貴族院入学と多重思考。
ついに、9700文字弱。ひと頃に比べて、ボリュームが倍化しています。では、1話で、2話分をお楽しみください。
俺の前世は左利きだ。母方の山添の祖母が厳しい人で、世の中は右利き用で溢れているし見っともないからと言われて小さい時に矯正されたんだ。
それ以来、右も左も使える両手利きだよ。今世の体はどっちかと言うと両手利きで、更にグレードアップして左右で別々の動きが出来たりする。
例えばドラマーが、右で円運動、左で直線運動をするのと同じと言ったら理解して貰える?違うのが、単純な運動の分割ではなくて、それぞれで別々の文章を書ける位に意識を分割集中出来るって事なんだ。
誰でも、二つ以上の事は出来る。出来るが他方が疎かになって、とても集中しているとは言い難い。人間は、一つの事にしか集中していられない動物だと何かの本で読んだ事がある様に記憶しているけど、こうして実例が有るとイマイチ眉唾物かなと思う。
俺は今まで、自分らしく生きる為に頭脳を酷使してきたと言える。公爵令嬢なんて、他人が羨む程のそんなに自由な生き物では無いんだ。流されるままに生きられる性格なら、奢侈と驕り昂りの中に逃げて楽に生きられたかも知れない。
欲望と嫉妬と羨望が絡み合う中で己れを見失わず生きる為には、頭脳をフル回転させる必要があるんだ。フル回転させた結果、意識は一つなのに複数の事象を思考する様になってしまった。
前世でも、これだけ都合の良い話は聞いた事ないわって、さすが異世界だな何でもアリアリ?と考え着いた所で、
「マドモアゼール、何か可笑しな事でも有りましたかな?」なんて、初老の紳士が柔和な笑顔で問いかけてきた。無論、目は細められて眼光は厳しいので心からの微笑みでは無い。まるで、機嫌を損ねた時の婆ちゃんみたいだな。
今は、貴族院初等部のクラス分け、最初の考査の真っ最中だったりする。"この体が特別製なのかな?母ちゃんなら何となく不思議を感じないけど、あの父ちゃんの遺伝子が?と思ったら反射的に"ぷっ"と吹いちゃった。
思考が別れていても、リソースを使い過ぎると予期しない所で地が出ちゃう。体というデバイスは一つなので、注意して抑えて居たんだけどな〜…。
「いいえ先生、何でも御座いません。」「そうかね?なら、目の前の試験に集中したまえ。」「後ほど、試験の内容を変えて再試をお願いして宜しいでしょうか?」先生に手招きをされて、小声で理由を聞かれた。「何故だね?」
「私これでも集中して居りまして、二つ以上の事柄に集中できるのをお見せしたいのです。」今後、授業中でも複数の書類を纏める積もりだから、いちいちイチャモンを付けられたら敵わん。何でも最初が肝心だよ。
「お父上に、お嬢様のマナの発現はまだ無いからとは仰られておられたが、このテストはガラス張りの箱に入った水晶粉を使う物で、平民でも集中すれば反応があるからとご許可頂いたのです。だから順番を、落ち着ける最後の方に回したのですが、、、…。」
貴族院には、貴族なら誰でも入学を許されるけど、クラス分け、飛び級、落第もある。最初はクラス分けの試験で、学力やマナ発現の強弱により適切な指導を行う為に振り分けがある。貴族院初等部は、日本の小学低学年の教科と異なっているんだ。
【貴族院初等部低学年教科】
*算数
*国学(神学・国語・歴史・地理)
*教養(奏楽・ダンス・詩歌・絵画)
*マナ法基礎
今は、我が国には欠かせないマ法の基礎を学ぶ科目の考査中なんだ。発現があって、イメージした事象を現実化する力を持っていても、マナは生命力だから限度を超えて使うと気絶をしたり、最悪はマナ枯れによる死亡なんて事もある。
皆んな発現はあっても、術法が分からないからマ法が使えない状態だね。子供達が精神的に幼い内は、どこの親も事故を恐れて術法の編み方を教えない。
自己のマナを触媒に、より大きな事象改変も可能だが、術式が複雑になり過ぎて意識上では不可能なんで、聖別されたインクで表された法陣がある。
「ですから、2本のペンと2枚の紙が有れば、左右別々の文章を記して見せます。まさかヴィリエ先生は、文章を書いても集中はしていないと強弁は為さらないですよね?」
「無論だとも。言われた事が可能であればだがね。お昼までに学長に話を通して置くから、昼一番にテストをしよう。」「道具さえ揃えて頂ければ、5分ほどで3000文字以上は筆記しますわ。」
尊大とは行かないまでも、無理だみたいな態度だったんでニッコリと余裕の微笑みを浮かべたら、向こうはピクピクとヒクついた笑顔にならない笑い方で返して来た。まー、先生のプライドを刺激した事は確かだね。
