カレンの闘い。
'20-1/31分の大幅改編により、プロローグのエピソードの続きを挿話しました。
「・・・ま、だー・・・む!」
「起きてください奥様。クレマンが、何事か分かりませんが、急ぎのお呼びです。」私は不躾にならない範囲で、控えめに背伸びを致します。「はーぁ、ふぅ〜、朝早くからでしたので、昼食を摂ったら眠くてうたた寝をしておりましたわ。慌てなくても、クレマンの足なら直ぐにこの天幕にやって来るでしょう。」
私の馬廻りのアニョスが天幕から顔を出して、「マダームなら此方にいらっしゃいますよ!」と声を張り上げます。そうすると、クレマンが天幕に飛び込んで来て、事情を説明しようと致しますが、「はぁはぁ・・・、ぜーぜー・・・、マダーム・・・、、、」と息を切らせて声に成りません。「アニー、クレマンに水を1杯あげてくださいな。」
この子はアル・クレマン(末尾ment)細い蜂蜜色の金髪と薄茶色の瞳が印象的な、繊細な感じの男の子です。確か、今年で成人(15歳)だったかしら。うふふ・・・、名前が女性名詞のクレマンス(末尾nce)に似ておりますので、気にしている風です。確かに見かけは色白で華奢な印象を与えますが、几帳面な性格で頼りになりますし、意外にも男の子らしい火マ法使いです。
クレマンが、馬のように水をガブガブと一気に飲み干してお代わりまで飲んだ後、「マダーム、アチラで我が領軍と、国軍の傭兵が争って居ます。」「それは、大変だわ。アニー、輿の手配をお願いします。」「何もマダームが直接に出向かなくても、別の士官で良いと思われますが?」
「いいえ、クレマンが私を呼ぶ必要があると判断したのなら、早速ゆかねばならないでしょう。国軍ならアルの管轄下ですから、アルにも連絡を入れて置いてください。」「はい、奥様。」「それでは、ゆるゆると参りましょう。」
現地に着くと何やら、私の手勢と睨み合っている風態の悪い輩がいますわね。当たり前ですが、鎧も武器も正規の国軍の物では有りません。私の手勢は怒っては居ますが、相手に合わせて罵詈雑言を吐いてはいない様です。ただ双方とも武器を構えて、一触即発なので殺し合いに成りそうで心配ですわ。
「皆様、ご機嫌麗しゅうとは行かないみたいですが、どなたか状況を説明して下さいますか?」途端に愁眉を開いた我が軍は、「あ、マダーム、お手数をかけて申し訳ございません。コイツらが、死体に手を出して居たので止めに入ったら、とんだイザコザに成りまして、」と説明を始めます。
「ヘッヘッヘ・・・、ヒナにも稀に見る美女だが、アンタがこのお坊ちゃん集団の隊長様か?」私は、輿を下ろしますと同じ目線でニッコリと爽やかに笑って、「そうですけど、私の手勢に何用でしょう?」傭兵達の視線が、値踏みする様に体を舐め回します。不快感に背筋をゾクゾクとした物が走り、悪寒で頭がクラクラいたします。
確かに私も前世は男でしたから、ちょっとは良い女を見て興奮する気持ちは分からないでも有りませんが、男の時でも、そんな風に女を品定めする様な視線はしなかったはずです。まあ、戦場ですから、こう言った輩が居るのは仕方ないのです。
「よう隊長さんなら、お坊ちゃん達に俺達の商売を邪魔しない様に命令してくれるか?それともアンタが代わりに、体で支払ってくれるとか?けひひ・・・。」「それは困りましたね。この通り、私はお腹に赤ちゃんが居ますので、貴方達のお相手は勤まり兼ねますわ。」
「そんな事は関係ないやな、それよりもその水蜜桃を頂戴したいものだ。妊婦の方が、アレも詰まって気持ちが良いと聞くしな。」それを聞いて、手塩にかけた我が軍が色めき立ちます。
「気をつけー、整列!」「「「はい、奥様、はい!」」」その場に居た40名ばかりの我が軍は、4列横隊で整列します。
「私の戦陣訓の第一を復唱しなさい。」「「「はい、奥様。一つ、軍人は、いかなる時も冷静に勝利を見いだす事!!」」」「素晴らしく良い!」
「確認の為に伺いますが、ご商売とは、その亡くなった方の死体の身ぐるみを剥いで、口を裂いて顎を割り歯を抜く事ですか?」見れば、そこら中に血が飛び散って、敵軍の死体のみとは言え気分の良くない光景が広がっています。
「そうだ!死んだ奴は間抜けだが、死ねば俺達の糧となる。俺たち傭兵は今が全て、明日生きているか分からないんでな。」「それだけ聞けば十分ですわ。」今日の私の出で立ちは、和服の様な薄いローブ状の着物を3枚と、それを止める為の帯をお腹の上方、胸の下にやんわりと締めて、上に厚手のコートを羽織っています。
