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平凡な女には数奇とか無縁なんです。  作者: 谷内 朋
花嫁修業三十路前 〜外野席のホンネ編〜
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cent quatre-vingt-six まこっちゃん

 最後になつに会ったのは正月だった。今年に入ってから婚約中の武智つかさが家に入り、結婚生活に向けて徐々にシフトチェンジをしている状態だ。

 月末で妻に迎えるつかさとは二十歳の時に知り合った。当時彼女は県東部のA大学、僕は首都圏にある服飾専門学校に通っていた。確か佐伯明生の呼び掛けでキャンプをしたんだけど、当時なつと付き合っていて二人はずっと一緒にいた。それだけであれば良いんだけど、佐伯は初日のテントから盛りが治まらなかったみたいで、ほぼ貫徹でなつとセックスをしていた。さすがにテントじゃ防音効果は期待できないからね、なつの鳴き声が丸聞こえでこっちが寝れないねってペアだった小久保とウンザリしてたのを覚えてる。

 一番離れてた僕たちでそれだったんだから、隣だったてつこと降谷は地獄だっただろうな。降谷は当時つかさと別れたばかりだったし、てつこは何だかんだでなつを特別視してるから聞くに耐えなかったというか辛さもあったんじゃないかと思う。当時から思ってたんだけど、佐伯は初対面からてつこを敵視してたんじゃないかな。二人が一緒にならないよう目を光らせていたし、連絡先を交換した時もてつこにだけは教えてなかったからね。

 それからも何回かはそういった集まりはあった。そういった時の主導権は佐伯がいつも握ってて、常になつを隣にいさせててつこだけは絶対に誘わなかった。本人は誘っても反応が無かった的なことを言ってしれっとしてたけど、なつ以外全員それが嘘ってことくらい知ってるよ。

 大学を卒業して大体半年後に佐伯がはるさんに一目惚れしたからっていきなり破局させたんだ。それからほどなく韓国へ行き、空白期間に何があったか知らないけど当時のケータイも解約して連絡が取れなくなった。韓国の住所に送っても返送されたから、小久保にご実家の住所を聞いて再送したけど音沙汰無し。小久保と亘理もご両親に掛け合ってくれたんだけど、軽くあしらわれたとかでそれっきりになってる。

 そんな状況だとこっちも諦めるしかなくて佐伯の席は準備してないんだけど、一月頃に高校の同窓会に顔を出したりテレビに出たりして急激に露出を増やしてきてる。リニューアルオープンしてる平賀時計資料館で技術職員として創作工程を見せてるとかで、あの企画自体の反応は上々らしい。

 それにしても何で今更なつとコンタクトを取ったのかな? 一度は振ってるんだからちょっと勝手過ぎる気もする、理由も理由だから余計に分からない。それに絆されるなつもなつだよね、こういう嘘吐き男は死んでも治らない。これまでもすんでのところで踏み留まってるけど今回こそ分からないよ、何せ相手はなつを落とした実績がある佐伯、その術自体は持ってるんだから本人が精神的に成長していなければ有効だもんね。


「ところで弥生ちゃん、五条と何の話したの?」

 チラシクーポンの居酒屋に移動し、早速お酒を注文して乾杯した途端降谷が三井さん……じゃややこしいから弥生さんにコーヒーショップであった出来事を聞き出してる。

「結婚するそうです。それで来月末に退職ですって」

「「「「けっこんっ?」」」」

 マジ? 随分と急展開だね。

「まさかとは思うけど佐伯と?」

「お名前は存じませんが、ちょっと肌を焼いてやたらと歯の白い方でした。この辺に詳しい同僚によると県知事の甥っ子さんだと聞いてます」

 うん、それ佐伯で間違いない。

「嘘でしょ? 何の冗談よ」

 つかさは大学時代から『あの二人は合ってない』ってずっと言ってたからね。

「でも佐伯家であればK市でしょ? 通えなくはないと思うけど」

 K市って南部だよね? 確か工業地帯の夜景クルージングが有名な場所だったっけ? 僕地理駄目なんだよ。

「だと思うんですけど、ご実家を基準に考えてるみたいで『遠過ぎる』って。お隣のS市って言ってましたけど、それでも一時間ちょっとあれば通えるんです。南部の私鉄はアクセスが良いですから」

