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平凡な女には数奇とか無縁なんです。  作者: 谷内 朋
ガチで婚活三十路前 〜三十路前に春が来る? 編〜
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cent soixante‐quatrze

 あれから結局夜まで眠っていた私を姉が起こしにきた。

『なつ、夕飯食べる?』

 夕飯? そう言われて時計を見ると夜六時を過ぎていた。そう言えば今日何にも食べてないなぁ、と思って一応今朝着ていたワンピースに着替えてから下に降りる。よく考えたらメイク落としてなかったけどまぁ良いか。

 テーブルを見ると誕生日祝仕様と分かる我が家では豪華と言える料理が並べられている。けど今朝まで明生君から上等過ぎるもてなしをして頂いたせいか何だかチープに見えてしまった。

 これが一流の高みというやつなのかしら? そう思いながらも私のためにしてくれてることだから食べないと悪いわよね? 私は指定席に着いて食事は頂いたけど、舌も一流になったのか平凡な味に感じられた。こうたんとこのケーキもあるって聞いてたけど、砂糖をかじってるような感覚に陥るのが恐くて結局食べなかった。

 場の空気も何だか変だった。姉は不自然なくらいの平常運転だし秋都も普段以上に忙しなく手伝いなんかしてる。冬樹に至っては家にすらおらず、姉曰く兄の自宅マンションにいるとのこと。ゼミの先輩が同じマンションに住んでるらしいけど、基本学校関係の人とは深く付き合わない冬樹の言い訳にしては不自然に感じる。

 もしかしたらまた反抗期なのかも知れない、私に恋人ができるたびにそうしてるつもりなのかしら? けどお互いもう子供じゃない、彼となら先のことを見据えたお付き合いを考えているから縁が切れる可能性もある。『嫁ぐということは実家を捨てるということ』ってどこぞの誰かも言っていた、これはきっと巣立ちを意味してるんだと思う。

 私は彼にプレゼントされた指環を触る。金属製なのでヒンヤリとはしているのだが、彼の優しい心がこもっているように感じてほっこりとした温もりを感じて守られているような気持ちになった。


 代休明けの火曜日、私は普段通りに起床して支度を済ませる。秋都は既にダイニングで朝食を摂っているが姉の姿が見当たらない、この時間はほぼキッチンに立ってるんだけど。

「おはようなつ姉、はる姉なら兄貴ん家だぞ、ふゆが弁当作ってくれってねだったんだと」

 それなら冬樹が家に戻ればいいじゃない、姉だって暇じゃないんだから。けどアイツはかなりのワガママ男である、姉がいなくなったらどうするつもりなんだろうか?

「それとさなつ姉」

「何?」

 秋都は箸を置いて少しずれた位置を指差した。

「せめて部屋に持って上がらね?」

「えっ?」

「いくら何でも放置って感じ悪いわ」

「……」

 私は昨夜渡されたきょうだいたちの誕生日プレゼントを冬樹の指定席に置き忘れていたのを今になって思い出す。しまった! 脳内が彼一色に染まってて脇に置いちゃってたわ。取り敢えず忘れないうちに持って上がったんだけど、冬樹のやつがとにかく重い。仕事をする前から変な重労働をしてしまい早くも疲労困憊だ。

 部屋の入り口付近に置いてから再び下に降りると秋都は食事を済ませて自分の食器を洗っている。私の指定席にはランチョンマットこそ敷いてあるが、何も配膳もされていない。

「今日ちょっと早いんだよ、後のこと頼むわ」

 秋都は忙しなく支度を済ませて普段よりも早く出掛けていった。配膳くらいは自分でできるのでご飯とお味噌汁と卵焼きをマットの上に並べる。今日は秋都が作ったんだな、姉とは見た目の劣る卵焼きを一口かじったが、何というか味覚が全く反応せず味そのものがよく分からなかった。

 味のしない朝食を食べきって食器を洗い、支度を済ませて戸締まりをチェックする。そして定刻通りに家を出て鍵を取り出すと……アレ? 冬樹が小さい頃に作ってくれた花のプラパンキーホルダーが無くなっていた。いつぞやにタクシーで落として以来、リングを付け替えてバッグチャームからキーホルダーに機能を変えたのだが……リングが弛んでプラパンだけが落ちたのならともかく、全部がきれいに無くなっているのだ。何で?

