第1話 プロローグ
やりたい放題書きます。
小さな部屋の中、ラノベを読みながら、退屈そうに欠伸をする男がいる。
男の名前は工藤タケル、つい3日前までは運送業の職に就いていた男性だ。
過去形なのは、彼が今、留置場に入れられて会社をクビにされたからである。
罪状は『轢き逃げ』と『死体遺棄』。
彼の運転していたトラックの前方には確かに少年の血痕が付いており、状況証拠も揃っている。
ただ、それでもタケルは無実であった。
あの時、彼の目線では少年はトラックの進路に飛び込んできており、それこそ、当たり屋のようであった。
更に、心配になったタケルは撥ねた直後ちゃんと少年の事も探したのだ。
それなのに、少年の身体は見当たらなかった。
それが事の真実だ。
とは言え、そんな事を証言したところで妄言と切り捨てられるだけ、全てを諦めてタケルは今留置場に入れられている。
ただ、タケルにはこの現象に心当たりがあった。
それは、今手に持つラノベに書いてある『異世界転移』という言葉。
トラックに轢かれて異世界転移、これくらいしか少年の身体が消えた理由がわからない。
「ふん、阿呆らしい。俺も焼きが回ったか」
一瞬、真剣に考えてしまった自分に嫌気がさしてタケルはラノベを机の上に置く。
正直、タケルはトラックに突っ込んできた挙句にその姿を消した子供も、それを嘆く親にも謝罪する気にはなれなかった。
それで、刑期が伸ばされたとしてもタケルとしては納得のいかない事に頭を下げることが出来ない。
社会人として、人間として失格だとしても、それを曲げたくはなかった。
自分の小さな幸せすらも奪ったあの高校生程度の子供、一体なんの恨みがあってわざわざタケルのトラックに突っ込んできたのか、自殺ならば遺書くらい残せというものだ。
やりきれない気持ちを未だに消化できず、3日目の夜をタケルは迎えた。
♢☆
「タケル」
「・・・へ?」
自分でも眠っているのか、起きているのかよくわからない夜中、ずっと閉じていた目を開けたらそこは何もない白い空間だった。
あまりにも白過ぎて何処が地上なのかも定かではなく、空に浮いているような錯覚すら覚える。
そして、タケルの目の前、そこには白い人影があった。
その人影はボンヤリと輪郭が薄く、ともすれば背景の白と混ざってしまい、見えなくなってしまうほどだ。
そんな人影に、白い空間、突然の呼び出し、察しの悪い事で有名だったタケルにももう予想はついていた。
「あー、もしかしてこれ・・・もしかする?」
「ん?もしかするとは?」
「あの、これって俺を何処か違う世界に飛ばす的なあれじゃ・・・」
「大当たりです。貴方は未来予知か何かを持っているのですか?」
「いや、未来予知というよりはテンプレといいますか・・・」
「テンプレ、テンプレートの略称でしたね。一般的、定番などの意味合いを含んでいるとのことでしたが?」
「そうです。定番なんです、これ」
「そうですか。ならば話は早いですね。これから貴方にはとあるミッションをこなしてもらいたいのです」
「ミッション・・・ですか?」
「ええ、とはいえ強制ではありません。話を聞いてから、断ってもらっても構いません」
「は、はあ」
「貴方をこれから送る世界、そこは科学の発展を捨てて、魔法を発展させた世界です。そこでは魔物と呼ばれる凶悪な生物が蔓延り、文化の発展を阻んでいるせいで、この世界で言うところの中世程までしか文化的な発展が進んでいません。そんな世界の発展を手助けするべく、文化的な国で死んだ人達を定期的に送り込んでいるんですが、彼等は文化の発展を手助けせず、遊び呆け、そればかりか私達の渡した死なないための力を悪用してあの世界の秩序を乱しているのです」
「そうなんですか」
とりあえず、答えてはみるものの、タケルの感想としては「でしょうね」の一言だ。
人間は周りの人間が自分より劣っているとしれば、何処までも屑になれる。
「それで?俺のミッションは?」
「はい、貴方に頼みたい事はあの世界にいるこの世界の人間を二十人ほどこちらの世界に送り返してもらいたいのです」
タケルはふと、送り返す、と言う表現が気になり尋ねる。
邪魔であるのならば、『殺す』という表現でもいいはずだ。
「はい、異界の魂は特殊な定着性を見せてしまうために、殺したところで『転生』が発生する可能性が出てきます。それを防ぐためにはこちらの世界に魂を戻す必要があるのです」
「成る程、戻すには?」
「戻すには死んだ時と同じ状況を発生させて、この世界と向こう側での共通点を作る必要があります。つまり、トラックで轢いてください」
「ファッ!?」
「異界人と言っても悪い人ばかりじゃありません、送り返す二十人は私達で選別します。そして、その二十人は全員トラック、ないしは大型車で轢き殺されているので、同じ状況を作り出せば余裕で戻せます」
「いや、それはわかりましたが、貴方が言いましたよね!文化レベルが低いって、向こうにトラックがあるとでも!?」
「大丈夫です。そこは私達が全力でバックアップします」
彼女、彼?にそう言い切られてしまえば、タケルは何も言えない。
そして、全てを話し終えたその人影は最後の選択をタケルに突きつけた。
「さあ、話は終わりました。この依頼、引き受けてくれますか?あ、勿論報酬は出します。よほどめちゃくちゃなお願いじゃなければ、叶えてあげますよ」
差し出された白い手を見て、タケルは迷う事なくその手を取った。
どうせ、出所したところで行くあてなど無いのだ。
だったら、せめてこことは違う何処かで骨を埋めてやろうじゃないか。
オタクたるもの、異世界転移のチャンスを捨てる訳にはいかない。
そして、その日、留置場の一室から一人の男性の姿が消えた。