そうやって表面に現れているのも、バックグラウンドで思考しているのも、同じ自我意識の内だよ。
乖離性障害の内の多重人格障害よりか、多動性障害の内の並列情報処理が出来る感じに近いかな。記憶や思考毎に自我を持っている訳ではなく、あくまでも一つの自我が思考をコントロールしている。
だいたい、一つの肉体に多数の自我が並立していると、自我同士で存在意義を争ったり、存在に疑念を抱いて自殺をしたりは、実際の病気から来た考察によるSF小説のオハコだよ。
それっくらい不自由なのに、異世界ノベルでは普通に並列意識や並列思考を然も便利そうに述べているのは不自然に思う。今の自分が置かれた状況から、脳の働きについて仮説を立ててみた。
構造上人間は、いくつかの神経ネットワークのサポートを受けながら生活をしている。網膜、心臓、呼吸器、脹脛のそれぞれに分散した神経ネットワークがあるんだ。
例えば脹脛のは、踏み出した距離や路面の状態に合わせて、複雑な計算の元に最適な角度で地面を踏み締めるように作られている。
路面の状態は、網膜ネットワークで映像信号に処理されて脳の後部に送られ、脹脛ネットワークの連携を意識と無意識の両方でとりながら人間は歩行という行為を行うと思われる。
分かり良く言うと、左脹脛課長と右脹脛課長に網膜課長が無意識野部長の判断で動き、部長判断で余る部分だけ意識社長の決済を仰ぐのがニューロネットワークなんだ。二足歩行って、それだけ大変だし素晴らしい事だよ。
二足歩行ロボットが、あんなに大きくて不恰好な足裏をしているのは、脹脛神経ネットワークの再現が容易では無いからだ。ここからが本題だけど、人間は脳の領域を効率よく使用して居ないのではないか?と考える。
確かに、数%しか脳を使用して居ないというのは都市伝説だけど、脳には幾つもの人格を容れて置けるし、訓練次第では情報処理も同時並列的に行える。
脳をいくら切り刻んでも、自我意識が何処から来るのか?は判然としないとなると、全身の神経ネットワークが自我の拠り所で、必ずしも複数の自我で情報処理を行う必要は無いという事だと思う。ハード的には、という条件が付くけどね。
生まれ代りという体験をしてみて、魂に記憶が刻まれ自我の拠り所で有れば、魂のグレードが上がって能力が向上しているって仮説が立てられる。ま、肉体と魂は相互干渉の関係にあると思う。世紀の発見なのに、実証する手段が無いのは悔やまれるなぁ〜。
他の思考チャンネルで、農産物の展望を考えている。丁度昼時で、食事を摂りながらだよ。
ジャガイモとトマトは、最初に手を付けた中でも素晴らしい成果を出した作物だよ。他にも同時期に、ピーナッツやサツマイモを導入したけど、地力を吸うから輪栽式農法のサイクルに入れて未だ試験をしてるとこ。
次は、この北アイテシアでも栽培されていたサワーオレンジと、メノルカの大豆の出番かな。サワーオレンジは、爽やかな苦味とキツイ酸味で生食には向かないが、香りは良いのでビガラードソースには向いている。
本家本元のオレンジソースには、ワインビネガーとカラメルソースでガストリックを作って、オレンジジュースを入れて伸ばして煮詰めるんだ。
だから、サワーオレンジを使う事でワインビネガーはパスできる。寧ろ、香りの分だけこっちが良いかも知れない。前世で四国に旅行をした時、日本版サワーオレンジの橙汁に漬けたネタで握ったお寿司の美味しかった事と言ったらなかったよ。
農産物として利用するには、この耐寒性の強いサワーオレンジに普通の甘いオレンジを接ぎ木して、このアイテシアでもオレンジを安く普及してやる事だ。接ぎ木オレンジでも酸味は残るだろうけど、ジュースにして得意の水飴で甘味を添えると香り高そうな分は良い。
オレンジソースには鴨肉がベストマッチするんで、鴨のロースト・ビガラードソースでも伝授するかな。
基本のドビソース(ルゥを使う物と使わない物2種)、トマトソース、マデラ・赤・白ワインソース、マヨネーズと派生のタルタルソース、バルサミコソース、ピストソース、ベシャメル派生のモルネーソース、ロックフォールソースは伝えてあるよ。
オランデーズは、メノルカのマヨネーズを模して作られた物らしい。ベシャメル、ヴィネグレッド系、マスタード、アスパラガス、グレービー系は既に有ったんで、素材による組み合わせに入れる積もりだよ。
グレービー系は、焼いた肉から出る肉汁に香辛料や香草で味付けしてパンでトロ味を付けるのが古くからあった。逆に言えば、肉食中心の貴族にはグレービー系しかソースは無かったんじゃない?
