表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/56

舞うが如く。



コソッと、リリースw 前半は重めですが、後半の対決シーンは書いていて面白かったです。では、お楽しみになってください。

 


 カレンは、会話が進んだ為に冷めてしまった紅茶のカップを手の平で包み込み、残った温もりを感じていた。


「ドゥース、お父様達のお紅茶を淹れ直してくださいな。」「はい、ただいま淹れかえます……。」最近のドゥースは、以前の無口さが和らいでとても明るい。年頃の彼女が、はにかんだ笑顔を浮かべると小春日和の様に見る者を温めて愛らしく感じさせた。


 "ピピーピィピィ、キュルルキュルル、キュンキュン、チィチィ、チュンチュン、キョン………キョン………、ポーポー…デデッポーポー…………" 麗らかな春の風を入れる為に開け放たれた窓の外から、シジュウカラやヒタキにスズメなどの様々な小鳥達に混じって、時折ヤマバトの鳴き声がする。


 花壇には、様々な色のスミレに黄色い菜の花、紫色が鮮やかなヒヤシンス、薄紅色から真っ赤なチューリップやカーネーションが見えて、花壇の中を縦横に抜ける小径には所々に神話の一場面を象った彫塑が見られる。そんな中を、シジミ、ルリ、モンシロなどの小蝶に、大きな翅が艶やかなアゲハチョウが舞い、マルハナバチやミツバチなどの昆虫が忙しく飛び交う。


 まだ淡い緑でさえ、春の盛りの歓びに輝いて見える。その庭を一陣の風が吹き抜けて、この部屋の中で人の顔を撫でた。カレンは、風に舞い上がる髪を押さえもせず、僅かに目を細めて愛おしげに窓外の自然の営みを眺めている様だ。


 彼女の紫の瞳は遥か彼方を見通して輝き、風に弄ばれる銀糸は柔らかな光を放つ。その端麗な横顔の神々しいまでの美しさが、周囲の悉くの視線を集めた。まだ、7歳になったばかりの少女の表情とは思えない、僅かな憂いを湛えた瞳の色に、誰もが我を忘れずには居られない魅力が溢れていた。


 カインは娘を評して、"創造神の造形による女神というよりは、今はまだ幼い妖精と言った雰囲気か……"と、ため息を飲むと共に視線を娘の優美で少し尖り気味の顎から首の線に向ける。彼は、"流石に、母娘は似る物だ。あの見張りの塔の上で見た、焦がれたミラベルの瞳と同じ色をしている"と感じていた。


 紫の瞳に迷いの影が揺らいで、次の瞬間、閃光の様に意思の光が走った。「お父様、ヴィリエ先生と学長先生を拘束してください。」「………!?!?………、カレンは、突然、何を言い出すんだ!」周囲の者は祖父も含めて、驚きに口を閉ざしてしまう。


「お父様、緊急事態だとだけ申して上げて置きましょう。後は、皆様揃いましてから訳は詳しく説明致しますので落ち着いて聞いてください。」「まてまて、それだけでは分からぬ。」「先程、お父様が仰られたヴィリエ先生の申し状に、私は大変立腹致しました。故に、弁明の為に呼びつけます。」


 彼女は、2枚の羊皮紙を取るとサラサラと命令書を認め、サインをして赤い蝋を垂らすとヒュアリエンの刻印を押して行く。それはつまり、デュエンファンテとして行動する証であり、カレンの意思が固い事を裏付けていた。


 カレンが、急に窓の外を眺め出したり、"自然は、こんなにも生命に溢れて美しいのに、人間は醜い争い事を止められないのですね………"と、独り言のように呟き始めたのは、学院とヴィリエに関する話を聞き始めた時である。まるで、自分は人間でないとも思わせる口振りに、カインは一瞬ドキッとした。


 慈悲心の強い娘が、そこまで強行する意図は測りかねるが、デュクとして命令書を反故にするほどとは思われなかった。実験動物の様に見られれば、確かに娘が憤慨するのは当然であるが、それは普通の娘の反応だろう。この娘の場合は、他の意図が必ずある。


