交じって混ざってまざりたくて<後編3>
夏の湿度を含んだ夜のぬくもりと、文化祭の残り香が交じり合っているせいか、背中にじんわりと汗が垂れて行ったのが分かった。
多分、俺がなにか感傷に浸るのはこの先三年間ずっとここなんだろうな。電気もつけずに真っ暗の中、グラウンドを眺める。
少しづつ人が集まってきている様子で、文化祭もあとわずかであることが分かる。校庭の中央に設けられた小さなキャンプファイヤーを取り囲むように集まって行っている。
青いラバーを取り外して、近くの机に置いた。須藤が持ってきた物品と共に思い出の藻屑となって消えてしまうのだろうか。
視界の隅でバチっとオレンジの炎が見えて、地響きとまではいかない量の歓声。興奮が連鎖日のように繋がって行っているのが上からだと分かる。
MCの音頭に合わせて、学校中の全員が楽しんでいるように見えた。来年はそっち側に居られるのだろうか。
「トントン、空いてますか?」
驚きを隠せずに振り返る。暗くて顔は分からない。
「さっきの後夜祭、勝手に帰りましたね。恵茉が表彰されるところを見逃すなんてギルティすぎますよ」
「……優勝でしょ」
乾いた笑いを貼り付けて、俺のすぐ横に座って一緒に揺らめく炎を見つめる。
「3位でしたけど」
「んだよ、勝ってないか」
「恵茉が優勝逃した理由は絶対組織票が動いたからですよ。1年に勝たせる気はなかった気がしますよ、ほんと」
恵茉はクラスTに身を包んで、パタパタと風を入れ込んでいる。その姿に負けた悔しさは読み取ることはできない。
「さ、いろいろあったので急いでここまで来たんですけど。どうしましょう、ええと、ちょっと恵茉テンションハイになってますけど」
俺も、恵茉に言いたいこととかいろいろあったはずだけど、上手く言葉にできる気がしないから黙ってしまう。それはお互い様のようで、いつもなら恵茉がトークをつないでくれるはずなのに、今日は微妙な沈黙だけ。
「えーっと、ほんとにどうしましょう……たはは……」
恵茉のテンションに当てられてるのはさっきのイベントのせいなのだろう。そう思って少しだけ俺の気持ちが重くなって、元に戻る。
変にならないようにだけ意識して、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「とりあえず、ミステリ研の方で」
「……ぁあぁ、そうですね。そうだ、それが止まったままなんでした。準備機関からですから、3日か4日ぐらい前のやつですよね。途中、昨日とか、高瀬君に聞きに行こうかと迷ってたんですけど、恵茉もいろいろありましてね、その、ココがベストだと判断したわけなんですよ……。まぁ、それはいいです、で、なんでなんですか?」
「最初にさ、俺らが買ってきたペンキの数って覚えてる?」
俺の内部から発せられる鼓動がうるさい。何を、どう、期待しているんだろうか。
「えぇと、ちょっと待ってください……。覚えてないですけど、とりあえず、赤色がなくなってたので、赤で一色。使われてた色で考えると緑、黒……最初に購入してきたのって5色分でしたっけ?」
「明日、片付けする際に確認してもらえばいいけど、俺らが買ったペンキ缶は4色分なんだよ」
「え、それだと」
「でも、実際に段ボールに着色した際には5色分になってた。ということは」
「ということは、えっと。つまり」
「つまり、色を作ったんだよ。赤と白を混ぜて」
「だから」
「だから、赤色だけ異常に減ってたんだ。白は使わなくても、赤はその他にバラの色とか大活躍だったから」
「……むぅ、ほんとですか?」
校庭の盛り上がりはピークを迎えているのかもしれない。
「さぁ。でも混ぜたのはホントだろ。あと、もしかしたら、誰かと買い出しに行きたくてわざと捨てたのかもしれないし」
最後の言葉はうまく伝わらなかったみたいだ。伝わらなくて本当に良かったけれど。
恵茉はゆっくりと俺の言葉を咀嚼して、飲み込むように空を見上げた。倣って俺も宙を見つめる。まだ目を凝らせば星が見える。
「……ハイ。じゃぁ、うん。そうですね、なるほど。うーん、じゃぁコレでミステリ研の文化祭の事件は終わりですね。そうですね、そうしましょう。うん」
恵茉がパチンと手を叩いた。おしまいです、と。
「それでも、もう少しだけココに居てくださいね」
恵茉がつぶやく。
よくわからないけど、俺の鼓動がうるさくなって、校庭からの音なんて何も聞こえやしない。なにか、もう一つ恵茉に言おうとしてたことがあったような。いや、ただの熱気に当てられてるだけなのか。
「恵茉、そのラバー」
「?これですか?」
目が慣れているとはいえ、色までははっきりとは分からないけれど。
「俺のと交換してくれない?」
机の上に放り投げた俺の、本当は須藤のだけど、青色のおまじないを回収する。
「え、何でですか?」
「いや、その」
パン、と小さな花火が上がった。
「……好きだから、かな」
もう二つ。続くように打ちあがる。恵茉の顔が少しだけ朱に染まった気がするから、きっと、撃ちあがった花火は赤色だったのかもしれない。
これ以上花火は上がってこない。生徒たちの拍手が鳴り響いている。
「……別に構いませんよ、ハイ。なんというか、恵茉は恵茉の目的を果たせたので」
恵茉はそう言うと、立ち上がって、俺の目の前の窓を閉める。
「帰りましょ、ほら、早くしないと、電車が混んじゃうじゃないですか」
後はよく覚えていない。
他愛のない会話をいつも通り繰り返しながら別れたはずだ。




