カレンのいう技術とは?<前編>
では、お楽しみになってくださいませ。
俺は、生命の尊さを知っている積もりだ。けれど、この世界の命は軽い。また非力な俺には、全ての命を救ってやれるだけの力もないし、自然の摂理から失われて行く命もある。こんな考えを持つのは自分の思い上がりかも知れないが、失われていく命ならば、せめてその本分を尽くさせるのが採るべき道だろう。
料理人とは、素材の生命を預かり、美味くなる様に精一杯の努力をするものだ。理を料というのは、何よりも命を料る、人の心を料る、その事をクレモンに知って置いて貰いたい。全ての技術の前に、先ず心尽くしをするというのが1番大切な事だろうと思う。
クレモンの表情が暗い。そりゃそうだろう、いけ好かない女の子供を最高の素材と技術で圧倒して、小なりとは言え、その意地を見せつける積もりだったはずだ。
ところが実際には、勝敗は五分五分で並ばれ、逆に圧倒される立場なのだと思い知らされているのだから、追う積もりが、自分が追われる立場なんだって自覚させられているのだから悪夢だろうね。
同じ料理人でもない一介の幼児に並ばれ、プライドを守る為に誰かの入れ知恵だという線も、見た事もない技法が使われている為にそれもない。第一に、自分以上の調理技法を知っている人間は居ないと思っているはず。挑発され、勝負に誘い込まれ、知らず知らずの内に言い訳の効かない状況に追い込まれている。
「クレモン様、どうされましたか?次のデザートを、皆様がお待ちですよ。」と、同じテーブルのリュミエラが促すと、下を向いていたクレモンがやっと次のお菓子を皆さんに披露する。
今日は、デザート対決もあって、父ちゃん母ちゃん爺ちゃん婆ちゃんの家族とは離れたテーブルに、側仕えと一緒についている。無論、平民出身の巡爵であるクレモンとは近いが別のテーブルだ。
「えー、これからお出しするのは、カレン様のお誕生を祝しまして、この国では珍しいヴニラビーンズを使ったサントノーレをお出ししたいと思います。名付けて、ヴニラ風味のサントノーレです。どうぞ、ご賞味になってください。」パチパチパチ・・・、会場から拍手がわき起る。
この国でのサントノーレは、祝いの席で割とポピュラーなお菓子である。
まずは、土台となるパイ生地を丸く切って、小さめのシュー生地とオーブンで焼く。焼きあがったシューは穴を開けて、削ったヴニラビーンズのカスタードクリームを詰め、小さめのシュークリームにする。それを、焼けたパイの縁に並べて、真ん中に残りのカスタードクリームを乗せる。
クレモンのオリジナルだと思うけど、レモンの砂糖漬けの薄切りをシューに乗せて上から飴をコーティングしてある。更に、カスタードの上にはメレンゲゼリーが被せてある。ザックリしてフワフワしたメレンゲゼリーの中は、濃厚なカスタードクリームと言うわけだ。
「おおー、こんな贅沢なサントノーレは初めてだ。」と、会場から割れんばかりの絶賛の嵐だ。
「では、私の方もお披露目しますね。」そこに、何の変哲もない、丸いスポンジケーキと見えるガトーがワゴンに乗せて出される。「まだ、完成ではないので、少々、お待ちくださいましね。」俺が頷いて合図をすると、ケーキにふるいの砂糖がかけられて、大きな鉄塊のサラマンダーで軽く炙られる。
「それでは、切り分けてください。」切り口から見える中は、黄色くツヤツヤとして見える層と、詰まったスポンジの層と、2層に分かれて、焼かれた上の砂糖が香ばしく芳る。
「む?これはまた、香ばしさが食欲を駆り立てるな。」「皆さまボチボチ、軽い物ばかりに飽きてくる頃ですから、ガトーなので口当たりを少し濃いめにしてみました。」軽やかなミントティーなのに、一緒に出されるお菓子まで軽やかばかりでは飽きが来る。
ほのかにブランデーの香るプルンと濃厚にトロける層に、大地の旨味が詰まってナッツの香ばしさがガツンと舌を捉える層。2つを繋ぐカラメルの香ばしさ。「カラメルの香ばしさが全体をまとめておりますので、プリンケーキ・カラメル風と、名付けました。」
クレモンの顔に、サッと朱が走って、「バカな、このガトーの上はプディングではないですか!」「ええ、そうですけど何か問題でも?」「表面にプディングを持って来て、ケーキが焼成できるまで熱を通したら、プディングがオムレツになって焦げてしまう。」(実際に、ヨークシャープディングみたいに焼いたプディングも有るからな)
俺はニコリとして、「だから、ケーキ型の下にプディングの生地を流して、上からスポンジの生地を乗せて焼いたのです。仕上げに、上下逆さにすればいいのですわ。」「それでもやはり、こんなにプルリとなるのは・・・。」
「焼く時に、天パンに湯を張るのですわ。そうすると、プディングは滑らかに、スポンジは詰まった感じに仕上がります。」「確かに、オーブンで蒸し焼きする技法は有りますが、ここまで徹底したのは聞いた事はありません。」「でも、プディングケーキを焼くには、この方法しか有りませんよね?だ・か・ら、この技法を採用しました。」クレモンが、まだ納得できない顔をしていたので、
