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平凡な女には数奇とか無縁なんです。  作者: 谷内 朋
花嫁修業三十路前 〜外野席のホンネ編〜
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cent quatre-vingt-dix-huit 国分寺

 今年に入って実家の内部事情が騒がしくなっている。事の発端は母方の従兄弟の離婚劇、彼の妻が不倫の末子供二人を連れて家を出たそうなのだが、伯母による恒常的な折檻も背景にありそれに耐えかねてのことだろうと言っていた。ただ祖父はこの手の処分に厳しく、当時の伯父と同様還暦まで仕事と帰省以外での日本入国を認めない決定を下していた。当然親権は彼女に、養育費と生活費は満額きっちり支払うようにとも命じていたな。それに乗じて次期社長継承権も失い、気付けば現社長の長男怜士、実弟の圭人、俺の三人に絞られていた。

 それから立て続けに怜士が女性問題を起こした。どこで知り合ったのかも分からない十代の女の子 (現役JK)を妊娠させ、悪いことに本人は隠蔽工作に躍起になって逃げ回っていたらしい。これには現社長である伯母がブチ切れ、一時期は勘当するとまで言い切るほどだった。その後伯母が単身で相手の女の子に謝罪、今後についての話し合いを根気良く進めてきた。最初は中絶の話も出ていたが、そうするには子供が育ち過ぎて無理と判断されたので朝比奈家で引き取ることにした。

 祖父は怜士に育児を体験させる案を出したのだが、逃げの態度を見せた息子には任せられないと突っぱねて自分で育てると言い出した。それに伴い社長を辞して俺を後継者に推したのだが、朝比奈に入る気が無いので辞退した。ただ社長業と育児の両立はかなり無理があるし、伯母だっていくら若々しいとは言え還暦を過ぎている。かと言って新たな命も放置できないし……と思っていたところで母が別の案を出してきた。

『至、この機会に子供を育ててみたら? 恋人にも話してみなさいよ。それに姉さん、社長を辞めるにはまだ早いわよ』

 話としては悪くないが母がそんなことを考えているとは思っていなかった、俺は決して子供好きではないが何故か異常に好かれてしまう。体も比較的デカい方だし顔も若干イカツイくらいなのに……はるのことは多分祖父から聞いているんだろうな。彼女はどちらかと言えば子供好きだ、この話を持ち帰れば賛同してくれると思う。ただ『朝比奈の子として』育てることになるだろうからまた別の問題が持ち上がりそうだ、俺は五条家への養子縁組でいいんだけど。

 母はこんな事態のせいで最近空き物件になった実家に腰を落ち着けている状態だ。俺たちが中国地方に移住してからは賃貸物件として家賃収入を得ていた家なので、『空いてるうちは私が使う』と移住レベルの居座り具合だ。しかも俺が決算期で忙しくしている間に祖父と共にはるのお店へ出向いていたらしい、あの人無駄にアクティブだから思い立ったが吉日とばかりあちこち出歩いている。

『至の恋人春香ちゃんって仰るのね、あんなに可愛い子ならもっと早く紹介してほしかったわよ』

 母が彼女を気に入ってくれたのは嬉しい誤算だと思う、あれほど俺がゲイであることを煙たがっていたのに一体何があったんだ? しかし手間は省けた、俺たちの交際さえ認めてもらえればあとはどうだっていいが、今度は別の問題について父までもA県にやって来た。

 そんなこんなで思っていたよりも早くはるを両親に紹介し、父も彼女を気に入ってくれて特に何も言われなかった。すんなりと交際を認めてもらえたので子供の件も前向きに考えるつもりだと伝えると、五条家への養子縁組は難しいだろうと言われた。かと言って俺の方が歳下なので養子縁組は成立しない、はるを両親と養子縁組をして戸籍上きょうだいになるのはどうか? と言ってきた。

 しかしはるだって長男だ、五条家にとって長男が抜けるのは……と思っていたがはるは平然としていて『弟たちに話してみる』と言い、機会を伺ってきょうだいたちに話すことにした。  


 当日五条家を訪ねると若い男性と中学生くらいの女の子が先客として家に来られていた。男性は中西哲さん、女の子は中西杏璃さんといい、近所の商店街で電気店を経営しているなつの幼馴染と彼の娘さんだそうだ。杏璃さんは身長も高めで落ち着いた印象があるが小学六年生とのこと、高校時代のなつを彷彿とさせる利発そうな女の子だ。

『すみません、今日は杏璃がお邪魔してしまって』

 哲さんはここに泊まる杏璃さんの着替えと勉強道具を持ってこられたそうだ。彼は中性的で線が細く、顔立ちが若々し過ぎて大学生と言われても信じてしまいそうだな。

『何の遠慮してるのよ、そんなの持ちつ持たれつじゃない。夕飯まだなら一緒にどう?』

『いえ俺まで厄介になるのは……』

『ねぇ、パパも一緒に食べようよ。今日ははるちゃんと豚汁作ったんだよ』

 はるの豚汁は五条家のみならずご近所さんからも愛される人気料理で、そう言えばあきの友達も豚汁狙いで遊びに来てたことがあったな。

『一緒に作ったのか?』

『うん、これまでで一番上手くできたんだよ』

『だから食べてやってよ、それになつの分が余っちゃって』

『なつの?』

 哲さんはなつの名前に反応している、何となくだけど声が弾んだように感じた。

『えぇ、出先で夕飯済ませたんですって』

『そういうことでしたら遠慮なく頂きます』

 中西親子も交えて食卓を囲み、少しだけだが哲さんとお話させて頂いた。彼は案外無骨な方でチャラ付いたところがまったくと言っていいほど感じられなかった。きっと父親としての自覚も手伝ってだと思うが、元々一歩引いて冷静に物事を見ようとする性分なのかも知れない。

 

 翌日、昼になっても降りてこないなつを杏璃さんが部屋まで起こしに行っていた。それでようやっとメンツが揃ったのだが、杏璃さんが先日出会った哲さんのお見合い相手の話題で少し空気がおかしくなった。好き嫌いは仕方が無いと思うし、まだ十二歳の彼女にとって父の結婚は重要な問題だろうと想像できる。悪口が良いものでないのは分かるが少しの愚痴くらいは許してあげてもいいじゃないか、外野がそれを我慢させるのは違うと思う。

 その後に俺たちの進退についての話をしたのだが、なつは多分ほとんど聞いていなかったと思う。杏璃さんは『席外そうか?』と気遣っていたがあの態度だといてくれた方が良い。俺たちだけだと言った言わないの証明がしづらくなるので、第三者として彼女にはそのままいてもらうことにした。あきとふゆはあっさり賛同してくれ、なつも生返事ではあったが頷いていたのでこの際気にせず話を進めることにする。

 それから祖父、両親、伯母までもが五条家を訪ね、諸々の準備を少しずつ片付けていった。はるが五条家を離れるにあたり、家の権利とか筆頭家長をあきに据える手続きも並行して行った。最初ははると子供とで実家に移る予定だったが、育児環境は○○市の方が良さそうだと五条家で賑やかに暮らすことにした。三児の母であるはるの同級生がお向かいに住んでらして、保育園や公園もすぐ近所にあるそうなので俺も休みを利用して島エリアの探索をしてみないとな。

『四月中に全ての準備を終わらせておけ』

 祖父()のひと声で周囲は更に慌ただしくなり、それに合わせるかのようになつは結婚を決めて五条家を出て行った。

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