、公が先に反応したはずだ。
その上で、スギの若木などを原材料にする木材紙料の技術を提供したいとも申し出があった。見返りは、我が領で産出されるミネット鉱(=非常に低品質なリン鉄鉱)を、市価より安い価格で大量に購入させて欲しいとの事だ。誰もが垂涎の新技術に、二足三文の鉄鉱との交換だぞ?
不名誉から逃れられる道を用意され、更に利を吊られたのだ抱き込み方として上々だよ。これで仲直りをしないなんて、バカを言う貴族などは居ない。それにしても、僅かな事から自分の派閥に取り込むまでの動きをするとは素早過ぎる。当代の公爵は凡庸と思っては居たが、背後に飛んでもないブレーンを抱えている様だな。
公爵家は、これだけ有能な後継ぎが居るのだ。私は決めたよ、カロリング閥から距離を置いて、カレン嬢が婿取りをして公爵に成れば直ぐにロレッタ閥に鞍替えをするとな。現在のカロリングには、見るべき人材は皆無だ。見捨てるに四苦は無い。」
「それはもしかして、あの娘のパーティーに参加するか否かで私の将来も決まると言う事でしょうか?」「ああ、そんなモノだ。」いくら父親とは言え伯爵という領地の経営者なら、ラヴィニアを今後も領地経営に携わらせるポジションに付けるか、他領との交わりで嫁がすかも判断の内だろう。
「お前も、いつまでも子供では無いんだ。自分が気に入らない人間からでも身になる部分は吸収して我が物にするのか、勝手気ままをして他領に出されるのか、自分の針路は自分で決めるが良い。」他領に出されれば、経営判断により切り捨てられる場合もある。厳しい現実を突きつけるのも、この場合は父の親心というモノだろう。
ラヴィニアに取ってのカレンは、同年代とは言っても悔しいが評価も能力も差が歴然としていた。唇を噛んで、「………分かりました。お父様、先方に参加すると返事を認めます………。」「良い子だ。それでこそ、我が娘だな。」
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【冒頭の時間軸に戻る】
人間が3人よれば党派が出来るそうであるが、北アイテシアの派閥は6つあり、基本的に同じ経済圏の者同士が派閥を組む事が多い。
行政区名で言えば、
1.エンフォート区・シャルドロン西部・ショルヨン区=『ロレッタ閥』は、公爵夫妻と前公爵夫妻を合わせた最大派閥。
(ガルニエ伯家モンターニュ区・モントイユ伯家シャルドロン区・ヴァレット子爵家カンペル区・ヴァンサン子爵家ショルヨン区の4賢含む)
2.シャルドロン東部・カンペル区・モンターニュ区=『カロリング閥』が次席派閥。
3.『アンジェ-ロワレ閥』と4.『ブリュヌイ閥』は、同じブルトン人を祖に持つ者が主流だが仲は悪い。
5.『アミエンス閥』と6.『ヴェンヌ閥』は少数派閥。
カレンは、学院側に鉛筆1万本と消しゴム5千個を寄贈した。鉛筆、消しゴムの便利さが分かれば、消耗品故にいずれ追加で購入される。
宣伝費代わりにばら撒くのは、この世界では珍しい先行投資という概念である。ノートは、木材紙料で和綴じの紙束を予定しており、紙が依然高価なので個人購入して貰う予定だ。黒板とチョークは、学院が買い取る事で合意が整っている。
鉛筆は、黒鉛7割+粘土3割で配合するとHB程度の硬さの芯に焼き上がる。これを、アマニ油などに暫く浸けて書き味の滑らかさを出す。これに、モカシンなどの柔らかく目の細かな木を被せて出来上がる。芯に鉛が含有されるかの様なイメージであるが、黒鉛とは鉛のようにツヤのある炭素鉱の事で鉛は含まない。
消しゴムは、生ゴム+白サブスティチュート(あまに油+塩化硫黄)+研磨材(炭酸カルシウム)を焼成すると、一般の硫化硫黄を加えたゴムの硬さや弾力性がない柔らかな消しゴムができる。
武術と体術の教師が、カレンの試合を見てギブアップをした為に、緊急職員会議が開かれ彼女に教えられる事が無いと結論が出て、期末考査を待たずに飛び級が決まった。取り敢えず授業免除であるが、期末までは現在のクラスに留まる為に彼女は暇になった。
この機会を利用して、兼ねてからの懸案である領の経営意識に付き、カレン自ら高等部の政治経済学部で特別講義をする事を学院側に申し出た。
経済学に付いては、先日の第1講で、持論の"物=物の製造・流=流通・サービス=販売提供"=物・流・サービスを展開して経済に対する見方を示し学生達の信頼を得ていた。今日は第2講、税制について消費税がなぜに悪いのか?を講義する。