「それに、このプディングの濃厚さには秘密が有ります。クレモンさんも使っている、濃厚な赤毛の乳牛のライテを更に半分に濃縮して滑らかさに気を使いました。ライテ・エヴァと申しますが、ご存知ないです?」「あまり、聞きません・・・。」「ライテ・エヴァのトロ味を生かしてゼラチンを少なめにしたら、このトロトロ感が出ますわよ。」クレモンが、その細かな手法に目を剥く。
「それに、煮詰めるほど、長持ちしやすいのです。余剰ライテを煮詰めて保存して置けば、生乳と使い分けが出来て便利ですわ。例えば、オムレツに重い生クリームの代わりにひと匙いれるとかね。二日酔いの胃に優しいですから、明日の朝食のオムレツにいかが?」
「それは分かりましたが、このスポンジに混ぜられた大地の風味豊かなナッツは、どのナッツを使われたのですか?」「土豆(=ピーナツ)です。そう、新大陸産ですから、アーモンドより評価されてなくて圧倒的に安い、あのカカウエッツテです。」俺が手を挙げると、ワゴンに乗せられたソルトバターピーが出て来て、各テーブルに取り分けられた。
「むほほ、これはまるで大地のミルクのようだ。カリカリとした食感で、香ばしくて堪りませんな。」「本当に香ばしくて、お酒に良く合うと思いますわ。」と、皆さんに大好評。
「このナッツは、味が濃いのでローストしただけで特に味付けをしなくても食べれますし、まとめてローストすれば、後からでもこのような味付けが可能です。アーモンドと同じように、カラメルを絡めて甘いお菓子にも出来ますわ。お父様さえ良ければ、領の特産品にしようと思っています。」ここで、目端の利く領主や商業ギルド長などはギラリと目を輝かせる。こうして人物観察をしていると、経営に向く向かないかがハッキリするね。
クレモンが、また表情を暗くして考え込んでしまったので、しばらくしてバローロが、「それでは、審査の皆様には結果を発表して頂けますでしょうか?」
「どちらも陶然となる美味しさでしたが、カレン様のガトー・プディングの方は、後を引く旨味の凝集とブランデーが香るプディングのまとまりが良く、カラメルの香ばしさも花をそえて洗練されております。対して、クレモンのサントノーレも、濃厚なクリームにメレンゲゼリーが乗って、サクサクとしたシューの味がして、全体をまとめるヴニラの甘やかな香りが楽しめ贅沢な仕上がりになって居りましたが・・・、」
「故に・・・、」「その先は、言わないでください。カレン様のガトーは見事でした。領の経営まで考えての素材の選定には、さすがに領主のお姫様だけ有ります。脱帽しました、カレン様の勝ちです・・・。」
その瞬間、会場がドッと沸いた。公爵の専属は料理人として超一流なのに、素人の幼児が花を持たされる事なく、一流の料理人の全力を正面から退けたのである。やんやの拍手喝采がわき起こり、会場を揺るがした。
会場の騒がしさに紛れて悔し涙のクレモンに、「クレモンさんが劣っている訳ではなく、私が勝ったのは神様からのお導きですわ。後で、大切なお話が有りますから気分を直して残ってくださいまし。」
父ちゃん母ちゃんは、いつも通りの笑顔だけど、どこか誇らしげにしているし、爺ちゃんはやんやの喝采に加わって、婆ちゃんは唖然呆然といった驚き顔で固まっている。
喝采が止んで場が一段落すると、「お父様、私は各テーブルにご挨拶まわりをしとう御座います。」男は嫌いだけど今日は気分が良いし、父ちゃんがご機嫌なんで、この後の事を考えて父ちゃんを喜ばせて置くか〜。下手を撃ったら、血の雨が降りかねんからな。
「公爵様に力仕事は・・・。」と、俺を抱えようと手を伸ばすエテルネルを身振りで静止して、父ちゃんに腕を伸ばすと嬉しげにシュッと寄ってきた。このワンコの様な所は嫌いじゃないんだが、俺の性質が猫だから暑苦し過ぎるのは嫌いなんだよ!ともかく、親子のスキンシップだからエテルネルにはご遠慮いただこう。
ラングドシャを乗せたワゴンを従えて、父ちゃんとテーブルをまわる。挨拶をする時に名刺の代わりに、包んだラングドシャと一緒に見開きのカードを渡す。その中には、ラングドシャムームのレシピを木版で刷ったり、カレンのサインの後に芋判でムームーの可愛いイラストが入っている。
お互いの自己紹介と、デザート対決についての論評など、褒められまくって和やかな雰囲気の中で、その事件ちゃー事件かな?ともかく、事件が起こった。
あるテーブルで、ひと通り自己紹介が終わっていや〜な視線を感じたと思ったら、「あらそれは、ヒュアリエンの華紋判では有りませんこと?まさかもう、デュエンファンテなのね。」「貴女は、ジョゼ夫人だったかしら?」俺は、小首を傾げて可愛いく聞く。「確か、"伯爵家"の方ですよね?」ワザと、伯爵家を強調する。
これにピンと来たのは、周りの女性達だった。女の戦いって、こういう些細な所から始まるんだ。特に、貴族はね。周りの男性陣は、ヒュアリエンの所でザワザワしてっけど(微笑)
「ええ、そうです。対面式の前に、お父様から頂きました。」正確には、洗礼式の翌日だけどね。父ちゃんの親バカ30%+母ちゃんを信頼してるんだってカッコ付け70%を感じる。その応えに、ザワザワが増す。そりゃそうだろう、俺本人もビックリしてるくらいだから。次代のデュクが、デュクと親子の名乗りも上げぬうちから決定してんだぜ?
