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アドリアンの忠告。



今回は、後半グダグダしています。前倒しリリースをしました。では、お楽しみになさって下さい。

 












「うん………、あ…ん………、いま、あさ?」








 わたくしは、ねぼけて、、、「んー、はぁ〜、くちゅん!………」おーきな、あくびとかわいいくしゃみね…。




 "うーん"と、背伸びをして、全身に酸素を行き渡らせます。



 そうして、頭が働き出しました。働き出したのは良いのですが、この枕の感触?腕の動きを阻むコレって………、"ガバ!"私は、寝床の上で体を起こしまして、状況を見て"びくっ〜!?"としました。


 辺りは真っ暗闇です。天幕の中と思い出しまして、眺めて見れば天幕の厚い布地の外も真っ暗みたいです。周囲も冷気と夜の気配に満ちてますし、まだまだ夜中とかでしょうか…。それより、大きな問題が………ガ〜ガ〜ガ〜ガ〜ガ〜…、いくら繰り返しても、現実からは逃れられませんね。


 同じ寝床に旦那様がいらっしゃいまして、さっきまで一緒に寝ていたみたいです。


 しかも、腕枕で…(泣)。「い〜や〜………………(放心)。」











 失礼しました。しばし、現実逃避ボタンが押されていたみたいです。「はぁはぁ…、はっはっはー、ひっひっふー、ひっひっふー、みーよーいつむーななやー…って、まだ戻ってないやん!」ラマーズ法の練習かたがた、1人ボケツッコミを入れるくらいにショックでした……。


 何よりムームーと同じに気を許して、旦那様とはいえ男にしがみ付いて寝ていたのですよ?自分が信じられなーい。この淑女の私めが〜、、、「ナンデェ、オーマイガー!!」


 これだけ大声を出しても、こいつ起きやがりません!こういう〜、無神経な所が大嫌いなのですわ。極楽トンボの寝顔を指先で突いて、ぐりぐり〜、ムニュムニュ〜って、してしまいました。それでも起きないって、どんだけ〜〜〜。


「うーむ、んん〜。」やっと、起きたかと思ったら、私の手を払いのけて寝返りを打って背を向け寝直しやがりました。思わずカーっと来てしましたが、ハッとして自分の体に異常が無いか確かめてみます。


「………………………ほー、良かった…。」


 さすがに妊婦を襲う趣味は無いらしく、ホッと胸を撫で下ろしました。


「ムッシュが、ずいぶんと焦ってマダームを探しておられたらしいですよ。」胸を撫で下ろした序で(ついで)に、クリスの言葉を思い出します。


「さっきも、見かけた時に息急き(いきせき)切ってらっしゃいましたから、よっぽど愛されていますよね(ウインク)。」"やかましい!ウインクだけ余計です!"なんて言ったら、後でクリスさんが喜びそうですから、この時は黙り(だんまり)を決め込みました。


 はー、このワンコの様な所が、可愛いのよね。仕方ありません、もう少し寝かせて上げますか。ん?、誰が可愛いいんだっけ?……。頭痛が……、寝起きなのにドップリと精神的な疲れを感じて、寝床の横に置いたライフルケースの取っ手を探します。


 目の前に、ポヤンと螢火が点ります。私はアルヴ古語でシルフィ達に、"ありがとう。もう、天幕の中は記憶しましたから明かりは消しても宜しいのですよ"この子達は、生命の火を代償に螢火を作ることが出来るのです。


 本当は夜目が効きますから明かりは要らないのですが、シルフィのサービスでしょうね。見えるからそんなの必要ないなんて、彼等の好意を無にするような心ない言い方はしません。


 いくら自然界の元素が固まって出来た存在とはいえ、無邪気に使い過ぎるのもどうかと思います。季節外れの螢が飛んだと思ったら、多分それはシルフィ達の生命の灯火かも知れません。


 肉体のあるシレーヌは意思表示がハッキリとしていますが、希薄な存在のシルフィは余程の好意でも無い限り願い事以外は自主的に行いません。


 ここまで騒いでも夜番が声を掛けて来ないのは、旦那様と2人きりの天幕だからでしょう。周りも、私達の事となると手慣れた物です。それに、このロシェの森の事は、何が有っても直ぐにシルフィが知らせて来ますしね。


