厨房の新入り。
皆様、お久しぶりです。お休みを頂いて、頭の中がスッキリしました。思ったより書き溜めは出来ませんでしたが、着想の種は溜めて来ました。では、お楽しみになって下さい。
まぁー、何という事なの⁉︎
いま、私の横合いからスッと調理場に入って行く、白のダブルにシェフ帽を被った生意気な男の子の肩を掴んで制止しようとしたら、スルッと避けられてスカを食らいました。
このイライラを、どうしてくれよう!この領館の厨房という所は、ご主人様一家にとっても、来客にとっても、食の安全を期すべき最前線のはず。それなのに、あの生意気な子は監視の油断を突いたのか、誰にも咎め立てされずにシェフの一員を装って入って行きました。
まー、良いのです。厨房の事は全然知らないのでしょう、スカーフがパルティを表すオレンジ色をして居りましたし、あの位なら下働きの更に下っ端、新入りの私と同じ年恰好ですから、直ぐにダブルとシェフ帽を剥ぎ取られ叩き出されて泣きを見るはずなのです。
自己紹介が遅れまして、大変申し訳ありません。私は、マリルー・フォレ・サヴィニエ。今年から、厳しい下働き試験を合格して公爵家に仕える身です。今は厨房の入り口で、シェフから職場の説明が有ると言うので待っている所です。
サヴィニエ子爵家は、主筋にあたるロレッタ家から都市サンヨンスを中心とした一帯を任されて代官をしています。私も、サンヨンスから参りました。子爵家は、長年にわたりロレッタ家の文官を拝命する一族です。
家を継げない貴族階級の子弟で、貴族院高等部を卒業して能力を認められた者は官職に就かれます。特定の領地を持たぬお貴族様の事を、貴族院卒業の時に羽織るローブを指して法衣貴族と申します。
代々奉職の勲功をお持ちで、高度な教育を受けられた方は中級貴族以下の階級に据えられ、独自の家名を許された上に高級官吏や高等司法官に任命されます。その中の一つがサヴィニエ家なのです。
我が家はポピエテとして長くサヴィニエ家にお仕えして参りましたが、私は当代の公爵様に憧れるあまり家から離れて下働きから仕える積りです。
もう一つの理由は、この厨房に私たち平民の憧れとも言うべきノワゼンハレン様がいらっしゃるからというのも有ります。私達からすれば、公爵様は雲の上のそのまた上の神様にも等しきご存在ですけど近寄り難く感じます。
ノワゼンハレン様は元平民とは言え、その才能だけで総料理長になられて巡爵まで賜られた方なのです。公爵様にはお目通りも叶いませんが、総料理長様ならお声がかり位は同じ厨房に居たらきっと有るはず。
一時、天才だの神童だのと噂のお姫様とデザート対決をなされて負けられたとの話が流れましたが、対決自体が別館を出られて直後の姫様相手という事もあり、上手に勝ちを譲られたのが真相でしょう。
その後も数々の新作レシピを世に放ち、意気軒昂な所を見ると間違いは無いと思います。
「マリルー、そんな所に突っ立ちゃって、どうしたの?早くしないと、説明が始まっちゃうよ?」「あ、ごめんごめんフラヴィ。というか、今あやしい奴が厨房に入って行ったので、誰かに知らせなきゃいけないわ。」
「誰が怪しの?」「ほら、さっき私の傍をすり抜けて、厨房に入ったシェフの格好の男の子!」そう言うと私は、バックヤードの扉奥を指さしました。
この娘は、エル=フラヴィ・フォレ・ブリュネ。落ち着いた栗色の髪に、榛色の瞳の緑色と茶色の中間色が不思議な魅力を持っています。
サラザードの官吏ブリュネ男爵家に仕えていたポピエテから、私と同じような理由で下働きに応募した同期で気の合うお友達なんだ。そのフラヴィが口元に手を当てたまま、私の話に絶句して立ち往生をしている。
「マリルー、貴女はサンヨンスから来たのでご存知ないかもしれないけど、このサラザードの厨房では絶対に注意しなければならない事があって……、」「コラ!お前達、そこは邪魔だぞ。下働きなら、サッサと中で仕事をしな!」