「確かカレン様は、洗礼式にマナの発現がなかったとか?それなのに、次代のデュクは勤まるのかしらね。」父ちゃんが口を挟みかけたんで(公爵の父ちゃんが口を挟むと話が大きくなるんだっつーの)、黙っててって唇に指を当ててウインクしてから軽く首を傾げて、「あら、ジョゼの"おば"様。プレテ・ルカ様に言わせたら、神像ではなく、こちらにマナの発現が有ったそうですわ。」上品に、お頭に指を当てて見せ、ジョゼをさりげなく伯母さんアピール(笑)
さざ波のような、クスクス笑いが辺りを包む。俺の預かり知らん事柄を、カレンという幼児に当たり散らすクソババは笑い者になれば良い。一本取るつもりが、逆に機先を制されて顔を赤くするジョゼ伯母さん。
ま、予測はしていたけど、第2夫人派は大派閥だから、こんな所にも紛れ込んでいるのよね。ん、この場に黒幕でも居るんかな?
「まあぁ、全くこれだから子爵家の産んだ娘は・・・、」と毒吐こうとして、「ワーハッハッハ!!!こりゃ、面白い。この幼いのに、しっかりとモンテローザの血が出ておるわ。」呵々大笑をする声がジョゼババの毒吐きを制する。
近くのテーブルについていた、顔に無数の傷痕を残す古武士の風格がある60?男がジョゼババを睨むと、その顔の中に傷が有るのか、傷の中に顔が有るのか分からない迫力がある凶相を歪めて笑みを見せた。
途端に、「ひぇ!」とジョゼババの喉奥に詰まった悲鳴が聞こえる。例え、位階の差こそあれど、最前線で鍛えられた風格と、家格に支えられたチンケなプライドとでは雲泥の差がある。「では、皆さま、ご機嫌麗しゅう。この場は、これで失礼いたします。ジョゼおば様も、お元気にお過ごしくださいまし。」と、挨拶もそこそこに、テーブルを辞去する。
「これはお父様、こちらに居らっしゃたのですか?挨拶が遅れて、大変申し訳ありません。」「いやなに、家督は息子に譲ったし、孫の顔を見たくてまかり越しましてな。こちらのテーブルに、懐かしい戦友の顔が揃って居ましたので座ったまでの事。」見渡すとテーブルには重厚な異様を放つ面々が、モンテローザの爺ちゃんを入れて3人も座っている。
先代のバーゼル領モンテローザ家に、その人ありと謳われた傷痕公と異名を頂くモンテローザの爺ちゃんが俺に紹介してくれたのは、バーゼル領ジャン・モントイユ伯爵、アミエンス領クロストフ・ヴィランジュ辺境伯の北東部の雄だ。
ヴィランジュ辺境伯家は、北東部最東端を領していて、戦略上、隣国のロースダール公国をも庇護している。ガゾンブリアとの海峡で1番狭い場所を領しており、異民族国家の侵略を阻止する為に独自の軍権を有している。
バーゼル領は、海峡の中央に位置する半島の先端の岬から根元に当たる。
モンテローザ家は、海峡全体を見渡せる岬を領していて、その半島の根元に当たるモントイユ伯家とは連携をとる関係にある。半島がガゾンブリアに対して北西方面に傾いて根元に当たる部分に浅瀬や干潟が多いため、ガゾンブリアが大軍を派遣した場合の揚陸地がこの根元にあたる。
いずれも、最前線の重要地なのは学んだ通りだ。
本来的に貴族は、マナの充実が有れば傷痕は綺麗に治る物だから、傷を残すのは貴族家の恥だと言われる。でも爺ちゃんは、"傷痕なんて構っとれん!国境を守り、兵を養うのが我が家の誇りだ"と一顧だにせず、その傷痕だらけの顔を隠しもしなかった豪放な性格をしているという事を、モントイユ伯から楽し気に話された。
ヴィランジュ辺境伯から勝負について、特になんの変哲もない材料で目立たない仕上がりなのに味は何故に一流なんだと聞かれて、「それは勝負となれば、虚実を扱うのは当たり前の話では無いでしょうか?攻めると見せかけて攻めない、おとなし気に見せかけて不意に攻めかかる。戦場の信義を除けば、これは皆様の得意な分野でしょう。」
