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平凡な女には数奇とか無縁なんです。  作者: 谷内 朋
ガチで婚活三十路前 〜三十路前に春が来る? 編〜
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cent soixante-dix-neuf

 翌日から身の回りのことが忙しくなってきた。先ずは一旦帰宅して姉にこのことを報告する。

「随分と忙しなくするのね」

「なるべく早く一緒に暮らしたいって」

「そう」

 姉はここ最近の小煩さは鳴りを潜め、案外あっさりと結婚を認めてくれた。

「なつが真剣に考えた上で決めたことであれば私から言うことは何も無いわ」

 おめでとう。姉はきれいな笑顔を見せてそう言ってくれた。


 それから数日後、休日を利用して彼のご実家へご挨拶に向かう。さすがお殿様家系なだけあって、二流の私が敷居をまたぐだけでも何だか申し訳なくなってくる。

「私なんかが入って大丈夫なのかしら?」

「当たり前じゃないか、君は僕が選んだプリマドンナなんだよ」

 彼に肩を抱かれて門をくぐると、数名のお手伝いさんだか執事さんだかが恭しく出迎えてくださった。私が恐縮して会釈を返すと、そんなことしなくていいよと笑われてしまった。

「ようこそいらっしゃいまし、あなたが夏絵さんね」

 ご自宅に入って真っ先に出迎えてくださったアラフィフくらいのお上品な奥様、きっとお母様だろうな。

「お初にお目にかかります、五条夏絵と申します」

「母の杏子(きょうこ)です、お上がりになって」

 お母様の案内で奥の座敷に通されると、県会議員の晃生(てるお)氏が上座中央に鎮座なさっていた。こうして間近に見ると凄く威厳のあるお方だ。

「あら何緊張してるんです? そんな顔なさってたら怖がらせてしまうじゃないですか」

 杏子さんは場の雰囲気を和ませようとなさっているみたいで、ホホホとお上品に笑っていらっしゃる。晃生氏もそれにつられて表情を緩めてくださり、少しだけだがほっとした。

「お初にお目にかかります、五条夏絵と申します」

「父の晃生です、そんなに固くなさらず楽にしてください」

 はいと返事はさせて頂いたがそうはいかない。彼はさっさと座布団の上に座っていたが、勧められてもいないのに彼と同じようにするなんてできなかった。

「夏絵さん、どうぞこちらへ」

 お母様に勧めて頂いたので座布団の上で正座をする。

「夏絵さん、コーヒーはお好き?」

「はい、朝昼夜と頂きます」

「あら奇遇ね。ところで江戸食品の“浪漫カフェ”ってご存知?」

 へぇ、佐伯家も“浪漫カフェ”召し上がるんだ。くだらないことだけど、こんな名家とウチとの共通項が見つかったのが嬉しかった。

「はい、朝は必ず」

「じゃあそれにしましょ、お二人もそれで宜しいかしら?」

「あぁ、頂くよ」

「僕は遠慮しておく、ハーブティーは無いの?」

 あれ? そこは全員揃えないの?

「“くるみ”が残してるハスカップならあったと思うけど」

「じゃあそれで。カフェインまみれのモノよりよっぽど良いよ」

 えっ? この前コーヒー飲んでたじゃない。私は隣にいる彼をチラッと見たが、平然となさっているのでここでの発言は控えておく。

「ごめんね、忙しなくして。あんなのお手伝いにやらせればいいのに」

 いえ一般家庭はほぼこんな感じだと思う。

「杏子さんは台所に立つのが好きでね、今日は随分と張り切ってるよ。宜しければ彼女の手料理を召し上がってください」

 えっ? 私ごときがお食事に同席しても宜しいんですか?

「初めて訪ねる家でいきなり食事というのは多少気が引けるかもしれませんが、妻の料理は絶品ですので遠慮なさらないでください」

 それなら断る方が失礼に当たるわよね?

「では遠慮無く頂きます」

「そう仰って頂けると私も嬉しいです」

 晃生氏は目を細めて嬉しそうになさっている。最初は物凄く緊張したけど、気さくに接してくださるご両親のお陰で大分固さが取れてきた。

 杏子さんがお料理を作っている間に晃生氏とお話をさせて頂いたのだが、K市の工業地帯の夜景が大好きとのことでまたしても共通項を見付けられて嬉しくなった。きっと彼との結婚は宿命なんだ、そう思えるくらいにご両親と打ち解けることができてこれまであった不安は一気に消し去られた。


 彼とは六年前に一度破局している。それまでのご縁であれば二人とも今頃新しい恋人なり伴侶なりがとおにいるはずだ。しかし時間は空いたけど私たちは再会した今も愛し合っている。私は何だかんだで彼を忘れることができなかったし、彼もあの時の決断を後悔してると言っていた。

 むしろ無理矢理忘れようとしていた方が異常だったんだ、だから何があっても彼の手を取ったことを後悔しない。今度こそ素直になると決めたから、私は愛する彼と生涯を共にする。

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