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平凡な女には数奇とか無縁なんです。  作者: 谷内 朋
ガチで婚活三十路前 〜良くも悪くも変わり時編〜
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cent cinqante-huit

 結局辞令の話してないなぁ……今日は姉の手作り弁当のお陰で仕事も無事に乗り切れて、早くも家庭料理が恋しくなっていた。冬樹の態度が気になるところではあるけど、多分一生続く訳ではないと思う。今日は久し振りに家族全員が揃うはず、真っ直ぐ帰って皆でご飯を食べよう……そう思って帰宅の途に着いていたらケータイが動きを見せる。何だろ? と思って操作すると有砂からのメール。

【罰ゲームの奢り飯、明後日でいいかぁ?】

 あぁ確か正月の……歳を取ったせいか正月の出来事が遠い昔のように感じてる。普段であれば即レスレベルで【了解】って送信するところだけど、この前の嘘が燻っていててつこと顔を合わせるのがどうにも気まずい。今回は断ろうかなぁ? 何か色々あって疲れちゃってるし。こういう時にお酒飲んだら多分悪酔いする、けど即レスで断るのも気が引ける。正直行きたくない訳じゃない、どうしたいか分からなくなってるから一旦保留にして帰ってから考えよう。

 結果何の返信もしないままケータイをバッグに仕舞う。自宅まであと僅かのところでまたしてもケータイが震える。今度は誰? そう思って再びケータイを取り出すと社長からの通話着信だった。個人用ケータイに通話なんて珍しい。

「はい」

『おい、今日こそちゃんと話しろよ』

 そこまで干渉してくんのかよクソホスト。

「帰宅次第話します。昨夜は姉が不在でしたので」

『そうか。ならいい、そのまま通話状態にして自宅に入れ』

 一体何の為にだよ?

「何故です?」

『春香にちょっとな』

「本人のケータイに直接通話すりゃいいじゃないですか」

 私を経由するな、これもある意味職権乱用なんじゃないのか?

『多分飯の支度でもしてんだろ、掛けても繋がんねぇ』

「だからって私のところに掛けんでください」

『社長命令だ、言った通りにしやがれ』

「あーはいはい」

 クッソ面倒臭ぇ男だなまったく。私は仕方無しで社長命令とやらに付き合わされ、通話状態のまま自宅に入る。

「ただいまぁ」

 玄関の鍵……秋都今日は日勤だけど帰ってきてるのかな? 社長(ケータイ)に気を取られてバイクの有無をチェックするの忘れてた。

「お帰りなつ」

 となぜか姉の声色を真似ている冬樹が玄関に立っていた。弟はケータイを指差して貸してと催促してきた。さてはコイツまたやりやがったな、一歩間違えたら犯罪だからやるなって言ってるでしょうが。けどまぁいいや、正直社長に用なんて無いし。

「ただいま、今社長と通話で繋がってるの。何かお姉ちゃん(・・・・・)に用があるって」

「そう、なら伺うわ」

「うん、秋都帰ってるの?」

「えぇ、今だけ台所任せてる」

 姉のものまねをしている冬樹はニタニタしながら更にケータイを催促してくる。コイツ何企んでんの? 昨日はあれだけ私を嫌ってたのにもうよく分からない。でもまぁ社長との通話は正直面倒いので冬樹にケータイを渡す。あとは野となれ山となれ、バレはするだろうけど知るか。

「お電話代わりました、春香(・・)です」

 私は社長を弟に任せて玄関の鍵を施錠してから二階に上がり、荷物を置いて部屋着に着替えた。それよりもどう話そうかなぁ? 辞令のこと……そのことを考えながら洗面所でメイクを落とし、ダイニングに入った時にはきょうだい揃って私を待ってくれていた。

「久し振りに揃ったわね」

 多分杏璃がお泊りした朝食(ブランチ)以来だと思う、久し振りというほどでもない気するけど。

「だって最近なつ姉ちゃんフラフラしてるも〜ん」

「そんなことないわよ」

 あれ以来まともな外出はしていないんだから。

「九時始業の会社で朝六時に出勤する必要あるの〜?」

 何? 寝てたんじゃなかったの?