「なるほど、菓子と戦さの違いは有っても、勝負なら変わりませんか・・・。」「ええ、そこに美味しい物を食べさせる心遣い、国民の命を守り切るという一本の芯さえ通っていれば、虚実で人を騙しても、また可なのですわ。」「ふふっ、これはカレン様とだけは戦場で相対したくは無いですね。」
「辺境伯、何をかや言わん、カレン様はワシらの大将になられるお方よ。前線を守るのは、ワシら男衆の仕事じゃろ。女子はマナが発現せんでも、後ろをしっかと守れる賢さが有れば良いんじゃ。この娘は、ミラベル譲りでなかなか肝っ玉が太いし、さすがにロレッタの子よ、歳に似合わぬ賢才が有り、駆け引きに長けた将才もある。公爵様、この爺にカレン様を抱かせてやってくださりませんか?」
俺も鬼じゃないんで、老い先短い爺ちゃんには抱っこされる位なら大人しく我慢もしよう。父ちゃんが、爺ちゃんに俺をソッと渡して、「お父さん。カレンは、女子ばかりの場所で育ちましたから、男は苦手なんですよ。私も今日初めて、抱かせて貰ったのですから、あまりギュッとはしないでくださいね。」
「おぅおぅ、愛らしいのう。この鏡のような銀の髪に、キラキラ輝く紫の瞳は、ミラベルの小さい頃にそっくりじゃ。」「あっあっ、お父さん!それ以上、ギュッと抱き締めたらカレンが苦しくなりますから、せっかく男に慣れてきて、今日は抱かせて貰っているのに〜〜〜。」"ふっ・・・。"父ちゃんが心配しなくても、デバガメラーズよりマシですから。
それと意外に、抱かれ心地(?)は悪くない。筋肉質で硬くゴツゴツはしてるけど力強くしっかとホールドされて、何より愛情溢れる雰囲気が落ち着いた感じを醸し出している。「ほれ、渡しますぞ。カレン様を受け止めなされ。」爺ちゃんが、父ちゃんの腕の中に俺を返すと、「あっちで、カレン様の婆が世間話に花を咲かせておるのでな。後で、挨拶に向かわれると良い。」
「皆さんの楽しいお話を、ありがとう御座いました。」ラングドシャの包みと、カードを置いて俺と父ちゃんは、挨拶してテーブルを辞去した。
「パーティーが散会した後、お父様もお母様も残ってくださいね。領についての大切なお話と、お父様のお耳に入れたいお話がありますから。」父ちゃんの耳元で、ソッと囁く。「ん、カレンの大切な話なら残るさ。」「お父様、ありがとう御座います。それと、何を聞いても、絶対に怒ったりしないでくださいましね。」
父ちゃんが僅かに眉根を寄せて、「どうしてだい?私がカレンに怒るなんて、まず有り得ないと思うが・・・。」「私の事ではなく、今日の勝負に関してですわ。」それを話すと、"うーん"と、難しい顔をされた・・・。
カレンは、何をするのでしょうか?
1/15-18:30 分かり辛い表現でしたので解説しますと、『辺境伯は"何で、油断を誘う真似をしたのか?"と尋ねて、カレンは、"戦場で先入観を持って油断する方が悪い"なんて言外に答えてます。その上で、"戦場の信義を除けば"と信義は貫かなきゃ駄目だよとも言ってます。
更に、"これは皆様の得意な分野でしょう"と言って見かけは持ち上げて居ますが、「戦場では、貴方達がしっかりとするべきじゃない?」と軽く一本取ってます。ですから、辺境伯の評価は、"カレン様とだけは戦場で相対したくは無い"と最大限の賛辞を贈っています。
バーゼルの爺ちゃんは、武骨者ですから素直に言葉を取って、"辺境伯、何をかや言わん"と辺境伯を苦笑させて居ます。さすがのカインは、辺境伯がカレンを褒め称えて居るのを感じています。』




