カレンが行く!<後編>
あー、父ちゃん。アレだ、母ちゃんが父ちゃんを好きじゃない訳ないじゃーあーりませんか?
俺の名前は何、父ちゃんのカインと韻を踏んでいる(=母音が二つ以上重なる)んじゃないかな。カぁインと、カぁレぇンで、短い名詞でも"カぁとン"が重なっている。
愛する夫の名前と、韻を踏んだ名前を2人の間の娘に、どうしても名付けたかったから母ちゃん随分と探して、純粋、可愛らしいという意味のkarenと命名したらしい。
母ちゃんがツンデレラなのは、赤ん坊の頃から付き合っていれば分かるよ。興味が有るから却って冷たくするとか、挑戦的にでて相手の反応を見る感じ、女としての誇りや、激しさが有っても、その裏では滴るような愛情が溢れている。
母ちゃんも自分の気持ちには大概疎いけど、父ちゃんも相当な不器用に見えるぜ。
元の世界じゃあ、離婚専門の弁護士を20年近くやって来て、女を見る目は有る積もり。女のタイプで言えば、母ちゃんは超希少種だよ。
小さな事にも感謝が出来るとか、そう言う女は夫からのストレスが溜まりにくい。浮気ってさ、原因として日常のストレスからの解放って動機が多い。非日常に、憧れるってやつ。
自分の事より、他人の幸せを考えるタイプの女は強いよ?よく言うじゃん、『女は弱し、されど母は強し』ってね。自分の事より、夫や子供の幸せを優先する女は強い。
まず、揺らがない。そう言う希少な女が理想だったから、前世の俺は独身貴族を通した訳さ。今は、本当の貴族だけど(笑)
あー、あー、甘い甘い甘ったるい。あんたら、砂糖より甘い似た者夫婦だわ。だいたい、あんな美人を嫁に貰って置いて、可愛い子供も出来て、リア充爆発しろよ!!!なんて、馬車に揺られながら毒突いてみる。
〜〜〜〜〜
うちの大名行列が、裏通りに入る。この大型馬車では、馬車同士の離合(=すれ違う事)が出来ない為に通りは警吏に封鎖され、うちの護衛騎士も先行して協力、一緒に通行を塞いでいた。
馬車は、目指す店に横付けされたけど直ぐに降りれない。先行した馬車からメイドが通りを掃き清め、土ぼこりだらけなので打ち水をして、従僕が俺が歩く為のカーペットを敷いてから踏み台を出し、側仕えが整列するのを待つ。
んー、お姫様って、こんなにフットワークが重いん?もし、途中でおシッコしたくなったらどうするっと考えて、ザッと青くなる。もしや、馬車の中で見られながらの用足し?ねぇねぇ、馬車のなーかー?聞くにきけねーじゃ・・・。
そうこうしてる内に、外で警吏が護衛騎士に安全確認の報告をするキビキビとした声が響いて、他の馬車から側仕え達が降りて、この馬車の扉から先ずはリーラ、ジョーヌ、リュミエラの順番に下車して最後に俺が、エテルネルに手を引かれながら降りる。
カーペットの両側には、側仕えとリーラが最敬礼の位置でお辞儀をして、店側の道路端には平伏した平民が控えていた。うちのメイド達は、その傍で最敬礼をしている。
今日のカレンの服装は、ピンクの上下に、砂埃避けもあって、白い薄物総レースのジャケットとオーバースカートを着ている。へっへー、ピンクに白のスケスケオーバーなんて、外側から見たら薄紅色の桜色に見えてお気にだよん。
側仕え、グッジョブ!光を反射する銀の髪の前はナチュラルに揃えられ、揉み上げから伸びる二対の髪を除いてクルクルと後ろで丸く纏めてピンで留めてレースを被せて紐で結ってある。
装飾は、可愛い銀の宝冠に真紅のルビーをあしらった物で、ネックレスと対になっている。指輪は、銀の華紋判のだけにしてる。
これは、日本の華押と同じくサインが本物かどうかを識別する為で、サインの後に色付きの蝋を垂らして押す判子なんだ。貴族なんかの必需品だ。