銀糸の髪を上で束ねて、透釉銀線七宝をあしらった簪で止めていますのをフロンに外して貰います。オシドリのデザインが麗しいこの簪は私の大切な思い出の品なので、無くさない内にフロンに預けて置きます。
簪を抜き、その豪華な銀線を肩から垂らし、羽織ったコートを脱ぐと、何を勘違いしたのか傭兵が目を爛々と輝かせ、ゴクッと生唾を呑み込みます。「クレマン、アレを出して下さいます?」「畏まりました。」30名余りですか、妊婦にはキツイ数なので投げ渡されたトンファーを使います。
私が靴を脱いで浜に降り立つと、「あらら、マダームが本気に成られた。気の毒に、」なんて声がしますが気には致しません。傭兵達は、私の体かそうした声に気を取られていましたので、頭目と見做される男に向かってスリ足と無拍子でスーッと近づくとトンファーで股間を強打いたします。
男が泡を吹いて悶絶し、その場に居合わせた他の男どもはみな、「「「アィ!」」」と叫んで股間を押さえます。大きな弱点をぶら下げていますのに、何で偉そうな態度に出れるのかしらね。
着物の裾に隠れた足先でスリ足をされると足運びが見えませんし、心臓の拍動を基準に人間は体内リズムで動いておりまして、私はアドレナリン分泌で体内リズムを一時的に上げる事で、彼我のリズム差を利用します。これが無拍子ですわ。
例えば、死に直面した人は極限まで集中力が上がり、瞳孔は広がって辺りの状況が見えやすくなり、脳内時計が早くなりますので周りは止まった様に感じます。私は、これを自由に意識して行えるのです。傭兵から見ると、一瞬で5トワ(10m弱)は動いたように見えたかしら。
「教えの第2!」「「「はい、二つ、能う限り速やかに指揮系統を潰す事!!」」」
「第3!」「「「戦場の信義は、これを必ず守る事!!!」」」「素晴らしい!」
「あなた達の生命は、過去に生きていて今は亡くなられた方々から受け継いで居ります。死者を弄ぶのは、己れと育ててくださった親への冒涜と知りなさい!」「「「はい、奥様。」」」
ぼう然自失する傭兵達の足元を掬いまして、ヒザ関節を踏み抜きます。気がついて摑みかかる者はトンファーで引っ掛けて振り回し、鎧でカバー出来ない関節を折っていきます。「何を戯けた事を言う!俺達は、両親からも他人からも愛された記憶がない!」
「例え人から愛されずとも、神々から愛されたからこそ、その命が有るのではないですか?自分が愛されずとも、他人に愛を注ぎなさい!それが神々から愛され命を頂いている意味です。」「くっ・・・、綺麗事を!」
「まだ分かりませんか?私達は、殺めなければ生きてはいけない業を背負っているのです、殺めてしまった者達をせめて静かに送ってやらねば人倫に悖ります。一度死んで物言わぬ骸と成り果てた者を、弄ぶ事で二度殺してはなりません!それが、戦場の"習い"以上の"信義"です。」
私が喋っている間に、5分と掛からず傭兵達を片付けました。
"パチパチ・・・。"「相変わらず見事な体捌きで、惚れ惚れと致しますな。」「あら、ジャン様。淑女を、おからかいに成られる物ではございませんわ。」「いえいえ、このジャン・モントイユ。お嬢様には、3歳で出会った時から驚かされてばかりです。」
手勢に向けて、「ありがとう御座いました。あなた方が居てくれたお陰で、傭兵は武器を取れませんでした。この者達を縛り上げて、光マ法使いの元へ運んでください。ところでジャン様、アルビュスト様はどちらにいらっしゃいます?」「ああ、姉君の勇姿に怖気たのか、あちらで小さくなって居ります。」伯が小さく笑いました。
「まぁ、業腹(=腹立たしい様)ですわね。アルビュスト様、こちらへいらして!クレマン、ちょっとお呼びしてきてくださいます?」足の速い男の子に、アルを呼んできて貰います。
「何でしょうか?姉上・・・。」アルが、こちらと目線を合わせようとはしません。語尾も僅かに震えて、余程ショックだったのかしら?「別に震えずとも、もう直ぐ成人の貴方を、衆人の面前で恥をかかせるようなマネは致しませんわ。」「では何故、呼ばれたのでしょう?」
「貴方が窮地に陥った理由を、知りたくはないのでしょうか?」ショックで、赤ちゃんモードでは無くなっていますので、この機を逃さず教育を施します。「はい、伺います。」素直で最高に素晴らしい!
