cent cinqante-deux 社長
そろそろ空気の入れ替えでもするか。
それなりの従業員、支社を抱えている企業であれば大体三月と九月に行われる人事異動だが、ここ海東文具でも年に二度二月と八月に人事異動を執り行う。
しかし前回……いや前々回になるのか、去年の八月に本社異動させた同期入社の如月蓮がやらかしてくれたせいで、十一月にも臨時で人事異動をやってるんだよな。
今回は別にいいいかぁでお茶を濁してやろうかとも思ったのだが、人員を動かしてない部署でマンネリが起こったり、替えたせいで不協和音が起こったりとまぁ色々あるんだよ。
んでだ、今回は今から準備をしても多分四月末とか五月頭とかになるだろうな。このところ引越し業者も人員不足らしくて、【引っ越し難民】なんて言葉もあるくらいだ。
元々それを見越して二月と八月にしてるんだがな、やっぱり半年以上放置してっと早い部署だと腐敗が始まっちまう。ならいっそ五月と十一月に変えちまおうかな?
誰をどこに振り分けるかってのは人事の仕事だが、前回に引き続き今回もちょっとばかし介入する必要があるかも知れないな。
さて、今回はどうしようか? このところ西日本倉庫の経理課の残業量が気になるんだよ。システムは本社と全く変わらないのに何でだ? 他の倉庫だって月せいぜい五時間以内、あそこだけなぜか月平均六十時間と異常事態だ。
なのでほぼ毎回誰かしらの人事異動は行い、一般職社員の内部異動もしつつ様子を伺っていた。しかし状況は全く良くならず、これは本社から複数人のテコ入れが要りそうだ。
まぁこんなザマだから西日本倉庫の経理課ははっきり言うと受けが悪い。『あそこへ行くくらいなら』と退職をほのめかす社員、実際任務に就いても心身ともにくたびれて辞めていく社員も多いのが実情だ。
俺にとっても頭が痛い部署だ。せめて残業を半分にしろと業務改善を求めても『これで精一杯だ』と一向に改善しねぇ。前回意を決して社内きってのスパルタ社員を送り込んだが、見事なくらいなキャラ変換でへっぽこ社員に格下げしやがった。
そいつスパルタ以外の取り柄が無ぇもんだから、今じゃ年数の浅い平社員よりも体たらくと言わざるを得ない。もうコイツ使えねぇわ、と今のところ日夜棚卸だけをさせる部署への降格異動を検討中だ。
「……ということだ九重、あそこのテコ入れ頼むわ」
俺は目の前にいる社員……経理課係長九重を前に人事異動の打診中、この男は俺の三期後輩の三十四歳、申し訳ないが独り身なので異動を打診しやすい。それにコイツは部署こそ違えど西日本倉庫での勤務経験がある、人材としては悪いチョイスではない、と思いたい。
「分かりました、謹んでお受け致します」
「謹まんでいい、昇格ではあるが厳しい役割命じてんだからさ。それにお前には結構な頻度で異動を命じてる、今の部署でも二年弱か」
「えぇ、最長記録です」
おいさらっとキツい台詞吐くな。
「まぁ場所が場所なだけに今回はもう一人連れて行こうかと考えてる、そうなることを想定して東を戻したんだからな」
「はい」
「でだ、お前なら誰を連れて行く?」
こっちも一応候補はあるが、なるべく意に沿った人材を付けてやりたいところだ。
「出身地を考慮したら総務部の青木ですかね」
なるほど、実際青木は郷に近い西日本倉庫への異動希望は人事考課で出している(残念ながら経理課以外という条件付きだが)。この二人は別の倉庫勤務で一緒に働いてたこともあるから、気が合うっちゃ気が合うだろうな。
「経理という点で言えば仲谷でしょうか」
仲谷か、まぁ無難な線だな。この男はよく考えたら入社六年目で一度も人事異動に引っ掛かっていない。ギャンブル癖のあるという面ではバカ社員だが、仕事の面では一定の評価はできるから主任に昇格させるのもアリだな。
「あとは……」
ん? まだいるのか? まぁ話だけは聞こう。
「本当に誰でも宜しいんでしょうか?」
おいどの範囲に対しての“誰でも”だ?