カレンはパッと見の値段がどれ位するのか知れない、真球真珠のイヤリングとブローチを輝かせ、何時もの真紅のルビーをあしらった銀のコルネテを頂いている。清楚な見た目は、繊細な妖精の彫刻を見る様だ。誰もが、見惚れてしまいそうな美しさだった。
彼女は、階段状の座席が並ぶ大講堂の教壇に立つと、アシスタントのエセルに厨房から拝借した黒板を持って貰い、ポイントを上げる事で分かり易い工夫をしていた。生徒は20人強だが、政治経済学の教授も5人ばかり席に着いて見守っている。
カレンは、近頃のエンフォートの好景気の根拠に付いて皆が興味シンシンで教壇を見つめる中、前世ではパワポを使ってプレゼンをするのは当たり前の仕事の内の彼女に緊張の2文字は無い。
「コホン………、消費税とは何でしょうか?実際の国を例に取って説明を致します。
大航海時代の主役だったメノルカも、外債が歳入の8倍以上という大幅な財政悪化によって、中東、東南アジア、新大陸などの植民地を持ち、一時は『日の沈まない帝国』と呼ばれながら斜陽の一途を辿っています。メノルカは強力な海軍力を誇り、その威圧によって広大な植民地を獲得・支配してきました。
そして10年前には、コリント海戦でヨーロッパ諸国の宿敵であった西アジアのクアルーン-テュルク帝国をも破り、名実ともに「無敵艦隊」になっていたのです。そうして、地中海から紅海への道を開くと東南アジア方面に植民地を増やしていきます。」
"この世界では、中米のパナマと中東のスエズ両運河が無く、普通の海峡として通行出来るようだ。大陸間の幅は、前世とは位置の微妙なズレである事が予想される。北アイテシアの平均気温が高めなのも、近世までに滅びているはずの動植物の分布も、大陸の位置と関係あるかも知れない。"と、カレンは考察してみる。
「ところが最近のメノルカは、宿敵を倒したにも関わらずガゾンブリア海軍に消極的な対応を強いられています。このままでは、海の覇権をガゾンブリアに奪われてしまうでしょう。あれほど強力だった無敵艦隊が衰退し、メノルカが衰えている最大の要因は財政問題だといえます。
メノルカは植民地から莫大な富を収奪していたにも関わらず、各地で派手に戦争を繰り広げており、それが財政をどんどん悪化させ危機を慢性化させたのです。
90年前にメノルカの王位を継いだエンリケ2世は、新大陸をはじめとする広大な版図を相続しましたが、引き継いだ負債はそれよりも大きいものでした。エンリケ2世の後を継いだエンリケ3世は更に悲惨です。王位を継承した時点で、歳入の8倍にも及ぶ負債がありました。
そして、メノルカは財政を好転させるために、最悪の税金を選択します。財政難のメノルカが取り入れたのは"アルカバラ"と言われる税で、これは"消費税"の一種です。
クルアーン圏から持ち込まれた考え方で、大航海時代のメノルカは、これを税収の柱に置いたのです。当初は、不動産や一部の商品の取引にだけ課されていましたが、次第に課税対象が拡大し、食料品など生活必需品にも課せられるようになっていきました。」
「はい、そこの貴方。何故に、消費税は最悪の選択肢なのでしょうか?」「講師が最初に仰った、経済は市場を中心とするという考え方からすると、消費(=買う事)に税を掛けると消費するだけ税金が掛かるので買い控えをします。すると、売る方も売り物を作る方も段々と縮小せざるを得ません。結果、市場が縮小するので長い目で見ると税収には繋がりません。」
「トレボーン!消費税には、国の景気を後退させる作用があります。ただ、メノルカの消費税"アルカバラ"は、更に極悪なものです。それが、"小売をする度"に課せられるのではなく、"取引き毎"に課せられます。その品を最終的に買う人が、一回だけ消費税を払えばいいという仕組みになってはいないのです。
つまり、物を作った人が卸売業者に販売する時にも、卸売業者が小売業者に販売する時にも、小売業者が消費者に販売する時にも消費税がかけられる。ひとつの商品に、人の手を経る毎に累積課税がされますから、消費税10%ならこの場合、最終購入者が買う時には物の値段を含めて130%を支払わなければなりません。
更にアルカバラなら、原材料費の分も消費税が上乗せされます。例えばパンならば、小麦、塩、酵母を採取する干しぶどうのそれぞれに税が掛かりますし、広く薄く見えて金持ちにも貧民にも同率の税が課せられる不公正税制となります。
