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テーマパーク ビヨンド  作者: E.木田
2/2

2 遠足その1

今日のスティーブはTシャツの露店販売をしている。


 ビヨンドでは職場を固定にするか変動するかのどちらかを選択することができ、変動を選択すると日によって職場を変更することもできる。 変わりに人手が足りない場合は半強制的に配置が決まることがあるが、スティーブは変化のあるこの制度を気に入っている。

 もっとも、変動制を利用しているのはもっぱらスティーブやオーウェンといった男性社員で、女性社員は固定性を選択することが多い。


 販売しているTシャツは従業員がデザインしている。 露店での売れ行きがよければショッピングモールで売られるようになる。逆にショッピングモールで売れ行きが悪いものは露天で廉売することになる。

 デザインしているのは主にスティーブ、オーウェン、スザンナくらいだ。 オーウェンは商標権ギリギリのものをデザインして没になることが多く、スザンナ画伯は目を見張るようなデザインをするものの、悲しいことや嬉しいことがあったときしか描かないため、露店に並んでいるTシャツの大半はスティーブがデザインしたものだ。


 Tシャツを並べてしばらくすると、マッチョな白人がこちらに向かってくるのが見える。


「やぁ、スティーブ。 女優のママは元気かい?」


「……ヘンリー、 そのジョークは飽きたよ。 今日は一人で来たのかい?」


 ヘンリーは日本で働いているオーストラリア人だ。 日本人女性と結婚していて子供もいる。 ハーフの子は英語が話せるイメージがあるが、ヘンリー家の公用語は日本語なので子供たちは英語が得意ではない。 親がネイティブなのに英会話教室に通わせる気にもならないため、英語の練習を兼ねてビヨンドに連れて来るのだ。


「息子も連れてこようと思って誘ったんだけどね。 他のテーマパークがいいって言うから置いてきたよ。 ここはテーマパークとしての魅力が足りないんじゃないかな。 もうちょっと努力した方がいいぞ、スティーブ。」


「ここに来たくないんじゃなくて、父親が映画に出てくるチンピラそっくりだと気付いて避けられているんじゃないか?」


「俺はどちらかと言うとヒーロー役だから、それはないな。」


「そうだな。ヒーローはヒーローでも悪のヒーローだけどな。 それより、新作のTシャツを見ていってくれ。」

そう言ってスティーブは地面に広げたTシャツを薦める。


「うん、いいね。僕と妻と子供2人分で4着くれ。いくらだい?」


「2L、L、M、Sの4着か。合計で22ゼウスだが、20でいいよ。」


「ありがとう。じゃあ20ゼウス数えてくれ。」


スティーブが代金を受け取ると、ヘンリーの後ろに制服を着た学生が見えた。


「おや、後ろがつかえているようだね。 ではまた今度。」


スティーブの視線の先に気付いてヘンリーが言った。


「あぁ、すまないな。」



* * * * * * * * * * *



 直人は高校のバス遠足でビヨンドに来ている。

他の高校には一日中テーマパークで自由時間というところもあるが、直人の高校は変なところで真面目なため、午前中は県内の美術館と史跡巡り、ビヨンドについてからもすぐにテーマパークで遊べるわけではなく、研修施設で字幕のない英語映画を見せられてディスカッションを行う。 それが終わってやっと自由時間となる。


 クラスメートは自由時間にどのアトラクションで遊ぶかを楽しみにしているようだが、直人には別の目的がある。


 何年か前から、バスケ部でビヨンドのTシャツをどれだけ安く値切ってくるか、というのが伝統になった。 ショッピングモールで買うと2,000円くらいの Tシャツが屋台で買うと交渉次第で安く買える。 現在は西山先輩の1枚1,000円が最安だ。

 1枚だけ買っても安くならないので、大量に買って値引きを狙う。 大量に買うとTシャツの処分に困るが、そこは同輩や後輩に買ってもらい練習着にするのだ。 Tシャツのデザインの中には大きく数字が入ったものもあり、番号が被らないように選べば練習試合でも使えないこともない。

 この練習着を着ているときは掛け声も無意味に英語にしてふざけたりするのだ。 偏差値の高い学校がやると嫌味だが、直人の高校は県内でも下から数えた方が早いので問題ない。


 直人がどう値切るかと考えているうちに映画が終わった。 映画の内容は去年と同じでバスケ部の先輩に聞いていた内容をそのまま使えたので、映画の感想を提出してTシャツを売っている露店に向かった。


 露店に着くと先にTシャツを買っている白人がいた。 いなくなるのを待ち、先輩から教わった英語で値切り始める。


「Too excpensive! Please discount. Come on, come on, man!」



* * * * * * * * * * *



 スティーブの前からヘンリーが去ると、後ろにいた学生が決意を除かせた顔で近づいてきた。 そして、つたない英語でしゃべり始める。


「いくら?」


「それは6ゼウスだよ」


スティーブが答える。


「高い。まけろ。 5ゼウスでどうだ。」


(日本人はPleaseを付ければ丁寧語になると思っているよな。)


「そんなにまけられないよ。」


すると、学生がジェスチャーを交えて煽ってくる。


「10個買うから5ゼウスでどうだ。 さぁ、来い、来いよ、男だろ!」


(英語講師をやっていたときはまだ自分へのリスペクトがあったよな。 しかし、こんな英語はどこで覚えてくるんだ?)


 ふと、スティーブが学生の後ろに目を向けると、ALTらしき白人が肩をすくめているのが見えた。 が教えたわけではないと言いたいらしい。

スティーブは(Kill him なんで思っていないよ)と黒い笑顔で応じると、その白人は目を見開いて一歩後ずさった。 学生の彼はTシャツを選んでいてやりとりには気付いていなかったようだ。


 結局、めぼしいTシャツは売れていてあとは在庫整理というところだったので、スティーブは値段に合意して売った。



* * * * * * * * * * *



 その夜、ヘンリーは一人でディスプレイに向かって画像処理をしていた。

ある場所から入手した画像からグレースケールの電子透かし画像を取り出す。

そして、その画像を分割し、今日買ったTシャツに描いてある数字やアルファベットをもとにルービックキューブのように移動や回転を行っていく。 Tシャツのサイズ順に内容を入力し終わると、意味のある画像が現れてくる。 念のためできた画像に縮退と膨張を繰り返す。


「なるほど、次の調査対象はこれか。」


ヘンリーは内容を目に焼き付けた後、画像をPCから削除した。


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