カレンのいう技術とは?<後編>
では、本編をお楽しみになってください。
パーティが散会して、俺は父ちゃん母ちゃんとギルド関係者の2人とクレモンに集まって貰って、夜8時からの晩餐に付き合って貰う事を伝えた。「ギルドの方々には、控えの間を準備して御座います。」とバローロが伝え、そして俺は、湯浴みと着替えに自室へ戻る。
商人を交えて販路を考えなきゃ、これからの戦略作物の話は出来ないからね。
湯浴みをしながら、今日の反省点などを整理してみる。
俺は、クレモンの生真面目で誤魔化しの効かない性格は、好ましく感じているんだ。料理対決も、本音を言えば好きじゃない。だが、母ちゃんと俺の地歩を固める為には致し方ない事情がある。
今世は、公爵の娘として気楽に生きようと思っていたけれど、考えてみると自分の性には合わないし、それでは前世を反省はしていない。我が道を行って父母を顧みない生き方をして、いつの間にやら死んで親不孝をした事に心残りがある。
クレモンを前にして、『ああやっぱり』と感じたのは、技術技術して、出来た食べ物を口にしている人間の顔を見ていない。本来、人間は美味しい物を食べると、幸せを感じて笑顔になる。技術に魂を売った人間が、いつまでも心からの笑顔を引き出せるのだろうか?
前世では、一流料亭で接遇(=心からのおもてなし)される事もままあったが、刺身にキナコなる珍妙な物を食べさせられた事がある。魚の美味しさをキナコが全て吸い取り、ネバネバと舌に絡んで味覚を鈍らせ妨げる最悪の代物だよ。
美術品の好事家の間で有名な良寛和尚は、料理屋の料理という物を殊のほか嫌いだったそうだが、技術に人間が奉仕させられるのが嫌いだっだのだろう。好み以前の問題で、人の気持ちより技術が先にあるから刺身キナコなんて奇妙な物を出せるんだ。
最初は、この料理人もお客さんに美味しい物を提供したいと思っていたはずだ。でも、一流一流と持て囃されていくうちに料理人の心を失い、客の顔を見なくなって自分の技術に溺れた。これが、クレモンの行く末じゃないのかと危惧している。
そんな事を考えて、ゆったり湯浴みをしていたんだ。でも、アレだね。湯に入るなら、デッカイお風呂が良いよな。日本人なら、温泉だよ温泉。文献を調べて貰って、どこかに湯湧きは無いかみて貰おうかな。
いやー、アイテシアの人達って、湯に入るとタチの悪い流行り病に罹るって迷信が有るから、灌水浴(=シャワーみたいに水を掛けて洗う)ばかりで、あんまドップリ浸かるお風呂に入んないんだよね。温泉の気持ち良さを知ったら、みんな入るようになるんかな?
お風呂から出ると、普段着の亜麻の入ったクリーム色のワンピに着替えて食堂に向かった。
〜〜〜〜〜
この食堂は、いつもの大部屋ではなく、食事をしながらの話し合いをする専門の小部屋である。部屋に入ると、壁には壮麗に額装された、神話の一場面が描かれ飾らている。土の女神ケレースが、小さく白いマナの1つ1つを眷属神に分け与えている場面だ。
マナとは、生命根源だからね。つまりは、神の恵みの食べ物と神話では描かれている。その味は、白くフワフワしたパンの類とも、糖蜜が入った滋養ある味で小さな丸いカステラの様なとも伝えられている。
「えへへ、お父様、お母様、これ可愛い?」俺が満面の笑みで、顔の前でムームーの舌じゃない方の猫ちゃん型クッキーを振ると、2人ともほくそ笑む様にして、「あら本当、とっても可愛いわ。」と母ちゃんが褒めてくれて、父ちゃんが頭を撫でてくれる。
そこ!皆んな、狙ってやっていると思っているでしょ?ところが最近、俺が意識を集中させてない時に、体が可愛いと思った物に食いつくんだ。考えても見ろよ、40過ぎたオッサンが可愛いも何も無いわ〜、ほんと無いわ〜〜。体が幼い女の子だから、普通に絵になっているってだけだ!