「あ、パルティ様。今、怪しい男の子が厨房に入りました。」私が、咄嗟に確認した背格好などの特徴を言うと、怪訝そうな顔をしたオレンジスカーフのシェフが厨房に続く扉を開いて、あの子か?と指をさして確認をする。
ニヤッとしたパルティ様は、「はっはー、あのズボン姿を見て男の子だと思った訳だな。」"?…???"「だからマリルー、ここの厨房で一番注意しなければならないのは姫様なの。」「あれは、姫様だな。」ほぼ同時に、"姫様"という単語を耳にした気がした。
振り返ろうと頭を回しかけたら、ギ………ギギッ……ギッ…首に力が入って筋肉が強張り根元の関節がギコチの無い音を立てているのが分かる。「あ、あの、マリルーさ…ん…、大丈夫ですか?ですから、このお屋敷のお姫様は、超ド級に変わってらっしゃると注意しようとしていたんですよ。」
「え?え?……今、早番の時間だよね?朝4時…。深窓のご令嬢が起き出してくる時間じゃないし、第一に平民バッカリの厨房に来るわけ無いじゃん!て、ズボンって、女の子がズボン?、、、姫様だよね?膨らんだ長いスカートをヒラヒラさせているのがお姫様だよね?ズボンって、ズボンって、反則じゃーん!」思わず混乱して涙目になっちゃった。
「マリルー、傍を抜けたって姫様に触っては無いよね?」「はは………、触ろうとしたら、スルッと逃げられたけど……。」「ふうー、それは良かったぜ。不用意に肩でも掴みでもしたら…コレもんだな。」パルティ様が、親指を立てて首を搔き切る真似をした。
「ひっ………、、、」顔からザーッと血の気が引くのが分かって、頭がクラクラとして体が冷たくなって来て気分が悪くなったと思う………。
"ドターン!"あーあ、マリルーったら、はしたなく白目を剥いて気絶しちゃった…。私は、さっきまでこの子とお話をしていたフラヴィよ?
マリルーは少し赤味の入った茶色の髪に、クリクリとした茶色の瞳をしてて生まれも同じ7歳なんだ。大きなお屋敷に、下働きとは言え仕えるのは非常に大変な事だよ。
まず、お抱えにして貰う為の試験に合格しなきゃいけないし、面接でも家柄や思想の傾向までチェックされて、やっと試用期間に入る事ができる。
特に今回のグラン・ブルンの下働き募集は、応募者数2000に対して試用されるのが20人だから競争が激しかった。今日は、2人とも見事に試験と面接に合格して厨房に入った初日だったんだ。
おっと、いけない、いけない、マリルーの事を忘れてた。と、思ったら姫様が近づいて来て、「その娘、どうしたの?」「へえ、何でもありゃあせん。ちょっと、脅したら気絶しただけでさぁ。」「それは、いけません。頭でも打っていたら大変ですわ。ドゥース!ドゥースさんは居ますか?」
「はい、お嬢様ここに居ります。」「ああ、良かった。リュミエラを起こして、厨房まで連れて来てくださいます?レジスさん、私の机の上にこの娘を乗せてください。貴女お名前は?」「はい!エル=フラヴィ・フォレ・ブリュネと申します。フラヴィとお呼びください。この娘は、マリルーです。」
緊張で、膝が笑って声が震えた。「そう、フラヴィさんに、マリルーさんね。」そう仰る姫様は、机に散らばる紙の束を纏めるとマリルーをテーブルの上に仰向けに寝かせる様に指示を出された。
「この娘は下働きで採用される位ですから、テンカンや神経病の発作はお持ちでは無いですよね?」「はい。急に顔を白くして、様子がオカシイなと思ったら倒れてしまいました。」
「レジスさんが脅したと聞きましたが、恐らく心理的な圧迫から急な血圧低下を引き起こしての失神でしょう。入浴でも、リラックスして縮まった血管が拡がって血圧が下がると起き易い現象です。」
「けっ、けっ、血圧ですか?」「ええ、2人とも今日は初日で、昨日は緊張して寝付けなかったとかで無いでしょうか?」「はあ、私は余り寝られませんでしたが、マリルーもでしょうね。」
「寝ないと、普段より血圧が上がっていますわ。特に、若い女の子は血管が細いのと感情の起伏が激しいのも有って、血圧の落差から失神しやすいのです。痙攣とかは無いですが、一応、木切れでも咬まして舌を噛まない様にしてください。」