 私は、再度寝入った方々の睡眠を妨げないように注意しながら、仕度をしてテクテクと歩いて森を抜け海岸に出ました。私からすれば、周囲は昼間のように明るく見えます。潮風が体に纏わり付いて、血の臭いさえしなければ気持ちの良い場所なんですが…。


 少し行くと岩場が有りましたので、そこに登ってケースを開いて、ビロードに包まれたライフルとガンオイルやウエスなど手入れ道具と共に岩の上に敷いた帆布に広げました。対岸に、オンフルーレ要塞の常夜灯がチラチラと揺れて居ます。


 山と森に邪魔されて見えませんがこちら側には、ゴンフレヴィル要塞が在ってモン・ビヨンヌの河口を守る双子の要塞です。推測すると今回の敵は、ゴンフレヴィルの裏手にでて、河口の周りの防備がどの程度か様子を見るつもりだったみたいです。


 我が国の軍を相手にした本格的な侵攻なら、10個師団規模(10〜20万人)は必要になり補給や戦費が馬鹿になりません。侵攻にはガゾンブリア陸軍の半数以上が必要ですが、勝利を目指すのなら更に戦争当事国以外の第三者勢力との連合も考えねばなりません。


 ガゾンブリアの要、ノーサンブリアの現状を鑑みてパワーバランスでアイテシア優位に傾きつつある今それは無謀な賭けに見えますが、得てして追い詰められた方が先に牙を剥くのが世の常と言えるでしょう。


 ガゾンブリアに一発逆転の目がある内は、我が国に油断という文字はありません。他国の興隆を快く思わない勢力が居ても、全く不思議には思いませんしね。


旋条(ライフリング)は、マ法金属刃の切削器を使って溝切りしているので高くついただけ有って出来は上々ですが、やはり、マナの伝達系に問題があるようです。コッキングレバーを回して引くだけで排莢は出来ますが、シリカが薬室(チャンバー)に燃え残って溜まるので作動不良の原因になりますね。」


 マ法金属ですか?大地の生命エネルギーが凝集された特別な金属鉱を、ドワーフ職人のマ法技術によって加工した物です。人間では扱えない融点と硬度を持っていて、今回の様な切削工具の刃に使うと磨耗しないので大変便利なんです。但し、強欲な種族の加工ですから、高額になりますよ。


 中世期でも、ライフリング技術は存在して居りました。ただ、弾を送り出す炸薬(ガンパウダー)を黒色火薬に頼っていた時代ですから、銃の中での燃焼によって煤が溜まって、弾と銃身内側の遊びの少ないライフルには作動不良が付いて回っていたのです。


 黒色火薬は無煙火薬に比べて、大量の煙りを出します。銃の作動不良だけでなく、窪地などの風で吹き飛ばられ難い環境だと敵味方の判別が着かない位に滞留します。遠近感を誤魔化す目的で制帽がバカ高く出来ていたり、特徴的なのは視界が効かない条件下を想定しているからです。


 ですから、この時期は火縄(マッチ・ロック)火打ち石(フリント・ロック)式銃に代表される、銃身内壁に螺旋の溝切りが無く、弾丸と内壁の隙間が多い滑腔式銃が全盛でした。滑腔式に使用された弾は丸くて、飛んで行く過程で球形だと空気抵抗が大きく弾速が遅いのです。


 弾は遠くまで飛びづらく、またキリモミ効果を持たないので弾道も野球の変化球のように変化しがちで安定せず、とてもでは無いけれど遠距離精密射撃には向きません。初期の銃弾は貫通力も貧弱で、青竹で弾く事が出来たほどだそうです。


 では、無煙火薬を研究して採用すれば?と普通は思いますが、使われる薬品の危険性が高く前世でも開発過程で再三事故を起こしております。そこで、他国の技術者が理解したとしても、マネがし難いマ化技術を開発しました。それが、今世に相応しいマ法陣の極小化です。


 むかーしの法陣は、地面に半径2トワ(=約4m)に及ぶ複雑な幾何学文様が描かれ、水晶粉で線をなぞり各種聖遺物を配して生贄を捧げ法術師(ドルイド)の詠唱と血の盟約により発動します。主に、豊作祈願やら、重大な怪我や失病の治癒の祈りに使われます。


