cent quatre-vingt-seize 降谷
【慎さん、つかささん、ご結婚おめでとうございます。このような素晴らしい場でお二人をお祝いすることができてとても嬉しく思います。新郎とは幼少期から、新婦とは大学時代からの友人として僭越ながらお祝いの言葉を述べさせて頂きます。
お二人は三年の時間をかけてゆっくりと愛を育み、婚約の知らせを受けた時は自分のことのように嬉しくて幸せな気持ちになりました。このお二人であればきっと温かく明るいご家庭を築かれると思います。
そして私事ではございますが、来年二月に佐伯明生さんと結婚致します。今日彼がこの場へ参列の機会を得られなかったことを大変残念がっておりましたが、お二人のご結婚を喜んでおりますのでこの場をお借りしてご報告申し上げます。
私もこの場に彼がいないことをとても残念に思います、ピースの抜けているパズルを見つめるような寂しさを感じております。しかしもし壁にぶつかるようなことがあっても、私たちはいつでもお二人の力になりたいと考えておりますので、どうかそのことを忘れないよう心に留めて頂きたく思います。
これをもちましてお二人への花向けの言葉とさせて頂きます、ありがとうございました。】
……一体何なんだよこれ? 奥歯に食べかす挟まったような後味の悪いスピーチを意気揚々と読み上げた五条にちょっとした怒りを覚えた。序盤はそんなに悪くないさ、けど自身の婚約報告以降のくだり要るか? ましていてもいなくても困らない佐伯がどう思ったとかここで言う必要あるか? まるで佐伯の不参加を新郎新婦の責任みたいな言い回ししやがって、祝福ムードをぶち壊すつもりかよ?
こんなスピーチを前にしても新郎新婦の態度は立派だった。凍りつく空気の中、二人共表情を一切崩さずに『ありがとう』と拍手まで送っていた。二人のとりなしで険悪な雰囲気は和らいできたが、俺の隣に座っていた女性二人組の怒りは収まりきってない様子だった。
「あの人新郎新婦をバカにしに来たん?」
「ホンマ、あんたの婚約話なんか聞きたないっちゅうねん」
話し声が聞こえてきたので怪しまれない程度にチラ見してみると、披露宴でスピーチしてたつかさの職場の同期の女性だった。確か関西の支店の方だったよな、新人研修で仲良くなって今でも頻繁に交流してるとか言ってたっけ。他の席を見てもほとんどの人は表情が固い、その中で同期二人組以上に険しい表情を浮かべている一人の女性がちょっとだけ気になった。
その後後藤の同級生のスピーチで何とか空気を持ち直し、フリータイムになったので顔見知り連中が自然に集まってビュッフェをちびちび頂いていた。さっきの女性は一人で来てるみたいでカウンターでカナッペとスパークリングワインを口にしている。腹を満たして気分を変えようとしてたんだろうけど、やっぱりご立腹みたいで、一人ニヤつきながらケータイをいじってる五条を睨みつけながらずんずんと歩みを進めてる。
「少し席外す」
これマズイなぁと思ってたそばで大谷が動き出した。あいつも気付いてたのか……大谷は女性に割り込む形で五条に声を掛け、少し言葉を交わしてから席を立った。一方の女性は二人の間に割って入らずに様子を窺っていて、話を済ませた大谷の方に声を掛けていた。二人は言葉を交わしながらこっちに戻ってきて、つかさの同級生で一人で来たようだという大谷の弁ですんなり仲間に入れていた。
「板東葉月と申します、すみません邪魔します」
「どぞどぞぉ、こういった場にお一人って寂しいでしょぉ」
「えぇ。でも式に参列できなかったのでここには意地でも参加したくて……」
見た感じ多分仕事だったんだろな、平服にしたって地味なスーツ着てらっしゃるから。それとも遠方に住んでらっしゃるのか?
「今日はお仕事帰りですか?」
分からなけりゃ聞けばいいんだ。
「実は今日越してきたんです、四月から新しい所で働くことになりまして」
「そりゃまたタイトですね」
「どんな形であれ友達の祝事には立ち会いたくて」
へぇ、ガチで仲が良かったのか。
「つかさちゃんとは長い付き合いなんですかぁ?」
「はい、小二の時彼女がいた学校に転校したのがきっかけです。その後二年間同じクラスになって仲良くなったんですが、小五の時私がまた転校してしまって……直接会える機会は減ってしまったんですけど、メールやSNSを中心にやり取りはずっと続けているんです」
小二からって結構長いな、期間はともかく幼馴染レベルじゃん。他の奴らも板東さんに色々と話しかけていると、練り歩きから新郎新婦が戻ってきた。後藤は何とか平静を保ってたけど、朝から着慣れないドレス姿のつかさはすっかりお疲れモードだ。
「あ〜疲れたぁ……葉月? あんたよく間に合ったね!」
疲労困憊だったつかさは、元同級生の板東さんの姿に力が湧いたのか再び背筋をシャンと立たせて笑顔を見せた。
「当然でしょ、何が何でも間に合わせるって言ったじゃない」
二人は手を取り合って再会を喜び合ってる。そんだけ仲が良いんならあのスピーチに怒り心頭なのも分かる気がする。いっそ板東さんにお願いした方がと思ったくらいだよ。
「にしたって何なのよあのスピーチ? あんなの聞かされるくらいなら私がしたかったわよ!」
「ここ一年忙しくしてたでしょ、葉月にはそっちに集中してほしかったのよ」
「だけどあんまり過ぎる……」
「聞き流せば済む話だから大丈夫、これから近くなるんだから会える機会が増えるといいわね」
「うん、落ち着いたらご自宅に寄らせてもらうね」
何はともあれあの嫌な感覚が払拭されたじゃんと思ってホッとした俺はちょっとだけ脇目に視線を向ける。あれから少し時間が経っているので場に空気もすっかり穏やかになっている中、ケータイをいじっていた五条の姿が何の音沙汰も無く消え去っていた。