quinze 冬樹
このところなつ姉ちゃんの周辺が騒がしくなってます、三十歳を目前にして葉山さんとこの時雨さんがお見合い写真を持ってきたのが事の発端でした。
「夏絵ちゃん、そろそろ結婚考えてみない?」
なんてお伺い立てるような口調なんだけど、このババァ押しが強くて多分強硬手段も用意してそう。息子が顔だけ綺麗な毒吐き女と結婚して孫も二人でき、事ある毎に自慢たらしく吹聴してなつ姉ちゃんを洗脳するつもりらしいです。
「結婚……まだ考えてないのよねぇ」
なつ姉ちゃんお見合い写真を見ながらため息吐いてそう言ってたのに……蓋を開ければ朝から美容院で髪の毛をセットし、振り袖までレンタルする力の入れよう。時雨ババァの戦略だと思うけど正直ちょっと失望しちゃった……。
何とかして邪魔立て出来ないかなぁと考えてブラブラ散歩してたら見覚えアリアリのぶりっ子女に遭遇、コイツなつ姉ちゃんの幼馴染です。
「あ〜りぃさちゃ〜ん」
「あれ〜ふゆじゃな〜い、久し振りぃ」
内海有砂はあき兄に負けず劣らずのゆるゆるお股で数だけはそこそここなしてる尻軽女です。
「今日なつお見合いだよねぇ、どんな人か聞いてるぅ?」
「う〜んとねぇ、『江戸食品』のオジサン」
「『江戸食品』だと? 超一流企業じゃん! でで、顔は?」
その食い付き方相変わらず凄いなぁ、あんたがお見合いすりゃいいじゃんか。時雨ババアもターゲット間違えてんだって……いや、コイツの場合ゲスネタが多くてボロが出たらフォローし切れないか、その辺の事はちゃんと考えてんだね〜。
「可もなく不可もなく、あき兄ちゃん程ではない事だけは確か」
なんて身内アゲもどうかと思うけど、冗談抜きで顔だけは一級品なんです。我が五条家四きょうだいはルックスに恵まれてる方だと思うよ、はる姉ちゃんと僕はお母さん似でくるくるお目々の色白可愛い系(自分で言うのも何だけどそういう評価だもん、別に良いよね)、あき兄ちゃんはかつて舞台女優だった(らしい)母方の曾祖母にそっくりの美人系、なつ姉ちゃんはお父さん似で純和風顔、お父さんはなかなかモテたらしいのになつ姉ちゃんは平凡顔扱いなのは何でかな? 僕なつ姉ちゃんのルックスどストライクなんだけどなぁ〜。って言ったら近親相姦系? って思った? 言っとくけど僕のお○○ぽ役立たずだよ、なつ姉ちゃんは勿論エロ雑誌、エロビデオ、プロのお姉様にシコってもらっても全然勃たないんだよね。う〜ん、子孫繁栄はあき兄ちゃんにお任せするしかなさそうだな〜……って尻軽女と会話中なの忘れてた。
「一般人であき以上はそう居ないでしょお?確かTホテル一階のレストランって聞いてるけど」
「うん、じゃあ行ってみようよ。有砂ちゃんどうせヒマでしょ?」
ついでだからコーヒーくらい奢ってもらお〜、お財布持ってこなかったから。
「『どうせ』とは何だ? ……って暇だけどさぁ、そのきったないスウェットで入れんのかなぁ?」
「大丈夫大丈夫、探偵ごっこみたいで面白そうじゃ〜ん。ついでだからコーヒーくらい奢ってね〜」
「その前に人の話聞けよ……ホント顔以外サイテーだなお前」
案外口の悪い尻軽女の言葉をスルーして、僕たちはTホテルのレストランに向かいました。
「いらっしゃいませ」
ホテルレストランに到着した僕たちを店員さんが訝しげに見つめてる。ん? 何かなぁ? 隣にいる女ブッサイクだな〜とか思ってんのかな? アンタ小綺麗にはしてるけど素材は大した事無いよ。
「ふゆぅ、一旦出直そうか」
えっ? ここまで来て何で? そう聞きたかったのに尻軽女は僕の手を引っ張ってホテルを出た。
「ナニナニ〜? ここまで来て怖気付いた〜?」
「違うわアホっ! あんたのその格好が原因なの!」
何だよ〜尻軽女は男にブリッ子するんじゃないの〜? お○○ぽ勃たないけど僕だって男だよ。
「え〜、客商売でそんなの良いの〜?」
「ホテルレストランなんだから客の身なり見るのは当たり前だろ! スーパーやコンビニと一緒にすんな!」
とケータイを取り出して何処かに通話してる。
「もしもしミッツ、お財布ヘルプ……今Tホテルの前……助かるぅ、事情は後ほど……りょうかぁい」
尻軽女はあき兄ちゃんの親友ミッツ君を呼び出してた。お財布ヘルプ?彼ヤの付く所の次男坊だから金回りは良いけど何する気? ひょっとしてコーヒー代すら持ってないの? 何この使えないビンボー社会人。
「ミッツ君ここに来るの?」
「うん、事情が事情だからはる姉さんには話せないでしょお」
「ヤ●ザに金借りたら命無くなるよぉ」
とは言ってみたけど我がご近所の任侠セ●●“石渡組”に限って言えば義理人情のあるヤ●ザなので、余所ではともかく僕ら地元民には優しいよ。
「交渉材料は持ってるから大丈夫、無期限無利子返済には持ち込めるはず」
尻軽女は自信満々にそう言った。まぁ想像は付くけどそんな浅知恵通じるかなぁ?って言ってる間にガラの悪そうな高級車が目の前で停車してミッツ君が降りてきた。僕的にはお見合い相手のオジサンよりイケてると思うけどなぁ。
「忙しいとこ申し訳無い、早速なんだけどふゆの服コーディネートして」
「ではそこの店に入りましょう」
そこ……ってブランドショップだよね? そっちのユ○○ロでよくない?
