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平凡な女には数奇とか無縁なんです。  作者: 谷内 朋
ガチで婚活三十路前 〜三十路前に春が来る? 編〜
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cent soixante‐treize 秋都

「そういうことならふゆの分も家の合鍵作るか」

 昼過ぎに用事を済ませた兄貴が家を訪ねてきてるので、俺たちは四人で昼飯を食っている。んで今ふゆの第六感の話をしたら、こっちが提案する前に兄貴から申し出てくれた。

「そうしてくれると助かるわ」

 はる姉は安堵したようにほぅと息を吐いた。一家の大黒柱だからきょうだいたちの調和を図ったりとかしちまうんだろう。そこまで気にしなくていいと思うけど、その辺はやっぱり第一子気質なのかも知んねぇな。実際はなつ姉が長女なんだけど、はる姉がしっかりしすぎてる分頼んないというか甘えてるというか……俺も人のこと言えねぇけど。

「あんま広くないけど」

「クサいより良いよ〜」

 兄貴は徒歩圏内の駅エリアにあるマンションに住んでるから何かあっても簡単に行き来できる。ふゆ自身の移動手段がほぼ原付なので、それを使えば片道十分もかからない。

「なつ姉ちゃんがいない日はご飯食べに戻る〜」

「たまにしかできないけどそっちにご飯作りに行くわ」

「あまり無理するなよ、俺だって多少は……」

「大丈夫、良くて週イチくらいだから」

 最近兄貴も料理を覚え始めてるんだよ。今は炒飯とかカレーとかだけだけど、不器用じゃないから自炊が可能なレベルにはなると思う。たださぁ……そんなに長続きしねぇと思うんだ。双方が精神的に成長してたら分かんねぇけど、ふゆの第六感が働いてるってことは未練とか思い出とかで繋がってるだけだと思う。少なくともなつ姉は成長してねぇ、過去の男に絆されてる時点で前を向いて生きてない証拠だ。

「ただこの状態は長く続いてほしくないわね」

 はる姉は節目がちで息を吐く。実際あの時なつ姉との意思疎通がマトモにできなくて何回も仏前で泣いてたもんな。俺は大して絡んでないけど、はる姉泣かせてまでその男と付き合う価値あんのか? って疑問はずっとあった。

 なつ姉がまた同じような失敗して痛い目見るのは構わねぇと思う、それを体験して糧にするのも恋愛のプロセスだからさ。ただなつ姉の場合男に丸々舵を渡しちまうから、パ○○ンのコピー人形かよレベルに男の思考を貼っつけて人間が変わったみたいになるんだよ。

「はる姉ちゃんからしたらそうだろうけど、続くようなら僕はなつ姉ちゃんと縁を切るよ〜」

「そんな簡単に言わないでよぉ」

「だってきょうだいって親以外全部違うんだよ〜。生き方なんて違って当たり前だし、気に入らなきゃ遮断していいと思うんだ〜」

 その辺ふゆは末っ子だなと思うわ、顔は似てるけど考え方はまるっきり違う。

「正直俺も考え方はふゆ寄りだな。妹だからってはるがそこまで気を揉んでやる必要あるか?」

「……」

 はる姉は顔を上げて兄貴に顔を向ける。まぁ兄貴の家庭環境を考えたら、その辺のところがドライなのはしょうがねぇかなと思う。はる姉も事情は知ってるからそう意外そうにはしてないな。

「しばらく様子見るわ、この事態も二度目だから」

 あれから十年近く経ってる、なつ姉も三十路前だから多少は……いや、はる姉の方が学んでると思う。


 その話の後ふゆは兄貴ん家に行くため支度を始め、はる姉は何もしないのも不自然だとなつ姉の誕生日祝の準備をしてる。兄貴は週末を家で過ごし、なつ姉は結局帰ってこなかった。

 そして月曜日の朝、ふゆは大荷物を持って兄貴と一緒に家を出た。はる姉は夜用の料理の下準備、俺は風呂に入ってた時にやっとこなつ姉が帰ってきた。

『お帰り、何か食べる?』

『ううん、少し休む』

『そう』

 この感じだとはる姉はちょっと引き気味に接してるな。ってことはアレだな。俺も風呂から出てなつ姉の様子を見ることにしたら案の定黄色くなってた。ちょっとだけ言葉を交わしてからなつ姉はすぐ二階に上がったんだけど、何てぇか大学時代より酷くなってねぇか?

