交じって混ざってまざりたくて<前編>
季節を先取りしすぎてるんじゃないかって思うほどに照り付ける日差しが痛い。普通ならジメっとした雨が連日降るはずなのに、地球温暖化、異常気象、6月なのにキレイすぎる青空が今日も晴れ渡っている。
その下で体育を受ける高校生の気持ちにもなってほしいものだけど。
日陰の中でむさくるしい男子生徒が集まって、呼び出された順に炎天下の中100メートルなんて走らされている。ちょっとした拷問じゃないのか。
なんて文句を言いつつも大方の生徒はじゃれながら遊んでいるなんて、かなり青春っぽい。暑さでヘトヘトになるかと思いきや、その中でも楽しみを見つけられるなんてさすがとしか言いようがない。
俺にはちょっとだけ状況が違うのだけれども。
あれから、というか文芸同好会が結成してもなお、俺の高校生活は劇的に変わる何てことはなく、未だに溝があるクラスメイトと微妙な距離を詰めることもできずに一人でぼーっとすることしかできない。コレが二人一組なんてのじゃなくてよかったけどな、と強がりにも似た感情が襲ってきたけど、どうしようもない。
それもそのはず、未だに改心しない金色に染めた髪と、イキって開け始めたピアス。四月からの高校デビューに合わせて変えた身なりは他人を遠ざけることに特化していた。
逆にもう辞められなくなっているんだけれど。
学校の中で唯一の不良生徒としてアイデンティティーを確立したらもう元には戻ることはできない。
「次、高瀬!」
体育教師の号令に従ってノロノロとスタートラインに立つ。再び高校生活のスタートラインに立つことができたら、どうなのだろうか。
乾いたスタートの合図で思いっきり地面を切った。
結局、自分から動かない限りはきっと無意味なんだろうな、なんて思った。
「お疲れ様です、男子は陸上やってたんですね。体育館の上から見てましたよ。アレですか、やっぱり足が速いとモテたりとかするんですか?そんなの小学生までですもんね。あ、恵茉、小学生の時も足の速い子は好きにならなかったんですよ。それについてはやっぱり恵茉は大人っぽかったってことでいいんですかね」
授業中のはずなのに、平然と俺に構ってくるクラスメイト。俺は汗をぬぐって蛇口を回した。
体育中だからか、いつもはおろしっぱなしのセミロングを小さくまとめているせいで何割り増しか可愛く見えてしまう。というか、うちの学年でも噂が独り歩きするほど目立つ美少女。
いやボカしてもしょうがないけど、俺に話しかけられるのは多分コイツが唯一であるから、恵茉が話しかけてくる。
日に熱せられてたせいでぬるかった水がだいぶ冷たくなってきた。水道の近くには記録取りが終わった男子だけでなく、体育館で授業中のハズな女子も入り混じっていた。
「恵茉は何してんだよ、こんなとこで」
「私たちですか?室内に閉じ込められて卓球かバレーですね。恵茉は卓球だったんですけど、あ、いや勘違いしないでくださいね。恵茉は別にこういう時に一緒に組んでくれる友達ができてるんですから。あの、ほら、うちのクラスの委員長さん。もうちょっと時間さえかければ絶対仲良くなれる気がするんですよね。で、基本放任ですから関係ないんですけど、見てたら高瀬君がここに来てたんで」
「いやわざわざ来るなよ……」
俺の言葉に対して恵茉は心外ですと顔を覆った。
「逆にわざわざ来てあげてるんですよ。上から眺めててずっと話し相手がいなそうだったのでかわいそうで。部活には友達がいるのにクラスでは浮いてる人ってなんか見てて辛いじゃないですか。高瀬君、いまそんな感じです。まぁ恵茉も結構大変になっちゃってるので逃げてきてるのも否めませんが」
「あぁそうなの」
なんとなく俺もこれ以上は聞きたくない。蛇口をキツク捻って他のグループとは少しだけ離れた位置に腰を下ろした。それでも皆と同じように遠くでまだ走っているクラスメイト達を眺めていた。
「高瀬君も恵茉も友達作りにおいてはまだまだですね」
俺の半歩だけ後ろにしゃがまれたせいで、耳元でささやかれたような気がして恥ずかしくなる。自分の首元に滲んだ汗が気になって仕方がない。
「まぁでも、この嫌な流れを払しょくするイベントは残ってますから。この後のHRで一緒に頑張りましょうね」
俺に向けられたのか、半ば自分に言い聞かせているのか、そんな半々な感情を織り交ぜていたようなその言葉を俺は聞き流すことしかできなかった。
「じゃぁまた後で。必要以上に抜けてるとこれからの対面コミュニケーションが大変になっちゃう可能性がありますので。高瀬君もこういう時に勇気を出して皆とはなしてみるんですよ、では」
