cent quatre-vingt-treize 亘理
佐伯家は実家にとって主君筋にあたり(言ってもお城があった時代の話だけど)、今でも長男家系は政治家秘書として佐伯家のサポートをしている状態だ。幸い俺は父が次男なのでそっちに関わらなくていいんだけど、佐伯からしたら家系上格下だから変な話パシリ的な扱いされてたな今思えば。
『佐伯家には失礼の無いように』
親にもそう躾けられていたからなるべくイエスマンに徹し、真逆の性格してる尚之との仲介役をやってきた。
『何でもかんでも受け入れてたら碌でもない大人になるぞアイツ』
尚之はそう言ってたけど佐伯がどうなろうと知ったこっちゃないんだよね。尚之は口こそアレだけど友達思いで情に厚い奴だ、自分が矯正してやるって大仰なことは考えてないだろうけど、小さな嘘を吐いたり小狡く相手を騙すような行動を見過ごせなかったんだと思う。ちょっと損な態度を見せたりもするけど、古くから知ってる人間の間では尚之の人気はかなり高い。
公立大学に進学し、昇と選択授業が多いって理由で行動を共にしていた五条と知り合った。俺と尚之も学部が同じだったから顔を合わせる機会も増え、サバサバして取っつきやすい彼女とは同性の友人感覚で付き合っていた。モテ男尚之と五条が一緒にいるのを嫉妬してたのもいたらしいけど、四人で行動してた時はまだ平穏だったんだよね。
ところがその時期から佐伯がするっと輪の中に入ってきて、事あるごとに五条に構うことで彼女が要らぬ反感を買うようになった。周囲から見たら県知事の息子に媚売るメス豚に見えてたみたいで、中途半端なハイスペック女子がよく五条に噛み付いてた。尚之狙いの子らも便乗して彼女の敵は無駄に増え、その現場に立ち会ったのをいいことに彼氏宣言をしたって聞いてる。
佐伯が五条を狙ってたのは何となく分かってた、初恋相手の一条千夏を彷彿とさせる見た目に惚れたんだろうなと思う。そのせいで同級生の成瀬譲はイジメの主犯に仕立て上げられ、母親が騒ぎ立てたことで教育委員会を巻き込むほどの大問題に発展したことがあった。いつまでも一条に執着してるよりいいんじゃないか、佐伯の性格には問題があるが五条への付き合い方は他の奴らに対してとは明らかに違っていたので、今思えば安直な気もするけど当時の俺らは五条の素直さに期待していたところはあった。
ところが俺らの考えは甘かったと言わざるを得ない五条の変貌振りを見て、力ずくでも引き留めなかったことを本気で後悔した。日に日に黄色くなって一条に似せられていき、そこに自分の好みを押し付けて粗悪なブルジョワ女へと落ちぶれていく五条の姿は正直見苦しかった。美人じゃないけど快活で真っ直ぐな彼女にはそれなりの魅力を感じていたので、恋心は無かったけどそれが消えていくのは悲しかった。
結局五条の良さが歪められた形で二人の交際は四年ほど続き、社会人になって半年ほどで五条が佐伯に一方的に振られる形で終止符を打った。多分だけど自分と離れてる方が活き活きとしている彼女を見てるのが嫌だったんだと思う。そのうち自分から離れるんじゃないか……佐伯の性格を考えれば振られるなんて有り得ないと考えてそうなる前に振った形を取ったんじゃないかと思う。そして五条が自分をどれだけ思っているのかを試してたのかもしれない。
その直後たまたま用事があって五条の地元である島エリアへ寄った時、彼女の自宅近所で封書を持ってる佐伯を見掛けてるんだよね。何の用事であそこにいたのかは知らないけど、佐伯に振られた直後五条はショックで何日か寝込んでたって聞いてるからもしかしたら彼女の心を試すような何かをしたんだと思う。
五条はそれを受け取らないまま六年が経った。三十歳を目前に婚活を始めてたらしいからてっきり吹っ切れてるのかと思ってたけど、今年になって佐伯がひょっこりと現れてまたしても付き合いだしたとかでぶっちゃけ何だかなぁと思う。俺自身結婚してるしもうじき子供が生まれるからいちいち構ってられないけど、あの家庭きょうだい仲も悪いし変なしきたりも多いから耐えられるかな?と余計な心配をしてしまう。
もうじき後藤と武智の結婚式があるけど五条は参加するのか? 例のブツは配ってあるはずだし本来この手のことはきちんと顔を出すタイプだ。ただ今の五条の行動は佐伯の手の中にある、元々束縛の凄い奴のことだから彼女の行動にあれこれ口を出して言いなりにさせてることも十分考えられる。ひょっとしたらドタキャンの可能性も出てくるかも、佐伯にも招待状は送ってるけど音信不通(無視)状態の不参加だからそれに合わせさせることも……?