1 ビヨンドというところ
日本のT件にあるテーマパーク「Beyond the sea」、通称「ビヨンド」。他のテーマパークと大きく違うのは英語しか通じないことと多少のぼったくりが許されていることだ。
ビヨンドに入場するには入口で入場パスとテーマパーク内通貨を購入する必要がある。ビヨンドでは海外良好気分が味わえるよう、日本円は使用できずテーマパーク内通貨「ゼウス」を使うことになっている。 ちなみに通貨以外の単位もフィートやポンド、華氏を使っている。最もこれは国際単位系を採用している国の従業員からは評判が悪いのだが。
入口からテーマパーク内に入ると、ショッピングモールやレストランがあり、それらを抜けるとアトラクションエリアになる。 アトラクションエリアはアジア、オセアニア、北アメリカとヨーロッパの4つに分かれており、それぞれマーライオン、オペラハウス、自由の女神像とビッグ・ベンのレプリカが目印となっている。
オーナーはエリアごとにそのエリアのネイティブの従業員を配置したかったようだが、実際のところ各エリアで一番多いのはフィリピン人だ。そう都合よく各エリアのネイティブが雇えないこと、フィリピン人の話す英語は日本人にとって比較的聞き取りやすいこと、勤勉で離職率が低いことがその理由だ。
西から南西にかけては上級者向けエリアとなっていて、ゲストハウス、質屋、レストラン、屋台と露店がある。レストランは日本とは異なり従業員が話しかけてきて、チップを要求される。屋台では値切らないと高く買わされることもあるし、おしぼりや水に料金を取られることもある。
とはいえ、海外でトラブルに合わないためのシミュレーションを目的としているので、上乗せされる金額にも限度があるし、気付いて文句を言えばお金を返してくれる。
オーナー曰く、「最初に悔しい思いをさせ、リベンジのために再度来場してぼったくられなくなる」という獲得心理を利用してリピーターを増やす作戦だそうだが、効果があるのかは疑わしい。
オープン当初は賑わっていたビヨンドだったが、最近は客足も減って来ている。特にメインターゲットの親子連れの来場が減っている。大半の親は子供を連れ歩くストレスに加えて言葉が通じないストレスまで背負い込みたくないらしい。 実際、ビヨンドに来る親子連れは親が英語を話せるアッパークラスか、国際結婚をしているような場合が多い。
減ってきた来場者の穴埋めのため、企業の英語研修や外国人旅行者をターゲットにしたりして対策しているが、客層が多様になることでトラブルも増えている。
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「客が減ってきたな。 今日はそろそろ店仕舞いかな。」
屋台のテントから外を見ながらスティーブがつぶやく。
スティーブがアメリカから日本に来て3年目になる。来日当初は英会話教室で講師をしていたが、同じような毎日に飽きて1年で辞め、ビヨンドに移った。
「まぁ、今日は団体客も入ったし、検討した方じゃないかな。」
隣でオーウェンが応じる。 オーウェンはカナダ出身の白人だ。 サムライやニンジャ、アニメといった日本文化に憧れて来日し日本企業に勤めたのだが、想像していたのと違ったとかで辞めて今に至る。日本の文句を言いつつもカナダには帰らない変人だ。
「おい、何している。 勝手にホットドッグを食うな!」
「いいじゃないか。 今日はぼったくった分があるから、1個くらい大丈夫だよ。」
オーウェンが売り物のホットドッグを頬張りながら答える。 ご丁寧意にトッピングは「エブリシング」だ。
「客もいないのに手を動かしているから片付けを始めているのかと思ったら・・・。 それはいいとして、去年の今頃に比べると来場者が減ったと思わないか?」
「どこかの有名テーマパークと違って頻繁にアトラクションがリニューアルされるわけじゃないし、英語を話すだけだと弱いよね。 何かもうひとつ売りが欲しいね。」
「・・・例えば?」
「うーん、異世界気分が味わえるとか?」
オーウェンは時々こういうことを言う。 スティーブは普段この手のネタは相手をしないのだが、今日は自分から話を振ったこともあり、話に乗る。
「アニメによく出てくる異世界って言うのは、経済や文明に格差がある世界だよな。 それは途上国みたいなところってことか。 世界中を旅行してみたが、格差のある国の国境なんて売春街ばっかりだったけど。」
「スティーブは夢がないな。 科学は発達していないけど魔法が使えるとか、物質でなく精神が発達しているとかになっていればいいんだよ。」
「魔法が使えるテーマパークはすでにあるよな。 あとは精神が発達ねぇ・・・。 空気が読めるとか?」
「ハハッ、そして生魚や生肉を食べる?」
「・・・まぁ俺にとっては日本も異世界みたいなものだけどな。 しかし、異世界までじゃないにしても定期的に中世とかのコンセプトでリニューアルするのはよいかもしれないな。」
「オーナーに会ったら進言しておいてよ。」
「あぁ、あまり期待しないでくれ。」
あまり集客にはつながらなそうなだなと思いつつ、スティーブは屋台の片付けを始めた。