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探偵志望ワトソンさんと  作者: 北乃コウ
巻き込まれライブラリー
1/36

本はどこいった?<前編>


「犯人はあなたです!……間違いないでしょ?」


澄んだキレイな声に、緊張と憧憬と歓喜と恐怖、なんて表現しきれない感情をごちゃまぜにして彼女は俺を指さして言いきった。


傾き始めた太陽がゆっくりと教室内を照らしていたある春の放課後。そこにあったのはこの先はじまっていくであろう俺と彼女の物語の、いわば出会いの一コマと呼んで申し分のないものだった。

黒く美しい髪を肩の上で切り落とし、学校指定のブレザーに着られるような姿で俺と相対する少女。名前を、確か、家入恵茉といったはずだ。

彼女は高揚した面持ちで俺の目を真っすぐに捉え続けていた。互いに絡まった視線はほどけることなく、逸らされることなく、逸らすことなく、吸い込まれるように、静寂が訪れた教室の中で交差していた。


それにしても、いくらこの一瞬が青い春に満ちていたとはいえ、俺が糾弾されるところからのスタートでは、なんというか、理解が追い付くことができない。

短く息を吐いて俺は立ち上がる。視界の先で彼女がたじろいだ気がした。けれど、そんなことなんて気にせず、俺は、俺が容疑者である理由を考えたほうが良いのかもしれない。

このシーンにたどり着くためには、俺が一人でここにいるまでの経緯が必要になってくるだろう。


旧校舎三階の隅にある文芸部室。薄暗く、埃まみれな旧校舎の中でも一層の不気味さを纏っているのは、きっと、ここ数年使われることのない状況であったからだと推測できる。

人のいない校舎の中で、俺、高瀬瑛斗は真っすぐにそこを目指していた。

先ほどまで図書館で明日のテストのために勉強していたが、集中できないからやめることにした。気にしすぎなのかもしれないけど、あの場所では、少し浮きすぎてる気がした。忙しそうに働く委員を

尻目に外に出て、階段を下りる。


「だっる……」


ずり下がってきた、ぺちゃんこの、スクールバックを背負いなおして、思っていた言葉がそのまま口から出てきた。

俺が通っている高校は、県内でもトップに当たる進学校で、至って真面目な生徒で構成されている。

おそらく、俺を除いて。

開けたばかりで違和感のあるピアスを触って、自嘲な笑みがこぼれた。不良ぶってるなぁ、と。なんのためにやってるのかは分からないけど。


それが理由であることはもちろんだし、もっと言えば、どこからか出た噂に尾ひれがついて勝手に泳ぎだして、俺は校内でも浮いた存在になっていた。他校の生徒と喧嘩していたとか、タバコを吸ってるのを見たとか、上級生をしめた、なんてのも。まだ、高校生活が始まったばかりなのにな。


「高瀬」


「……なんすか」


図書館から旧校舎をつなぐ犬走りで担任の須藤とすれ違ってしまったがゆえに声をかけられる。火のついていない煙草を口にくわえていたが、着ていた服からは俺に慣れ親しまない香りが漂ってる。


「また吸ってたんですか?怒られますよ」


俺よりも少し高い背丈と、垂れ目のくせに鋭い眼光のせいで一見怖いけれど、元ヤン上りは総じて言えるのか、不良ぶってる俺にいろいろ気を回してくれているのも事実だ。


「俺は大人だから怒られねーのよ。それより高瀬、明日はテストだけど分かってるよな?ちゃんと帰って勉強してろよ」


「あーい、わかってますよ」


須藤は軽く頭をかいて、そのまま研究室へ向かうのだろう。


「あ、そうだ高瀬、ちゃんと友達はつくりなさいよ」


こちらを振り返ることなく須藤はひらひらと手を振っていった。担任らしいこともきちんとするから慕われてるんだろう。でも、須藤には申し訳ないけど、一度機を逃した高校生活はリカバリーできるほど甘くないんすよ、なんて思った。


