cent quatre-vingt-huit 杏璃
『実は最近結婚を決めたそうなのよ、直接聞いた訳じゃないけど、五条と同期入社の子がそう仰っていたわ』
カンナさんの言葉に私はショックを受けました。でも彼女はひたかくしにする方が良くないと考え、あえて話してくれたんだと思います。内容はともかくわたしはカンナさんの心づかいにカンシャしています。
カンナさんはわたしたちの動きをコンヤクシャの知り合いケイユでなつの耳に入るようカクサクしてくれると言っていました。くわしくは聞きませんでしたが、彼女のご実家はお金持ちなのでザイカイジンってやつとは顔見知りみたいなんです。
『五条の婚約者は地位ある方のご子息だから、ヘタに刺激するとこっちが痛い目を見る危険性があるの』
わたしはカンナさんのカクサクにカけてみたいんです。彼女はパパのシンライも勝ちえているし、変なウソをつくような人じゃないんです。なつがダメならカンナさんというのもちょっと考えましたが、二人ともビジネスパートナーと割り切っているのでフウフ関係という感じじゃないんですよね。
パパは絶対になつが好きなんだと思います、口には出しませんが。でも態度の端々で出てるんです、何だかんだでなつの話をする時は嬉しそうにしているし家族にすら見せない弱みも見せていると思うんです。パパにはこういう人が必要なんです、だからコンカツを難しくしてるんですけど……。
卒業式を明日に控え、パパとわたしはその準備で二階にこもっていました。そこに招いた覚えの無いキャクジンという人が二名、我が家を訪ねてきました。
『ごめんください、杏璃は?』
とおばさんの声、多分クソババァだと思うのですがこんな声だったっけ?
『何だあんたかい? せめて事前に連絡がほしいもんだねぇ、自営だからっていつでもそっちに合わせられる訳じゃないんだよ』
『お客様に対する口に聞き方とは思えません、それでよく接客業が成立していますね』
なんて言ってる男の声が聞こえてきます。自分に『様』とか付けてバカ丸出しじゃん、ケンジョウゴって知らないの?
『ならここの商品買い占めでもしてくれんのかい?』
『いえ買い物に来た訳では』
『ならあんたらはお客様じゃないよ、訪問販売員の方がいくらかマシってもんだね』
ばあばは多分バカ二人を追い出す気でいるみたいですが、隣の部屋で明日の支度をしていたパパが下に降りていきました。
『手短にお願いします』
『杏璃の卒業式に参列させて頂きたいの』
『学校の方針上無理ですね、事前に参列者を申請するシステムですので』
このところのフシンシャのせいで、卒業式でもボウハンタイサクとして先月のうちに親族(原則は入学式に参列した)の大人一人の名前を学校にシンセイしてあるんですよね。んで、参列する父兄さんは学校に入る時に身分証明書を提示して、シンセイとガッチさせてから体育館に入るってシステムにしてあるんです。
『私は実母よ』
『入学式に参列なさってませんよね? 余程の事情が無い限り覆りませんよ』
『あなたはあくまでも叔父です、そこはお譲りするのがスジではないでしょうか?』
『養子縁組で今は親子です、正規の手続きを踏んでますので法律上問題はありません。それに学校側だって防犯対策として事前に参列者を把握した上でそうなさっているんです、そこは無視ですか?』
『しかし……』
と言葉を続けるオッサンをパパが遮ります。
『いくら実母と主張なさっても学校側にとっては見ず知らずの小母さんに過ぎません、これまでただの一度でも杏璃の成長に関わったことあるんですか?』
『あの子を産んだのは私よっ!』
『だから何だと仰るんです? マトモな育児もせず遊び呆け、男を優先して杏璃を隠蔽するかの如く施設に押し込むのが実母の努めですか?』
そう、これはジドウソウダンショにもキロクが残っているはずです。
『あの時はそうするしか……!』
『“やむを得ず”で何でもかんでもまかり通されるのは迷惑なんですよ、せめて日頃からの態度で見せて頂きたいですね』
こういう時のパパは頼りになるんです。ここは追い打ちをかけてやるとショウコヒンのプリントを持って下に降りました。もちろん先にコピーも忘れずに。
『先程卒業式の参列に事前申請が必要と仰っていましたが、それは事実ですか?』
やっぱりそこで崩せると踏んだんですね、そこまでする学校なんか無いって思ってるんでしょ? わたしはコピーを済ませたプリントを持ってバカ二人の前に乗り込んでやりました。
「杏璃っ! 会いたか……!」
「コレ証拠になりますよね? 学校のプリントです」
クソババァを無視してオッサンにプリントを突き付けてやります。オッサンはそれ受け取って端から端まで読んでいます、アラ探しに必死みたいですけど。
「ウソだと思うんなら右上の電話番号に問い合わせたら? 学校につながるから」
わたしはまだ追い回してくるクソババァをかわしてパパの後ろにかくれます。わたしはチョウチョじゃありません。オッサンはひと通り読んでからケータイで学校に問い合わせていましたが、事実と分かるとそそくさと帰っていきました。
「また来るわね杏璃」
もう来なくていいです。わたしはパパの後ろでバカ二人の背中にあっかんべーをしてやります。ばあばは一旦奥に引っ込んでから人がいないのを確認して塩を撒いていました。
翌日、中学校で着る真新しい制服を着ての卒業式。練習の時は時折ふざけたりしていましたが、本番では全員がシンケンでした。あくまで先生が考えたセリフでも、これまでの六年間を思い出されて何だかおセンチになります。歌だってそれ用のものに過ぎないのに、今日でここに通うのが最後になるのかと思うとさびしさもこみ上げてきます。街エリアの子たちとはここでお別れになります、今はムカシとちがってカクサなんてありませんのでみんなで別れをおしみました。
式の後教室で最後のホームルームを終えてパパと一緒に家に帰ると、瀬田さんが有砂ちゃんが来たよってフウショを手渡してくれました。パパと一緒に読んでみると、夜から達吉さんで卒業パーティーを開いてくれるって書いてありました。
その時間に合わせてわたしはできるかぎりのおしゃれをしました。パパはふだん通りTシャツとデニムパンツでしたが、それでもうれしそうにして親子二人歩いて達吉さんに向かいました。お店に入ると近所で仲良くしてくれている人たちがお店を埋め尽くすほどたくさん来ていました。中もおいわい風にかざられていて、【卒業おめでとう】と書いてある看板もありました。
「「「「「杏璃ーっ、卒業おめでとーっ!」」」」」
みんながわたしの卒業をいわってくれて想い出に残る一日になりました。ショウタイしてくれた有砂ちゃんを始めとしたパパの幼なじみ、カンナさん、つかさちゃん、降谷君、小笹姉弟、葉山家、武内家、岩井家、石渡家、五条家のみんなも来てくれましたが、その中になつの姿はありませんでした。