「「……」」

 俺たちは佐伯のファッションセンスと、それを嬉しそうに身に着けてるなつ姉の馬鹿っぷりに閉口するしかなかった。


 そして夜、なつ姉の誕生日祝仕様の料理を作り上げたはる姉がなつ姉を呼びに行く。なつ姉は昼飯も食わずずっと部屋にこもっていて、トイレに行った音すらしなかったから多分寝てたんだと思う。

 なつ姉は眠そうにしてたけど一応ワンピースを着てメイクをしてた。そのワンピースが黄色一色でとにかく目がチカチカするんだわ。

「随分と豪華だね、どうしたの?」

「今日なつの誕生日でしょ?」

「うん」

「だから一応お祝い」

 はる姉は淡々と支度してる。俺別にやること無いんだけど、辛気臭そうにしてるなつ姉を見てるの腹が立つからわざとはる姉の手伝いをする。

「ちょっと飲むか? 保科さんとこのスパークリング日本酒開けね?」

 そうね。はる姉が頷いたので俺は冷蔵庫からそれを取り出してシャンパングラスを三つ用意する。ふゆは兄貴ん家に避難中、今頃一緒に飯でも食ってんじゃねぇか? アイツも何だかんだで誕生日プレゼントは準備してて、今俺が預かってる。

「ふゆは?」

 俺がテーブルに置いたグラスの数でなつ姉はようやっとふゆの不在に触れる。テーブルには料理自体三人分しか置いてないんだけどな。

「至君家よ、同じマンションにゼミの先輩が住んでらしてるんですって。レポート作成に手こずってるみたいよ」

「ふぅん」

 なつ姉はテーブルの上の料理を見てるんだけど、何というか『コレ食べんの?』的な見下す視線を向けている。週末にどんだけ豪勢なもてなしをしてもらったか知らねぇが、はる姉の手間を馬鹿にする筋合いがどこにあんだよ?

「あとこうたんとこのケーキ買ってあるの」

「そう」

「後で食べよう」

 はる姉は支度を終えてなつ姉の向かいに座る。俺ははる姉の隣に座ってスパークリング日本酒をグラスに注ぐ。

「取り敢えず乾杯しとく?」

 一応誕生日祝だからさ。

「別に良くない? 早く食べよう」

 なつ姉は我先にグラスに口を付けた。男できただけでそこまで変われるもんなのか? 自我を失った人間って動く蝋人形みたいになるんだな。

「食べましょあき」

「おぅ、そうだな」

 はる姉と俺は普段通り手を合わせてから食事を摂る。普段であれば何だかんだとくっちゃべりながらって感じなんだけど、今日は水を打ったように静かな食卓だ。いやそっちの方が合う場合もあるけど、通夜みたいな感じになっちまってて居心地が悪い。せっかくはる姉が腕によりをかけて作ってくれた手料理なのに、湿っぽい雰囲気のせいで台無しになってんじゃねぇか。 

「そだなつ姉、ふゆから預かりもんがあるんだよ」

 その上なつ姉の食事のペースが全然でこの感じだと多分残す。ひょっとしたらふゆがいないことに気を病んでる可能性も考えてタイミングは無視させて頂いた。

「えっ?」

 食い付いた。案外予想は当たりか? 俺は変に重量感のある箱をなつ姉に手渡す。にしても何が入ってんだ?

「えっ? 重くない? 何が入ってんの?」

「いや俺も知らねぇんだわ、気になるんなら開けてみたら?」

「ううん、後にする」

 なつ姉はふゆの指定席にそれを置いて食事を再開、何となくだけどちょっと食欲が戻ったっぽい。まぁ出した分はちゃんと食ってたんでひと安心したけど、こうちゃんとこのケーキはいらないと言って席を立ってしまった。俺たち家族と兄貴からのプレゼントを全部ふゆの指定席に置き忘れたまま。

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