学問をすすめろ
「どうして私はこんなに忙しいのだろうか?」
男爵は無数の書類に目を通しながら呟いた。朝から晩まで文字を読んで判子を押したり、疑問点を質問したり、論外だと叩き返したりの繰り返しで気が参ってしまいそうだった。だが部下達も必死になって働いているようで、自分だけが忙しいわけでないことを考えると投げ出すわけにはいかない。
が、それでも楽をしたいと言うのが本音の所だ。
どうにかならないものかと考えながら書類と格闘していると、最近増えて来た城下町の物乞いや孤児をどうにかして欲しいと言う陳情が目に入った。男爵は「これだ」と声を上げ、ベルを鳴らして部下を呼ぶと自分の思い付きを口にした。
「物乞いや孤児に教育を施そう。そして仕事を任せよう。あいつらだって、勉強すれば文字ぐらい読めるだろ。簡単な書類仕事をどうして高貴な俺がやらねばならんのだ。細かい数字の確認なんてもうしたくない。そもそも、平民共の為にどうして貴族がせこせこと働かねばならん? 世の中、狂ってるだろ」
滅茶苦茶を言い始めた男爵に、部下は嫌そうな顔をしていった。
「男爵。下賤な者に教育をしても無意味です。あいつらは産まれながら下等な生き物なんですから」
すると男爵は考えていた反論を口にする。
「人間なんて、どいつもこいつも大差ないだろ。戦場で沢山の人間をぶっ殺してきたが、どんなアホでも脳みそ入っていたぞ? 王族だって奴隷の剣で死ぬ。そもそも私の祖先は戦争で名を挙げた傭兵だった。国王陛下も元を辿れば龍を倒した農民だ。やってやれないことはない」
その発言は不敬も良い所だったが、男爵の押しの強さを知っている部下は反論する時間が無駄だと考え、適当に拾ってきた若い乞食や孤児に教育を施した。
無駄だと思われたその勉強会によって、男爵の目論見は半分成功した。だいたい半分の乞食や孤児は良く学び、仕事を任せるに十分な能力を得た。残りの半分はそこそこ学び、仕事を手伝わせる程度には使えるようになった。
仕事は少しだけ楽になった。
味を占めた男爵はどんどん乞食や孤児に仕事を覚えさせ、仕事を手伝わせた。勉強すれば貴族と同じ仕事をして良い生活ができると知ると、乞食や孤児は勉学に励んでより優秀な者が増えた。
すると男爵領では文官が増えすぎて仕事がなくなったため、文官を他領の貴族に売った。男爵の文官は仕事が出来るので高値で取引されるようになった。
乞食や孤児を育てることが金になることを知ると、国中の商人がそれを真似し、国中に学問を学んだ優秀な人間が増え、国は大きく発展した。町からは乞食や孤児が消え、彼らは暖かな住処や食事を手に入れた。貴族たちは煩わし仕事から解放された。
王国はその後も変わりなく栄え続けた。
一〇〇年後。
「どうして私はこんなに忙しいのだろうか?」
とある男爵家に買われた文官は独り言ちた。元奴隷だった文官を祖父に持つ男で、今の生活に大きな不満はないが、あまりに忙しいのでもう少しゆっくりと出来る時間が欲しいと言うのが彼の本音であった。
だが、愚痴た所で仕事は減らない。今日も館をあっちこっちと走り回りながら仕事をこなしていく。と、その時、食堂で暇そうにしている男爵に目が付いた。文官はその姿に一つの妙案を思い付き、若い文官を捕まえて提案をした。
「なあ。貴族に俺たちの仕事を手伝わせてはどうだ?」
「馬鹿を言うな。貴族に俺達の仕事ができるわけがない。あいつらは遊んでいてくれた方が助かるくらいだ」
「知らないのか? 俺たちのじいさんのじいさんが生きていた頃、文官の仕事は貴族がやってたんでぞ?」
「そうなのか? じゃあ、一つ、勉強会でもやってみるか」