そのまま帰ってもよかった気もするが、いつも屯している部室に足が向いた。明日のテストのために部活動は一律禁止され、旧校舎はかなり静かだと思っていたからだ。

それに、放課後になると鮮やかなオレンジ色の西日が差すこの部室が少し、好きになっていたからかもしれない。本を置くのには絶対に適していないだろうに。


そんなことを考えながら、部室に着く。旧校舎には俺と同じような考えを持っていた生徒も多かったけれど、それでも、いつもよりは静かで陰鬱な気がした。片付けられていたパイプ椅子を引っ張り出して、鉄の軋む音に辟易しつつも腰を下ろす。

読みかけの小説がバックに入っていたことを思い出して、読み切ってから帰ろう、なんて思った。爽やかな恋愛小説は、きっと、不良が読むものではないんだろう。




ここまでが俺が文芸部室にいたわけと、少しセンチメンタルな気分に浸っていた理由だったが、もちろん、包み隠さず話すなんてことはない。


「犯人って何のことなんだよ」


言いながら、咄嗟に本をバックの中に隠した。理想の不良像があるわけじゃないけど、放課後にこんな本を読んでるなんて知られたら結構はずかしい。消えた純情ヤンキーを彷彿とさせる組み合わせだし、そこをいじられたら立ち直れないかもしれない。

俺の疑問には答えることなく、先ほどまでのドヤ顔と打って変わって微妙な顔を始めるクラスメイト。


彼女は考えるような顔に戻ってなかなか口を開こうとしない。微妙な静寂が辺りを包んだ。落ち着いて、というか俺は落ち着いていたつもりだったけど、視野が狭くなっていたようで、彼女の後ろに人影があることにやっと気づいた。


もう一人はなかなか部室の中にまで入ってくることは無かったが、扉の外でギリギリ見える胸の校章から二年生であることが分かった。俺らの先輩に当たるはずだ。それがなぜ、一年の、もっと言えば、友達も少なそうな女子生徒と行動を共にしているのか首をひねりたかったが、静寂を破ったのは他でもなく、その先輩になった。


「家入さん」


はい、なんですか?と調子を取り戻したかのように明るい声色で彼女が応対した。

もう十分だから、いやでも、と俺抜きで話し出していたと思ったら、先輩がぐっと中に入って俺に向かって切り出した。


縁の大きな眼鏡で顔の大部分を覆ってはいたが、鼻立ちもよく、大きな瞳できっと美人に部類されるような人だったが、誰に対してもそうなのか、少しおびえた様子がありありと見て取れた。何となく見覚えがある気がしたが、ちょっと思い出せない。


「あの、なんというか、その、本」


 今にも消え入りそうな、ちょっと震えるような声で紡いでいく。


 「あぁ、うん。多分。その、ええと、委員長として、いや、えっと。ちゃんと返してくれれば十分ですから……」


 「は?」


 先輩は俺の疑問はどうでもいいようで、そのまま走って部室を後にしてしまった。一秒でもこの空間に居たくなかったのだろう。残されたのは俺と、どうしようもない女の子。


 「あの」


 今度は彼女が声をかけてきた。


 「あの、高瀬君ですよね。同じクラスの」


 「……そうだけど」


 「すっごく疑問だったんですけど、その髪色とか授業さぼったりとかピアスとか。怒られないんですか?」


 虚を突かれた俺は返答に詰まってしまったが、そんな様子はお構いなしに彼女が言葉を続ける。


 「というか、私のこと分かってます?恵茉です、家入恵茉。席はちょっと遠いけど。高瀬君はかなり目立つ人だからアレだけど私は微妙ですよね……」


 「知ってるよ」


 悪い意味で目立つのはお前もだろ、と思ったが声には出さない。


 「知っててくれたんですか?嬉しいです!私のこと分からない人もまだクラスには多いみたいですし……。そういえば、ここって文芸部室ですよね?あれ、文芸部だったんですか?なんか面白いですね、不良みたいな人が文芸部って。さぼってタバコ吸ってるとかでも無くて、普通に本読んでるとか。あれですね、不良が猫ちゃんに傘さすタイプに似てるんですね、高瀬君って。あ、下の名前なんて言いましたっけ?私のことは恵茉って呼んでも大丈夫ですよ」