「俗に言う戦略の基本は、天の時、地の利、人の輪に当てはめると良いでしょう。この三つの内の一つも見出せなければ、などて敗れずに済みましょう。古来より、"勝ちに不思議の勝ち有り、負けに不思議の負け無し"と伝いますが、負けを取る時には必ず理由が有ります。こちらを見てください。」
私が、屈んでトンファーの先で砂浜を掘ろうとしますと、「いけませんマダーム。お髪が、汚れてしまいます!」フロンが、銀糸を束ねて結い上げ簪を通してくださいます。「ありがとう、フロン。」「どう致しまして、マダーム。」
「ここを、4プース(約10cm)も掘りますと、この様に泥の層が出て来ます。河口に近い砂浜というのは、山から流れ出た土砂が堆積しています。無論、粘土質も出て干潟を形成したりしていますので、表層の砂を踏み抜くとズボっと足を取られる事になりますわ。」
「ほぅ、姉上は、ここの海岸を熟知しておいでか?」「いえ、こちらのみならず、ガゾンブリアと接する海岸線は人をやって悉く測量を行い網羅しております。」「なんと・・・!」
「この泥で騎馬などの重みが掛かりますと、体感した如くに馬は足を取られ捻挫や骨折を起こします。敵の上陸点に騎馬の強襲は良い着眼点ですが、この様に地形特性を頭に置いていないと騎馬は活かせません。」モントイユ伯も感心したように耳を傾けます。
「また、敵方は背後に海があり死を背負う型になって手強くなります。背水の陣は、これを攻めざるを上策とします。これでアルビュスト様は、地の利を失っております。」アルが下を向いて、拳を握り締め悔しそうな顔をしました。
「更に陣替えで、こちらの位置を知らせて、先に襲撃を知って居ながら不意打ちの有利を捨てられましたから、天の時も失いました。人の和は、言わざるともお分かりでしょう?我が手勢は小なりとは言え、常に我が命に顔を輝かせ従います。」私の軍は、誇らしげに胸を張ります。
「先ほどの傭兵が良い例ですが、昨日が無く明日も無い、穢き生を続ける者には内に纏まる人の和は理解できないでしょう。そう、"己れの欲さざる所、他人に施すなかれ"と云います。アルビュスト様は、死して辱しめを受けたいと思われますか?」「いいや。」
「故に、例え敵の死者で有ったとしても、これに敬意を払うを上策とするのは、他人の為ならず人の和を図る為の自然の理なのです。人間は、綺麗なばかりの生き物では有りませんが、清らかな空気と水が無ければ生を全う出来ない動物でもあるのです。戦場の習いが、自然の理に優位する事もあり得ません。」
アルが肩を竦めて、「姉上は、いつもそこまで見通しておいでか・・・、ロレッタの家を継ぐのは我より姉上が相応しいのではないか?」
「まぁ、私は嫁してロレッタの家を出た身です。それに、知は世の人々を救う志には勝てません。人は人である限り、助け合うを事とします。どれほど細密に神経を尖らせた所で、1人の知恵では全てにまで考えは及びません。かつての私も、何度か苦い経験をして居ります。」
「姉上でもか・・・。」
「はい。私が識る徳目:Vertus(=ベルテュー)は、
1.仁 : bienveillance(優しさ/ビエンヴヨンス)
2.義 : justice(正義/ジュスティス)
3.礼 : politesse(礼儀/ポリテッセ)
4.智 : sagesse(知恵/サジェッセ)
5.信 : sincérité(誠意/ソンセリティ)
の順列に従い、人々を守る優しさを最上とし善悪を弁える事を知の上とします。俗に、"悪知恵を働かす"と言いません?仁義が有ってこその知恵であり知識なのですわ。」アルが私の顔を真剣に見つめています。
「これは、将の将たるの資質も表しています。1人で考え及ばぬのなら大徳を唱え、人物を得れば怖るる所は有りません。家を背負うと誓ったのなら、この姉に見事と言わしめれば宜しいかと思います。貴方は、それだけ多くを背負っているのですから、無理に1人で喘がなくとも有志を頼みにすれば良いと思われませんの?」
「分かりました姉上、及ばずながらそのお言葉に全力を傾注いたしましょう。」「良い子ねアル。」私は、アルの髪を撫でます。「これだけは注意して置きます。人を得るのなら、大志を抱いた中立公正な人物を最上としますが少ないので、礼に欠くる所は有っても壮大な夢想家か、巌の如く意思の固い人物を伴いなさい。いい?」アルは、輝く笑顔で大きく頷きました。
「ここは、我がバーゼル軍だけで戦場の大掃除をした方が良いでしょう。敵味方に関わらず丁重に葬り、敵方の遺品は整理して送り返してくださいな。私は、このお腹の子の為に睡眠を取ります。夜中に、死者への野辺送りを行いますから、起こしてくださいませ。」「「「はい、奥様。」」」
「それでは、これで失礼いたします。アルビュスト様もモントイユ伯もご機嫌よう。皆様、大変でしょうが、頑張ってくださいね。」皆が、私に手を振って送り出してくださいました。
その後、私は泥の様な睡眠に就き、夜中に起こして頂いて、楽器を携え死者を埋めたばかりの戦場へ向かいます。辺りが月明かりの淡い光の中で、ハープを取りますと戦場に哀しみの詩を奏でます。周囲の者達はみな、兜を脱いでこうべを垂れます。
"詩人は戦士を送る"(Karen Vivier)
"Poet Send Warrior."
