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平凡な女には数奇とか無縁なんです。  作者: 谷内 朋
ガチで婚活三十路前 〜良くも悪くも変わり時編〜
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cent cinqante-trois 社長

 このロレーナなんだが、元の店ではナンバーワンなのにも関わらず結構地味なホステスだ。っつっても勿論いい意味で、基本に忠実で痒い所に手が届く堅実な接客をする。んで手際良く酒も作ってもらったのだがこれがなかなかに美味い。ここでは実家が酒屋のマリーが一番美味い(セナは別枠な)んだが、それに匹敵する出来だな。これだけでも顧客満足度はかなり上がる。

 話す時もきちんと相手に顔を向け、姿勢を正して静かに聞いてくれる。時折上手い具合に相槌なんかも入れ、聞いたことには丁寧に答える。彼女の勤める『マリーゴールド』はキャバクラ寄りの小煩ぇ店なんだが、その中にこんなのがいりゃあ静かに飲みたい客であれば指名してアフターに流れようとするわな。

「なぁロレーナ」

「はい」

「この後アフター付き合ってくんねぇか?」

 ここではセナ以外のホステスにアフターは頼まなかった。けど二十七歳と若いのに堅実そうなオカマには興味がある、まぁちょっとセナが焦ってくれりゃ御の字なんだがな。

「私で宜しいのですか?」

「あぁ」

 俺は朝比奈泰造氏と一緒にいるセナをチラと見やる。

「ふふふ」

 と何故かいきなり笑い出すロレーナ、何だ?

「どうした?」

「いえ、何でもございません」

 いや『何でもございません』ってこたぁねぇだろ?

「気持ち悪ぃからハッキリ言え」

「宜しいのですか?」

 ロレーナはくるんとした目を俺に向ける。俺はいいぞと頷くと、セナと朝比奈氏のいる方向をチラリと見た。

「ではお言葉に甘えて。海東様がセナさんにフラレる理由が分かっただけです」

「……」

 おい結構な爆弾落としてきやがったな。


 結果を言えばアフターには付き合ってくれたんだが、ここでも庶民的過ぎて拍子抜けするレベルだった。この()何を思ったか『牛丼屋に行きたい』と言い出し、知り合いが店長をしてる牛丼屋に連れて行った。しかもそこで一番安いメニューを頼み、それをまた美味そうに食ってんだよ。

「あんたなら結構良い店連れてってもらうんだろ?」

 身に着けてる物なんか超一流ブランドばっかじゃねぇか。

「顧客様にもよりますが、私ああいうお店得意ではないんです。お酒も強くありませんので」

 まぁ俺もあの手のやつはさほど利用しない。俺こう見えても自炊派だし、貧乏経験もあるから良くも悪くも舌は肥えていない。 

「だからって奢りなんだからもうちょい良いの食えよ、せめて国産肉のにするとかさ」

「それは一人の時の楽しみ用です、この格好で一人で入るとおかしなのに絡まれてしまうんです」

 まぁロレーナはちびっこいし、女と思われてナンパする輩もいるだろうな。にしても俺用心棒かよ? 

「そうか、次に行きたい所あるか?」

「えぇ、深夜営業のスーパーに寄って頂けますか? お米買いたいので」

「……」

 今度は荷物運びかよ? お前それ他所の顧客にお願いするなよと思いつつ、俺も面白半分物珍しさ半分でホステスの要望に応えてやった。補足として、ロレーナは米と一緒にカゴ一杯分の駄菓子を買ってご満悦にしていたことを付け加えておく。


 昨夜の面白ホステスのお陰で全く退屈せず、いい気分転換ができた状態で翌日も会社に向かう。今日も異動への打診だ、昨日は役職のある社員、今日はそれ以外の社員で人数にすると内部異動の社員も含めれば二十人くらいだな。

 基本ウチではある程度社員の希望に沿った形での人事異動を行っている。少なくとも都市伝説化している【新婚夫婦】【子供ができたばかり】【家を新築、購入したばかり】の社員は異動にしない。

 これに該当する社員は、ちょっとやそっとで転職ができないから会社の要望に応じ易いのだろうが、俺的にはそれってパワハラと何が違うんだ? と思う。やれ『ハラスメント撲滅』だの『一人一人に正当な権利を』などと吐かしてるが、それを本気で考えてる企業って一体いくつあるんだよ?