 煽られてるのかと思ったけれど、コレがこの人の平常運転のはずだから気にはしないでおく。


 家入恵茉。同じ一年A組の中の、同じ問題児。というには彼女に失礼かもしれない。ただ、ちょっとだけコミュ障な感じな女の子のはずだ。しゃべりすぎるコミュ障。それゆえ俺と同じようにクラスに友達がいないのだろう。かといってめちゃくちゃ浮いてるわけでも無いから、特定の人と仲良くするタイプじゃないんだろうな、とクラスで思っていた記憶がある。


 容姿だけはずば抜けて良いから、一年の中でも話題になっていた子でもある。そんなことを思い返した矢先、目が合って、すぐに逸らしてしまった。吸い込まれるような大きな瞳に少し恐怖を覚えてしまう。


 矢継ぎ早に話し続けようとする彼女を制止して一旦落ち着かせる。しょうがなく、という様子で彼女は口を閉じると、キョロキョロと室内を見回して勝手にパイプ椅子を引っ張り出し、俺の目の前で座った。


 「で、そうです。思い出しました。犯人の話です」


 「……なんだよ、犯人って」


 「さっきの方はこの高校の図書委員長さんです。私、さっきまで図書館にいたんですよ。思ったん

ですけど意外と本が充実してないなーって感じでしたね。というか足りなすぎるきがしません?あと無駄に机が多くて。テスト前なのにあれだけ人が居なかったら意味がないと思いますよね、ほんと」


 やれやれ、と言わんばかりのポーズをとって、照れ隠しのようにはにかんだ。ならやらなきゃいいのに、少し様になっているのがムカついた。変な空気を切るようにバタバタと両手を動かした後、ちょっとマジな顔になって、かなり派手な手帳をブレザーのポッケから取り出し、ここまでの顛末を話してくれた。


 事件は今日の放課後、高校内にある図書館で起こった。図書館の場所は、実験棟と呼ばれている棟の四階、最上階にある。そこに行くにはもちろん階段を上っていく必要があり、経路は二つ。ただ、入り口は一つしかないため、結局、中に入る方法は一つしかない。


 事件の内容は。


 「本がなくなったんですよ」


 「……本?」


 「はい、その日図書委員長さんが返却処理をして、一時的に置いておくスペースに規定通り返したそうです。それはカウンターのすぐ横にあります」


 このへん、と身振りで教えてくれたが、イマイチ伝わりづらい。


 その本は、ちょうど委員長さんがよみたかった小説で、帰りに借りていこうと思っていたらしい。そのあとすぐにスマホに着信が入って、委員長は少し外に出て通話をしていた。そして帰ってきたら。


 「本がなくなっていた、と」


 「そうなんです」


 目をキラキラと輝かせて彼女が前のめりになって話してくる。


 「あぁ、それで俺が犯人ってことか……」

 

 「状況証拠から考えれば必然的な結論だと思いませんか?」

 

 「割と。誰でもそう考えるかもな」


 事件の日、というかさっき。そのちょっと前まで図書館にいた人間で、ルールとか守らなそうな感じ。


 「そういえば確かに俺が帰る時、図書室の外に出たら誰か電話してたけど。アレが委員長だったのか」


 何となく見覚えがあったわけが分かった気がする。


 「そうです。時間的には高瀬君が一番容疑者たりえるんで。恵茉も図書館にいたときずっと勉強してたわけじゃないんです」


 いや、集中してろよ。


 「別にやってなかったわけじゃないんですよ、勘違いしないでください。ただ、ちょっとやる気がたりなくなっただけなんで、しばしの休憩をもらっていたんです。すると、iPhoneの着信音がなったんです。おいおい、図書館だぜ、切っとけよ~とも思いましたが、出ていくのは委員長さんではないですか。あら、どうされたのか、もしかしたらおじいちゃんとかが急病なせいですぐ連絡を取れるようにしておく必要があったのか、と考えたんです。いろんな考えが出せる、どうです?探偵っぽいでしょ」


