5月12日(朝)大人ワイシャツの幼女
ようやく幼分が入ってきます。
===神代掛流の視点===
5月12日(金曜日)
ピピピピッ♪ ピピピ……ガチャッ!
必死に俺を起こそうとする目覚まし時計を、遠慮無く黙らせる。
何度目のスヌーズだったか覚えていないが、俺はまだ眠い。
【神代掛流】 (……あと5分……)
【神代掛流】 (……あと3分……)
【神代掛流】 (……あと1分……)
【神代掛流】 (……ロスタイム……)
これだけ眠いんだから学園を休んだって良いんじゃ無いだろか?
気持ちの良いまどろみの中、雀の鳴き声に交じって、玄関から扉を開けようとする音が聞こえた。
【神代掛流】「……!?……誰だ? まさか、優衣か!?」
昨日の朝に脳内妄想した恐怖の映像が蘇る。
バケツによる散水か、フライパンの生演奏か……
いや。鍵は閉めたはずだ。入ってこれるはずは無い。
キーピッキングの道具でも使ってるのか?
いやいや、あいつそんな技術もってないだろ?
ということは、優衣じゃ無くて、強盗って可能性も……
一気に目が覚めた俺は、音のする玄関へと駆け下りた。
そこで俺が出迎えたのは……
【神代掛流】「……父さんか……」
仕事着である白衣姿の父さんだった。
【神代思兼】「起こしてしまったか?」
少し疲れた顔をしている。きっと忙しいのだろう。
【神代掛流】「ビックリさせるなよ。誰も居ない筈の玄関で、人の気配を感じたから飛び起きたぜ」
【神代思兼】「それはすまんな。今日は学園か?」
父さんは玄関の扉は開けたまま、俺に話しかけ続ける。
【神代掛流】「ああ、今から準備して行く」
ちらっと時計を見る。
いつも通りなら、そろそろ優衣が押しかけてくる時間だ。
たまには準備万端で出迎えてやっても良いだろう。
【神代思兼】「……昨日の電話はすまなかったな」
【神代掛流】「電話? ああ、途中で切れたアレ?」
【神代思兼】「おまえに話しておきたい事があったんだ。少し話し合ってから決めようと思っていたんだが……時間が無くてな。」
そう言うと、父さんは扉の向こうを振り返って小さく手招きする。
そういえば、磨りガラスに小さな背丈の影が映っている。
誰かが居るようだ。
……優衣じゃない。もっと小さな影だ。
【神代思兼】「さぁ、入りなさい。」
父さんの白衣を掴んだまま、背中……もとい、左脚に隠れるようにしてこちらを見る女の子。
身長からすると小学校低学年くらいか。
俺を見つめる透き通るような青い瞳に、小さく整った鼻筋。くるぶしまである長いツヤツヤの髪。たぶん、こういうのを千年に一度の美少女というのだろう。お姉さん好きの俺でさえ、すごくカワイイと思える。
ただ、その服装は、手首をまくった大人用のワイシャツを一枚被っているだけという、その筋の性癖が見たら歓喜しそうなくらいイレギュラーな出で立ちだ。
もちろん、俺にとっては射程距離外だが。
【神代思兼】「今日からこの子を家で預かることにした」
【神代掛流】「へぇー」
興味なさげに答えた後に、言葉の意味を聞き返す。
【神代掛流】「……へ、今、何て? 預かるって? ここに?」
【神代思兼】「事情があって、この子の居場所が無くなった。だから、家で生活させたい」
【神代掛流】「いやいや、まってくれよ。だって、ドコで寝るんだよ? ベッドの空きなんて……」
【神代思兼】「母さんの部屋を使わせようと思っている」
母さんの部屋を使わせる? 昨日の電話はひょっとして……そういう意味だったのか。
【神代掛流】「待ってくれよ!勝手に決めるなよ! そもそも、その子いったい……誰なんだよ?」
【神代思兼】「名前は輝久耶。朝姫輝久耶<あさきかぐや>。私の友人の子供だ。」
【朝姫輝久耶】「……輝久耶なの」
俺と父さんを見比べるようにしてから、小さな声で俺に名前を告げてくる。
弱気で繊細そうな か細い声だった。
【神代掛流】「母さんの部屋を使うって、あそこは……掃除をしてないし……」
【神代思兼】「部屋の掃除は時々やっている」
【神代掛流】「……生活用品が揃ってないだろ?」
【神代思兼】「足りない物、必要なものは買い与えてくれないか。」
【神代掛流】「父さんだって、あの部屋を……」
俺の言葉を遮るかのように、父さんの携帯電話が鳴り始めた。
……俺は、言葉を発するタイミングを失ったが、一方でそれで良かったとも思った。
今ここで、父さんの意思を確認してしまったら、それで終わってしまうような気がした。
【神代掛流】「……父さんの電話、鳴ってるぜ」
【神代思兼】「今は、お前と大切な話をしている所だ。」
父さんは、鳴っている電話の画面を見ることさえせずに、俺との話を続けようとした。
【神代掛流】「いいよ、構わないから。電話に出たら?」
鳴り続けている電話の画面をちらっと見てから、父さんが続ける。
【神代思兼】「ゆっくりと話し合いたいが……本当に時間がない」
【神代思兼】「……お前の気持ちも分かる。だが、この子の事情も深刻なんだ。聞き入れて欲しい。」
真っ直ぐに俺を見つめる四つの目。
こんな状況で、俺が嫌だと言えるはずが無い。
【神代掛流】「ここは父さんの家だろ。父さんの好きにすれば良いさ」
俺は踵を返すと、制服に着替えるために部屋に戻った。
後ろから、父さんの「ありがとう」って声が聞こえが、礼を言われるような筋合いは無いので、俺はそれを無視した。