初めて聞く説明に困惑していると姫様は鞄を持って来る様に指示を出して、マリルーの頭の下にタオルを敷いて襟元を緩めてスカートの裾を畳み膝の所で軽く両脚を結わえる様に言われた。
「それは、どうしてするのでしょう?」「こうした時は、足を頭より上にして安静にさせるといずれ意識を回復します。足を上げたらスカートの裾が乱れますし、脚を開いて居たら上手く鞄に乗せて居られないでしょ?フラヴィさんは彼女の両肩を押さえて、意識が戻っても急に起き上がらない様にしてくださいね。」
「あの〜、あっしは職場に戻っても良いですか?」パルティ様が口を挟むと、「レジスさんには、後ほどクレモンさんの事務所に来て頂いて宜しいでしょうか?」と、姫様はニコニコしながら返事をされる。「そ、それは勿論です。」「そう、なら下がってください。」
「うへぇ、姫様にお目玉をくらう。」と、パルティ様が消えるとバッグが来て、マリルーの足を乗せて5分もすると意識が戻った。彼女が身じろぎを始めたので、「もう少ししたらリュミエラ様がいらっしゃるから、そのまま寝てても良いよ?」と肩を押さえた。
「フラヴィ、ここどこ?」「貴女が急に倒れたから、調理場の机の上に寝かされてるの。」「え?、恥ずかしい…。」「仕方がないじゃない。それより、大人しく寝てなさい。」
「リュミエラは光マナ法使いですから、貴女の体調に異常が無いか精査してくれます。私が居るとお二人とも緊張なさるでしょうから、あちらでお料理でもして参ります。フラヴィさん、暫くしたら膝の紐は解く様にお願いしますね。では、後ほど。」
「ありがとう御座いました。」姫様が他所に行かれると、私はホッと胸を撫で下ろした。雲の上の人、公爵様が1番溺愛するお姫様だもん、平民にとってはお優しい聖女様とは聞いては居たけど緊張しない方がオカシイと思う。
そうこうやっている内に、リュミエラ様と思しき白に近い金髪と金瞳の女性が現れて、恐縮するマリルーをユックリと起き上がらせて椅子に座らせると、首筋に手を当てて診察をしていく。光マナ法使いは、ああやって患者の体内マナの循環を見るのだそう。
「別に、体調には問題は無いのだけど、2人とも寝不足みたいね。寝付けない時は、温めたミルクを飲んで横になると宜しいですよ。」「すいません、ありがとう御座います。」「調理場は、刃物や火を扱う危険な所ですから、よく寝て体調を整えるのも仕事の内です。」
「リュミエラ様。姫様からの伝言で、そちらのお2人を医務室に連れて行って、食事と睡眠をとらせる様にとの事です。説明は午後から行うので、2人は心配しないようにとも仰せつかりました。」と、別の下働きの男の子が云う。「分かりました。では、あちらに参りましょう。」
リュミエラ様が先導をなさって、私達はその後をついて行く。その時、調理場にベルの音が響いて、「皆様、おはよう御座います。今朝も、体操から始めましょうか!」と姫様の甲高い声が聞こえ、「「「ボンジュール・プリンセ、アン・ドゥ・トロワ・キャトル・サンク・シス………、」」」の声が響いて、みんなその場で奇妙な体操を始めた。
厨房の入り口の傍にある"医務室"と看板が出された部屋に入って勧められた椅子にすわると、あまりの奇異な出来事に見えたので、「アレは、何をなさっておられるのでしょう?」と、不躾にもリュミエラ様に尋ねた。
「私も奇妙に思って姫様に尋ねた事が有るのですが、空気の中の活力成分を体の隅々に行き渡らせて寝起きの体を目覚めさせるのだそうよ。その為に、体操と発声は欠かせないと仰られました。」
「へー、毎日されるのですか?」「そうよ。実際、ちょっとした事だけど、体も頭の動きも良くなるわ。この後、こうやって左右の指を別々に動かす体操もするの。」そう仰ると、両手を開いて左右の指を別々に折ったり開いたりされる。
どうやら職場の安全を図るために、姫様の発案で為された事らしい。"他にも、顔の体操も有るのだけど、それは自室でしなければ恥ずかしい"などと語るリュミエラ様は、マナ法が使えるという事でお貴族様ですよね?