「後で探すか」

 休日出勤に穴を空けてる以上立て続けの失態はマズい、玄関の鍵だけちゃんと施錠して仕事に向かうことにした。


「おはようございます」

 そう言えば体調不良ってことになってたな……私は張り切り過ぎぬよう若干トーンを落として挨拶をする。

「夏絵さ〜ん、もう平気なんですかぁ?」

 睦美ちゃんは悪くもない私の体を気遣ってくれる。

「えぇ、しっかり休んだからもう大丈夫よ」

「なら良かったですぅ、ケータイが繋がらなくて何かあったのかと思っちゃいましたよぉ」

「ゴメンね、充電が切れてしまってたみたいなの」

「え〜っ、ドジっ子さんじゃないですかぁ」

「おはよう夏絵、顔色は大丈夫そうね」

 直後に出勤した水無子さんも普段と何ら変わらぬ感じで声を掛けてくれる。

「お騒がせしました、もう平気です」

「なら良かった」

 始業時間が近くなったので業務の支度をするが、空席がちらほら見受けられる。普段であれば一番乗りの間中君がまだ来ていない、バスの遅延でもあったのだろうか?

「あれ? 間中君は?」

「係長と間中は代休よ、日曜日も出勤したから」

 へぇ、そうなんだなんて思っていると、JR組の弥生ちゃんと仲谷君が駆け込みで出勤してきた。

「「おはようございます!」」

「ギリセーフだね」

 二人の到着を見てから睦美ちゃんが席を立ち、しばらくするとお茶を持って戻ってきた。

「取り敢えず水分補給どうぞぉ」

「ありがとう、頂きます」

「あっ、さんきゅー」

 二人はお茶を受け取って水分補給をしている。始業のチャイムが鳴って社長の放送朝礼を挟んで午前の業務に就いた。毎日のことではあるが、ひたすら数字を入力していくオフィスワーク。普段通りに業務をこなしていくと珍しく課長からお声が掛かった。

「はい」

 私は席を立とうとしたが静止され、課長が紙の束を持ってデスクにやって来られた。

「至急修正頼む」

「はい」

 私はそれを受け取って言われた通り修正作業に勤しむ。にしても随分と多いなぁ、誰の? と思ってIDをチェックすると私自身のものだった。たまにだがこういった業務を挟むことはあってもこんなに多くない。他のメンバーのものもあるのだろうと思っていたが、照合作業でID確認をすると全て私自身のミス資料だった。

 こんなにやらかしてたの? 我ながらミスの多さに驚いていた。しかも日付を見ると全て先週分、五日分あるとは言え自分の失態に呆れるしかなかった。

 午前の業務の半分は修正作業に取られ、気を取り直して本日分の業務を再開したが、この感じだと午後にずれ込みそうだなぁ。残業を覚悟しつつもピッチを上げてパソコンと向き合い、多少残ってしまったがどうにか定時で上がれそうなところまで業務を進めることができた。

 昼休憩の時間になったので、今日はコンビニで何か買うかと思ってお財布とケータイをバッグから取り出すとメールが受信の通知が届いていた。受信すると彼からで、【近くまで来てるから一緒にお昼食べない?】というお誘いだった。

「夏絵さ〜ん、お昼一緒に行きませんかぁ?」

「今日は約束があるの」

「ならそこまでは一緒に行こう」

 はい。私は彼にOKの返信をしてから外食メンバーと一緒にオフィスを出る。弥生ちゃんはお弁当なのでここにはおらず、今日はたまたま仲谷君ら男性社員も混じってる。近くってどの辺まで来てくれてるのかな? そんなことを思いながらエレベーターで一回まで降り、ロビーを抜けて外に出ると……いた!

「じゃあ。私はこれで」

「うん、お疲れ」

 私は同僚たちの視線を背に、真っ黄色のマクラーレンに向かって走った。

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