家紋は、ご大層なデザインのが別にあるよ?ロレッタ家の花は蓮の花で、フランスのブルボン家の百合(fleur-de-lisは、直訳すると百合だけど、モチーフはアヤメとも言われる)と、同じような物だね。
手には、両側の面にオシャレな銀の装丁の扇子。中は、紙と木で紙にはカレンの瞳の色と同じ、紫の花ラベンダーが押し花として漉き込んである。これ、暑い日にパタパタやると密かにラベンダーが香るのよね。
ふつーは、羽扇子だし〜、羽根だと思わずムームーと遊んじゃうし、紙に漉き込むって概念を理解して貰うのに随分と苦労はしたけど、出来上がりを見て思い通りにいって満足した逸品だよ。
対面式とかお披露目式用に、前々から作ってたんだ。カッコいいから、今日、持って来たけど、外出だし良いよね?と、優雅にパタパタ。
「皆さん、ご機嫌よう。私の買い物の為に、随分とご苦労、ご迷惑をお掛けしました。」俺も、軽い会釈と皇室スマイルを欠かさないで、軽い挨拶と労いの言葉をかける。「「「はは〜〜、何事も姫様のおん為に・・・。」」」て、どこぞのご隠居さんやらと突っ込んで見渡す。
と、見覚えの無い制服姿の青年が片膝をついて頭を下げて居たから気になって、「貴方は?」と、声を掛けた。「はっ、姫君様、直答御免。」と断りを入れて、「私は、東方面警察署の署長をしております、オスカー・アソエ・フョルドンと申します。」
「そうですか、これは私共の為にご苦労を掛けました。ありがとう御座います。」でー、雪だるま式に、大事になって行くのを無視してたけど、これ、ダメなやつや、こんな大掛かりになるんだったら止めにした方が良くなくない?
護衛騎士が付いて、側仕えやメイドが来るのはしゃーない。でも、大名行列に、警察が出て道路封鎖に、署長が来るなんて、目の前がクラクラする。せめて前の日とか、普通は1週間前に言うとか、それ以前に呼び寄せたらいいんじゃね?
現実逃避して、前世、宝ジェ○ヌでも無いのに、オス○ール!こんなとこにオ○カルが!なんて、内心でボケてみる。はぁ〜〜〜、デュエンファンって、どこまで権威が有るんだかと、内心で黄昏るわ。正に、後悔先に立たずとか、日本人としてはねぇ、警察のご厄介になるなんてと、冷や汗たらーり・・・。
ま、しゃーない。今度から、庶民相手なら呼び寄せ一択で。んで、馬車を降りて気付いたけど、この辺り一帯の窓の鎧戸が閉まってる。洗濯物を干すロープも、取り込まれている感じ?
「署長さん、あれは?」と扇子で指して尋ねたら、「姫様より、高い位置から見下ろす真似はさせません!警備上も宜しく有りませんし、皆に伝えて締めさせました。」ドッと、お疲れ汗が出るわ。
「それでは、早くお店に入りましょう。私が入ったら、暑いので鎧戸は開けさせて宜しいですよね?」「それでは、警備上が・・・、」と食い下がるオスカーを放置して、お店にサッサカ入る。
お店は、六畳?八畳くらいかな、随分とこじんまりしいてる。商品を中央神殿に献じている位だから、てっきり大きめの商店をイメージしてたけど、これは、ご近所の駄菓子屋さんレベルかな。
「あの、このお店のご主人と奥様ですか?」入り口付近で、ちんまりと平伏する夫婦者らしき住人にそう尋ねると、驚いた様子で顔を見合わせて更に畏まって小さくなる。
同時に、リーラが私の袖を引いて、「お嬢様、公の場での平民は直答出来ませんので、必ず私を通してご質問をしてください。」と、小さく注意を促して来る。
「私は、構いませんわ。」ニッコリと、リーラに微笑んで応えを返すと、「直答は、爵位を持たれた方のみに許された特権なのです。」「あら、それはつまり、爵位に対する権威という事でしょうか?」リーラは、頭を低くして畏まって、「さようで御座います、お嬢様。」
