5月14日(14時頃)一枚の銀塩写真
===神代掛流の視点===
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【天原優衣】 「明星くん、上手に撮ってねー」
俺の名前は神代掛流。
ここは自宅近所。何の変哲もないアスファルトの路地。
何のモニュメントもない。交通量も少ない。あるのは交差点のミラーくらいか。
休日の昼下がり、こんな所で、俺と優衣と輝久耶は、童顔悪友の明星に記念撮影をされることになった。
……どうして記念撮影なんて事になったのか、経緯は覚えていない。
……それに、この際、経緯なんてのは大して重要な意味を成さない。
俺とコイツらが、何所で出会い どうして連むことになったのか? その経緯だって今やどうでもいい事で、重要なのは、今日この日において この四人が連んでいるという事だ。
それを記録するために、俺はここに立った。
【神代掛流】 「落として壊すなよ? 高いカメラなんだからなー。それからあんまし弄ると、撮影に失敗するぞー」
記念撮影に使うカメラは、俺の私物だ。
【明星悠紀】 「カメラなんてシャッターを押すだけだがね?何を失敗するっちゅう……」
自信満々に途中まで言っておいて、急に黙る明星。
【明星悠紀】 「このカメラってシャッターどこなん?」
【神代掛流】 「横のスライドを下に下ろすんだよ」
【明星悠紀】 「おーこれか? なんかアンティークな形のカメラだがね? どこの家電メーカーが作ったん?」
【神代掛流】 「デジタルカメラは好きになれんからな。それはフィルムカメラだ」
明星に渡したカメラは中判フィルムカメラってやつだ。
デジタルカメラが普及してから半世紀以上。デジタルカメラ全盛期の現代において、こんなカメラを愛用する人間ってのは、まぁ、一部のマニアだけだ。
……つまり俺はマニアに分類されるわけだが……マニアって、なんか言葉の響きが嫌だぜ……
【神代掛流】 「しかも一世紀前の復刻モデルで限定品だぜ。高かったんだからな。」
【明星悠紀】 「ほほー。新型なんかー。そりゃ高そうだがや。」
……一世紀前の復刻版って、新型って言えるんだろか???
【神代掛流】 「それから、フィルムも安くないんだから、撮影は慎重にな」
【明星悠紀】 「わかっとるがな」
わかりきったことを言われたらしく、ちょっと反抗気味に応えてきた。
撮り直しが利かない銀塩フィルムなんて、今や作っているメーカーすら少ない。
それどころか、某最大手化粧品メーカーの名前の由来が、写真フィルムを製造販売していたことに由来することを、知らない人も居るくらいだ。
だから、もしかして、明星はフィルムを知らないんじゃないかと心配してるんだけどな。
【明星悠紀】 「被写体自動追跡とか、オートフレーミングとか、そんな程度のデジタル補正くらいは付いとるんだろ?」
【神代掛流】 「付いてる訳ねぇだろ!」
【明星悠紀】 「ほんなばか言うなて。そんなカメラが今どきあるわけにゃーが!!」
顔を真っ赤にして、俺を馬鹿にするような口調で言われた。
やっぱそうだ。アイツはカメラというものを知らない奴だ。
【神代掛流】 「バカはお前だ!デジタルカメラと一緒にするんじゃねぇ!!」
ものすごくビックリした顔で、手元のカメラをマジマジと見回す。まるで、宇宙から落ちてきた理解不能な機械を見つけたかのようだ。そして、何か大切なことに気付いたかのように、表情を変えて問いかけてくる。
【明星悠紀】 「……オートスマイルシャッターは……?」
【神代掛流】 「その機能が付いてたら、俺が笑顔になるまで、何時間かかると思う?」
【明星悠紀】「……そうだがや……な」
まだ撮影されるまでは時間がかかりそうだ。俺は空を見上げた。
風は涼しいが、太陽の光はもう今年の猛暑を予想させる。
このイライラ感の原因は、この照りつける陽射しのせいかもしれない。
【天原優衣】 「おー怖い怖い。掛流お兄ちゃん怒ってるぅー」
……それと、俺の隣で撮影を待っている暑苦しい存在もあるな……
イライラしてる俺とは対照的に、笑顔で楽しそうにしてる優衣と輝久耶だ。
【神代掛流】 「お前はお前で、いつまで輝久耶に抱きついてるんだよ?」
【天原優衣】 「だってー、まだ時間かかりそうだしー」
だから離れてろって言ったんだが……?
まだ五月とはいえ、この太陽の下で抱きついてたら暑いだろ?
