5月11日(16時頃)2ダース2箱……総数48食分 =天原優衣=
===天原優衣の視点===
5月11日(木曜日)
【神代掛流】 「……えっと、これがメールで、これがカメラ起動。電話をかけるときは……これか?」
【天原優衣】「そうそう。だいたい解ってきたんじゃ無い?」
学園の下校途中。歩道を歩きながら、掛流がスマホを弄っている。
歩きスマホは危ないから、よい子は絶対やっちゃダメよ?
掛流は、悪い子だから、やっても良いの。
【神代掛流】「機種変更の度に操作を覚え直しとか、面倒なんだよなぁ……。操作を覚えた頃には、また壊れて機種変になるし……」
【天原優衣】「 (掛流って意外と機械に弱いのよね……) 」
画面に集中している掛流に代わって、あたしが周りに注意をしながら歩く。
ほんと、歩きスマホは危ないから、よい子は絶対やっちゃダメよ?
【天原優衣】「あたし、帰りにこのまま夕食の買い物に行こうと思うんだけど、あなたはどうする?」
神代掛流】「俺も行くよ。ちょうど食料が尽きかけてたかんな」
【天原優衣】「じゃ、一緒に行きましょ。」
あたしたちは通学路を少し外れて、スーパーに立ち寄る事にした。
夕方の4時過ぎ、そろそろ夕方のお買い得商品が並ぶ頃だ。
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【天原優衣】「んー♪今夜のごはんは何にしよかなー♪」
【天原優衣】「おっ?今日はニンジンが特売なのね?」
特売ニンジンの前には『ご一緒にどうぞ』とばかりにカレールゥが積んである。
ご丁寧に『今日はカレーに決めた!』ってPOPも立てられてる。
【天原優衣】「これだけオススメされてんだからカレーライスも良いわね」
ニンジン・ジャガイモ・ほうれん草と、カレーに入れたい具材をカゴに入れていく。
カレーライスは便利な料理ね。
ほとんど何を入れても味が合うという魔法の料理。
市販のカレールゥが辛いことを除けば、ほぼ満点の料理だわ。
【神代掛流】「優衣ん家の夕食はカレーか?」
後ろから掛流が声をかけてきた。
【天原優衣】「そうしようかと思っている……わ」
振り返って、掛流の手提げカゴを見て言葉を失った。
【天原優衣】「……掛流、あなた、それを買うの……」
掛流のカゴには“レンジで3分”と書かれたインスタント食品の山。
……しかも箱買い。2ダース2箱……総数48食分!?
【神代掛流】「ああ。買い溜め分が、だいぶ尽きてるからな。」
【天原優衣】「……まさか、あなた、毎日そんなカップラーメンの食事してるの?」
【神代掛流】「まさか。さすがに毎日食べてたら飽きちまうぜ」
いや、飽きるというか、食事の健康面に問題があると思うわよ。
近所に済んでる幼馴染みが、主食カップラーメンで生活しているとは考えたくない。
とりあえず、インスタント食品ばかりの生活という訳では無いらしいから、それほど心配はしなくて良いのだろうか?
【神代掛流】「3日に一度はパンにしてるぜ」
カゴの中の“釜焼きナン”を見せて言う。
……素焼きのプレーンタイプ。
【天原優衣】「あなた、それ、全部が炭水化物だけじゃない!!」
学校成績の良くないあたしだけど、ビタミン・ミネラル・カルシウムとかいうレベルの基礎的栄養学は理解してる。
【神代掛流】「失礼だな。ちゃんとレトルトカレーもカゴに入れて……」
【天原優衣】「レトルトって……あなた、栄養のバランスを考えて食事しなさいよ。ビタミン・ミネラル・カルシウムって言うじゃない!?」
【神代掛流】「うるさいな。ちゃんと考えてるよ。」
【神代掛流】「ここにマルチバランス健康食品も入れてあるのが見えないの……」
【天原優衣】「そんなモノに頼るなぁ!!」
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IDタグでお会計を済ませると、まだ外は夕焼け前だった。
掛流の買い物を大規模に修正した割に、時間はそれほど経ってないようだ。
【神代掛流】「何でこんな大荷物になるんだよ……」
掛流の両手に大きく下げられたレジ袋。
長ネギや大根の葉がひょっこりと頭を出して歩幅にあわせて揺れている。
【天原優衣】「あなたの今日までの食生活を聞いたら、これだけでも足りないくらいよ」
【神代掛流】「……買いすぎだって……」
ぶつぶつと文句を言っている。
【天原優衣】「今日買った野菜たちは、3日以内に完食しなさいよ」
【神代掛流】「……人間の一度に摂取できる栄養量って上限があるんだぞ?」
【天原優衣】「文句は言わないの。あなたの今日までの不摂生を少しでも取り返す為よ!」
【神代掛流】「……まったく、買い物に付き合うんじゃなかったぜ……最近、自炊なんて、やってなかったんだけどなぁ……」
【天原優衣】「なによ。料理くらい作れないの?」
【神代掛流】「作れないじゃなくて作らないんだ!」
【天原優衣】「まったく、これだから困るわよね……男の子ってホント。」
【神代掛流】「お湯を注いで3分で食べられる便利な食材があるのに、何でわざわざ料理なんてするんだよ? 気が知れねぇよ」
【天原優衣】「あたしは、お料理作るの好きだもの。何なら、あたしがあなたの家に料理を作りに行ってあげようか?」
……勢いで言ってしまったが、急に恥ずかしくなる。
年頃の女の子が男の子の家に料理を作りに行ってあげる。
それって、つまり……そういうことよね?
思ってみて、顔が赤くなるのを感じる。
掛流が立ち止まって振り返り……
あたしの方を、なにやら真剣な顔で見つめる……
く……来る!?
ドキドキの「お前が作りたいって言うなら、作らせてやっても良いんだぜ?」ってツンデレ男子のセリフが!?
【神代掛流】「……来るな! 絶対に来るな!!」
【天原優衣】「……な……えぇ?!?」
そこは「お前が作りたいって言うなら、作らせてやっても良いんだぜ?」って返すところじゃないの?
【神代掛流】「うちの玄関より先は俺のテリトリーだ。絶対入ってくるなよ!」
恥ずかしさで赤くなった顔が、今度は怒りで赤くなるのを感じる。
【天原優衣】「何よ何よ!その拒否の仕方は!?人が親切で言ってあげたのに無為にするの!?」
【神代掛流】「お前のそれは、親切の押し売りって言うんだ。だいたい、今日の買い物だってそうだ!誰も『食生活が悪いから助けてくれ』なんて言ってねぇ!」
【天原優衣】「……じゃぁ、何? 親切で朝に起こしてあげてるのも押し売りって言うの?!」
【神代掛流】「うっ! ……それは……」
【天原優衣】「今朝だって誰のおかげで生徒指導室送りを免れたと思ってるの?」
掛流の目が泳ぐ。
今日の今日に売った恩がこんな所で効果を発揮するとは。
【神代掛流】「……その点は感謝している……」
【天原優衣】「そうでしょう、そうでしょう。あなたが遅刻しようが飢えようが倒れようが、あたしには関係ないわよ。それを親切の押し売りって言うの酷すぎない?」
ここぞとばかりにたたみかけると、降参とばかりに掛流が手を挙げる。
【神代掛流】「……わかった。言い過ぎた。すまん。この野菜は3日で完食する事にするから、それでいいか?」
【天原優衣】「わかればよろしい」
掛流が折れた。
あたし、口げんかは得意なのかも。
あれ?
だけど、掛流が野菜を食べても、別にあたしに何の得も無いんじゃない?