「なら、余計に構わないでは有りませんか?私の考える権威とは、その立場に相応しい行いを為すから得られる物なのです。私は、皆様に何も成し得ては居りませんわ。こんな形りですから、何時もリーラや側仕え、メイドの皆様が支えて下さっているのには深く感謝をしているのです。その、貴方がたの行いは、爵位に優る誇りなのでは御座いませんこと?」
メイド達が密かに身動ぐのが見えて、「皆様、それぞれ私に仕えて下さいますし、署長様、騎士様や警吏の方々、このお店とご近所の方々にはご苦労、ご迷惑をお掛けして居りますのに、これだけのご迷惑をお掛けして、デュエンファンだから直答もしてはならないと言うのは心苦しいのです。」「分かりました。お嬢様がそこまで仰いますのなら・・・。」
俺は、扇子の先を口元に当てながら軽く冗談めかして、「クスッ・・・。お母様なら、貴族だからって偉ぶるなとお叱りに成られるかも知れませんよ?それに、そんなに公爵家の権威を気になさるのなら、この場だけの事で、後は皆様お忘れくださって宜しいかと思います。だから、オスカー署長様。馬車から大きな布地を下ろして、それの下に入って馬車に戻りますので、鎧戸の件は宜しくお頼み申し上げます。」
げっ・・・、オスカーの目がウルウルしてるよ。キモいかも・・・。俺、そんなに大変な事を言ったっけ?「ははっ!必ず、姫様の御意に沿うように、このオスカー、命かけ参らせて頂きます。」この人・・・、命かけるとか大袈裟だし、美男子なのに涙目が残念過ぐる・・・。こんな、お人好しで、警察署なんて回せるの?
んー、前世を考えるとさ、最近崩れつつあるとは言え、日本人なら、『他人様に、ご迷惑をお掛けしてはなりません!』と習うわーけ。前世の我が家は小市民でさ、小さい頃からガッツリそれを叩き込まれていたから、いきなりお姫様感覚に慣れろっても無理がある訳よ。
「コホン、それでは直答を許させて頂きますので、ご返答をなさって下さいますか?」夫婦者が顔を見合わせて、旦那さんが「誠に不躾ながら、私の名から申し上げます。私、エンゾ・リザ、こっちは、女房のラルエット・リザと申します。長年、この界隈で、ご近所様あいてに、冷やし飴とゴーフレットの販売で生計を立てさせて頂いておりやす。」
40辺り?2人とも濃い茶色の髪に、旦那さんはグレーの瞳、奥さんは虹彩(=瞳と白目の境目)に青みの入った黒瞳っぼぃ。少し、草臥れた感じの夫婦だわ。
やはりか〜。麦芽糖で出来た水飴を、水で薄めたのが冷やし飴ね。麦芽糖は、単糖類のブドウ糖が二つ重合したマルトースと言う2糖類だよ。分子式、C12H22O11だったかな。
植物が発芽する時に、胚乳に溜めたデンプン質を分解する為に作る酵素を利用して、デンプンを酵素分解して水飴を得る方法なんだ。
何も麦芽糖だから麦芽が絶対に必要なのでは無く、前世なら普通に手に入る大根のオロシ汁+片栗粉で、簡単に作れる。
人類が、有機化学的簡単に、手にする事が出来る糖でも有る。無理すれば、砂糖にも出来たはずだけど、結晶化し難い性質が有るから砂糖にするのには向かない。
マルトースの甘味は、上品で軽い。このまま、使った方が無難かな。熱で色が付きにくいから、正月の田作りや佃煮、煮物の照りとか、ブリの照り焼きに使うと良さげだよね。
因みに、砂糖の主成分のシュ糖は同じ2糖類だけど、ブドウ糖+果糖で出来ている。
あ、単糖類って、これ以上分解して分子に近くなると甘味を感じない最小単位の事だよ。複数種、単糖類が重合すると、オリゴ糖やムコ多糖体(保水性が高いから、化粧水に使われてるよ)とか更に色々出てくる。
面白いのが、ちっとも甘く無い炭水化物のセルロースも、糖鎖として単糖類から出る事だね。つまり、糖の重合具合が大きくとも、最早、糖と言えない位に小さくとも甘く感じない。セルロースで繊維質が出来たりして、硬い繊維質として難消化物にもなるしね。
植物が有って、類似世界で、糖が出ない事はまず考え難い。必ず、何かの形で糖は出来るんだ。