 「続けて」


 「むぅ……。いや、いいですよ。で、ここに恵茉が出てくるんです。恵茉、こう見えて探偵に憧れてまして、ミステリ研究会に入ろうと思ってるんですけど、無いらしいですね、この高校。残念です」


 なくなった、と騒ぐほどこの高校の人はバカでもないだろう。無いなら無いで誰かが借りていったんだろう、ミステリでも事件でも何でもない。ただの日常だ。けれど、その間に借りて行った人はいないという。


 「でも、その間に外に出てった人は委員長のほかにもう一人いるんです」


 「……俺ってワケね」


 そうです、高瀬君です、と呟いた。


「そんなの普通のことじゃないですか。ここまではまだ事件は起きてないですし。それでしばらくしたら、今度は委員長さんが帰ってきたんです。で、見てたら様子がおかしい。どうしたのか、と聞いてみたんです」


「そして、本がなくなってたというのか」


「そうです、で、考えたんです。確かに、恵茉もずーっと見ていたわけじゃないから断言はできませんよ」


開幕早々言い切ったやつが何を言う。


「他に誰も捜査線上に浮上しなかったので、ある意味しょうがないところはありますね。でも高瀬君は……」


倒れるように机に突っ伏して、チラリと俺の目を下からのぞき込む。行動がオーバーすぎるのかちょっとウザい。


「いや、盗ってないね」


「そうですよね、分かってましたよ。クラスメイトを疑うほど恵茉も人間が悪いわけじゃないんです。信じてますよ……もちろん……信じてますけど……」


「疑われてもしょうがないけど」


微妙な沈黙が包み始めたので、どうしようもなく俺は頭をかく。そろそろ根本が黒くなってきてるかもしれない。


「……恵茉は結構見てる方ですから。高瀬君がバックに隠した本、見せていただけますか?」


今度は顔を隠したまま、手のひらを上にして差し出した。ここに置けってことだろうか。俺はしぶしぶバックから取り出して、というか隠したって言われるほどに分かりやすかったのだろうと思うとちょっと恥ずかしいけど、細く白い手に乗せてやった。

彼女は俺が読んでいたものを二、三回表面を撫でてから顔を上げた。


「やっぱりそうですよね」


「何が?」


「ラミネート加工もバーコードも無い。単純に高瀬君の私物ですよね。いやでも、逆にあの一瞬のう

ちに判断出来た恵茉の観察眼の良さは称賛ものですけど。まぁそう考えればポジティブな話かもしれませんね、うん」


消え入るような声音で続けて、丁寧に俺に返してくれた。犯人扱いしてごめんなさい、とも。決まりの悪そうな笑顔を貼り付けたまま、間を埋めるように彼女は言葉を紡いでいく。


「言いたかったんですよ。犯人はお前だ、って。カッコいいじゃないですかででくてぃぶ」


「……ディテクティブ?」


「あー、多分それです。やだ、恵茉バカみたいじゃないですか、恥ずかしいです」


呆れてモノも言えないが、徐々に日も暮れていってしまう。長くなってきたとはいえ、そろそろいい時間だ。返してもらった本を鞄に入れると俺は席を立つ。


「犯人扱いされた理由も、ガチで犯人にしたいわけでも無いことも分かったから、俺は帰るわ、じゃぁな」


あ、そうですか、という声と共にパイプ椅子を片付ける音。解決するまで引き留められるかもな、なんて期待じゃないけど、考えてもいたが案外スッとお開きにしてくれるみたいだ。


「じゃぁ恵茉も帰ります。荷物は図書館に置きっぱなしなんです、一緒に行きましょうよ。というか、恵茉、まだクラスの人と帰ったりとか高校生っぽいこと何にもしてないんです、お願いです、高瀬君もそんな格好ですし、友達いないでしょ?A組の友達いない同盟として頑張りましょうよ。こっちです」


そのまま、俺の手を引くことは無かったが、先に歩いて行ってしまう。ここで無視できるほど俺は不良ではなかったみたいだ。


断言しておく、俺は別にコイツと帰りたかったわけでも友達いない同盟に加盟するつもりもない。


ただ。


ただ、現場検証として図書館までついていくだけだ。


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