ぺし、と小さな擬音がつきそうな重みが俺の頭の上に乗っかった。不意打ち。振り返ると体操着の長袖をひらひらと躍らせながら戻っていく恵茉の後ろ姿が見えるだけだ。
あぁもう、何してくれてんの……。とりあえず眉間に力を入れて崩れそうな表情をとどめておく。
いやだって、可愛い子にあんなことされたらさすがにニヤケそうになるって。でもそんなことできないじゃん?これは本当にしょうがない。
「え、いや何?お前家入とできてんの?」
「そんなことないけどって……いや須藤っ⁉え、お前見てたのかよ」
体育館とは逆側、気づかないうちに俺の横には担任の須藤が立っていた。俺が座っているせいでいつもより背が高く見えてしまう。須藤に気づいた他の生徒たちも和やかに手を振っている。
気の抜けた顔を崩すことなく咥えていた煙草に火をつける。ふぅ、と吐いた息が白く曇った。
「お前が誰とできてようが関係ねぇけど」
「できてないっすって。というか今授業中ですし、校内は禁煙ですよ」
俺がそう言うと笑いながらさっきの恵茉と同じことをする。煽られているようで非常にムカつく。
「高瀬がルールとか言うなよな、マジで」
もう一度ゆっくりと息を吐いて目を細めると、胸ポケットから自身の携帯灰皿の中に煙草を押し付ける。
「ていうか何しに来たんすか?」
「あぁコレ」
須藤から一枚のペラ紙を手渡される。
「友達の居ない高瀬君に無理ゲーなミッション。この後のHRで委員長に全任せするから渡しといてね」
「は?ムリっすよ、直接渡してくださいよ」
渡されたプリントを返そうとしても既に須藤は歩き去って行ってしまう。頑張るんば、という無責任な言葉だけを残していってしまう。
「もう一個だけ」
「なんなんですかホントに」
振り返って須藤が笑う。
「恵茉ちゃんと一緒にやれば楽かもよ」
グラウンドで集合の合図が鳴った。とりあえず、戻る方が先だろうと思った。
「あれ、高瀬君こんなところで何やってるんですか?もしかして恵茉の出待ちですか?いやだめですよ、体育後の女の子を出待ちするなんて。だいぶ極刑に近いんじゃないですか?まぁ恵茉は許してあげますけど」
「いや、まぁそうじゃないんだけどさぁ。ちょっと手伝ってくれない?」
予想通りというか、恵茉は一番に体育館から一人で出てきたので捕まえるのは苦じゃなかったけど、どうせなら委員長と一緒にいてくれたら問題はなかったのになぁとも思ってしまう。なかなかうまくはいかない。
「?なにをですか?あ、もしかして喧嘩のお手伝いとか?恵茉、腕力には結構自信があるんですよ。この前もシャドーボクシングの筋が良いってヤバいおじさんに褒められたんですから。アレ、マジで一体何だったんですかね?」
サラッと怖い話を混ぜないでもらいたい。
「須藤から委員長に渡せって言われててさ」
「あぁなんだ。そんなことですか。そんなの、恵茉経由しないで渡せばいいじゃないですか。それとも恵茉と話したかったんですか?フフッ。あ、いや冗談です。簡単ですよ。呼んできてあげます」
簡単に言うようだけど、話したことのないクラスメイト(女子)を相手にするのってかなり難しいんだぜ。陽キャならともかく、だって、俺だし。
なんてことをミリでも感じてくれることなく、恵茉が呼びに戻ってくれる。いや、別に俺が手渡ししなきゃいけないわけじゃないんだから恵茉に持って行ってもらえばよかったはずなのに。
「はーい、高瀬君。委員長さん連れてきましたよ。いや、なんか、委員長さんに話があるらしくて……」
女の子の友人らしく手をつないで引っ張ってくる見慣れた子ともう一人。聞こえてくる恵茉の話し方だとまたなんか変な誤解を与えてるような気がするって。
長いロングでおとなしそうな印象を受ける我がクラスの委員長は少し緊張ともとれる面持ちだった。汗で張り付いた前髪に少し親近感を覚えた。
「えーと……あの、話って……」
「ほら高瀬君、勇気を出して!しっかりと、あ、怖くしちゃダメですよ、耐性ないんですから」
「え、ほんとに何?怖い……」
少しこんがらがっているよううだけど大した要じゃないんだよなぁ。コレが恵茉に協力をお願いした結果なら、あまりうまく行ってない気がする。
「あー、委員長」
「ひぅ!」
「ちょっと声音が低すぎるんじゃないですか?警戒されてますよ!」
「あの、コレ。須藤からこの後のHRで使えって」
「ふぇ!……あ、それだけですか」
「あぁ、うん。これだけ」
「はい……」
そうなんだよ、これだけなんだよ。たかがプリントを手渡すってイベントにもなりえないものを考えすぎてたのかもしれない。コレは反省が必要な気がする。
「うーん、高瀬君に友達ができないの何となくわかったような気がします」
お前は本当になんなんだよ。