 この時代には、法陣が半トワ(=約1m)以内、既に複雑な詠唱が折り込み済みの聖別されたインクを使用して、生贄と遺物は省いて簡素化された文様を紙に描き発動のマナを通すだけにされています。詠唱が折り込まれているとは、基礎(オペレーション)プログラムが組み込まれた状態と理解しています。


 法陣は、電気の代わりにマナを流す、一種の電気回路と理解した方が宜しいでしょう。ですから極小化技術は、原寸の大きな法陣をレンズで小さくして集積回路のように極小化する発想から生まれました。


 装薬代わりは紙の法陣ですから、戦場で持ち歩くには鉛部の弾芯に薬莢を被せて保護してやる必要が有ります。薬莢は他に、薬室で銃身に弾頭の先をセットする役目も負います。


 目下の悩みどころは、火薬では無いので撃針(ファイアリングピン)を廃したのですが、ピンポイントでマナの伝達を行うためにこれに似た機構を備えて弾丸後部の法陣の保護用シリカを如何に減らすかですね。


 硝酸銀など写真製版に欠かせない薬液の合成やら、グーテンベルクの活版印刷の先を行くオフセット印刷の実現などで使った金額は、ロレッタ家でさえ一式しか所有していない国宝級マ法金属の鎧と宝剣が買えるでしょうね。資金の出所は、私のヘソクリが主です。


 エンフォートもバーゼルも、領の税収は右肩上がりです。エンフォートで前年の税収は前々年比300%くらいなんで、税収の3分の1をお父様が奮発してくれました。私が蒔いた様々な産業の種が芽吹いて、そのアイディア料を10年以上前から税収の中で頂いて居ります。


 金貨にしたら、新居の床が確実に抜けますから、為替にしてお父様が預かってくれています。提案を採用するも拒否をするも経営判断です。


 "私は、儲けから出る税金の中で頂ければ結構です。私個人に報いようとお考えにならず、そのお気持ちを皆様のための領政に向けて下さいせ。"と、商工業者から直接の報酬はお申し出が有っても頂いて居りません。



 その時、岩場を登る影が背後に迫っていたのは気付いていたのですが、天幕のそばから尾行されているのはシルフィの報告で知って居たので慌てず声が掛かるのを待ちます。しばらく佇むと、その影は私に話しかけて来ました。


「よう!姫さん、良い夜だな。」群雲が風で流されて、時どき中天の半月(ドゥミ・リューヌ)が顔を出します。「ええ、本当に。今みたいに、少し肌寒いくらいが私の好みですわ、アドリアンさん。」


「なんでぇ、バレて居たんで…。で、いつ頃からなんで?」「最初の方からです。足音の大きさから体重を、歩幅から身長を、歩き方の特徴から個人を特定できます。それに今の掛け声で、分からないと思いまして?ふふ、可笑しい人w」「ほう、歩き方の特徴でやんすか?」


「貴方は、右足を地面から離すときに親指の付け根辺りでグリっと捻る癖があるでしょ。他は、秘密です。」シルフィやシレーヌの事は、誰にも秘密にしています。今回の襲撃が事前に知れたのも、神のお告げって誤魔化していたり。


 だって、戦場で優位を確保できる手段なんですもの、いつ何処で漏れても良い情報以外は秘匿しております。それより注意しなければならないのは、アドリアンが私の事を"姫さん"と呼んだ事です。


 アドリアンが姫なんて呼び方をする時は、昔を懐かしむ時か私が聞きたくない事を言う時です。彼は、両手を大仰に開いて肩を竦めるとボヤいて見せます。


「俺は、お貴族さんじゃないんでね。姫さんみたいに、足音や姿を消すマ法を使えないんでやさ〜。それより、銃の手入れをするフリして海岸線を見つめて如何したんでやんすか?」「姫なんて、随分と久しぶりの呼ばれ方をしたわ、何時ぶりからかしら?」


 イヤ〜な予感がして、アドリアンの方を向き直ります。「ああ、アレを見て、潮騒に夜光虫が光ってとっても幻想的だわ〜。自然の営みって、美しくて素晴らくて愛おしみさえ感じない?」「姫さん………、」