短期的には、国王側の"税収の増加"にはなりますが、長期的には、一つの商品にこれだけ高い税が課せられたら、当たり前ですが物価は上がるし、そうなると消費の低迷による市場規模の縮小に繋がります。実際、今のメノルカでは物価が大幅に上昇しています。」
教室に手を挙げる人がいて、「はい、そちらの方。」カレンが教鞭で指すと、「講師先生!友邦である、メノルカの批判は良いのでしょうか?」「友邦だからこそですね。貴方は、大切な友達の悪い所を直すように指摘はしないのですか?」
「悪い所が分かったとしても、どうすればそれが直せるのでしょうか?」「丁度、お昼の時間ですから、私が考えた改善策に付いて、お食事でお示しします。では、皆さんで食堂に移動しましょう。」そう言うと、カレンは席を立った。
食堂には、パセリ塩をまぶした皮付きのフライ・ド・ポテトが大量に揚げて有った。「皆さん、本格的なお食事の前に、揚げポマから頂きましょう。お祈りは、私で宜しかったですか?」異論は出なかったので、カレンはお祈りをして毒味が済んだら、可愛くポマの切れ端を口に入れる。
「うま!これ凄く美味しいです。」普段は、余り感情を表にしない貴族でも、美味しい物の前では素直な様だ。恐る恐る口にした女生徒が、「私、このジャガイモというのがカスカスで好きに成れなかったのですが、これは別格の美味しさですわ。」教授も生徒達も皆、ポマフライにご満悦の様だ。
「このままでも美味しいポマ・フリットに、こちらのワインビネガー入り粒マスタードと、プレソースいりのドビソース(=ケチャップに近い)を付けて食べると、更に一段と味わいが深くなりますよ。因みに、私が指示をしてワインに熱を入れ空気を吹き込んでビネガーを作らせました。」
「「おお!」」「あの長年の懸案だった、ビネガーの製造法が分かったのですか?それは凄い!」意外な事だが、前世でも中世後期にならないと選択的に酢は作れなかった。赤道を超えると船に積んだワインが皆、酢に変わるのを酒精の強い酒で発酵を止めたのがポートワインなどの酒精強化ワインであるが製法の方は判然としなかった。
分かれば意外にコロンブスの玉子なのだが、ワインに熱と振動を加えて空気に触れさせる事で、酢を作る酵母が活性化してビネガーになる。細菌学が出る以前の世界では、経験から発酵調味料を得るしかなかった。
「おいし〜い!カレンお姉様、このフリチュールを凄く好きになりました。」「あらリリア、1年はもう授業が終わったのかしら?」「はいです。フロンのお姉様も、直にお昼休みに入ります。」「あら可愛い。この娘さんは先生の関係者かしら?」「いいえ。この娘は、アポリネール家の姉妹の妹さんに当たります。」
「リリアーヌと申します。お姉様ともども宜しくお願いします。」リリアが立って、スカートをチョンと摘んで略礼をする。それを見た件の女教授も、軽く返礼をした。リリアが両手でポマ・フリットを持って食べる仕草に、同年代ながらカレンは胸がキュンとなった。本当に、小リスの様な可愛さがある。
リリアは、カレンが4年生に進んでから、いくら注意してもお姉様呼びを直してはくれなかった。「ねえ、カレンお姉様。他の先生の前でも、高等部のお兄さんお姉さんの前でも堂々としていらっしゃって違和感を感じないので、そのまま高等部の教授をされたら如何でしょうか?」
「オホホ……、それは良いアイディアかも知れませんね。なにせカレン先生は、前代未聞の天才ですもの。」「先生ったら、私は4年生の授業を免除されたから、前々から気になっていた領政に付いてちょっと言って見たかっただけですわ。」
カレンは、照れ隠しに両手をパンパンと打ち合わせて注目を集めると、「皆様、ご注目をお願いします。私が言いたかった事は、メノルカの財政悪化は植民地からの収奪に頼り切った事に有ります。今般、せっかく世界有数のポテシ銀山を採掘して運んできた大量の銀も、メノルカ・セデス港に運ばれて荷揚げされることなく、外債の為、他の国にそのまま送られてしまいます。
我が国としても、通貨として金銀副位制を採っている以上は、国内の銀の総量を簡単に増やす訳にも参りません。銀で返済されても"使えない銀"を増やすのは愚かな行為ですが、それなら国内市場を広げて取引き量を増やす事で、銀の通貨総量を増やす様にしたら良いとは思いません?