 それはまぁ良いとして、ウチでは社員の弱みに付け込んだ人事異動は極力避けてるから言うほどのトラブルは起きない。むしろ既婚の女性社員が『夫の転勤』を理由に退職するってのがまぁこの時期は主だってるな。

 

 勤務も午後に入り、いよいよ最後の一人への打診となる。さてどうする?この社員は一般職での外部異動、基本即日返事は受け付けていないがどう出るかな?

 コンコンコン。

『社長、お連れ致しました』

 おぅ来たか。この声は境だな。

「入れ」

『失礼致します』

 境は一人の女性社員を引き連れて社長室に入ってくる。ん? 何か変だ。

「お呼びでしょうか?」

 ん〜口調は普通か、にしてもしばらく見ないうちに雰囲気変わりやがったな。

「あぁ、まずは座れ」

 俺は来客用のソファーを勧め、状況を察した境はすっと部屋から出ていった。女性社員は下座に当たる場所に座り、俺は向かい合う形で腰を下ろす。

「あの、ご用件は?」

 まぁそらそうだわな、この女人事異動に引っ掛かったこと無いからな。

「単刀直入に言えば異動の話だ」

「えっ? 私がですか?」

 何言ってんだお前、同期全員異動経験あるぞ。話くらい聞いたことあんだろうが?

「あぁ今回はそれなりの大型異動だな」 

「私一般職です」

 俺だって社長だ、部下の立ち位置くらい把握してる。

「内部異動なら一般職は理由にならん」

「でも……」

 何なんだコイツ? 悪いモンでも食ったのか?

「だが今回は外部異動への打診だ、西日本倉庫の経理課に行ってもらいたい。返事は来月十日、それまで持ち帰って考えろ」

「そんな、私できません」

 人の話聞け、『持ち帰って考えろ』つったばっかじゃねぇか。

「即日返事は認めてない、期限内で目一杯考えろ。家族間であれば相談しても構わねぇが、返事は三月十日に聞く」

「……」

 何か調子狂う、一体何があったんだ? 俺は普段滅多にこんな態度を見せない女性社員に違和感を覚えた。ひょっとして男でもできたか? 

「おい五条」

「はい」

 何しおっとしてんだよ? お前いつからそんな使い分けができるようになったんだ? 目に涙まで溜めてキャラ変酷すぎるだろ。

「男でもいるのか?」

「えっ? あっ、いえ。その……」

 お前もうちょっと何か無いのかよ? 分かり易過ぎて逆に引くわ。とは言え総合職社員であればそれは理由にならねぇ、一般職社員だから外部異動は任意にしているが。

「話は終わりだ、業務に戻っていいぞ」

「失礼します……」

 五条はゆっくりと立ち上がり、この世の終わりとでも言わんばかりの悲愴感を漂わせて部屋を出ていった。

「何なんだ一体?」

 俺は秘書課に繋がるインターフォンを押し、その場にいる社員を呼び出した。

『はい』

 この声は赤松(あかまつ)か、彼女は関西の有名国立大学卒の若手筆頭株だ。タイプは違えど境の後継には打ってつけの女性社員だ。 

「済まねぇが経理課の三井弥生にコンタクトを取ってくれ、就業後に一階ロビーで待てと伝えてくれないか?」

『畏まりました』

 差し出がましいのは承知だが、これは状況を把握しておいた方が良い気がしてきた。俺は短期間で様変わりしちまった五条夏絵の姿がどうにも気になって仕方がなかった。

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