「事情はそこで話すから」
「承知しました」
二人で勝手に話が付いてしまい、僕は引き摺られるようにブランドショップの中に入りました。
……で、ミッツ君のお金で着たくもないブランド服を着せられてホテルレストランに再度挑むと、別のブスがニッコニコで中に入れてくれた。多分オーダーメイドスーツを着こなすミッツ君をどこぞの御曹司とでも思ってんだろうな、“石渡組”の次男坊と知れば何とする? ってかお前みたいなの箸にも棒にも引っ掛からないけどね〜。
「……まだ来てないみたいだよぉ」
尻軽女は辺りをキョロキョロしてるけど、ここに居るのバレると具合が悪いから動きは控えめにしてる。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか?」
これまた別のブスがオーダーを取りに来た。人の見た目気にする割にさっきからブスしかいないじゃんここ。そのくせミッツ君を意識してさ〜みっともない、まずは現実ちゃんと見ようよ。
「コーヒー三つと……アンタら何か食べる?」
「僕ケーキ食べたぁい」
僕はメニューの写真を指差して尻軽女にたかる。
「うん、良いよ。ミッツは?」
「俺はこのタルトを」
はいは〜い。尻軽女はブス店員にオーダーを伝え、なつ姉ちゃんの到着を待っていた。
それから少ししてなつ姉ちゃんと時雨ババァが登場、僕たちのテーブルの後ろの予約席に座った。こういうのって男の方が先に来て待ってるもんなんじゃないの?はいオジサンアウト〜!
「……チッ、女待たすたぁ良い根性してやがんな」
「まぁ『江戸食品』ですものぉ」
何それ? 一流企業に勤めてたら女待たせるのOKなの?
「有砂さん、その発想おかしいっす」
そお? 尻軽女はコテンと首を傾げてる。可愛いつもりでやってんのそれ?
「あたっ! また首いわしたっ!」
首は気を付けた方が良いよ、頚椎損傷したら最悪寝たきりになるから。まぁ尻軽女はブサイクじゃないし、何だかんだでなつ姉ちゃんと仲良くしてくれてるからね。ちょっとくらいのぶりっ子は大目に見てあげるよ……って言ってたらいつの間にか来てたよオジサン。
『初めまして、霜田景樹と申します』
『しもだけいじゅ』ね……コイツとは結婚させないよなつ姉ちゃん、お付き合いしようものなら別れるまで邪魔するから覚悟しといてね。ミッツ君は途中で帰ったんだけど、この後なつ姉ちゃんにバラしたからはる姉ちゃんに内緒にする意味無くなっちゃった。
それからひと月ほど経ってからなつ姉ちゃんとオジサンがデートする事になったんだけど、事もあろうにと言うかやっぱりと言うか、僕の代わりに(何でオッサンの応対しなきゃなんないのさ?)応対したはる姉ちゃんに一目惚れしたみたい。明らかに挙動ってるしチラッチラはる姉ちゃんの事見て気持ち悪い顔してんの。まぁなつ姉ちゃんとの今後が無くなっただけ良しとするけど。
「なつ姉ちゃん今日でジ・エンドじゃないかなぁ?」
「何て事言うのふゆ、人の良さそうな方じゃないの」
はる姉ちゃん気付いてないの?あのヤラシイ視線に。人の事は結構鼻が利くくせに自分の事はホント鈍感なんだから。
「直に分かるよ。それより今晩“三馬鹿”がはる姉ちゃんの晩御飯食べたいって言ってたよ〜」
補足説明として“三馬鹿”とはあき兄ちゃんの友達であるミッツ君、鳶職のゲンちゃん、工事現場作業員のサクちゃんの事ね。参考までにミッツ君は馬鹿じゃないけどいっつもつるんでるから敢えて一括りにしたよ。
「分かった。豚汁作っとく」
「それなら霜田さんも誘わな〜い?きっと送ってくれるだろうからそのついでにでも」
そうね。はる姉ちゃんはちょっと嬉しそうに微笑んでた。因みにオジサンを誘ったのはミッツ君のアイデアだよ、なつ姉ちゃんを誑かしはる姉ちゃんにまで色目使う男をタダで帰す訳無いじゃん、二兎を追おうとした罰はきっちり受けてもらうからね。どんな顔してくれんのかなぁ? これからミッツ君と打ち合わせのメールでもしよう、ウヒヒ。
……でこれ自体は成功したんだよ、お断りの連絡も時雨ババァ経由であったらしいしね。ところがまた別の男がなつ姉ちゃんの周辺をぶんぶん飛び回ってるんだ。今度は大学時代の後輩、A大学出身なんだってさ。私立にしては名門だけどこの前ハッキングで逮捕者出してたよねあの大学。
んでこの男張り切り過ぎて三十分も前に家来てんの、それはそれで迷惑な話だけど待たせるよりはマシかとちょっと観察中。
「ごめんなさい、まだ支度が終わっていないんです」
「いえ、ご迷惑をお掛けしてるのは僕の方ですから」
ん?コイツはる姉ちゃんに惑わされてない、って事は第一関門突破!という事にしてあげるね。
「こんにちは~、弟の冬樹で〜す」
「満田歩です、こんな早くに押し掛けてすみません」
「構いませんよ〜、どうぞごゆっくり〜」
さてさてコイツはなつ姉ちゃんにふさわしい男なの? と観察してたらあき兄ちゃんが帰ってきて早速和やかに会話してる、お勉強出来ないのに場を和ませるのは上手だよね。この二人打ち解けてるっぽいからお任せしよう、じゃあね〜。