サッと茹でた野菜に、ヴィネグレッド系のドレッシングを掛けたり、アスパラガスソースは、マジシャン・デ・レギュームと言われたクレモンさんのオリジナルだと思うし、ベシャメルやマスタードなんかも怪しい。今度、聞いてみよっと。
まだまだ、伝え足りないソースの種類は10では効かないし、焦がしバターソースの材料に醤油とブランデーを加えたオリジナルソースも画策していたりする。
いっぺんに伝えても、キチンと素材による使い分けを覚えないと、シェフの腕というよりかソースが勝ってしまうから自粛をしている。
料理により、2種類以上のソースの組み合わせが出来るから、なかなか大変なんだ。調理技法にしてもそう、直ぐに全部は伝えないのってシェフの技術吸収能力に合わせているからだよ。
日本で醤油と言えば大豆。東洋では、紀元前から食べられて利用されてきた。だもんで、ヨーロッパに伝わらない訳ないじゃん。
ても、既にヨーロッパではソラマメ・エンドウ豆が有って、中世に入ると新大陸からのインゲン豆をアイテシア人は好み、アリコ・ヴェルなんて若いインゲンを鞘ごと食べている。
若いエンドウ豆の中身=グリーンピースとベーコンの田舎煮は、クレモンさんのオハコみたい。俺も、こうした素朴な田舎料理は大好きだよ。
食べられる豆があって、サポニンが豊富で微妙な苦味がある大豆に人気が出るわけは無かった。しかも大豆は、根粒菌(=空気中の窒素を植物が利用し易くする)を必要とする位に土中の窒素(=大豆タンパクの素)を消費するから連作障害が出やすくて育て難い作物なんだ。
ヨーロッパ人は、大豆の食べ方を知らなかったんだよね。ま、東洋人みたいに豆腐を作ったり、豆腐を揚げて肉がわりにしたり、醤油や味噌なんて発想はおいそれと出ないやな。大豆の若いのの枝豆は、別格の美味なのに〜。
次のターゲットは、オレンジと大豆に決まりだ。もち、大豆は炊いて、白カビチーズの麹菌を培養したのでカビ付けして味噌・醤油を作るよ〜。タンパク質を分解するのに向いたイーストがあって、トライしない謂われはない。
「お嬢様、お嬢様、手が止まってますよ?お戻りください。」「ああ、はいはい。で、どこまで話ましたっけ?」「次のハッピーサプライズの所まで、お話をしていました。」
いけない、イタズラなんて下らない話から、口の中でバター醤油の香りを再現する事に思考のリソースを使い潰してボーっとしてた。思わず、ヨダレがしていないか口をぬぐっちゃった。
学内では、お付きは2名までと決められている。ドゥースはお気に入りだけど、ボチボチ結婚を考えても良い年頃なんじゃない?確か、13歳位から俺に仕えているから、今年は16、7って所だと思う。今、話していたのは、エセルってリュミエラの後任の光マ法使いだよ。
「あの〜、こちらは空いていらっしゃいますか?」て、スンゴイ美少女が尋ねて来た!それも、ダブル美少女w は〜、俺の好みドストライクだわ。是非是非、お友達になりたいわ〜。
エセルが俺の嬉しそうな顔色を見て、「ええどうぞ、席は空いて御座います。」「初めまして、私は今年から入学したアンヌ・カレン・ドヌゥブ・エンフォート・ロレッタ・公爵子と申します。こちらはエセルリア様と、ドゥースさんです。」俺は座ったままで、軽い会釈で挨拶をする。
プレテか、王室でも無い限り、ロレッタ家の者は座った時はそのままの姿勢で挨拶を済ますって、面倒だけどリーラにキツく言われている。
エセルが立ち上がってカーテシーで、「初めましてお嬢様。ただいまご紹介に預かりました、エセルリア・ドゥヌブ・マタン・オペール・男爵子で御座います。」ドゥースは、恥ずかしそうに俯いている。