「拘束する時には、お母様の護衛騎士のシャーリーズ様を借りて、この前、聖騎士から私の守護騎士になって頂いたリゼット様が歳もそれなりですし、ソフトな対応で宜しいでしょう。側仕えは、そのお2人にこの命令書を渡してください。厨房には、今夜はお客様が2名追加と連絡をお願い致します。」


 カレンは、その他の指示もテキパキとこなして行く。結局、この離れに残るのは、カレン、カイン、エクトルと世話係として、エセルとドゥース。後から来るのが、ミラベルになる。学長とヴィリエは、申し開きの為に連行されてくる。身辺警護員はドアの外、護衛騎士団は庭園の中で控える。


「お祖父様、お父様、軽くレヴァーシでもいかがです?」全ての手配が済むと、娘が笑顔でゲームを勧めて来たのでカインは少々面食らった。「ほっほ〜、これはカレンが作ったゲームじゃな。ワシも少しは練習したから、孫娘には負けんぞ。」「では、その勝負、私も受けましょう。」落ち着かないカインもゲームに参加した。


 2回も勝負をすればミラベルが来て、4回も勝負しない内にヴィリエと学長先生が汗を拭きながら現れた。「姫様には、私めの事でお気に触りましたでしょうか?」ヴィリエは慌てて居たのか、挨拶もそこそこに問いかけてくる。


「その前に、確認して置きたいのですが、例の水晶の純度やマナ容量の件は他言しては居られませんよね?」「今日、初めて公爵様ご夫妻と学長にご報告いたしました。」ヴィリエは、大切な研究相手であり、女神の化身では無いかと目するカレンに純粋な畏れを抱いていたので素直に受け答えをする。


 屋敷に連行され再び館に到着して通された離れで、さぞかしご立腹だろうと思った相手は、その返事を聞くと少しだけ試す目線を向けて笑顔で着席を促す。学長とヴィリエは、怒られると思っただけに躊躇いがちに案内されたソファーに掛けた。


「あの〜、どの様なご用件で私達は引っ立てて来られたのでしょうか?」「まだ、お分りでないと?」「お恥ずかしながら、思い当たる事は一つ位かと…。」「私が、実験体扱いされて怒ったとでも?」「はぁ……。」「国の為と有れば、その位の事では立てる腹は有りません。但し、国家機密に関する話を、学院で済ますなぞ正気を疑います。違いますか?」


「それは気が利きませず、申し訳ございませんでした。」情報感度が鈍いのは、中世だから仕方ないとして問題は、「水晶の純度が高くマナを溜めて置ける容量が充分であれば、マナと術法も織り込んで置ける(・・・・・・・・)可能性が高いと言う事で、法陣の様に使えると言えますよね?」


「姫様は、大変よくご存知です。正確には、研究して見なければ何とも言えませんが、その可能性は大かと思います。ご存知の通り、純度と大きさがマナの貯蔵の重要な要素です。術法まで水晶に込めようと思えば、かなりの大きさが必要になりますが、水晶が大きくなればなるほど純度が下がり、純度が低いと術法が歪んで発動しなくなる。純度と容量を両立できるのは、姫様の水晶だけなのです。」


 水晶に宿ったマナを解放するには、3つの方法がある。

 1."解放"のマナ法陣による。

 2.封入したのとは別のタイプのマナをぶつける。

 3.水晶全体が崩壊するか、マナを溜めて置けない程の割れや欠けが生ずる。

 最後の3は、カレンの水晶なら術式とマナを封入して、"一般の兵士"でも扱える術弾が作れる事を意味する。


「前々からの論文整理もして居りましたし、様々な研究成果に少しは詳しいのですよ。この技術は、軍事利用前提ですが、それで貴方が何を仰らているのかお分りに成りますか?」


「この技術が完成すれば、事前に水晶にマナ法を封入して置いて一般の兵士でさえマナ法を使うことは可能でしょう。そう成れば、戦の様相が一変します。ですから姫様、是非ともご協力を頂きたく……、」ヴィリエは、顔を紅潮させながらカレンに訴える。