「私、カレン・ロレッタと申します。プレテ様の所で、こちら様のゴーフレットなるお菓子を頂きまして、大変、美味しゅうございましたので、今日は購入させて頂こうと参じました。」
「それは、早速のご贔屓をありがとう御座います。さりながら、プレテ様にお納めしているお品はミルクとバターと卵を使った上質な物でして、ただ今、手近に材料が御座いませんので、お姫様のお口に合う様な物は置いてはおりません。」
俺は、首を傾げながら微笑んで、「今ある物は、どう言ったゴーフレットなのでしょう。宜しければ、実演して食べさせて頂く訳には参りませんの?」
夫婦は、また顔を見合わせて相談するかの目配せをして、「良う御座いますとも、姫様のご要望なら応えさせて頂きます。」俺は、内心でニマリとほくそ笑んだ。
何故かって?誰だって、いきなり尋ねて来られて、アレしてコレして言われたら嫌な気分になるっしょ?人間関係円滑化の三大原則、まず褒める、歓待する、感謝をする、これが社会人の基本だよ。
初対面で、この原則の何れも踏めなかったら社会人失格と言っても過言じゃない。コレをしない人間って、成功しない人間の典型例じゃないの?
よく、偉そうにしているオッサンが、中高生でも無いのにコレが出来ない。俺は、それで長く付き合うべき人間かどうか見分ける基準にしてたな。
この夫婦者も、最初の硬い感じなら実演は遠慮されてた可能性が高い。もし、権威を笠にお強請りしたとしても、対応は硬く、作るのが上手く行かないかも知れない。
何より、美味しい物を食べに来て、気分の悪くなる様な真似はしたくない。思った通りに、夫婦の対応は柔らかくなった。夫のエンゾが準備を始める間に、妻のラルエットがそれとなくリーラに、ここに居る皆んなに商売物の冷やし飴を勧めても良いものかどうかを尋ねていたな。
リーラが、少し困惑顔だったんで、「私、ラルエットさんのお勧めの冷やし飴を頂かせて貰いますわ。騎士や警吏の方々は、警備上難しいやも知れませんが、せっかくのお気持ちですから、皆さんも交代で頂きましょう。」と、ラルエットから冷やし飴の入ったコップを貰ってドゥースを手招きする。
「ごめんなさい、ラルエットさん。私、毒味されてない物は口に出来ないのです。勧められて居ながら、本当に申し訳ありません。」ドゥースが、ちょっと膝を突いて礼をしてから、コップの中身を銀のスプーンですくって匂いを見ながら味見をする。
ん?何やらラルエットの目が赤いが、「そ、それは構いません。そんなにお小さいのに、毒味が無いと自由に食べたり飲んだりも出来ないとは・・・。」
「ああ、それは、デュエンファンだから仕方ない事と思います。仕方ない事をアレコレ考えるよりか、今は美味しい物を頂く事を考えるのですわ。」と、俺が微笑んで見せたら、え?エンゾも下を向いて何やら啜り上げてら。"ちきしょう、鼻から水が出やがるぜ"なんてベタなセリフを言ってるわ。
んー、この世界の人間の思考基準が分からん。俺は、ナチュラルに接した積もりなんだがな・・・。
番外編、カレンと菓子屋の娘は、この<幼少期編>の最後に入れる事にしました。思い付きの番外編ですが、これは次々編の<開花期編>に関係させた方が、より面白いと判断した為です。
カレンは、ナチュラルひとたらしです。特に、意識はして居ない事柄でも、周りの人間が勝手に感動するので正直に言って戸惑って居ます。
付記致しますと、単糖類であるブドウ糖(=グルコース)は、分子式 C6H12O6で有りますが、ブドウ糖2つの麦芽糖(=マルトース)になると、単純にグルコースの2倍じゃなく、2つのグルコースが一部の分子を共有する形になりますので、分子式C12H22O11となります。こうして高度に重合が進んだセルロースなどは、簡単には元の単糖類や2糖類には戻ってはくれません。