「何だ? 本社以外にも候補がいるのか?」
九重は異動が多かっただけに顔も広い。こればっかりはそいつのいる部署での兼ね合いも一度情報収集し直さないとな。
「いえ、本社勤務の社員です。ただ一般職なのですが」
それで言い難そうにしてたのか。言っておくが、ウチじゃ一般職社員は例外はあれど基本は内部異動のみだぞ。
「聞くだけ聞く。ただそうなると意に添えるとは約束できねぇぞ」
「えぇ、ここで言うだけのことですので聞き捨てて頂いて構いません」
九重はそう前置きしてから、本当に一般職社員の名前を挙げやがった。
「で、どうするのよ?」
今日は疲れた、人事異動の打診ってめちゃくちゃしんどいんだぞ! ちょっとくらいお慰みで風俗店……ではないがオカマクラブ『ファムファタル』でセナに相手をしてもらっている。
「そりゃあ本人次第だ、明日打診する」
こんな話題本当は社外の人間にしちゃなんねぇんだが、ここのホステスはセレブ、財界人、経営者を相手しているので基本口が固い。その中でも最年長のセナは絶大な信頼を勝ち取っている言わば一流のオカマホステスだ。
「それにしても……」
としおっとしてため息を吐くセナ、一度くらいそのまま俺にしなだれかかってほしいくらいだ。
「まぁ、口外は控えてくれ」
「分かってるわよ、まだクビになりたくないわ」
「何だよ? あのヤローお前の稼ぎに……」
集ってんのかよ? と言おうとしたが、多分本人もそれに勘付いて裏手で叩かれた。
「痛ぇなおい」
お前指環付けてるだろ? 思いっきりガンッ! っつったじゃねぇか。
「てめぇ今余計なこと言おうとしたろ」
「あ゛ぁ? 朝比奈貿易の孫なら養うくらいの甲斐性見せろよ」
“自分のことは自分で”とでも言やぁ聞こえはいいが、使えるカードも使わねぇのは逆に贅沢ってもんだろ。星付き料理店のフルコースメニューを食わずしてドブに捨ててるようなもんだ。
「てめぇに干渉される覚えねぇんだよ」
まぁこのオカマ他人に施されるの嫌うからな。
「一遍ヤラせてくれりゃ考えてやる」
ってか一遍くらい靡け。
「その思考から離れろ」
チッ、今日もフラレたか。
「セナさん、ご指名です」
と俺らの会話に割って入るテル、これができるウェイターってコイツだけなんだが……ちょっと待て! 俺だって指名客だぞ!
「海東様申し訳ございません、今回は分が悪過ぎます」
「あ゛? 誰だよ?」
旗本書店とか一二三不動産とかだったら殴るぞ。
「朝比奈泰造様です、次女様もお連れでございます」
マジかよ? 財界人のトップじゃねぇか、彼が相手じゃ親父でも勝てねぇ。政治家家系の元殿様くらいならゴネてやろうかとも思ったが。
「海東様、改めてご希望のホステスをお選びください」
テルは手にしているメニューを広げて俺の前に差し出してきた。ほぅ、このオレンジ頭のがそうか、ここのナンバーワンアイラじゃ相手になんねぇな。
「じゃこの子で」
直接の面識は無いが、市駅繁華街の火事の影響で臨時雇用されてるホステスだ。首都圏に本店がある人気オカマクラブ二号店のナンバーワンホステスらしいんだが、評判も上々で古参のホステス連中を蹴散らしてるって噂だ。まぁセナほどの熟練度は無いにしろ興味はある、指名されてても強奪してこい。
「畏まりました」
テルはセナを連れて朝比奈泰造氏の元へ旅立ってしまった。ただ俺の希望は叶い、程なく希望通りのホステスを連れてきた。
「ご指名ありがとうございます、ロレーナと申します」
おっ♪ 顔は結構可愛いな。