「私は、アポリネール伯爵家のフロリアーヌと申します。ヴェール・アンジュという田舎の、エリニエ領から参りました、初等部4年になります。以後、お見知り置きくださいませ。こちらは、妹のリリアーヌと申しまして、今年からカレン姫様と同じ学年に入学させて頂きます。妹共々、宜しくお願い致します。」
フロリアーヌとリリアーヌが、揃ってカーテシーで礼をすると2人のお付きもこれに倣った。
「ドゥースさんは、恥じらっている姿がとても魅力的に見えますね」「こら、リリア。まだ挨拶もソコソコなのに他所の方を揶揄っては成りませんよ。妹が不躾な者で、大変申し訳ありません。」これは、チョットだけ驚いた。
伯爵と言えば中級貴族なのに、平民出身のドゥースに謝罪をするなんて、普通の貴族のお嬢様にはあり得ない行動だよ。直感的に友達になりたいと思った女の子が、何やら素敵性格をしていそうでドキドキする。そして、側仕えや下働きの女の子達を順番に紹介してくれた。
「お噂のサラザードの聖女と、私達はお近付きに成りとう御座いました。お噂通りの銀糸の髪の嫋やかさ、宝石の瞳の輝きは気品に溢れてお美しい。」「ご姉妹揃って内なる光りが滲み出て、琥珀のように素晴らしい髪と濃いエメラルドの瞳が魅了して止みませんわ。」
"いえいえ、そんな事ありません"と、面と向かって相手の意を挫く否定形は、謙遜した積もりでも初対面では失礼にあたる。くだけるのは、もっと気さくな間柄になってからね。そんな思いを抱きながら、俺はドゥースの肘の辺りを掴むと"グィッ!"と強く引っ張った。
「そこを退きなさいよ!え、あらあらら…………?」ドゥースの傍を、体当たりに等しい速度で淡い紫色のドレスが通り抜けていく。何者かがドゥースに体当たりするように、ヒソヒソと指示を授けていたのは俺の地獄耳が聞き逃さなかった。
「おっほほ…、うちの側仕えが粗相を致しました。大変、申し訳なく思います。」なるほど、"思う"だけかい。本来は、"存じます"じゃない?謝罪じゃなくて、挑発かよ。
そこはかとなく敵意を漂わせて、顔のパーツの一つ一つは美しいのだけど標準より大きめで、全体的に下品な印象の女の子が若いのにも関わらず厚化粧とツケボクロで赤いドレスを着て現われた。
「あら姫様。初めまして、モンターニュのムールムロン領から参りました、フォンタナ伯爵家のラヴィニアと申します。私も、今年からお姫様と一緒に貴族院で学びますわ。」俺が何も質問をしないのに、この口お化けは勝手にまくし立て始めた。これで同年代か〜、頭痛が痛いし。
こうした公式・準公式の席では、目下の者が目上に声を掛けるのは恥ずべきマナーの筈なんだけどね。これが有名な、マウント取り?貴族のケンカって陰険だわ〜。まー、いっけどね。フォンタナ家は、カロリング家の係累だったっけ。
「まぁ〜、姫様。デュエンファンテにまでお成り遊ばしますのに、もう少しマシなワンちゃんをお連れしないとロレッタ家の格が下がりましてよ?」あー、ドゥースを犬呼ばわりかな。
俺はユックリと立ち上がって、この世の中で最高の母ちゃんのカーテシーをトレースする。その銀糸の髪の毛の1本1本にまで神経が行き届いていそうな匂う様な色香、大輪の花、鳳凰の羽ばたき、その全てを身の内に取り込んでスカートを摘む指先の優美さまで正確に反復をした。
たっぷり3秒は頭を下げて、「これは、うちの者も失礼をば致しました、ご容赦ください。私は、カレンと申します。デュエンファンテの事をご存知で御座いましたら、フルネームはお分かりでしょうから割愛させて頂きます。」
これは、非礼には非礼がえし。目上が目下にへり下って見せて、お前ふざけろよ!って言っているわけ。これが理解できなきゃ、貴族なんて看板を下げ無いとね。