 カレンは、その世迷い言を皆までいわせず、「それは、私しか生み出せない特別な水晶(・・・・・)が前提なのですよね?皆様お忘れでしょうから申し上げますが、彼の国にもマナ法使いは少数とは言え存在しますし封入も可能でしょう。向こうにこの技術が渡されたら、一般兵でも代理してマナ法が使える便利な水晶ですので我が国の戦術的優位が崩れます。」


 今まで敵方のマナ法使いが、なかなか戦場に現れなかったのは、単純に貴重な法術使いの損耗を怖れただけであり、この水晶を知ればその重要度は上がり、更に後方で法術弾の製造をやらせ、前線では術弾を積極的に使うだろう。故に、カレンの返事は冷淡にならざるを得ない。


「軍事情報は決して漏らしてはなりません。細心の注意が払われないなら、沢山の人の生死に関わります。なのに、無邪気に学院で話す?個人的研究成果が優先しますか?………フザケないでください。人の命を何だと心得ているのですか…。」ヴィリエは個人的な名誉に目が昏み、カインは他の事に気を取られて深くは考えずにカレンに話してしまった事を後悔した。


「敵がこの情報を知れば、危険な術弾研究を放置は出来ません。開発者やその家族は元より拉致され、技術さえ聞き出せば殺されるでしょう。水晶が私しか製造の出来ない物であれば、良くて麻薬漬けにして水晶製造機にするか、最悪でも亡き者にしようとするでしょう……。」


 その場の全員が、カレンが何にイラつき何に腹を立てて居たのか?軽々しい功名心から、自分の命と他人の命を共に危険に曝すヴィリエの不用意な態度を不満に思っているのを理解した。


「ごめんなさい、カレン。お母さんが先に気付くべきでした。」「それを言うなら私もだ。親でありながら、娘の身を案じる事を怠っていた。すまなんだ。」事情を察して、公爵夫妻はカレンに頭を下げて謝罪をする。


 カレンは微笑んで、「お父様お母様、お顔をお上げくださいませ。私のこの体と心をお授け下さったのは、神様とご両親様です。そこに、悔いる所は御座いません。私はただ、ヴィリエ先生がどの程度の覚悟を持って、この軍事機密の研究を扱うのか?を問うたまでの事です。軍事機密とは、扱い方によっては諸刃の剣。無辜の者まで、その剣の犠牲になる可能性がある事を認識しているか?を試したまでです。」


 ヴィリエは、下を向いて何も言えずにいた。カレンは自分と自分の家族の命までも慮ってくれるのに、我が功名心に捉われて彼女を利用しようとした事も、浮かれて真剣さを失った事も、言い訳のしようが無い程の恥なのだと感じたからだ。そして彼女は、その年齢に見合わぬ程の大きな魂の持ち主で、神力は伴わずとも、その慈悲深さはまごう事なく女神に見えた。


「学院に、少なからず失望いたしました。人を教え導くのが教育者の使命でありながら、なんらの工夫もなく、教える事は無いだの何を教授しているのやら、フォンタナ家の事はこちらで対処いたしますが、本来なら学びの場まで派閥の原理を持ち込む家があれば、毅然と突っぱねるのが筋でしょう。」「姫様……。これは私共、学院側の不明で御座いました。お許しください。」


「私が何を目標として、何を為しているのか分かりますか?プレとポマはご存知だろうと思いますが、他にも、こちらを味わってください。」そして出されたのは、黒褐色のビスキュイと生クリームを挟んだカップケーキに、砂糖菓子とテン菜糖だった。「2人は、呼ぶまで別室で控えてください。」「「畏まりました。」」


「この砂糖は、我が国で生産されているビートから出来ており、メノルカとの交易を慮って黒糖から出来るこの砂糖菓子(ワ・サンボン)に付加価値を付けて販売いたします。この黒褐色のビスキュイとガトーは、新大陸産の苦豆(カカオ)を使って有ります。クレモンさんが、市場で投売りされていたのが倉庫に取って有りました。食べ方で相談を受けましたので、こうした菓子を教えました。」


