cent quatre-vingt-un 秋都
二日間勤務を終えて帰宅、うっしゃ三連休! とちょっとうきうき気分で風呂で仕事の疲れを落としたところでサクからのメール。
【ミトの陣痛が始まった、ちょい早いけど未熟児ではなさそうだって】
もうそんな時期か、サクは出産に立ち会うって今週丸々仕事を休んでる。ここは俺も参戦しようかな? さすがに分娩室にまでは入んねぇけど。取り敢えず腹ごなしとはる姉が作ってくれてるおかずを温め直し、タイマーで炊けてるご飯を混ぜる。
んでちょっと気になって食器ラックを見るとはる姉の食器しか置いてない。何だなつ姉また帰ってこなかったのか? と思って庭を見ると洗濯物になつ姉の服は混じってる。一応帰ってきてたのか、なのに飯は食わなかった……そんなにはる姉の飯が嫌なのか?
オトコができた途端傲慢さを端々に見せるなつ姉に辟易としながらも、ここはサク夫妻への祝福に時間を使った方が良いと脳内思考を切り替える。俺ははる姉が作ってくれた味噌汁と煮浸しとご飯を美味しく頂いてから露木さんとこの産科へ向かった。
「おーっ! 来てくれたのか!」
産科に到着するとサクがハイテンションで出迎えてくれた。この感じだと無事出産したみたいだな。
「産まれたか?」
「おぅ、二時間前にポコッと超安産。二千五百二グラムの女の子」
凄ぇ! お前も遂に親父か!
「ミトに激似で超可愛いんだよ!」
なら良かったじゃん、まぁ元カレに似てても今更だろ。
「ミトちゃんは?」
「さすがに疲れたみたいで今休んでる。代わってやれねぇのがもどかしかったけどすげー頑張ってくれたんだ!」
テンション冷めやまぬサクの元にミッツとゲンも駆け付けた。病院内ではしゃいじまったから看護師さんに叱られたけど、このめでたい日を祝わずして何とする? と小笹さんとこの店で祝杯を上げていた。さすがにサクはミトちゃんといるってことで三人でだけどな。
「ホントあっという間だったよな」
「陣痛始まって二〜三時間で出産したんだと」
へぇ。ゴローちゃんも嬉しそうに酒を飲んでる、仕事中なのに。楓さんも他のお客さん(皆ご近所さんなんだけどな)も巻き込んでお酒を振る舞っている。
「あの浮気男もついに親父か」
「いや、ここんとこ噂話も聞かなくなったぞ」
「そう言やそうだな、良い嫁さん捕まえたってこった」
「舞子さんあの子のことは気に入ってたからな」
なんてことを言いながらも、この辺の人たちは誰かの吉報で酒を飲むのが好きな連中ばっかだ。
「次は秋都か? ゲンか? それとも若か?」
『若』ってのはミッツのことで、現ご当主ノゾムさん夫妻はまだ子供がいねぇからな。
「若なんじゃないか? 何だかんだで許嫁いるんだからさ」
そのくせ未だになつ姉に未練タラタラなんだけどな。もうそろそろケリ付けた方がいいと思うけど。
「そこ抜きにすると……秋都の方が早そうだな」
そうか? ハマったらゲンの方が早そうだけどな。
「出産の方だと茉莉ちゃんがそろそろか」
そうだ、予定日だと彼女の方が早かったけど、今は出産に備えて入院中で陣痛待ちってところか?
「その後桃ちゃんが続くんだよな、いずれにせよ子供が増えるって吉報だな」
「祝杯が続いて肝臓持つかな?」
「それ以外でも後藤の慎が来月結婚じゃねぇか」
なんて話をしてるとゲンがケータイをいじってる。どうした?
「茉莉ちゃんが……」
何だ? 茉莉ちゃんがどうした?
「女の子を無事出産しましたぁ!」
「「「「「うおぉーーーーーーっ!」」」」」
吉報がダブルで届き、小笹の店内は異常なほどの盛り上がりを見せる。楓さんが気を利かせて貸し切り状態にしてくれ、常連さんたち全員オールナイトで勝手に出産祝いに興じていた。
午前様で帰宅したらはる姉がきらびやかな服のままリビングの窓を開けている。
「お帰りあき、盛り上がったみたいね」
「おぅ、小笹さんとこにミッツとゲンと一緒だったんだ」
「たまには良いじゃない、おめでたいことなんだし」
だな。俺は冷蔵庫から水を出してグラスに注ぐ。
「今日から三連休だったわね」
「おぅ」
「私も今日はお休みなのよ、飲んだ後で悪いんだけど今話できる?」
オールナイトで眠気なんてすっ飛んじまってるから全然問題無い。大丈夫だと頷いたらはる姉もダイニングに入ってきた。
「今日なつ帰ってきてないの、昨日も朝帰りで」
「へぇ、そんなんで体持つのかよ?」
なつ姉は怪力だけど体力はさほど無い。付き合い始めだから夜な夜なセックス三昧でほとんど寝れてねぇと思う。
「どうかしらね? 昨日は目の下にクマ作ってメイクも浮いてたけど。で朝帰りの後『結婚する』って言ってたわ」
マジ? その前があるっつってもあれから何日も経ってねぇじゃん、そんなんで一大事なこと簡単に決めちまって大丈夫かよ?
「何てぇか吉報感が無ぇな」
「本人はキラキラモードだったわよ、『彼とは一緒になる宿命だった』んですって」
これまでであれば『どうすれば良いのかしら?』って悩んじまってたけど、今となってはもう呆れちまってるな。
「何か危なっかしいな」
「命さえ落とさなきゃもういいわ」
命落とされたら笑い話にもなんねぇ。
「来月にはここを出て仕事も辞めるそうよ」
「へぇ、仕事まで辞めなくて良いんじゃねぇの?」
「佐伯の出身だとK市だろうから、通えなくはないけどここよりは確実に遠くなるわ」
「それってなつ姉自身の意思で決めてんのか?」
コレなんだよ、俺が危惧してんのは。
「多分佐伯の入れ知恵だと思う」
「何か良い予感がしねぇわ」
「もう未成年じゃないし何かあっても自分で何とかさせるわ」
もうそれしか無ぇだろうな。
「ふゆには?」
「まだ何も、仮眠取ってから電話しておくわ。お風呂どうする?」
「もうちょい酔い冷ますわ、はる姉先に使いなよ」
「そうさせてもらうわね」
はる姉は席を立って二階に上がり、一時間ほど風呂にこもっていた。