ニッコリと笑った顔で徐々に笑みを深めて、対照的にラヴィニアの顔が蒼くなっていった。緊張感から、周りの空気が徐々に冷んやりと感じる。母ちゃんの周りの温度を下げる技は、娘である俺に受け継がれたようだ。
「あの、折角のお食事が冷めてしまいますよ?」絶妙のタイミングで、フロリアーヌ嬢が口を挟んでくれた。「承知いたしました。ラヴィニア様、お食事に戻りましょう。」"この辺で勘弁しといてやるわい"と、お腹で会話した。
「………えっええ、そうですわね、、、。その様に致しましょう………。」明らかにホッとした顔で逃げて行く背中に、「ドゥースは、私の口です。この人が居なければ、安心して食事も出来ないのです。この人に対して、傷付ける様な者が現れたらデュエンファンテとして対応いたします。」
デュエンファンテは、次期当主として軍の一部を指揮する権威が与えられる。つまり、ドゥースに手出しをすれば、軍事的に蹴散らすぞと脅したわけ。伯爵家だの、公爵家だの、チンケな権威を振りかざす者は、チンケな権威に踏み潰されるが良い。
それを聞いて周囲は一瞬ギョッとしたが、俺がドゥースの手をギュッと握りしめて彼女が耳まで真っ赤になったら、ある者は憧れの眼差しで、またある者は不快気に顔を背け、無関心を装う者もチラホラと見受けられた。
「ああ、なるほど、聖女様と言われるだけ有るわ。側仕えから下働きは、皆んなカレン様に仕えたいと思うはずね。」俺は、そこら辺は理解できない。聖女様と言われる割りに武力をチラつかせたり、身分差を知識で理解しても性根の方は変わらない。
「私は、そこが理解できないのです。聖女様と言われるほど綺麗な人間では無いし、自分の手の届く範囲で身内を守りたいと思っているだけなのです。貴族が国民を守るのは、当たり前の事なのでしょう?」
「それでも、姫様の様な貴族の誇りを持つのは容易では無いと思います。」「私がイメージする聖女は、無限の愛と優しさで、より多くの人々を包み込む存在なんです。」「姫様…、貴女は充分にお優しいですわ。」
俺は今世、体は女であっても心は男だ。男は、女を守らなければならない。その延長線上で、貴族の存在意義とは民を守るという自己の誇りだと理解している。誰に誇るのでも無い、自分のために為すべきはなす。
「戦乙女って、ご存知ですか? 神話ではなく我がアイテシアの先達で、男性に負けずに戦った女性達の事です。帝国の弾圧により、父を夫を息子を失っても立ち上がる女性を尊じて戦乙女と呼び習わしたのです。姫様には、戦乙女の気概が感じられます。ですから、聖女と呼ばれるのでしょう。」
「まあ!これは蒙が啓け(=迷いが晴れる)ました。ありがとう御座います。」「いえ、姫様の博識達眼のお噂なら予々伺っておりまして、導きを与えたなどとは恥ずかしゅう御座います。」理想的な容姿だけではなく、人を導いて和ませる才能まであるんだ。本当に、素敵な女性だね。
もちのロンロン、フロンとリリアにお友達になって貰って、リリアを交えて午前中の考査内容が簡単だの難しかっただの、嫌な事は忘れて女の子らしい会話を楽しんで食事をしてた。
〜〜〜〜〜
同時刻。ヴィリエは、考査会場となった大講堂の中で、高等部の学生と共にテスト用教材を片付けていた。それは、一辺1ピエ(約30cm)の正方形の箱で厚さは4プース(約10cm)、上下に板ガラスが嵌め込まれ、横は硬い木材で塞がれて水晶の粉が入っている。
ヴィリエは、嘆息していた。"毎年、あの位のワガママ貴族なら入学してくるが、それが選りによって公爵閣下のお嬢様だとは、自分から再試を申し出て試験方法を指定してくるほど生意気では先が思いやられる"と感じている。