"ふ〜・・・、"心の中で軽く落ち込みながら、気分を直す為に元気よく、「じゃあ、楽しい食事の前に嫌〜〜な事から終わらせます。」とリュミエラに合図をしたら、護衛騎士にロープでグルグル巻きにされた若い男の2人組みが引っ立てられて部屋に入って来る。
黒っぽく目立たない普段着の2人組みは猿ぐつわを剥ぎ取られると、「「料理長〜、」」「公爵様、誤解なんです!ぐあ・・・。」悶絶した方を見ると、脇腹に騎士の爪先がめり込んでいる。「誰が、公爵様に直答を許した!」ああ、これはこの間抜けが悪いわ。
公爵である父ちゃんが事情を聴く前に、礼儀知らずにも勝手な発言をしたのだから護衛騎士も腹立たしく思うはずだわ。この前、クレモンとの会話に、母ちゃんや俺が参加できたのは、母ちゃんはデュチェッセだから当たり前だし、俺はデュエンファンテと見做されていたから問題にされなかったんだ。
本来なら、公爵と当事者の間にチャチャを入れるのは厳禁だ。口々の発言をしたら公爵の判断を妨げる事にもなるし、勝手に発言をしたら部屋から追い出されても仕方ないと、バローロに教わった。俺が割と、当意即妙な振る舞いをしていたのと、最後のデザート対決の提案を父ちゃんが面白がっていたから不問だったんだって。
「で、カレン、これは一体どういう事かな?」と、眉根に皺を刻んで父ちゃんが尋ねるから、「あらやだ父様、お顔が怖いですわ。怒らないでって、約束したじゃないですか?」と、シラっと応える。「それも、時と場合による。」
「そうですわね。昨夜、地下食料庫を見張らせていたら、そこのお2人が下りて行って、私の専有している鍵付きの小部屋にその塩を持って入ったそうですわ。」衛士が証拠の塩が入っていたで有ろう壺の残骸と共に、ひと握りの砕いた岩塩を見せる。
「詳細は、そこのリュミエラに見張らせていた時にこの事件は起こりましたので、説明はそちらからお願いします。」リュミエラが父ちゃんに軽く会釈をすると、「私が、お嬢様の指示で、地下食料庫の小部屋に関して見張るよう仰せつかりました。」俺の感覚だと、これは判事が検察官に事件の"あらまし"を尋ねるのと同じ事だね。
「お嬢様が、妨害があるなら昨日か今日に来るはずだから、今夜は必ず入るだろうと言われたので見張っていたら、この怪しい2人組みが食料庫に消えるのが見えました。それで、衛士の2人と一緒に後をつけました。」ふんふん、その後、鍵のかかっているはずの小部屋から大きな音がして、見たら間抜けな2人が転んでいたという訳だ。
「どうやら、誤解の余地も無いようだが・・・。」父ちゃんが釈明するように顎で2人組に促すと、「そこが、誤解なんです。俺たちはただ、お嬢様がどの様なデザートを作ったか見てみたくて、部屋に入ったらロープに足元をすくわれて転んだのです。」「へえ、わざわざ服を目立たない物に仕替えて、塩とマスターキーをチョロまかして?」と、俺がツッコム。
「意識しては無いと思うが、変な混ぜ物をする料理人を雇うと公爵家の威信に関わる。パーティーの出席者も口にする予定の物だったから、対外的にも聞こえが悪い。事実なら、反逆(本人のみならず、家族まで打ち首)と見做されてもおかしくはない。」これを聞いて、2人の顔がザッと蒼ざめる。
「「料理長〜〜、、、」」2人が情け無い顔をして、クレモンを見るので、クレモンは不快気な顔で「事実なら、諦めろ。」「クレモンさんを頼るのは、間違ってますよ?プライドの高い人ですから、勝負を汚されていたら真っ先に腹を立てているはずです。この人は、良くも悪くも真剣な方なのですわ。」クレモンが意外そうな顔をする。
「イタズラをなさろうとしたご本人には申し訳ありませんが、地下食料庫の材料に塩をまかれたとしても、大勢には影響がありませんでした。別の部屋に、人数分を取り分けてましたから。つまりは、捕まり損で、命を落とす事になりますわね。」それを聞くと同席していた、俺の行動を知るリュミエラ以外の関係者は驚いて目を剥く。
鍵がかかっているから、そこに大切な物が有るだろうなんて固定観念で捉えると心理的陥穽(=穴)に嵌るのだよ。鍵部屋の入り口のロープも、目的物に気をとられ足元が疎かになるドアの内側に張れとしたのも、侵入者の心理を読んだ結果だね。クレモンにその気が無くとも、調理場の人員は100や200じゃ効かないだろうし、唆されてこうしたお調子者が出る事は想定済みなんだ。