ポマは、栄養価は高いのですが嫌われ物の代表選手みたいなものです。皆さんが感じられている様に、食べ方を知れば100人中、99人が美味しいと思える調理法が有ります。プレも、ソースにしたり、生でサラダにしたりと、応用範囲が広い食べ物です。
これから出てくる、トマトのポタージュスープ(=牛肉スネで出汁を取った物)も、プレのパスタも絶品の美味しさだと自負して居りますが、これまで見向きもされなかったそれらの食べ物を、食べ方を伝授する事で有為の食べ物とし、これらを取引きする事で市場を広げます。
他人が、目を付けない所に商機があり、見方を変える事で有為の商品となり得て、市場が広がりを見せてくれます。斯様に内国で市場を育てず外からの収奪に頼れば、海軍力は莫大な物が必要になります。植民地が多くなればなるほど戦力が必要となり、莫大な維持費が掛かります。
アルカバラで弱った商業は、メノルカの軍事に多大な影響を与えました。皆さんもご存知の様に、メノルカの商船は軍船も兼ねますから、市場の低迷は軍事を直撃しますよ?それが、最近のガゾンブリアに対する弱腰姿勢になっています。
私からすれば富は収奪する物ではなく、産業と商業により市場を拡張する事で産み出す物です。その為に、私はあらゆる商機を見出そうと日々努力を重ねています。
午後からは、先生1人を交えて5班に分かれ、"消費税の有用性"と、"メノルカの財政再建"に付いて討論をしてください。黒板とチョークはお貸ししますので、要点を集約して各々論文に纏め、1週間後までに提出してくださいませ。
では、これから難しい事を考えず、楽しいお食事と参りましょう。」
「はい、先生!"消費税の有用性"と仰いましたが、消費税は良くない税と結論が出たのでは無いでしょうか?」男子の1人が、勢いよく質問を打つけてくる。
「それは、良い質問ですね。あなた方は貴族ですよね?貴族が、言われた事を額面通りに受け取っていたら言葉のアヤで罠に掛ります。もうせん学習にしても、提案に対して丹念に逆提案を加えて自分の物にしていかないと、言葉の上っ面を舐めるだけでしょう。そんなのは単に、"何か良い事を聞いた"で終わりませんの?」「分かりました。ご教示を、ありがとう御座います。」
「皆様に、再度お伝えしますが、アルカバラという税制が間違った物だとの先入観を捨て、客観的な視点を持つ事が勉強なのです。それが存在する限りは何かしらの利点があり、利点に対して代替え案で利点を達成できないか探るのも学習の内です。そこから、新しく有用な税制が産まれるかも知れません。人間は、考える事を手放した時に、退化が始まると思ってください。」
前世で日本に育ったカレンは、如何に平和が人財を育て、宝石や貴金属に勝る宝になり得るモノだと知っていた。
"だって、日本には資源らしい資源は無いのに、真面目な人材という資源だけは豊富にあって、世界第2の経済大国になったのですもの。アイテシアで、人材育成が成功しない訳ないじゃん"と内心で独り言ちた。メトリーズ勲章の創設も、そうした下地の上に為された物である。
"パチパチパチ………"昼食で、周りに集まって来ていた人も含めて、カレンに盛大な拍手が送られる。「カレン姉様、凄いです。高等部の人達や先生達が、絶賛して居ますよ?」「リリアは、今の分かったの?」「全部は分かりませんけど、戦争より平和が1番なのは、分かりました。」
「あら、リリアは鋭いのかしら?」そこへ、フロンが口を挟む。「それが分かれば上々でしょう。平和が多くの人を育て、人財が経済と国を育てるのだから、リリアはとても素晴らしいですよ。」「やった〜、カレン姉様に褒められちゃった。」
カレンは静かに微笑んで、"だから、今のアイテシアが置かれた状況を一刻も早く改善しなければ"と、巨大な人材浪費に物資・財政の垂れ流しが許せなかった。
現代では当たり前の先進的な授業法は、教授の間でも話題にあがった。
上から一方的に為された講義の丸暗記ではなく、カレンの学習法は必要なら食事も使い、学生同士の討論も辞さないやり方で学生の飽きがなく、この世界の常識を遥かに逸脱して分かり易く合理的だった。
当然、教授達の反発を買うと予想されたが、彼女の民に対する慈愛の意識が"サラザードの聖女"のネームバリューを想起させ、精緻な彫刻を思わせる見た目の麗しさからも悪意を寄せ付けなかった………。
ミネット鉱は燐を多量に含みますから、銑鉄にして鍛えても炭素と同じ様に不純物として除けません。現実世界のロレーヌでよく産出されますが、ヨーロッパの鉄鉱には燐が含まれる物が多く、アメリカでは燐の少ない良質な鉄鉱が採れました。
中世期には、既に高炉技術が発展をしていましたが、炭素(=コークス)と鉄鉱石を同時に入れる物で、パドル法にしても鉄湯の表面に溜まるスラグ(=不純物)を十分に取り切れませんでした。鋼鉄を得る為には、炭素とスラグを鍛造で打ち出す必要が有りましたので、中世期の鋼鉄は宝石並みに高価です。
燐鉄鉱をカレンが技術を用いて、いかに鋼鉄にするのか?鋼鉄の一般化が、領の経済にどう言う影響を齎らすのか?今後の見所です。
次回は、20-5/25日0時〜の、リリース予定です。




