5月12日(朝)ここで大人しくしていろ
===神代掛流の視点===
5月12日(金曜日)
【神代掛流】「父さんはもう出ていったのか……」
顔を洗って登校の準備を整えると、再び玄関へと戻る。
そこには、輝久耶一人が玄関に残されていた。
父さんが招き入れた場所から、まだ一歩も歩いていない様子だ。
純真無垢そうな瞳が俺を見上げている。
現実離れした成り立ちが、逃亡中の無垢な姫君様って雰囲気すら感じる。
じっと見つめてしまっていた俺を見つめ返しながら、小さく、ほんと小さく小首をかしげる。
俺は思わず目線を逸らした。
……喧嘩番長の飛ばしてくるガンにすら動じたことは無いのに……まさか子供に負けるとは……
父さんには頼む……って言われたが……これと言って何かしてやることとかが浮かばない。
俺は今から学校に行かねばならない。
……さっきまで、ベッドの上で学園を休む方法を考えていた事は、今は忘れておく。
俺が留守の間に、家の外に出て迷子にでもなったら困るから、まずは夕方まで、ここで大人しくさせておこう。
【神代掛流】「おまえ……輝久耶って言ったな?」
【朝姫輝久耶】「……うん」
女の子が小さく頷くと、長い髪が柔らかく舞う。
【神代掛流】「家の中のものは好きに使っていい」
【朝姫輝久耶】「……うん」
【神代掛流】「食べ物も、好きなものを食べていい」
【朝姫輝久耶】「……うん」
【神代掛流】「……カップ麺と生野菜しか置いて無いけど……」
【朝姫輝久耶】「……うん?」
首をかしげられる。蛇足だったか。
【神代掛流】「とにかく好きなものを食べていい」
【朝姫輝久耶】「……うん」
【神代掛流】「だから、とりあえず、俺が帰ってくるまでは、ここで大人しくしていろよ」
【朝姫輝久耶】「……うん」
【神代掛流】「迷子になるから家の外には出るなよ」
【朝姫輝久耶】「……うん」
【神代掛流】「おまえ、『うん』ばっかりだな?」
【朝姫輝久耶】「……うん」
【神代掛流】「(大丈夫かよ……)」
こいつを一人だけ家に残して、本当にいいのだろうか?
心配にはなるが、自分には学園がある。
一抹の心配をしながらも、俺は家を出て玄関の鍵を閉めた。
窓の鍵も閉めてあるし、これで家の中に誰かが入る事は無いだろう。
……内側から鍵を開けない限りは……
さて、これからどうすりゃいいんだろな……
透き通るように青い空を見上げて、ため息をついた。