 カカオはチョコの原料だが、チョコにするまでの工程が飛んでもなく手間がかかり、出来た物は"褐色の悪魔"と言われる位に強い精力剤になり得る。故にカレンが考えたのは、ローストから微粉化までの工程を再現したカカオマスの状態で、ビスキュイやケーキに混ぜる事で興奮剤としての効果を抑えた物を作らせた。


 1.【焙煎/ロースト】

 2.【精選/セパレーティング】一つ一つ胚芽と皮を除く。

 3.【磨砕/グラインド】

 4.【混合/ミキシング】

 5.【微粒化/レファイニング】脂肪が多く目に詰まる物を、何度も濾し器で振るって磨砕器にかける。

 6.【精錬/コンチング】滑らかにする練りの工程。これだけで4〜5日かかる。

 7.【温め直し/テンパリング】厳重な温度管理の下に、温め直しがされる。

 8.【型取り/モールディング】


 ここまでして初めて、王様のスイーツであるチョコレートが出来あがる。


「これが何を意味するか、分かりますか?」「メノルカの事が出たので、貿易の話と関係するのか?」「さすがお父様!正解です。領の経営者だけ有りますね。じゃあ何故、600年もの長きに渡って戦乱が続くのでしょうか?」「これは、雲を掴む様な話で難しいな。」「儂もじゃ。」甘い茶菓子とお茶のお陰で、場の空気が緩んでくる。


「ヒントを差し上げましょう。人間の感情の中で、1番長続きするのは何れでしょう?」「戦争を続ける位のモノだから、プラスの感情という事は無いよな…。」「恨み、憎しみ、妬み、怒り、蔑み?なんか、ピンと来ないなぁ。」「お母さんは、分かりましたよ。"怖れ"でしょう?」


「お母様、凄い。ええ、他の感情は長続きしません。恨みや憎しみは、身を滅ぼします。蔑みなんて、条件反射に近い感情かと思います。妬みは、国同士の関係でどうにでも成りますから、戦争の原因心理としては弱いと思われます。代を重ねても、人々の心の奥底で囁き続け闘争心を駆り立てるのは"怖れ"の感情です。」


「なるほど、人は未知に対する畏怖、闇に対する恐怖は忘れされぬモノらしいからな。我々、アイテシア人のマナ法を、味方なら頼もしいが、敵に回すと正体不明の不気味な力と見える訳だ。」「それが何時までも底流に有るからこそ、戦力が拮抗しても和平にはならない。和平の話が出る度に、いつの間にか立ち消えてしまうのはそう言う事ですの。」


「では、私の始めようとした研究は、連邦や帝国の恐怖を煽るだけ無駄だと思われますか?」「いえいえ、"手札が多いほど勝利は近づく"と申します。それと、私の事を女神様と言われたそうですが、我が身は人の理りの内です。人の身ならば自ずとやれる事に限界が有りますので、術弾の研究も考慮に入れて考えます。」


「では……、」「恐怖に打ち勝つには、先ずは知ることです。闇の中に有れば、周りが見えてないから恐怖がある。貿易を通して我々アイテシアの人々を知る機会を作って、その先でお互いに無くてはならないパートナーとなります。これが、手始めの1手。次は、軍事による2手目です。軍事の裏付けのない交渉事は有り得ないのでしょう?」


「「その通りだ。」」その場の殆どの者が、首を縦に振る。「なら、外国に向けては、軍事と産業が一体という事ですわね。術弾の研究は、ヴィリエ先生がやりますか?やらなければ、私の方で研究しますが?」


「それは、私が進めた研究話なのですから自分がやります。」「分かりました。その代わり、くれぐれも極秘に、先生にも護衛兼監視役を付けさせて頂きます。」


 その他にカレンは、大きくは上下水道の整備計画など掘を埋め立て下水溝を作る。公共工事の拡充と税制改革、農産物はプレとポマにカカウエッツテ、パタ・ドゥース、ビート、オランゲ、ダイズに始まり肥料や農法までと、工業製品は板ガラス、鏡、板材の加工機、石鹸、石炭からコークスとガス、圧力釜、減圧釜、各種薬品の合成などを説明する。


