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平凡な女には数奇とか無縁なんです。  作者: 谷内 朋
ガチで婚活三十路前 〜良くも悪くも変わり時編〜
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cent cinqante-quatre 弥生

 退職まで残り五十日を切り、七年働かせて頂いたお礼を込めていつも以上にじっくり丁寧に過ごしたかったのですが……夏絵ちゃんの状態が更におかしな方向へと向かっていて、最後の最後に何とも気がかりなことになっているんです。

 もちろん私が気にしたところでどうにもなる訳じゃありませんが、特に同期で一緒に働いてきた仲間なので、気持ちよく笑顔で退職したいんです。だけどこのところ心ここにあらずといった様子で、仕事でも小さなミスを連発してしまっているんです。

 今日も今日とて一番乗りしている二期後輩の間中(まなか)君よりも早く来て(彼はバス通勤で丁度いい時間が無いため)、秘書課からのメールって社長と直結しているから原則口外御法度なことが多いのに『秘書課からメールって何だろ?』なんてうっかり口に出しているし。

 お昼だって一緒にはいたんだけどずっとケータイをいじってて、時々ふふふと笑いながらこっちには見向きもしないんです。今日はさくらちゃんもいたのに全くの無視で、さすがにどうしたものかと思ってしまいました。

 それで午後三時くらいに席を外したので、鬼のいぬ間にと間中君が夏絵ちゃんの様子がおかしいと言い出したんです。 

「五条さん、今日は一体何時に出勤されたんでしょうか?」

 彼は先述の通り、バスの都合で八時二十分頃に出勤します。

「そんなに早く来てたのか?」

 このところ彼女のミスに頭を痛めていらっしゃる課長も話に参戦なさいます。

「守衛さんに伺えば分かるんじゃないんですかぁ?」

 睦美ちゃん、案は良いと思うけど多分覚えていらっしゃらないと思うよ。

「いちいち顔まで覚えていらっしゃらないわよ。普段であれば、朝イチで取引先に出向く営業課くらいしか解錠時刻に出勤しないし」

「そうなんですよね。僕ヘタしたら彼らよりも早い時ありますもん。業務の準備も済ませてらしたので、八時過ぎにはいらしてたんじゃないでしょうか?」

 一体何のために〜? 余計に疲れそうです。

「せめて仮眠でも取ればまだ……」

「早く出勤するのはいいが、慣れないうちは終業まで持たないだろ」

 この感じだと課長の方が疲労でダウンしてしまいそうです。ご自身の業務に夏絵ちゃんのミスチェックが加算されている訳ですから……皆で手分けしても良いのですが、決算期ですのでそこまで手が回りません。

「課長、ブレイクついでにお一つどうぞ」

 と水無子さんが一人一つずつ個包装されているクッキーをくださいました。夏絵ちゃんのデスクの上にも置いていらっしゃいます。

 課長はそれをゆっくりと咀嚼してご満悦になさっていました。水無子さんの手土産は、彼氏さんのご実家(パン屋さんだそうです)で売られているものだと伺っていますがとても美味しいです。

「ん〜美味しいですねぇ……夏絵さん?」

 オメガ口でクッキーを堪能していた睦美ちゃんがドアの方を見つめています。そこにいた彼女は、まるで全てを失って放浪している人みたいに正気を失っていました。

「……て」

「えっ?」

 東さんが夏絵ちゃんに顔を向けていらっしゃいます。うん? ごめんね聞こえなかった。

「……どうして私なの?」

 その言葉から察するに……それ以上言っちゃだめだよ。

「顔色悪いぞ、仮眠室で休んだ方がいい」

 課長の気遣いも耳に届いていない彼女は、放心状態のままデスクに着き、涙を流し始めました。

「外部異動なんて……」

 ダメっ! まだ機密事項!

「椿っ、五条を仮眠室へ連れてってやれ!」

 普段無い課長の語気の強さに水無子さんも慌ててらっしゃいます。 

「夏絵、ちょっと休もう」

「私じゃなくてもいいじゃない……」

 夏絵ちゃんはなりふり構わない状態でうわ言を呟いていました。何? どうしたの? こんな夏絵ちゃん見たこと無い。

「「「「「……」」」」」

「今のは口外するな、いいな」

「「「「「……はい」」」」」

「椿が戻ったら業務再開な」

 はい。それぞれが重苦しい空気の中、ブレイクを取りながら水無子さんが戻ってくるのを待ちます。ん? メール来てる、何だろ?

【三井弥生様

 お疲れ様です、社長からの伝言を承りましたのでご連絡差し上げます。

 本日就業後に一階ロビーで待てとことです、宜しくお願い致します。

                  秘書課 赤松】 

 秘書課からのメールでした、このタイミングですと社長も夏絵ちゃんの異変にお気付きの可能性がありそうです。う〜ん、何を聞かれるんだろう? このことは言わない方がいいのかなぁ?

「戻りました」

 あっ、水無子さんがお一人で戻ってこられました。あの感じたと夏絵ちゃん多分終業まで無理だろうなぁ。

「五条はどんな感じだ?」

「やっと落ち着きました」

 水無子さんは息を吐いて肩を落とされ、デスクに戻られます。なので私たちは業務再開です。

「椿はあと十分ほど休め」

「お言葉に甘えて」

 水無子さんは残りのクッキーを平らげてお茶を淹れ直していました。その後彼女も業務を再開されましたが、結局夏絵ちゃんは業務時間内に戻ってきませんでした。


 終業のチャイムが鳴り、ほとんどの社員さんは業務を終えて帰り支度を始めていらっしゃいます。私は社長からの呼び出しがあるので、気持ちゆっくりめに動きます。

「弥生、帰ろう」

 水無子さんがひと声掛けてくださいますが、今日はご一緒に出られないんです。

「すみません、先に出ちゃってください。寄る所がありますので」

「分かった、じゃお先ね」

「お疲れ様です」

 ほとんどの社員さんがオフィスを後にしましたが、夏絵ちゃんはまだ調子が戻らないみたいです。今残っているのは課長、係長、私の三人。課長は帰り支度を済ませていますが、係長はまだパソコンに向かっていらっしゃいます。

「済まん九重、今日は頼むわ」

「分かりました、お疲れ様です」

「お疲れ、帰るぞ三井」

「あっ、はい」 

 う〜ん、女性社員さんたちはやり過ごせましたが、課長に捕まってしまいました。一階に降りたらトイレに逃げようかな?

「俺も社長に呼ばれてんだよ」

「えっ?」

「終業十分くらい前にな、社長から直接メールが来た」

 課長は私用のケータイを操作して、社長からのメールを見せてくださいました。このお二人同期入社で割と仲が良いんですよね。

「まっ、五条のことだろうな」

「このタイミングですので」

 それしかないと思います。

「参ったな……」

 課長は頭に手をやって大きく息を吐かれました。一体どうなるんでしょうか?今からとっても不安です。

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