Prolog
異世界召喚 。
毎日を悶々と過ごしているオタク系高校生やら中学生やら、特に健全な野郎ども皆さんはもはや心待ちにしているシチュエーションだろう。
いざ召喚されたら自分は勇者で。魔王と戦う使命を背負っていて。チート能力を持っていて。超絶美少女のお姫様と、ツンデレの女騎士様と、庇護欲をそそるロリっ娘奴隷ちゃんと出会って。
毎日ウハウハな生活を送れるなんて、そんなことを思っていた俺がいて。
でも今はそんな与太話、訂正したいと思っている。
ーー言い直そう。
そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
今まで俺は召喚された主人公たちが得たものだけを見ていたから、そんなことが言えたんだと。
今は、そう思えるのだ。
彼らが神にも等しい力を得る代わりに失ったものも、ハーレムを築いてハッピーライフを送る代わりに知ったであろう苦労も、俺は見ていなかったんだと。
なぜ俺がこんなに知った顔をしているのかと言うと、お察しの通り今しがた異世界召喚を体験したからである。
だがもし、召喚されてすぐに美少女が迎えてくれたなら、少なくともこんなに卑屈にはなっていない。
俺は今、死体に押し倒されている。
もう一度言おう。
死体に押し倒されている。しかも、ガチムチの、血みどろのおっさんが白目を向いて俺の上に覆いかぶさっている。なんせ吐きそうである。不謹慎かもしれないが今世紀最大に吐きそうである。
早いペースで動く心臓を必死で落ち着いて考えるが、やはりついさっきまで俺は祖母の家の書斎にいたはずだ。それがあれやこれやで気付けば、戦場なう。
鉄分の強烈な臭いと野太い叫声。金属同士がぶつかり合うような耳に障る音。銃声にも爆発音にも似たような何かが爆ぜる音。屈強な戦士達が地を踏み鳴らす音。
俺は五感が擦り切れる限界まで情報を吸収した。だがそれでも何一つ自分の置かれた現状が分からない。
その結果、とりあえず俺は何かから目を背ける感覚で瞳を閉じた。これが夢ならいいな、などと楽観的なことを自分に言い聞かせた。けれども腕の中のおっさんの、暖かいような冷たいような、死人の感触が消えてくれない。その事実が俺の自己暗示を完全否定してくる。
やがて俺は思考を放棄して、自分の不幸を呪いながら普通に眠るように意識を手放した。
俺、乙栗子麟の異世界召喚イベントは名前も知らぬおっさんが絶望を運んできて終わった。
はじめまして。
駄文ですがよかったら読んでやってください。