「いずれにせよマズイことになるかもな。最悪二度と会えなくなるぞ」

 う〜ん、そこまでにはならないと思うけどあの囲いようを考えたら可能性はゼロじゃない。

「私も危ない気がするんです。今月末でS市にお引越しするって言ってたし、最近あまり眠れてないみたいなんです」

「今月末? 最終週の土曜日私たち挙式なんだけど」

 これドタキャンの可能性も出てきた? 結婚式の空席は縁起が悪いって聞くから予め招待状を出して出欠確認してるんだよ、体調不良とか葬式であればしょうがないけどもしかして。

「佐伯のことだ、多分わざとその時期にぶつけてる」

「ってことは招待状自体は……」

 本人に渡ってる、その上で敢えて反応せず握り潰したんだ。こんなこと考えたくないけど、佐伯はこの時期を見越して浮上し、なつに近付いて寄りを戻すって計画があったんだろうね。この前の降谷の話とも繋げられなくはないと思う、けど何で? それをする必要性が分からない。

「ひょっとして佐伯って男は嫉妬深いのかも知れないね、多分彼とよりも皆といる方がらしさを出せてるんだと思う。きっとそれが気に入らなくて五条さんを囲ったり周囲を引っ掻き回してるんじゃないかな?」

 このままいったらもっと酷くなるよ。健吾さんも渋い表情を見せている。

「でも私たちにできることって……」

「残念ながらね。幸せの基準って人それぞれだから外野がどうこう言っても意味は無いんだよ」

「だからってこんなの黙って見てらんない」

 つかさ、今動くのは逆効果だよ。逆境によって盛り上がるとますます手が付けられなくなるからね。僕は彼女の背中に手を当てて窘めると表面上は落ち着いてくれた。

「今は敢えて普通になさっていた方がいいと思うよ」

「何かするにしても今動くんは逆効果だな、盛り上がられたらどうにもなんなくなる」

「でも外堀を埋めることはできるんじゃないかしら? 要はあの二人を刺激しなきゃ良いのよね?」

 でもさ安藤、外堀埋めるったってどうすんのさ? 

「こっちを大きく変える何か……例えば中西君の結婚とか」

 てつこが結婚? でもここんとこ見合いとかしてるよね? ただ杏璃のことがあるから一向に進展してないっぽいんだよ。

「俺中西に『佐伯と繋がらないうちに五条抱け』っつったんだけどなぁ」

 そんなの機能する訳無いじゃん、てつこ無自覚なんだもん。

「繋がった以上それは却下、佐伯を刺激するだけよ」

「けど何で中西の結婚なんだぁ?」

「娘さんのため、捨てたり拾ったりする実母の身勝手から逃れるには今のところそれが一番有効な状況なのよ」

 安藤は中西家の内部事情を話し出した。何でもまた別の男との再婚を決め、今になって杏璃を引き取りたいと言い出してるらしい。んでその男ってのが最近テレビにも出てる柳川って弁護士なんだけど、この男報酬次第で冤罪を無罪にするあくどいやり方で評判は芳しくないって聞いたことがある。

 多分柳川の入れ知恵で親権の奪還を謀りだしたってことか、てつこはそれで杏璃を手元に置けるのならってしたくもない結婚に踏み切ったんだね。それにしても秋までに決めなきゃいけないってのはハードルが高い、何せ本人が女嫌いなせいかヤル気はあっても能動的な態度で臨んでない……そこを見越しての条件だと思うけど。

「それなら私も独身の子に声掛けてみる。ただ子持ち、自営、親同居で食い付く子がいるかどうか分かんないけど」

 やっぱりそこを懸念する子は多いだろうね、お家事情とか嫁姑って絶対に揉めるから何だかんだで核家族を望んでるんだ。ウチ? 母は他界して父子家庭だから全然、むしろ喜んでくれてるよ。

「こっちの動きを五条の耳に敢えて入るようにする必要もあるわね、それならアテがあるわ」

 安藤はニヤッと笑って赤ワインをひと口飲んでいた。

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