「ちっくしょう!」2人は、顔を歪ませて身悶えして見せる。「悔しいですか?その態度は、懸念が事実であると自白するような物です。」指摘をすると、思わず滲み出た態度に本人達が愕然とする。自分達で、家族を含めた死刑執行のサインをしたような物だからな。
父ちゃんの眉間に雷雲が宿って、「では、反逆罪として、この者達の家族と一緒に刑場に引っ立てて処分を行いなさい。」と裁定が下り、慈悲を訴える2人組が衛士に引っ立てられる。
「お父様、この者達の家族なら、既に引っ捕らえてありますわ。」俺が合図すると、別のドアから2人組みの家族と思しき20人ばかりの縛られた老若男女が狭い部屋の中に連れ込まれた。
「む、ここでは無く、刑場に連れて行ってはどうか?」俺はクスリと笑うと、「お父様、お顔が恐くなって居ますよ。」「カレン、嫌な事は、早く終わらせたいんだ。」「でも、問題の本質は、厨房がお父様の事を軽んじている事じゃないですか?正確には、お母様と私を軽んじた結果ですが、今この者達と家族を処分したとしても、公爵家に多大な恐怖と不信が残るだけではないでしょうか?」
「しかし、事の性質からして処罰しない訳にはいかないんだ。」「ええ、分かってます。だからといって、お料理で他家や外国との交渉に接遇をこなすのが我が家に課せられた責務なら、恐怖に寄らず厨房の一つも御せない様では公爵家の名折れでしょう?」
俺は、2人に向き直ると、「私は、最高の材料と技術のクレモンさんに、デザート対決で勝ちました。」2人組が驚いて、「料理長、勝負に負けたって本当ですか?」クレモンがバツが悪そうに視線を下げて、「ああ・・・本当だ。」「クレモンさん。なぜか分かりますか?」「やっぱり、技術の問題でしょう。カレン様の方が、進んだ技術を使って居られました。」と、悔しげに独白するクレモン。
"ふ〜・・・。"俺は軽くため息を吐きながら、「それは、半分当たりで半分は間違っています。技術とは何でしょうか?技術はどこから来て、どこへ向かう物でしょうか?」「そんな事は、考えてもみた事も有りません。」「いいえ、貴方は知っているはずです。貴方が初めて包丁を握った時、貴方が初めてフライパンを握った時、誰の為にそうしたのですか?」
「それは、病気で臥せった母ちゃんに楽をさせたくて・・・、」クレモンがハッとした顔をして、「そうです。全て技術は、そこから来ます。自分の労を惜しまず、人を喜ばせたい、人を幸せにしたい、人の笑顔が見たいという気持ちから出るのが工夫であり技術です。私は、単にパーティーに来た人に美味しい物を食べて笑顔になって欲しいとだけ望みました。技術を知っているばかりでは、少しでも美味しく食べて貰う心根が無かったら味にまでは反映されなかったでしょう。」400年の技術の積み重ねってさ、その間で様々な料理人が心を込めて美味しく食べて貰いたいという気持ちの表れでもあると思うんだ。
「我が我がのエゴや名誉欲に捉われた技術は、やがて人間に仇なす害になるでしょう。だから、技術は最初の人々の笑顔に還るべきです。母様がクレモンさんに望んだのは、領館の経費を削って、より多くの人々を飢えから救う事ですわ。父様が母様にプロポーズした時に、"決して豊かで無くて良いから、領民を食べさせる事"と約束したんだって母様本人が何遍も繰り返していましたもの。」
"ガタン!"母ちゃんの方角から、大きな音がした。「あ、あ、カレン!貴女は1歳にも満たない時に聞こえていたの!?」アタフタする母ちゃん。普段はクール系美女なのに、こういう所が可愛いんだよな。「ええ、シッカリと、寝物語がわりに父様とのお惚気は聞かせて頂いておりました。」子供にとって、父ちゃん母ちゃんが仲睦まじいのは情操教育上好ましい。
父ちゃんの顔から、みるみる内に険(=険しい表情)が消えていく。代わりに、俺と母ちゃんを食べてしまいたい様な甘やかな表情に変わった。今なら、2家族に対する裁定も覆るだろう。「父様、母様が望んだのは、要約すると人々の笑顔です。ここであたら、若者2人と2家族を失うマネは母様の望みから外れては御座いませんか?」
父ちゃんが母ちゃんの目を見て、母ちゃんがコクっと頷いた。「で、カレンは、この家族をどうするんだ?2人に罰を与えない訳には行かないが?」「犯行自体は未遂ですし、明日は誰よりも早く調理場に入って心を込めて掃除をして貰います。クレモンさんが、もう良いと言うまで調理に関わらせず掃除だけして貰う事を罰とします。」