 何とか話題そらしをしようとしますが、「マッタク…、水臭いったら。俺とアンタの仲だ、誤魔化さなくても良いんでやんすぜ。」こういう所が男の融通の利かなさというか、女に誤魔化されてやるのも甲斐性の内なのにコレって決めたら貫徹しようとする(苦笑)。


 私の前世は男だったから解りますが、良きにつけ悪しきにつけ融通の利かなさがタチの悪い所だと思います。男という存在に対して近親憎悪に近い感情を抱きながら、ため息を吐き、頭の後ろをポリポリやって、「貴方には敵いませんね。何が聞きたいのです?」


「俺は、アルの坊ちゃんと同じく頭が回る方じゃないし、学がある訳でも無いんで、前々からこの戦争がどうなるのか姫さんに聞いて見たかったんでやさー。」


 私はホッと胸を撫で下ろして、「今のノーサンブリア王は、ブリイスにアイテシアと戦争をするようにケシかけて、連邦内部でも一番国力の落ちた自分より下に調整しようとしています。まあ、狡猾な所が彼らしくも有るのですが、一国を担う者としてこの冷酷さは責められべきモノでもないでしょう。」


 彼の瞳を覗き込んで、「今回の事で、情報力、即応力を見せ付けましたから、頭の良い彼が気付いて自重してくれれば当分は落ち着きます。」「気休めだな。姫さんの顔には、そんな事で彼奴等は諦めはしないと書いてある。」


 私は、チッと軽い舌打ちをして肩を竦めますと、「やっぱり、アドリアンさんには分かります?」「姫さん、出会った時から変わんねぇ〜な。その、イタズラっ気な所がよ〜。そんなのは、アル坊ちゃんかクレマンの坊やにでも言ってやれば気休め位にはなるでやんしょ。」


「そうね、少し貴方を試す積もりでした。高い確率でバンベルク辺りが介入しまして、ガゾンブリアの後背を扼すべきメノルカが動かず、国内で内応する勢力が騒ぎ立てるでしょう。技術立国バンベルクのお株を奪い過ぎましたし、メノルカは借金という弱味がありますし。彼ら曰く、シャルドロンはブリイスの物だと、我が国の一部を割譲すべしと、そうするとバーゼルも無事では済まないわね。そんな主張をして来るはずです。」


「それで、銃の手入れをしつつ、次の戦場に思いでも馳せてたんで?」「まーね。」と視線を海岸に戻したのに、「それも、嘘でげしょう?」こんな事を言うから忌々しくてアドリアンの顔を見返しました。「本当は、何が言いたいの?」


 "たくよぉ〜、この嬢ちゃんだけは、昔から本心を上手に隠そうとするんだから………"と、何やらブツブツと呟くアドリアンが、「おりゃ〜、姫さんが"出会った時から変わらない"と言ったんで、あんた死者を悼みに来たんでやんしょ?」「………。」


「でなきゃ、姫さんなら銃に潮風が悪いのは百も承知の助、こんな肌寒い場所で手入れせずともクリスの嬢ちゃん達の天幕でなさるはずでやんしょ?食べもんの量も種類も少ないのは、本当は食べたく無いのにお腹の子の為に無理して食事をされているんじゃないんで?」


 私は、視線の先を手元に置いて黙りました。「へー、貴族院を1年と経たず卒業するほど学があり、俺達を導く賢さもありやすのに、あんたでも返答に窮する事があるんだな。」「ほんっとうーに、今日の貴方はいやらしいわね。」


「いやらしくて結構、そんな事は先刻承知でさぁー。さっきから見ていると、月明かりに浮かぶ姫さんの後ろ姿は肩が震えて泣いている様にしか見えませんでしたぜ?」"そんな事はない…"と言いかけて、それを言うと強がりだと思われて彼の言動を肯定する事になりますから自重します。


「姫さん、あんた生き急いじゃ〜ありやせんか?あっしも、出会った頃はそんなでやんしたから、分かって居りやすぜ。」「生き急ぐ…、」私は、彼の言葉を口の中で転がします。


