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平凡な女には数奇とか無縁なんです。  作者: 谷内 朋
花嫁修業三十路前 〜外野席のホンネ編〜
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cent quatre-vingt-quinze げんとく

 久し振りに見たなつは雰囲気が変わっていた。最後に会ったのは正月だが、この短期間で只でさえ細身の体は更に痩せてハリツヤが無くなってるように感じた。佐伯とよりを戻したことを物語るかの如く身に着けているものは黄色一色、長い髪は顔にかかるように下ろしていてまるで○子の様相だ。

「お主、例のブツはどうした?」

 共に受付を引き受けていた有砂がなつの手荷物を見る。例のブツはそのポーチに入る大きさではないので、持ってきていないのは明らかだった。

「ブツ? 何のことかしら?」

 そことぼけるのか? それとも本気で忘れているのか? 声にも視線にも覇気が感じられず、もしかすると身体的不調が多少あるのかも知れない。

「何言ってんだお前? 小口から受け取ってるだろうが、パーティースプレー」

 降谷に言われて思い出したようにあぁと声を漏らすなつ、ブツを忘れるくらいどうでもいいが、その覇気の無さと上品ぶりっ子がどうにも気になる。

「なつぅ、具合でも悪いのか?」

 有砂も似たようなことを思っているらしくなつを見上げている。

「全然平気よ、強いて言えば通勤がキツイだけね」

「通勤? 今どこにいるんだよぉ?」

 そう言えばそのあたりの話聞いていないな。

「S市よ、通勤時間が前の倍掛かっているの」

「そんなの自分で決めたことだろ? 一時間程度の通勤でキツイとか馬鹿じゃねぇの?」

「朝のラッシュがどれだけ辛いか……」

 私は自営だからともかく、降谷や有砂であれば通勤ラッシュの辛さくらい把握できていると思う。降谷はそれが気に入らなくて職場近くに引っ越しているし、大概のサラリーマンはそれが当たり前だと割り切っている気もするのだが。

「それが気に入らないなら車使えよ、佐伯んとこなら余った車ぐらいあんだろうが」

「それくらいの工面はしてくれるんじゃなぁい? 地位と金は持ってんだからさぁ」

「そういう言い方しないで、彼に失礼だわ」

 そうは言っても事実だから仕方が無い、有砂もわざわざ口に出さなくていいとは思うが。

「取り敢えず中に入ろう、もうじき始まるからな」

 なつが最後の招待客なので受付はこれで終了、ひと通り片付けてから会場の中に入る。それから間もなく式が始まり、自分たちで仕立てた衣装を身に着けた新郎新婦が入場した。


 結婚式から披露宴までの流れはスムーズに進んだ。例のブツを使った余興も盛り上がり、なつ一人が忘れてきたくらいどうってことはなかった。新婦つかさちゃんの挨拶では商店街のオヤジたちの涙を誘い、とてもいい結婚式だったと思う。そして夜からは新郎新婦の同級生たちを中心とした集まりで二次会が始まり、ここではなつがスピーチをする手筈となっていた。

 ところがそこでなつがやらかした。新郎新婦にあやかってとかいう言い回しであればまだ分かる、だがおめでとうの挨拶もそこそこに『佐伯明生さんと結婚する』と言い出した。百歩譲ってそれは良い、しかし主役が誰かも弁えず『この場に彼がいないことを残念に思う』と続ける必要性がどこにあるというんだ? 当然場の空気は凍った、中には隙自語りの時点でドン引きしている招待客もいた。それでも新郎新婦は冷静に対応し、固まった空気のままスピーチを終えたなつに向け『ありがとう』と拍手まで送って最大限穏便に空気を作り変えた。

 その言葉に満足げな表情を見せたなつは元いた席に戻り、隣にいる有砂に緊張しただのと言っていたがさすがに相手にされていなかった。普段のなつであればあんなヘンテコリンなスピーチなどしない、有砂もそれが分かっているだけに悲しそうな表情を浮かべていた。

 その後まことの同級生によるスピーチを終えてフリータイムとなったので、参加者は思い思いの楽しみ方をしていた。なつはここぞとばかりポーチからケータイを取り出して一人ニヤニヤと画面を見つめている、恐らくは佐伯からのメールでも見ているのだろう。私たち腐れ縁は降谷、小久保、亘理と合流してビュッフェを頂き、新郎新婦は招待客の小さなグループを回って笑顔を振りまいている。

「つかさちゃん大丈夫かなぁ?」

 有砂は笑顔を作っている新婦を思いやっている。

「確かにあのスピーチは無ぇよな、俺らの時はもっと出来良かったのにさ」

 既婚者こうたは当時を思い出しながら苦々しい表情を浮かべている。なつはこうたと桃ちゃんとの結婚式でもスピーチをしており、その時は拍手喝采ものだったと記憶している。新郎新婦もその場に居合わせていたので、その実績を買って二次会のスピーチを頼んでいるのだ。

 怪訝な思いを胸にしているこちらの気も知らずにニヤニヤしながらケータイをいじるなつを見ていると段々と腹が……と思っていると、カウンターにいた一人の女性が怒りに満ちた表情でなつのいる席に向かっていくのが見えた。

「少し席外す」

 あの感じだと喧嘩になりかねない、そう思ってなつのいる席に向かい割り込む形で声を掛けた。

「なつ、ちょっと良いか?」

「えぇ、何かしら?」

 口調こそ上品にしているがケータイを置く素振りすら見せないなつ、ならば『手が離せない』と断ってくれた方がいくらかマシだ。

「あのスピーチはどういう意図で考えたんだ?」

「どうってお二人を祝福する気持ちを込めさせて頂いたわ」

 あれでか? どう考えても喧嘩売ってるだろうが。

「二人を祝福するのであれば佐伯の話が必要だったとは思えないのだが」

「そうかしら? 彼がいればもっと良い式になっていたと……」

 主役はつかさちゃんとまことだ、この場に限って言えば佐伯はいてもなくても構わない。

「この場の主役は誰だと思っている? 乗っ取りでもする気だったのか?」

「そんなつもりじゃ……」

 なつはまるで自身が被害者だと言わんばかりの態度で涙を浮かべているが、泣きたければ泣いて同情でも買えばいいとこちらも居直っていた。

「いずれにせよ私が知る限り史上最低のスピーチだった」

 それだけ告げて席を立つと、先程の女性がこちらに歩み寄ってきた。

「最初は邪魔するなって思ってたけど……代弁ありがとう」

「いえ、たまたまだと思います。私は大谷玄徳、新郎の幼馴染です」

板東葉月(ばんどうはづき)と言います、新婦の元クラスメイトなんです」

「お一人で参加されているんですか?」

「えぇ」

 板東さんは小さく頷いた。

「お嫌でなければあのグループに混ざりませんか? 私の知り合いばかりですが」

「そう仰って頂けると嬉しいです、知り合いがいなくてちょっと寂しかったんです」

 彼女の同意を得られた私は、二人で腐れ縁のいる輪に合流した。

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