cent soixante-dix-huit
「さすがにお腹空かない?」
K市は横幅に広い街なので横断だけでも三十分以上かかる。海東文具からずっと助手席に座っているので空腹というよりも普通に疲れてきた。
「そこのマ○○○○ドで」
私はさっさと車を降りて外の空気に触れたかった。食事なんて毒が無くてそれなりに美味しければ何だっていい、その点で言えば多少ジャンキーではあるけどマ○○○○ドはうってつけだと思う。
「何言ってるの? あんな何が入ってるか分からないモノ口に入れるべきじゃないよ」
それはいくら何でもマ○○○○ドに失礼だと思う、そりゃたま〜に異物混入的なことはあってもそれはどこも同じなんじゃないの?
「人が食べて何ともない食材しか入ってないわよ」
「ダメだよ、人の手で丁寧に作られた料理を摂らないと。食べ物こそが人を造るんだよ」
マ○○○○ドだって全ての工程がオートメーションという訳ではない。
「別にたまの一食くらい良くない?」
一定間隔で『お腹空かない?』って言うくらいなら取り敢えず何か食べなさいよ。
「良くないね、そういった毒は体に入れちゃだめだ」
「でも一度降りたいわ」
「もうじき着くから」
えっ? どこに?
「オーガニックフードを扱ったのレストランがあるんだ、そこにしよう」
結局はそうなるのね……ちょっとばかり面倒臭い男だなと思いながらも運転しているのは彼なので、S市に入ってすぐにあるオーガニックレストランに入ることになった。
「いらっしゃいませ」
と出迎えてくれた店員さんは天然素材な服を召していらっしゃる。若い女の子で少し前に流行った“森ガール”ちっくないでたちをなさってる。
「二名様ですね、当店は全席禁煙となっておりますが」
「問題無いよ」
「ではお席へご案内致します」
彼女の案内で奥の角の席に腰を落ち着ける。内装も木製で雑貨とか食器とかも天然素材なのだろう。
「女の子ってこういうの好きってよく聞くんだけど」
別に嫌いではないが、『カワイ〜♡』と騒ぎ立てるほど好きでもない。
「人によると思う」
「そうなの?」
男の子だからプラモデルが好きとも限らないってのと一緒なんじゃないの? と思うけど。決して雰囲気の良い感じではない私たちの席にお冷を持った別の店員さんがやってきた。この子も“森ガール”だ、色は違うけどよく似たデザインなので多分制服なんだろうな。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「ナチュラルプレート二つ」
えっ! ちょっと待って! 何それ? と思ってメニューに載ってる写真を見ると、タコライスちっくなメインにサラダとか野菜スムージーとか所謂“ローフード”なプレートだった。
「すみません、替えてもいいですか?」
「えぇ、問題ございませんよ」
私はあまりお待たせしないよう、取り敢えず肉! とだけ決めてメニューを物色するとちょうど良いのがありましたわ。
「ハーブプレートに替えます」
これが唯一鶏肉メインのプレートメニューのようなので変更させて頂く。見た感じ鶏肉(多分ムネ肉だろうな)のハーブソテーにご飯、スープ、ポテトサラダ……うん、こっちにする。
「えっ? こっちの方が美味しいよ?」
「私ローフード得意じゃないの」
「食わず嫌いは良くないよ」
「時々痒みが出るから基本外食で生モノは頂かないの」
そういった意味で言えばマ○○○○ドの方が安全なのよ。
「口腔アレルギーがおありなのかも知れませんね」
店員さんのフォローのお陰でハーブプレートにチェンジはして頂けたが……。
「次はナチュラルプレートにするんだよ」
「病院送りになっても良ければね、かえってお店にご迷惑がかかるんじゃないかしら?」
「……」
体裁を気にする彼には割と効果があったと見えてそれ以上のことは言ってこなかった。スローライフフードを謳っているだけあって、それなりの時間を要してからプレートが運ばれてきた。しかしお料理は加熱こそしてあっても全体的に何故か微妙に冷めていて、個人的に美味しいとは思えなかった。
取り敢えず腹ごなしはできたのでまぁ良いとして、更に東へ進んで彼の自宅マンションに到着する。相変わらず豪勢な……またあのシャンデリアかと思いながらエレベーター二段活用で彼の部屋に入るといきなりお姫様抱っこというやつをされてしまった。
「一人で歩けるから降ろして」
「誰も見てないから照れなくていいんだよ」
いえそういうことじゃない、こういうの好きじゃないの。私は抵抗したけどガッチリと抱えられて体の自由を奪われる。
「怪我しちゃいけないからじっとしてて」
彼は軽々と私を抱え寝室に入ってベッドの上に乗る。そのまま私を寝かせた上に覆い被さり、思考が追い付かないうちに体を繋いできた。
結局なだれ込むようにセックスをした私たちは裸で体を寄せ合っている。さっきから何かと噛み合わなくてイライラを募らせていたのに、何度か体で愛情表現をされただけで何もかも許してしまう自分自身にちょっと呆れていた。きっと欠点も含めて彼を愛しているんだと思う、何だかんだで六年間たった一人の恋人も作らなかったんだから。
「夏絵、『話さなきゃいけないこと』なんだけど」
彼は私の髪を触りながらようやっと本題を切り出してきた。
「君にずっと嘘を吐いてたんだ、家のこと」
ということはやっぱり。
「本当は知事の甥なんだ、君には素の僕を見てほしくてずっと言えなかった」
ごめんね。彼はそう言ってから唇を重ねてきた。私は瞳を閉じてそれを受け入れる。きっと彼にとってはその肩書がずっと重荷だったのかも知れない、それに付け込まれて嫌な思いもたくさんしてきたのかも知れない。十年も嘘を吐かれていたのは悲しいけど、仕方がない一面もあると思う。
「最初のうちは肩書が煩わしかったから、損得抜きで付き合ってくれる君の存在が嬉しかった。けどこうして君との交際を決めるとその嘘が辛くなって、いつきちんと話そうかって悩みも出てきたんだ」
今度は首筋にチクッとしたキスを落とされる。
「いくら僕たちが愛し合っていても、嘘があったらどうしても後ろめたい気持ちが燻ってしまう。君との将来を考えたら正直に話すべきなのかも知れないって」
彼はきれいな瞳で私をまっすぐに見つめてくる。こんなに平凡で何もかもが二流の私なんかと将来を考えてくれているのが嬉しかった。これってもしかして? と変な期待を……。
「結婚しよう夏絵、来年の君の誕生日に入籍したい」
彼は私の左手薬指にキスをしてから、新たにダイヤモンドの乗ったプラチナリングをはめてくれた。キラキラと輝くそれを見ているだけで心は幸福に満たされ、私は彼の心のこもったプロポーズを受け入れた。