奥方の派閥が弱い物だから、箔を付ける為に娘の良い噂をばら撒いているのだろう。確かに賢そうではあるが、少しの行いを大きく膨らませて喧伝するなどは使い古された手法だ。
やれ天才だ聖女だと持ち上げ可愛がられ過ぎれば、自我が膨張してあのワガママさも納得が行く。振り回される我々教師の立場を慮って欲しい物だと、我が考えに没頭していたら、1人の男子学生が箱を振って耳を傾けている。
「君!教材は大切に扱いたまえ!ガラスの箱を振って落としたり、そこらにぶつけて壊しでもしたらどうするのか?」"ガラスの破片は、結構危険なのだぞ"と続け様として、学生が持った箱の中から異音がしたのを聞き取った。
「あの、ヴィリエ先生。このガラスケースの中に、異物が入っていると思いますが……。」「どれ、見せてみなさい。」よく見ると、水晶粉の中に何やら固形物が見えた。そこでヴィリエは、軽く箱を揺さぶってみれば確かに硬質な物同士がぶつかり合う音がするのだ。
「なんだ、これは⁉︎ 昨日までは確実に、水晶粉しか入っては居なかった。異物などはあり得ない。」学生が申し訳なさそうに、「透明な水晶に見えますが………。」「そんな馬鹿な事があるはずが無い!君も高等部の学生なら、マナで水晶の加工が出来ない位は知っているだろう。」
よく見ると、それは本当に半プース(約1cm)前後の水晶の結晶構造、小さな六角両錐の高温結晶の鋭い先が無数に突き出していた。
マナのシリカに対する挙動は、非晶質シリカは伝導放散され、結晶体シリカは物により容量こそ違えど吸収され蓄積し一定量を超えれば放散される。この原理を応用して、考査試験は行われる。
マナにより、水晶の形状や性質に手を加える事は理論上不可能だ。それはマナ工学の基礎知識の筈が、目の前のガラスケースの中には確かに透明な水晶の結晶が多数存在していた。
「このケースを最後に使って居たのは誰だ?」「それは、カレン様では無いかと思います。」「間違いないか?」「先生もご存知のはずですが、私達は不正が無いようにと試験状況を監視して居りますし、先生もご覧になられて居られたはずです。」「やはり、そうか………。」
試験は、箱の底面ガラスに手を添えて、中でガラスに接触している水晶粉の変化を見る物であった。この方法は、マナの発現の無い平民でさえ集中をすれば何らかの変化が見込める。
ところがカレン嬢はこの集中を怠り、剰え両手同時筆記などと曲芸まがいで集中を証明しようと言うのだ。歪んだ興味から、どれほどの事が出来るのか結果を楽しみにしても罪ではないと思ってはいたが、存外面白いものが観れるやもしれぬ。
「確か記憶では、水晶粉を"集めよ"と言う意味で"固めよ"と私は指示をしたな?」「はい、誰も文字通り固まる(=結晶化する)とは思いませんので、言われた通りだと思います。」「この形状の水晶だと、余程の高温・高圧が掛からなければ実現は不可能だよなぁ〜。」
「その通りです先生。」「だのに、ガラスケースには加熱の後や、何らかの力が加わった形跡もない………。」"は〜"ひと息入れて、「君、直ぐに教授連に連絡をして、次の試験を見に来る様に伝えて貰えるか?」学生は、返事をして直ぐに食堂に移動をした。
「ふむ、この研究対象は面白いかもしれぬ。」ヴィリエは、何時までも初等部の教諭職に甘んじる積もりはない。その為に、毎年の様に論文を発表していた。
今話で入れたエピソードの他に、後2つ3つはあったのですが、文字数の関係で断念します。前話で、紙料に付いて出したので、抄紙(=紙漉き)工程をもう少し述べてしまいたかったですが、ドラマ優先にしてエピソードを落としました。
今回も前倒しリリースですが、余裕が欲しいのでサバ読み予告をします。
次回は、'20-4/13日0時〜リリース予定です。