側仕えのお貴族様なら男爵家のご令嬢なんだろうけど、上から下まで上品で瀟洒だけど飾り気のない衣裳だわ。急いで居られたのかパニエの膨らみも見えないし、その辺の平民とあまり変わりない様に近しく感じて好感が持てる。
3人で軽い会話を交わして暫くすると、コンコンとドアを叩く音がしてワゴンに乗せられた食事が運ばれてきた。小さなテーブルの上にお料理が配膳されると、リュミエラ様が代表でお祈りを捧げられた。「………この糧を与えてくださった事を、神と料理人と食材となった命に感謝します。アウメン…。」""⁉︎""「「ア、アウメン。」」
「わー、美味しそう。私、このフカフカのパンケーキが大好きなんだよね。」というリュミエラ様を横目に、ついついお貴族様と同じテーブルに着いたけど私達平民は立たなきゃと立ち上がりかけて、「そのまま、そのまま食べても宜しいのですよ?」
「いけません。貴族のお嬢様と食卓を囲むなどと、帰ったら叱られてしまいます。」"プッ、クスクス………、"「この程度で驚いて戸惑っていたら、この厨房ではやって行けませんよ。」「まさか、姫様が関係しているとかですか?」
「ええ、この部屋の反対側に隣接している、本館厨房職員専用の食堂があるのですが、カレンお嬢様は1日に1回は食事に来られますし、側仕えもお嬢様と一緒に食べに来る事が有りますね。」やっぱり、聞いた通りの変わったお姫様だわ。
「フフッ……、貴女達の表情はお嬢様は変わり者だと思っている顔だわね。」"ギクッ!"「………あ、あの〜、素敵な方だと思います。」隣でマリルーも、ブンブンと縦に頭を振っている。
「あー、お世辞は良いから、お嬢様は言われ慣れているし気にも留められないわ。ね、あの体操もそうだけど、このフカフカのパンケーキは何故フカフカだと思う?こうやって切って中を見ても、空気が均一に入っているよね?」私は、お話の意図が分からなくて返答に窮して黙っている。
"チョン、チョン…。"マリルーが指先で突っついて小声で、「貴女が分からないなら、私は想像も着かないのだけど………。」「余ほど腕の良いパティシエ様が、お作りに成られたとかでしょうか?」
「このフカフカは、パティシエの苦労を見たお嬢様が発明された"膨らし粉"によって簡単均一に膨らむ様にされたの。ほら下働きならパン生地くらいは捏ねた事があって、イーストの発酵管理って大変だったでしょう?パンは、中身のフカフカが不揃いでも皮を食べる食べ物だから影響は無いけれど、ケーキ関係はそうはいかないからよ。」
「へー、膨らし粉って何なんですか?」「詳しくは聞いても覚えられなかったけど、塩水に気付け薬に使うアンモニアを入れて石灰を熱して出たガスを吹き込んでいたわ。(塩化ナトリウム溶液+アンモニア+二酸化炭素ガス=炭酸水素ナトリウム+塩化アンモニウム)」
「そんな事で、本当に膨らし粉は出来るのですか〜。」「出来ますよ?なんと言ってもお嬢様は、神様からお知恵を頂いて居りますもの。他にも、ノワゼンハレンさんから街道や橋なんかの税金が多いと聞いて公爵様のお名前で撤廃され、自由市を立てられて食べ物が安くなったのじゃないかしら。」
「確かに、私はサンヨンスから参りましたが、サラザードの門で少し待たされただけで街道とか都市門の税金は無くなりましたね。市場が好況ですし、荒くれ者の姿も見かけませんでした。」「それは、お嬢様が荒くれ者を改心させて警吏に雇ったからです。」「噂で聞きましたが、本当だったんですね。」
サラザードでは、姫様が荒くれ者を立派な警吏にした事は有名な話だけど、サンヨンスでは荒唐無稽すぎて信じられなかったのかな?「元アウトローが取り締まるのだから、治安が良くなる筈ですよね。」
「お嬢様の優しさは、家族が困って居たら放って置けないという気持ちで出来ています。あと少しで7歳の方ですが、無かったら発明をしてでも解決してくださいます。ほら、」リュミエラ様が差し出されたカップに温かなミルクが注がれて、シナモンの甘い香りが鼻孔をくすぐる。
「こんな具合にお嬢様は調理場全体に神経を配られ、皆さんの命と健康を我が事の様にご心配をなされる。調理場に入って説明を受けたら、お嬢様の工夫とご配慮に貴女達も驚くでしょう。この医務室も、私が結婚してもお嬢様と離れたくない希望と、皆さんの為に作られたそうです。」
私は、カップのミルクを一口飲んで、「あー、甘い美味しい。シナモンの香りと、お砂糖の甘さが気分を落ち着かせるみたい。」マリルーも、ソッと口を付けている。
「この厨房には、お嬢様が嫌うのでイジメは有りませんし、優しくて頼りになる方ですからシッカリと仕事をしてください。これから色々と聞かれると思いますが、素直に相談でも何でもお話をされるとお喜びになられますよ。」