「その黒い板は何だね?」「これは黒板です。石板の様に、チョークで文字などを書いたり消したり出来る物ですよ。」カレンは、黒板とチョークの製法にも触れて、「泥岩や骸炭(コークス)をすり潰して樹脂と混ぜて、テレピン油で伸ばした物を板に厚く塗ったのが黒板です。その板の大きなのを作る為に、板材の剥ぎ取り機を設計して見ました。」


 丸太を一本丸ごと使って、桂むきの要領でトイレットペーパーの様にクルクルっと板に剥ぎ取る機械を蒸気機関で実現しようとする物だ。チョークは、ソルベー法で出た塩化カルシウムと炭酸ナトリウムを反応させた炭酸カルシウム水溶液を型に流して固めて作っている。


 カレンに取って、厨房でも、身の回りの連絡用でも、チョークと黒板は欠かせない意思疎通手段だ。学院に行った時に無かったので、学習には是非とも必要な黒板を大型化させて、チョークと共に購入して貰う腹積もりをしていた。


 万一売れなくても、今まで職人の技量に頼っていた板の剥ぎ取りを、機械化して簡単にするだけでメリットになる。ノートと教科書の為の紙も、薬品と蒸解釜の開発で、木材からリグニンを抜く為の技術は開発済みである。木材紙料を既存の紙漉き業者に流して、不足がちの紙材を補填する計画は前々からの規定路線だ。


 カレンは、機械化の目安として、需要が伸びて人の手に余る様なら機械を導入する積もりだ。人々の手から職を奪うのは、経済の仕組みからして決して宜しくはない。効率を優先して、人に支払われるべき通貨の流れが悪くなると、せっかく育てている市場経済が縮小するからだ。市場を支える消費行動をするのは、あくまでも人間のみだからである。


 カレンに言わせると、"だって物を作るのも、価値を見出し買ってくれるのも全ては人間なのに、効率化の名の下に人間を足蹴の如く扱うなど、神が与えたもうた幸福が無い。獣の欲得が横行する拝金主義社会は、必ず行き詰まりを迎える。本当に誰が為、何の為の社会なんだ?"


 彼女は、誰よりも経済に精通しながら、経済は人間を幸せにする"目的"に奉仕する為にある"手段"なのだと、決して手段は目的を超えてはならないと強く確信していた。


 抄紙機(=紙漉き機械)に付いては、基本図面を引いて、後は実験を待つだけの状態にしてある。だがそれは、カレンの産業政策の一端に過ぎない。周囲に理解して貰う為に、基本姿勢を述べている。補給を軽視する軍事は、やがて失敗する。その補給を支えているのが経済であり、産業である事をカレンは深く理解をしていた。


 彼女は、春に相応しい薄緑色のドレスの胸元に輝く飾りに手を添えると、「見てみて、この真珠のペンダント可愛いでしょ?」「まぁ、本当だわ。丸い真珠って珍しいわね。」「ほぅ……、一体どれほどの価値があるのか分からぬが、そんな贅沢をするカレンではなかろう。」「ご名答!これは、人工真珠の研究成果です。」


 天然真珠は、真珠層を持つ貝の外套膜(カイヒモ)に砂が偶然入る事によって、砂つぶを核に形成される為に歪な型の物が多い。実に、数万個の貝から一粒とれるかの割合で採られていた。だから、とても高価なのだが、カレンはそこに目を付け真球の人工真珠を研究させていたのだ。


「基本的に、真珠貝の外套膜の一部を切開して、外套膜の切片と貝を丸く削った核を入れると出来上がります。その控え目な美しさは、これからの社交界の定番になりますし、輸出産品としても大きな役割りを果たすでしょう。」


 カインは、娘が何でもない事の様に語る貝の生態や、真珠の生成過程を何故に知っているのか?"娘が神様か、神様に囁かれているのだろう"かと思うしかなかった…………………。



 〜〜〜〜〜



【オメルテ11日午後2時頃】


 その日、学院の練武場に集まった初等部4年の"S"クラス10人の面々は、武器(サーベル)術の授業を受けていた。4年から以降は、武器術体術などの実践的な授業が始まる。今日は、武器術の授業初日という事もあって見本の試技見学の予定だったが、急遽変更になって試合見学という事になった。