そんな心配を他所に、優衣はなおさら強く輝久耶を抱きしめて、頬摺りまで始める始末だ。
輝久耶は優衣に抱きつかれて、少しだけ困惑したような表情を浮かべる。
【神代掛流】 「輝久耶、お前も『嫌な事は嫌だ』とハッキリ言った方がいいんだぞ?」
【天原優衣】 「そんな事ないわよ。ねぇ輝久耶ちゃん?」
【朝姫輝久耶】 「……ううん?」
輝久耶は俺の方を見上げると、目をぱちくりさせながら、ゆっくりした口調で応える。
【朝姫輝久耶】 「ゆいの……むね……あたたかいの……」
優衣の胸は大きい。まだ小さな子供である輝久耶にとっては、優衣の胸は、何か……そう、母親の愛情的なものを感じる存在なのかも知れない。
【天原優衣】 「ほれほれ。輝久耶様も、こう申しておられるぞ」
【朝姫輝久耶】 「ん……」
同調するかのように、輝久耶が頷く。
【天原優衣】 「何なら掛流にも抱きついてあげようか?」
【神代掛流】 「暑っくるしいからヤメてくれ」
【天原優衣】 「頼まれたってやりませんよーだ! ベーーーーッ」
【神代掛流】 「……はぁ」
毎度の事ながら、疲れるぜ。
視線を明星に移すと、カメラをまじまじと触っているのが目に入る。
まだ、シャッターの場所が分からないと見える。
【神代掛流】 「明星。わかったか?」
【明星悠紀】 「ああ、ええよ。試しに押してみたったら、カシャって言ったから大丈夫だがね」
【神代掛流】 「おいっ!! シャッターきったのかよ!?!?」
【明星悠紀】 「せっかくの記念写真だがんね。失敗は困るがや? 念のため映像確認しときゃーすか? どうやって再生するん?」
【神代掛流】 「できるかぁ!!!」
【明星悠紀】 「大丈夫だて。データは削除して取り直したるから」
【神代掛流】 「フィルムが撮り直せるかぁ!!」
【明星悠紀】 「そんなわきゃないがね! 撮り直し出来ないカメラなんてありえんて。何ならうちがソフトウエアを改造してや…ぶはぁっ!!」
言い終わらないうちに、俺の跳び蹴りが明星の顔面を張り倒す。
小柄で童顔の少年が、盛大にふっとんで地べたを転がる。
【天原優衣】 「ちょ、ちょっと、掛流っ! なんてコトするのよ!? 明星君!?大丈夫!?」
驚いた優衣たちが明星に駆け寄る。
童顔細身の見た目はキャシャな少年が、素行不良の青年たる俺に激しく蹴り転がされたのだ。ビジュアル的には大怪我していても不思議じゃない。
明星に跳び蹴りを浴びせた回数は数えきれんが、今日はまた派手に飛んでったな。
【明星悠紀】 「……すっげぇ痛いがやな……でも、大丈夫だがや、痛いのには慣れとるて」
痛いと言いつつも、笑顔で起き上がって、心配する優衣を安心させる。
体中に付いた砂埃を、優衣と輝久耶が二人してイソイソと叩いた。
そんな光景を見ている内に、俺のイライラ感も峠を越えた。
【神代掛流】 「もう一回撮らせてやる。もう無駄玉撃つなよ」
明星からカメラを取り上げて、フィルムを巻くと、もう一度カメラを渡す。
ふと気付いた。あんだけ派手に蹴り転がしたのに、カメラにはキズも何も付いていない。
明星はこのカメラを抱きかかえるようにして転がっていった。カメラを壊さないよう、ワザと受け身も取らずに転がったということだ。
蹴ったおれば言うのも何だが……明星……あなどれん。
【天原優衣】 「掛流……飛び蹴りは痛いわよ」
【神代掛流】 「お前が言うな優衣っ!! 俺はお前の跳び蹴りを食らったことがあるんだぞ。」
……蹴られた? そうだ。優衣の跳び蹴りは強烈だったな。
【朝姫輝久耶】 「くすくす……」
【天原優衣】 「あーっ、輝久耶ちゃんが笑ったー。カワイイー。それっ! 明星君っ! 撮影するなら今よ!」
【明星悠紀】 「よっしゃ!みんなが笑っとる今がシャッターチャンスだがね!」
【神代掛流】 「……俺が笑ってねぇよ……」
【天原優衣】 「掛流は笑われてるんだよね。」
……はいはい。もうそれでいいや。
【朝姫輝久耶】 「くすくす……」
輝久耶が笑っている。
この頃の俺は、そんな小さな幸せに気付くことも無かったな。
【明星悠紀】 「撮るで。ハイちーず」
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輝久耶と過ごした数ヶ月。
俺たちにとって、それはきっと幸せな時期だったはずだ。
だから思い出す。出会ったことは不幸なんかじゃ無い。俺が思い出したいから思い出すのだ。
この街が輝久耶の記憶を忘れ、世界から輝久耶の記録を消し去られようと
この一枚の写真が、俺たちの刻んだ日常を思い出させてくれる。
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そうだ。
思い出した。
俺と輝久耶との出会いが最悪だった事を……