「あれは喫茶店のモーニングを食べる約束をしてたのよ」

 まぁ一人でですが、喫茶店でモーニングを食べたのは嘘ではない。

「それはもういいじゃない。それよりもなつ、お肌の艶が良くないから明日もお弁当作ろうか?」

 確かに今はお弁当の方がいい気もするけど、今更ながらやっぱり負担になっちゃってるんじゃないかと思ってしまう。

「ひょっとして『手間を増やして申し訳無い』とか考えてるの?」 

「んなの今更じゃねぇか」

 まぁそうなんだけど。

「ただちょっとくらいお料理ができるようになればなぁ、とは思ってる」

「「「……」」」

 いえアラサー女子としては結構切実な悩みですよ、なのに何故『お前頭大丈夫か?』的な視線を送ってくるんだ?

「また何かが破壊される予感がするね〜」

「当面は勘弁してほしいわ」

「それなら厚意に甘えた方が環境保全ってやつに繋がんじゃねぇのか?」

 環境保全……また随分と大仰な単語を出してきたな秋都。多分最近覚えたんだろうな。

「あき兄ちゃんが若干賢くなってる〜」

「おぅよ、生きてりゃ誰でも成長するんだぞ」

「レベルは低いけどね〜」

「放っとけ! ってかさ、こういうのって一生もんじゃねぇんだから、あるうちは利用するってのもアリだと思うんだよ」

 それだと無くなった時に慌てるのよ、だからそうならないようにしようとするのって普通のことだと思うんだけど。

「うんうん、僕はお金払ってでもそっち使う〜」

「好きでしてることだからむしろ甘えてほしいわね」

 う〜んここでも私だけ考えが合わないかぁ。

「多分苦手克服思考の方が『建設的』だったり『一般的』だとは思うんだよ。たださ、それってそもそも『好きでやってない』から浮かぶ発想だとも思うんだ。そりゃまぁ好きなこと以外やりませんってな訳にもいかないけどさ、大概のやるやらないって自分で決めることなのにまるで『やらされてる感』を出して恩着せがましくするのはちょと違うんじゃねぇの? って」

「勝手に引け目感じて遠慮する必要性がどこにあるの〜? って話だよね〜なつ姉ちゃんの場合。ただでさえ生きにくい世の中なのに、甘えられるところで甘えるくらい別に良くな〜い? それに時と場合によって、遠慮とか謙遜の方が失礼な場合だってあるんだよ〜」

 ってことは異動の打診されてることだって隠さない方がいいってことだよね?断るのは決めてるけど、相談も無しというのは遠慮とも言えなくないもんね。

「話変わるけど、ちょっといい?」

 私は一旦お箸を置いて姿勢を正した。

「ん? 何?」

 姉と秋都もお箸を置いて私に顔を向ける。一方の冬樹は……。

「ん〜? 何〜? もぐもぐ」

 普通に飯食ってやがる、これが通常運転だからまぁ良いわ。

「外部異動を打診されてるの、中国地方にある倉庫の経理課なんだけど」

「……そう」

「へっ?」

「ん〜? もぐもぐ」

 反応が三者三様過ぎるわ。

「で、なつはどうしたいの?」

「断るつもり、そこ評判悪いし」

「そう、返事は?」

「来月の十日に聞くって言われてる」

 これで言えることは言った、ひと仕事終えたとお箸を掴むと、何故か渋い表情の秋都。

「いやさぁ、ある意味自立のチャンスなんじゃね?」

 は? さっきと言ってること違うじゃないの。

「多分なつ姉は苦手克服型思考なんだよ、一遍一人暮らししてそっちに時間使うのも良い経験になるんじゃねぇかな?」

「今回は断るから」

「ふ〜ん、なつ姉ちゃんって仕事より男優先なんだね〜」

「普通そうだよ、私一般職社員なんだし」

 今ここで辞令を受けて西日本へ行こうものなら、本当に一生独身になるんじゃないだろうか? それに目の前に転がっているチャンスをフイにするなんてことしたくない。

 私にだって結婚願望はある、子供だって欲しいと思ってる。今私は二十九歳、ここでの選択を誤ると適齢期を逃してしまいそうな気がする。ましてや私は何もかもが二流の平凡な女、せっかく差し伸べられている手を掴まないと次なるチャンスなんてそうそう訪れやしない。ここ地元でもこのザマなのだ、他所の地方で新たな出逢いを拾い上げるスキルなど持っていない。

「とにかく断るって決めてるの」

「ん、分ぁった」

 秋都もようやく箸を掴み、それ以上の言及はしてこなかった。

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