5月12日(朝)子供たちの事をよろしく頼む =天原優衣=
===天原優衣の視点===
5月12日(金曜日)
【天原優衣】「今日はどんなリズムで起こしてやろうかしら?」
今日も空は快晴。気持ちの良い朝だ。
掛流を叩き起こすピンポン連打のリズムを考えながら、掛流の家へと歩く。
【天原優衣】 (……あれ?あれは、掛流のお父さん?)
家の前に駐めてある自動車に乗り込みながら、誰かと電話をしているようだ。
しかも、二台の電話機で同時に話をしてる……すごい。
【神代思兼】「彼女とは連絡をつけてある。20分で戻る・・あぁ、データだけ渡しておいてくれ。頼むよ」
丁度電話が終わったようだ。
あたしが近づいてくることに気付いて、挨拶をしてくれる。
【神代思兼】「やあ、おはよう。優衣君」
【天原優衣】「おはようございます。お仕事忙しそうですね。」
【神代思兼】「ああ、昨日も泊まり込みで仕事場に居てね。家に用事があって、いったん帰ってきただけなんだ。」
笑顔で答えてくれるが、その目には少し疲れが見えた。愛相変わらず忙しいようだ。
研究者ってのが何をしている仕事なのかよく知らない。
掛流に聞いてみても、『知らん。人類の役に立つ仕事らしい』とか、本人も分ってない感じで答えてくるし。
……ていうか、人類の役に立つ仕事って、大雑把すぎるでしょ。野菜を育てるのだって、人類の役に立つ仕事だと思うわよ?
【神代思兼】「掛流を迎えに来てくれたのかい?」
目つきの悪い掛流の父親とは信じられないくらい、優しげな瞳で見つめられる。
【天原優衣】「ええ。そろそろ準備して登校する時間ですから」
【神代思兼】「そうか。いつも世話をかけてすまない」
……て、なんで『いつも』って知ってるのかしら?
掛流ってば、お父さんに何か話したのかしら?
【天原優衣】「いえいえ、お世話だなんて とんでもない。ここ通学路ですし……」
そんな大層なことをしたつもりはない。両手をブンブン振ってお詫びを拒否する。
【神代思兼】「今日の息子は起きているよ。そろそろ出てくるだろう」
【天原優衣】「そ、そうですか。ではちょっと待ってみますね」
【天原優衣】 (……あたしが起こしに来てるの……バレてる?)
掛流のお父さん、鋭いわね。研究者って仕事は、やっぱり鋭い視点が必要なのかしら?
これからピンポン連打は控えるようにするわ……印象悪いし……
【神代思兼】「では、私は仕事に戻らなくてはならないので失礼するよ」
【天原優衣】「ええ、お気をつけて。いってらっしゃい」
泊まり込みで仕事して、家で用事を済ませたら、すぐにまた仕事に出る。
なんて忙しいのかしら。
面倒くさがりで何もしようとしない掛流に、爪の垢を煎じて飲ませたいわ。。
【神代思兼】「……そうだ、優衣君?」
【天原優衣】「……はい?」
何か思いついたかのように、話を切り出される。
お父さんは、玄関の横、お庭へと続く通路の脇を、すっと指さす。
【神代思兼】「そこに鉢植えが並んでいるのが見えるかい?」
【神代思兼】「はい。いつもお手入れされていますよね。こんなに沢山あるのに。」
季節ごとに植わっている物が入れ替わっているし、けっこう丁寧に手入れがされていて、枯れているところを見た事がない。
……掛流が世話をしているのかしら? いや、あの性格だからありえないわね。
お仕事の合間合間で、お父さんがお世話してるのよね。
【神代思兼】「ドラセナの下に、家の“合鍵”が置いてある。もし必要なときは使ってくれたまえ」
【天原優衣】「……え?」
【神代思兼】「子供たちの事をよろしく頼む」
それだけ言い残して車に乗り込むと、そのまま走り去っていく。
よほど急いでいたのか、あっという間に見えなくなった。
【天原優衣】 (合い鍵って、ここの家の??)
掛流とは何年も付き合いがある幼馴染み。
家の中に入ったことは何度もある。
幼馴染みとはいえ いちおうは他人。勝手に上がり込むのには抵抗がある……
けど、もし上がっていいって事なら……これから掛流を起こすのが楽かも……
【天原優衣】「もしかして、毎朝起こしに来ているあたしに気を遣ってくれたって事かしら?」
優しげで、ちょっと抜けたような感じすらする目つきをしてる人なのに。見てるところが鋭くて怖いくらいだわ。
それにしても……他人に合い鍵の場所を教えるなんて……ちょっと無防備すぎじゃないかしら?
信用されているって事だとは思うけど……
【天原優衣】「ありがとうございます。『必要なとき』に使わせていただきますね。」
お父さんが走り去っていった方向に、深く頭を下げた。
でも、鉢植えの下って……何て典型的な隠し場所。
今どき、テレビドラマでも、そんな場所に鍵なんか隠さないだろうに。
掛流の大雑把な性格はお父さん譲りなのかしら?
親子だし、似て不思議は無いんだけど。
【天原優衣】「……で……」
あたしは、事を成すに当たって、肝心なことを解決させなくてはならない。
これは自分の無知を呪わざるを得ない、重大な問題である。
【天原優衣】「ドラセナって、どれ……かしら……?」