(=ポエット・シンド・ウォラー)
ああ・・・勇者よ・・・、名も無き勇者よ。
oh...Héros...,Un héros sans nom.
(=オゥ・・・ヘロス・・・、アン・ヘロス・サン・ノウ)
誰か、そなたらを思う。
Est-ce que quelqu'un pense à toi.
(=エース・クェ・クエルクアン・ペンセ・ア・トワ)
矢弾つき、刃折れ、野辺に骸を晒すとも
Épuisement des balles,Pause de lame,Vous exposez le carcasse au champ.
(=エプィズメント・デ・バーレス、プーズ・デ・ラム、ヴーズ・エクスポズ・ル・カルカッセ・ァウ・ション)
誰が、その勲を語ろう。
Qui dira l'Médaille.
(=クゥイ・ディラ・ルェダイッレ。)
故郷に清らかな水が流れ、日は山を照らそうとも、
L'eau pure coule dans ma ville natale,Même si le soleil brille sur les montagnes.
(=ルウ・ピュウ・クール・ダン・マ・ビレ・ナターレ、メエム・シ・ル・ソレイル・ビレ・シー・レ・モンターニュ)
骸になったそなた等は、何故にそれを感じよう。
Vous qui êtes devenu un cadavre,Pourquoi le ressentir
(=ヴーズ・クゥイ・エテ・ディベニュ・アン・カダブレ、プゥアクゥイ・ル・レセンティー)
今はただ、そなたらの魂もて世の礎とならん事を神に乞う。
Comme il est maintenant,Priez Dieu pour que votre âme soit le fondement du monde
(=カミュ・イル・エスト・マインテナント、プリーゼ・デュー・プァ・クェ・ヴターレ・アム・スイ・ル・フォンデモント・デュ・モンデ)
周囲を、ビー玉くらいの光る玉がフワフワとして地面から漂ったと思ったら、私に纏わりついて来ました。それはそれは、美しくも哀しい幻想的な光景です。
光に向かって撫でる仕草で、「良い子ね。あなた達は、あなた達の然るべき所へお戻りください。この子を世に送り出すまでは、私がお供をする事は叶いませんので、」アルヴ古語で、"シルフィー達、この魂の光りを然るべき場所へ連れて行ってくださいな"と、呟きました。
精霊達なら、冥界と現世を自由に行き来しますから託しても大丈夫でしょう。
光りを携えたシルフ達が、天へ駆け上ります。その光景を仰ぎながら、私は深いため息を吐きました。後悔は出来ませんけど、勝利はいつも私を疲れさせます。
「あの・・・、旦那様が、、、。」そう、クリスがヒソヒソ声で伝えてきます。ボソ・・・、「あんのーーー、、、ヤドロクがーーー!」周囲の者が、ビクッと体を震わせます。
あら、おほほ、うふふ、いけない、いけない。声を控えた積もりが、周りが静かなので響きました。思わず、自分の中に溶け込んだ男の部分が跳ねた気がします。
いたた・・・、周囲のジト目が痛いです。
普段は冷静で居られますのに、好きでもない相手なのに、あの人の事となると平静が保てません。勝手に人を孕ませて置いて、これから父親になるのに全く自覚が無いんだから、皆様も同じ立場なら文句の一つも言いたくは成りますよね?
"詩人は戦士を送る"は、有りがちな詩文ですが、創作の上、翻訳アプリを掛けました。筆者は、独語、英語ならまだしも、フランス語はイマイチ駄目なんです。翻訳に違和感が有りましたら、感想欄へご指摘ください。
傭兵が、敵の遺骸から歯を抜くシーンは、リュクベッソン監督の'99年公開『ジャンヌ・ダルク』の1場面から来ています。フランス軍が勝利した時に、敵兵から歯を抜くシーンが有りますが、ジャンヌが自身の信仰と自軍の野蛮な行いで悩む場面が描かれていたと記憶して居ります。
歯を抜くのは、差し歯や入れ歯の製作の為にお金に成るからです。