 1年生は午前中のみの授業であったが、ラヴィニアや噂に耳聡い20〜30人の観戦者と、リリアにカレンと同じクラスのフロン姉妹の顔が見える。


 ロレッタ家から1人、フォンタナ家から1人の騎士が出ての試合となる。サーベルは、指揮官が身辺を守るための最後の武器なので、誰もが教養として学んで置くべき武術だ。この授業を受け持つ武術教諭は、決闘に際して両家が最大限の便宜を受けられる様に言い含められている。


「では、フォンタナ家から、エダードス・ターク卿は前に。」「は!」エダードスは、剣聖の家系ラクロア侯爵家の当代テオドールの愛弟子との触れ込みで、最近になってフォンタナ家のお抱え騎士になったばかりだ。「ロレッタ家からの代理騎士のお名前が有りませんが、カレン様どちらに居られますか?」


「はあい……、ここですわ。」その言葉に周りを見回してみるが、教諭の目には生徒以外の者はエダードスしか映らない。「どこにも見えませんが?」「嫌ですわ、先生ったら、もう目が弱くなる歳でも無いのですのに〜。ここ、ここですよ。」カレンは、右手の平で自らの胸を叩いて見せる。


 その仕草とセリフに、周囲の者が驚き過ぎて目がしばらく点になる。金糸の縁取りの入った純白の清楚なドレスに、真紅のルビー(ザング・デ・ピジョン)をあしらった宝冠(コロネテ)を頂いて、銀糸の髪をドレスとお揃いのリボンで後ろは束ね、見るからに王女様か繊細な彫像を思わせる美少女が、試合などの荒事に参加をしようと言うのだ。


「えっと〜、こうした決闘のルールには、代理人の代理で本人が出たらダメという決まりは無いですよね?ですから、私が代理の代理を務めさせて頂きます。騎士(チュバリエルカ)ではありませんが、公爵子(デュエンファン)でも不足は有りませんよね?」


「それは………、それは構いませんが、元来、貴人が前に立たぬ為の代理で有って、代理の代理で本人が出るとは聞いた事も御座いませんし、そのお召し物では試合は無理かと存じます。」「あら、このドレスは気に入りません?この回ると軽やかにフワッフワッと広がる裾が最近のお気に入りですの。私は、優雅にする決闘向きだと思います。」


 カレンのそのセリフに、誰もがアチャーと顔に手をやった。そして女の子は、ヒソヒソしだす。入学したての新学期から、いきなり4年に飛び級をするほどの前代未聞の天才であると共に、それ以上の変人だとも噂に有った。実際に目にして見ると、そのピンボケ振りは相当なモノだった。


 教諭が押し黙っていると、対戦相手のエダードスがカレンの手を取り片膝を突いて、「姫君、私はこの様に女神のお美しさを持ち合わせる姫に向ける刃を、例え斬れぬ木剣で有ろうと持ち合わせては居りません。」そうして、彼女の手の甲にキスをした。このキザったらしいセリフと態度に、ゾゾっと背中を虫酸が走り抜ける感覚がした。


「あれ〜あれれ…?それはフォンタナ家の方からの試合放棄で、私の勝ちと言う事ですか?」「いえ、姫君それは…、両家のメンツもありまして、中を取って引き分けとして頂けると嬉しいのですが?」「私は別に?エダードス様でしたっけ、貴方と刃を交える事に不足は感じません。決闘(やり)ましょう。」


 その時にラヴィニアは、しまったとカレンの意図を汲みとった。ラヴィニアの代理人が"少女の"カレンと決闘をすれば、勝っても負けてもフォンタナ家の不名誉と貴族の間での評判に影響をする。まして、怪我でもさせよう物なら末代までの家の恥であると、そこまで気付いてカレンの純白のドレスを見直す。