「死ねねーから生きる。ガムシャラに生きて、その先の死のゴールを早く潜り抜けたい。そんな、生き方でやす。俺が育ったのは、サラザードのゴミ溜めの様な貧民街でやんした。オイラが人を殺めたって云うのは本当でやす。」「それは、存じております。」「血の繋がった父を、手にかけたと聞いて居りやんしたか?」


「そこは、初めて伺います。」「なーに、父とは言っても血が繋がっているってだけの、どうしようもないクソ野朗でしたがね。あっしに取っちゃ、育ての父が本当の親父だと思って居りやす。」


 彼の血の繋がった実父は、貧民街の顔役で気に入った女なら、生娘でも人妻でも力尽くでモノにしたそうです。それで、彼の母親も狙われて拉致され、彼を宿して捨てられるまで顔役の家でやりたい放題されていたそうです。


 どこで、産まれる前の事を聞いたのか?尋ねたら、「俺のお袋です。"お前なんか産まれて来なければ良かった"を子守歌代わりに育ちやんしたんでね。」と、事も無げに…。


「貴方は、本当に食えない方ね。学がないとか、賢くないとか言う割に、思わぬ所から斬り込んで自分の弱点をさらけ出して、私が言いたくもない本心を言わざるを得ない様にして聞きだそうなんてトボけた策士だわ。」


 アドリアンがニヤリとした顔をしました。図星を指されても、怯むつもりも無いという事ですか手強いわ。こういう所で、彼の戦闘センスが伺えます。「お綺麗な姫さんには、刺激が強うござんすか?」「いいえ、平気ですが、妊婦ですから胎教に悪いのでお手柔らかにお願い致します。」


「ふむ…、さすが姫さんだな。俺達の師匠だけあって、姫さんもなかなか食えんよ。まー、いい、ともかくお袋は俺の育児を放棄して、親父に放り投げやがった。親父も俺を要領よく見捨てりゃいいのに、親父にとっちゃ乳飲み子のオイラが不憫だったんでしょう。馬鹿正直に貰い乳をしながらもオイラを育てたんですよ。」


 "まったく、お人好しにも程がある"と、ブツブツ言いながらも、何となく嬉しげです。「良くある話さ、普通の貴族は税金(あがり)さえ入れりゃ、俺達平民の事なんざ、たいした興味も無いんでやしょ?」


 彼の父親と母親が、まだマトモな夫婦生活を営んで居た時に父は腕の立つ時計職人でした。母親を顔役の所からコッソリ連れ出そうとして、身体が不自由になる程の暴行を受けられてしまったそうです。結局は、孕んで面倒になった所で、玄関先に母親が放り投げられていたと…。


 その後も彼が説明するには、「親父の優しさが、孕んで捨てられたお袋とオイラと3人の家庭をギリギリで繋ぎ留めていたんでやんす。それでも、力尽きてオイラが5歳の時に首を括って果てちまいやした。」と、淡々とした所が寂し気に話します。


「それは、ショックでしたでしょう。」「いえね、ショックはショックでやんしたが、やっと親父も苦しみから解放されると思ったら複雑な気持ちになりやした。これはあっしの勘なんでやんすが、この燃え尽きる前の親父と姫さんと同じ匂いがするんでやさ。」


 それからも、私と出会うまでの経緯を話してくれました。彼のお父様が亡くなると、お母様は彼を虐待をしたそうです。食事を用意しないに始まり、遂には殴る蹴るの直接の暴力を受けてなお、父親の匂いの染み付いた家を離れられず一緒に暮らして居たそうです。生きる為には仕方なく、母親は体を売って生活していました。


 そのうち彼は、殺人以外のあらゆる悪いと云われる行いをするようになって居ました。悪い事をしていると嫌な境涯も忘れられますし、悪い仲間も増えます。仲間と暴れまわっている内、警察署が出来て取締りが厳しい物になりました。そんな中で母親もまた、父親の後を追う様に自殺をして居なくなってしまいました。


 捕まって1週間ぶりに家に帰ると、木のテーブルに小石で傷を入れて記した"ごめんなさい(エクスキュゼ・モワ)"の言葉と、冷たくなった母親の骸がありました。「結局お袋は、親父を心から愛して居たんでやしょう。どうしても汚れた自分の体とそのキッカケが許せず果てに自らの命を断った、今となればそう思いやす。」