人が死んだら、知識も経験も持っていた物が丸損だからな。「ご家族に関しては、私が計画している事に協力して頂きます。それぞれに、生活基盤があるでしょうから、1週間後に各家族で力仕事に適した方を2〜3名は送って貰います。そんな感じで、宜しいでしょう。お父様、いかか?」
「うん、良いだろう。カレンの提案を受け入れて、処分を撤回する。」その瞬間、この場に居合わせた誰もが驚愕に目を見張る。公爵なら、肉親の情よりも道理を優先させる。裁定は権威に関わるので、一度下ったらまず覆らない。3歳になったばかりの子供が、道理を持って公爵を説き伏せ裁定を覆したのだ。
俺は、トコトコとクレモンの側に寄るとクレモンは片膝立ちになって控えたので、猫ちゃんクッキーを差し出して渡し、側仕えにハーブティを淹れさせた。「このハーブティは、レモンバーベナを使っています。ヴェルヴェーヌの花言葉は、"忍耐、魅力、マナ、寛大"ですが、自己犠牲や誓いを示す神聖な植物とも云われます。」この場に居合わせた皆んなにも味わって貰う。
「父様が、母様を選んだのは、貴族としての気高い心根を愛でた故ですわ。国民を必ず守る心で優っていたから、ジュヌビエーヴ様を退けてでもデュチェッセに迎えたのです。これは、カロリナ人との融和とは関係の無い話で、公爵として、公爵夫人を選んだだけの話です。」俺は、クレモンの誤解を解いていく。
「既にクロン人とキャナル人の融和の象徴であるカロリナ人が分離独立を謳うのは、それ自体は単なるワガママではないでしょうか?無論、理由が無いとは言いませんが、一度は独立して根本にある問題が解決した訳では無いのでしょう?根本原因が他にあるのなら、分離独立は希望を持つだけ無意味です。私から見たら、融和派も分離独立を脅しに使って利益を得ようとするだけ愚かですね。」クレモンが疲れた顔で自嘲ぎみに、「無意味でワガママで、愚かですか・・・。」
「ええ、貴方がたの独立の気持ちを利用して、私利私欲を貪りたいが為に融和派を騙っている人も居るって事ですわ。真の融和とは、お互いを尊重して助け合い認め合う事です。ちょうど、このヴェルヴェーヌのハーブティと、ラングドシャの様にお互いを引き立て合う事が肝要でしょう。」皆んな、クッキーとハーブティのカップを見詰める。
「忍耐強く、寛大で、自己犠牲の精神を惜しまぬ事のみが、真の融和と言えるのです。キャナル人は、クロン人を受け入れる時に、何も摩擦が無かったと思いますか?民族の誇りとは、鼻先にぶら下げる物ではなく自分の中に有れば良いと思います。」俺が、そう結ぶと、父ちゃんと母ちゃんは満足そうに微笑んで頷いてくれた。
2人と2家族は既に戒めを解かれ、朝から食べて無い2人はクッキーをチビチビ食べながら涙を浮かべていた。トコトコと、2人の家族に近寄って、「長い時間を、お疲れ様でした。あちらに胃の休まる卵黄の麦粥を用意して御座いますから、食べて帰ってくださいね。」
微笑んで労ったら、父ちゃんからチョット待てコールが、「カレンまさかして、ここまで計算ずくなのでは?」「あらお父様、私のお料理は1にも2にも下拵えが大切なのですわ。だから、再三怒らないでって言ったでしょう?父様が怒り過ぎると、後で恥ずかしい目に遭いますよって事です。」シレッと澄まし顔で応えた。
「一度下した裁定は、公爵自身でも論理無くして覆らない。その裁定は、道理に基づいて論理だてて下されるのなら、覆すのもまた同じ論理に基づいてでしょう?それに万一を考えても、母様と私に父様が敵しえますか?母様は、私が産まれた時からの味方ですし、お爺様も味方に出来そうですよね。」前世オッサンの弁護士なら、若い父親を手玉に取るくらい造作もない。
弁護士に一流と三流が有るのなら、八方を丸く収めるのが一流。正義立てて、問題を壊ってしまうのが三流以下の弁護士。昔から大岡裁きで、三方一両損って言うじゃん。皆が得がない代わりに、不平が出ないよう平等に損益を分散するのも弁護士の仕事だよ。依頼人の表面利益だけ考えていると、相手方から恨みを買うから、依頼人しか見ないのは二流弁護士かな。
父ちゃんが、片手で降参ポーズをして片手で頭を押さえる。「なあカレン、君の見識はどこで養ったのか教えてはくれまいか?」周りからゴクリと生唾を嚥み下す音がして、「簡単ですわ。半分は父様から、後の半分は母様から受け継いだ物です。それに、背中に御使いの羽根を貰って、お尻に尖った悪魔の尻尾を頂きましたわ(微笑)。」