 "そう言う意図か〜!"純白のドレスに僅かでも血が付着すれば、大々的にフォンタナ家の不調法を言い立てる積もりかと、ラヴィニアは目から光線でも出そうな勢いでカレンを睨んだ。「クスクスクス………、ほっら〜、エダードス様。乙女を待たさないでくださいませ。」


 試合が始まれば、フォンタナ家の敗北が決定してしまう。エダードスは、ラヴィニアをチラ見してはため息を吐き、その判断を仰ごうとする。剣の道に優れてはいても、こうした駆け引きの能力を見て採用した訳ではない。ラヴィニアは、カレンの腹黒さに目眩いがしそうになった。


 腹黒いと思われては、カレンの方にも一応も二応も言い分が有った。彼女は、貴族のメンツなんて、ドゥースに危害が無ければ如何でも良い人間なので、適当に良い所まで戦って貰い、負けてラヴィニアの機嫌が戻れば良かったのだ。カインの思惑もあって、"適当に良い所"という条件を満たす腕の持ち主を家中で探したが居ない。


 仕方なく市中を探せば、目ぼしい所は遠出しているか、どこぞの圧力が掛かって勧誘は不発に終わった。ここで、カレンのイタズラっ気が目を覚ました。それが、前述のフォンタナに対する"傷に塩を塗り込む対応"となった理由だ。


 "お父様の思惑に乗るのは如何かと思うけど、アチラから仕掛けて来たのだから仕方ないよね?"とは、カレンの弁である。


「先生〜、エダードス様が踏ん切りが着かなさそうなので、立会人の方から試合開始の合図を貰えません?」「ターク卿、迷われて居ても決着はつきません。宜しければ、宣誓をされて開始と致しますが?」「待って〜、待ってください。こちらも、代理の代理を立てますから……。」


 咄嗟に思い付いたラヴィニアは、"練武場でイジメに遭っています。至急、お助けください。ラヴィニア"と、噂の3年生に祈る様な気持ちでメモを出した。


 ここから、3年生の教室までの距離は近い。時間稼ぎをしている内に、ラヴィニアが待望のアイスドール・(プゥペ・デ・グラス・)クリィッシー (ラ・クリィッシー)が姿を見せた。


 この娘は、剣聖の一族に連なる"曰く付き"の剣の神童だった。曰く付きの部分は、イジメっ子に対して異常なまでの残忍、冷酷な仕打ちが出来る所だ。クリスが入学したての頃、大人しい彼女を威圧しようと練武場の裏に悪童達が呼び出した事がある。そして、5人の悪童は悉く半殺しの目に遭ったのだ。


 ただの半殺しでは無い。光のマナ法使いの彼女は、殺さない程度に痛め付けては癒しを与え、また殺さない程度に痛め付けるを繰り返した。クリスが、その凄惨な仕返しを繰り返す事3回目にして悪童達の目を覗けば、それだけで彼等は白目を剥いて失神・失禁をする。その徹底した痛め付けぶりで、他の学院生に怖れられた。


 そうして付いた2つ名が、アイスドール(プゥペ・デ・グラス)となった。当然、学院に苦情が行くかと思われたが、剣聖=侯爵家の係累でもあり、その弟子で神童である彼女に叱責は有っても、そもそも女の子に手を出して返り討ちに遭った事は、貴族家の恥なので親達からの訴えは無かった。


 ラヴィニアが、そんなクリスに何やら自分の都合の良い事を吹き込む。そうして、対峙した2人は名乗りを上げて宣誓をする。カレンは、欣喜雀躍する様にクルリとその場で軽やかなターンをして、クリスに話しかけた。クリスは、そのターンの重心が非常に安定している事に気付いて、容易ならざる敵と認識する。


「さあ!クリスチアーヌ様、共にひと差し舞いましょうほどに……。」「ああ…、お願いする。」その言葉を聞いて、カレンはニッコリと微笑んだ………。






連休ですね。連休だー、普通なら筆休みを貰って何処かへ遊びに行く所ですが、コロナ禍で儘なりません。出られない連休なんて・・・、このストレスは筆に託して解消します。


※言って居りませんでしたが、設定は順次、行政区詳細に転記します。


次回は、'20-5/11日0時〜のリリース予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