ミルクは香り高く、パンケーキはそば粉が入ってハチミツとバターが乗って美味しいし、西洋アサツキが入ったオムレツも良くて、フレッシュ・チーズとトマトと湯通しした蕪菜のサラダに、豚肉の塩漬けと芋の煮物?は美味しすぎていっぺんに食べちゃった。
後で聞いたら、煮物の芋は乾燥ジャガイモで、砕いたピーナッツがたっぷりと入っているから香ばしくて美味しいんだって。お腹がいっぱいになって眠くなって来たので、医務室のベッドを拝借した。
横になった私達にリュミエラ様が、「私は、お嬢様専属から"ホケンイ"という役職を頂いて、皆さんの心身の健康の為に2交代で医務室に詰めて居ます。お昼まで休んだら起こしますので、ゆっくりとお休みなさい。」
〜〜〜〜〜
「起きて、起きてください。もう、お昼でご飯の時間ですよ。」リュミエラ様が私の肩口をポンポンと叩いて、隣のマリルーも起こしていた。その後、連れ立って食堂におもむくと、朝食の時と同じ仕切りのされたお皿を渡された。
「この仕切り皿は、飾り棚形式の専用皿で、真ん中にある円形カウンターか厨房横の飾り棚に並べてあるお料理を、並んで好きな物を好きなだけ取れるお皿です。この食堂は、下働きも入れた厨房関係者や残飯整理に農業試験場の職員も時間をズラせて利用がされてますよ。」
マリルーが、「農業試験場ってなんですか?」「ポマやプレの品種改良と、苗を作って農家に配っています。その他、三圃式輪栽農法では畑を休む期間が有ったのを、四圃式にして休耕地が出ない様な実験をされたり、堆肥の効率を上げる実験をする試験場です。」
「ビュッフェって、変わった食堂ですね。」「ああ、お嬢様が教育係のリーラ様に"下働きと一緒に食事をしてはいけない"と叱られて、この方式にされたのです。今では、残飯は整理されて農業試験場に送られています。油も、麦糠と混ぜて油カスにして堆肥にされてますね。」
「ポマやプレの苗って、あの素敵な恋歌を拡げるのと一緒に販売されている物ですよね。」「ええ、そうです。ポマやプレは我が領の貧民の飢えを癒やして、恋歌は心の貧しさを癒す目的で、お嬢様が3歳の時に作られた歌です。」「そんなに早くから?天才って、幼い時から凄いんだ………。」
他の領へも、苗を安く販売する代わりに歌を流行らせる様にされたって話も出たわ。後で何が目的なのか疑問に思って姫様にお尋ねしたら、「人が活き活きと暮らすには、心と体の糧が必要なのです。活力に溢れた人の澄んだ瞳は、宝石より美しいと思いません?」
「姫様を見ていると、否とは言えません。」「私は、皆様のお世話になって贅沢な暮らしをさせて頂いているのですから、皆様にご恩返しをしたいだけなのです。」「そんな、公爵様のお姫様なら当たり前の事では……、」
「いいえ、贅沢を当たり前と考えて感謝をするという事を忘れた人間は、その時点から人間である事を忘れて獣の様に傲慢になってしまいます。故に、公爵の娘として出来るご恩返しをしていく積もりです。私にとっては、感謝をするという事が当たり前なのです。」
姫様の瞳は、珍しいサファイア色をしてらっしゃいます。この、透明に澄んだ瞳に吸い込まれそう。繊細な銀糸の髪も有り得ない位に稀で、精緻な彫像を思わせ、ウットリといつまでも鑑賞して居たくなってため息がでる。
この方は、心の底から優しさと美しさが滲み出ていらっしゃるのだわ。少なくとも、私はそう思う。
「それに、私は人に何かをして頂くより、私の方からお世話をして差し上げたいのです。」私は、ニッコリと微笑んでみせる姫様の虜になってしまった………。
作中の膨らし粉(炭酸水素ナトリウム)とは、近代の電気分解のかわりにアンモニアと二酸化炭素を使って安価に仕上げた重曹です。このアンモニアソーダ法はソルベー法と呼ばれ、ルブラン法と並んで中近世の代表的な炭酸ナトリウム(炭酸水素を過熱すると出来る)抽出法です。
炭酸ナトリウムは、水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)と並んで石鹸の材料になったり、非晶化シリカ(ガラス)の融点を下げて加工をしやすくする為に必要不可欠なものです。
工業的に炭酸ナトリウムが作られるまで、トロナ鉱石(ラーメンに使われた鹸水の素)などの天然重炭酸ソーダ石や、海草を燃やして作るソーダ灰から抽出した炭酸ナトリウムを使っていました。現在でも天然ソーダ石は、アメリカに大規模な鉱床があって使われているそうです。
仕事で忙しくて書き溜めが疎かになりまして、暫くは週1作となります。次回は、'20-3/30(月)0時〜リリース予定です。