 母親らしいことをして貰った覚えが無かった彼も、愛し合う夫婦が力尽くで引き裂かれ人間が壊されてしまう事に、泣いて泣いて世の中の理不尽を呪ったそうです。「奴の首を絞めた時は、鶏を絞めるより簡単でしたぜ。」と、淡々として自分の行いを語りました。


 実父を手にかけた後、もともと強引な手腕でまとめ上げられた組織も、頭が居なくなれば組織同士の抗争に勝てず、逃亡した彼を捜索する暇もなく潰されてしまいました。とりあえずの復讐が終わると、彼の感情は警察とそれを作った私の両親に向きます。


 悪い事をしたら捕らえられるなら、何故、そんな警察組織が早く出来なかったのか、何故、民を守っていると公言する貴族が民の苦しみに無関心なのか、何故、今頃になって俺たちばかりを捕まえて苦しめるのかを逆恨みしたそうです。


「そうして、警察を作った姫さんのご両親にも怒りの矛先を向けやした。姫さんの市場を仲間と襲ったのも、唆されたのも有りやすが、何より世の中に怒りをブツけたかったんでやんす。」「ええ、私もあの時は、随分と慌てましたわ。何せ、周到な罠が幾重にも仕掛けられ、瞬く間に護衛が無力化されましたもの。」


 一瞬で、私の護衛のマ法使いまで無力化されましたもの、その知力は取り込むに値すると考えました。「だが、姫さんの強さは群を抜いてやした。5、6歳の小さな女の子が、まさかオイラに立ち向かって来るとも、打ち倒されるとも思っても見やせんでした。」


 最初の計画では、私を誘拐して公爵家をゆする積もりだったのを、私が強いとは誰も予想は出来なかったのです。あの場では、私が前に立つ事で油断を誘い、1対1に持ち込んで倒す事が最善でした。後から手を出して来る奴が居たとしても、リーダーがやられて浮き足だった後では実力の半分も出せません。


「俺達が何より撃たれたのは棍棒では無く、今まで相手にもされない雲の上の存在が面と向かって相手にしてくれた事でやんした。あれだけ強い姫が、悲しみの涙で俺達の命の貴重さ大切さを捨てることを嘆かれやんした。」


 その優しさに触れ、清らかな涙に感動して、明日をも考えぬ連中がこの少女だけは守らなければならないと思ったみたいです。「その優しいアンタが、敵兵だからって、その死に平気でいられる訳はないと思いやす。優しさの大きな翼で、オイラ達を包み込んで敵も憫む。それが姫さんの生き方でげしょ?」


 いつの間にかアドリアンの顔が紅潮して、「姫さんは、誇り高い本物の貴族でやす。今にも倒れ込みそうでも、翼がボロボロになろうと、口から血ヘドを吐こうと突き進み続けなさる。どうかお願いしやす、翼を預けられる場所でその傷を癒してくだせい。」


「やーね、他人からは、そんな風に見えます?」


「さいです。焼き切れる寸前の危うさを、その無意識に腹を撫でる手の動きに感じやす。とても、乱暴されて孕まされた女の動きじゃありやせん。お腹の子も、その父親も、大切に思っているんでやしょ?なら、翼を休めるのは旦那さんのモトだけでやんす。旦那さんを受け入れてやんなせい。」


 "自分より、他人の方が自分をよく見ている"と、誰か言ってたっけ?まーいいわ、それにしても不思議ね。あの市場の暴れん坊が、10年でよく成長したモノだわ。


 Le bonheur est parfois caché dans l’inconnu.(=ル ボヌール エ パルフォワ カシェ ドン ランコニュ)『幸せは時々、未知の中に隠されている』かも知れません。


「分かりました。旦那様を、少しは受け入れるようにしましょう………。」





アドリアンの母は酷く見えますが、育児放棄も虐待も自分が受けた理不尽な扱いに対する代償行為です。何時も、虐待のあと、自分の行いに嫌悪と罪悪感を覚えていました。そこは彼も理解する所で、母親を憎み切る事は出来ません。


次回は、'20-4/20日0〜からのリリースです。

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