cent quatre-vingt-dix-neuf ミッツ
初めて人を好きになったのは三歳の頃、お相手は物心付く前からつるんでいたダチのお姉さんだった。彼女は当時から強く逞しく美しくをモットーに生きているような女性で、一桁年齢にも関わらず一般男性が数人かかっても簡単にのしてしまうほどの腕っぷしを持っていた。俺自身次男とは言え組の頭の息子、特に武道に関しては英才教育を受けていたのでそこらの大人には勝てる自信があった。
三歳児にしてそれなりにイチキッていた俺はいつもの仲間と公園で遊んでいると、ちょいとガラの悪気な男子高校生五人ほどが絡んできた。売られた喧嘩は買うまで! 他の奴らも血気盛んなのばかりなので三歳児四人vs高校生五人で喧嘩をおっ始めた。
俺たちは四人力を合わせて三人くらいは打ち負かしてやったが、兄よりもクソデカイ残りの二人に苦戦していた。俺らの中では比較的温和な性格してるあきと、何だかんだでチキンなサクがデカイのにぶっ叩かれてへばってしまった。ゲンはすばしっこくて相手を翻弄していたが体が小さすぎて力勝負に向いていない、それにのした相手も殺したわけではないのでいつ起き上がるか分からない。
これはマズいかも……そう思いながらも引き下がれなかった俺たちは相手とやり合っている間にへばってた高校生が起き上がったらしく、あきとサクの泣き声が聞こえてきた。助けたい気持ちはやまやまだが俺自身手が離せない……スマンと思っていたところで明らかに二人とは違った小汚いうめき声が聞こえ、同時にあきが叫んでいた。
『なつねえちゃんっ!』
これで俺たちに追い風が吹いた。彼女はあきとサクを襲っていた高校生をほぼ丸腰であっさりとKOしていた。一人目はジャンプしながらプラスチック製のバットで脳天をぶん殴り、二人目もバットでむこうずねを振り叩いて(ここでバット破損)バランスを崩したところに顔面回し蹴り、三人目は足を掴んで押し倒し、みぞおちにパンチを入れていた。
不良高校生を相手に華麗な戦いぶりを見せる『なつねえちゃん』に俺は現状も忘れて見惚れていた。幸い相手も同じだったみたいで一時的に休戦状態となっていたが、急に体が浮き上がりそれと同時に声を掛けられた。
『拳作って腕を前に真っ直ぐ伸ばせっ!』
その声に従って小さな手で握り拳を作ると、自分ではない力で俺の体は前方にいる高校生に向けて飛んだ。そこらのジェットコースターよりもスリル満載で怖さもあったが、とにかく拳を崩さないよう必死だった記憶がある。結果それは高校生の顔面にめり込み、俺の右手もまぁまぁな怪我をした。
当然だが警察沙汰となって流石に叱られた。更には高校生の親まで乗り込んで三歳児相手に損害賠償請求をしてきやがったが、高校生が俺たちに絡んでいた姿が公園の防犯カメラにバッチリ映っていたためバツ悪そうにそそくさといなくなっていた。俺がヤクザもんの子供だから余計に目を付けられたというのもあるのだろうが、防犯カメラのお陰で注意は受けたが正当防衛が認められる形となった。
以来俺は誰かに恋をしたことが無い。家柄のせいで許嫁という存在もあるのだが、申し訳無いくらいにその方にも興味が無い。思えば二十六歳になった今も尚想い人は変わらず『なつねえちゃん』のままだ。それが決して良いことではないと分かってはいるが、彼女を凌ぐほどのイイ女を未だ見たことが無い。
しかしこのまま彼女への思いを募らせ続けることにもそろそろ疲れてきた。特に彼女が大学時代男にうつつを抜かしていた頃は心も荒んでいた。適当に遊べる女を見繕って欲求不満のはけ口にしていた時代もあり、今思えば童貞の方がマシだったとも思うが今更過去は取り消せない。最近また彼女は何の学習もせず同じ男に靡いたようなのでもう引き際なのだろうと思う。ここまで引きずっておいてアレなのだが、これ以上過去にしがみついているのにも無理が生じてきたように感じる。
しかも許嫁の女性が今年で三十歳になるのもあり、『そろそろ身を固めろ』的な空気も匂わされている。これまで燻り続けてきた片思いのせいで彼女と対峙する気になれず何年も放置し続けてきた。現組長を始め先方さんも今のところ何も言ってこないが、これ以上有耶無耶にできない案件なのでこちらから話を進めるくらいで丁度良いのかも知れない。早速兄のいる書斎に向かい、多少の叱責を覚悟で仲介を願い出ることにした。
コンコンコン。
「失礼します、満です」
「丁度良かった、入れ」
何が丁度良いのかは知らないが好都合ではあったらしい。言われるまま中に入ると、俺以上に厳つくも秀麗な顔立ちをしている兄が上座にある一人用ソファーに鎮座していた。
「先にいいか? さっき目白組さんから連絡があってな、月末に一度お嬢さんと顔合わせしてほしいんだと」
「分かりました、空けておきます」
もうそういう流れなのだろう、先方さんも似たようなお考えのようだ。
「夏絵のことはもういいのか?」
「えっ?」
「気付いてないとでも思っていたか、若いうちはそれも良いだろうと口出ししなかっただけだ」
俺にも憶えがあるからな。兄はそう言って俺を見た。
「悔いは残してないか?」
「はい、問題ありません」
告ったか否かという問いかけであれば問題はあるが、今更どうこうしたいという考えは持ち合わせていない。
「なら良いが……それよりお前の用事は?」
「いえ、もう片付きましたので失礼します」
結果何もせずに用が済んでしまった俺は、ひと仕事してくるかと【ライムライト】へ出向くことにした。