表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平凡な女には数奇とか無縁なんです。  作者: 谷内 朋
ガチで婚活三十路前 〜切っても切れない元カレ編〜
144/302

cent quarante-quatre

 今日は朝から何気に忙しい。会社の契約更新をして……ウチは書類じゃなくて、会社のホームページから入力フォームに入って必要事項を記入していくやり方なのよ。んで、不備が無いと確認されたらメールで連絡が来て、人事部で署名して終わりって流れになってる。

 資源保護というかペーパーレスを実践するために考案され、最後にする署名だってタブレット上にタッチペンで書くやり方だ。コレ最初のうちは結構文句も出たんだけど、何年か続けていると慣れるというもので、今じゃ全社員が普通に馴染んでいらっしゃる。 

 でもこっちに記録が残らないってのはねぇ。一応社内のパソコンからであればプリントアウトは可能(USBに取り込んで持ち出すのは禁止)になっているけど、いざ要るか? となるとそうでもないので、何だかんだでわざわざその作業はしない。

 さて、昨夜は結局三人でピザを食べた後にお風呂に入って就寝してしまい、明生君にコンタクトは取らずじまいだった。それから日付も変わり、『テレビ観たよ』はもうネタとして古くなっているので又しても連絡を返すきっかけを失っている。

『中途半端な繋がりは身を滅ぼすぞ』

 降谷の言葉がふと耳の中でこだまする。こうもタイミングに恵まれないってそういうことなの? それとも『タイミングは今じゃないけど、心の準備はしておいて』ってことなの? なんてことを考えてるけど答えなんて見つからず、神社のおみくじじゃないけど『今日着信があったら連絡を取る』とだけ決めた。

 

 ちょっと喉が渇いたな……部屋を出てキッチンに入ると秋都がレトルトカレーを電子レンジで温めていた。実は私コレが苦手で、かなりの確率で失敗をしてしまう。もちろんちゃんと説明書を読むし、その通りに準備して時間設定も間違えていない。

 なのに酷い時は食品が爆発して炭になり、本体ごとぶっ壊れてしまう。その度に何で? って思うんだけど、未だ原因は不明である。

「何で上手くいかないんだろ?」 

 あれ、思考と言葉が直結しちゃった。

「いたのか? なつ姉」

「うん、喉乾いて」

 ついでに言えばそんなのを見せられるとお腹が空いてきました。

「なつ姉も食うか?」

「うん」

 折角だから自分でやってみようかな? 私はレトルト食品を入れている棚から同じものを取り出した。

「自分でする気か?」

「うん、いつまでも出来ないまんまってのもヤバいからさ」

 やっぱり女子たるものお料理は出来るようになりたいじゃない、私、普通の女の子になるんです。

「んじゃコレに中身移して」

 秋都が耐熱容器を出してきてくれる。私はパウチの封を切って中身を容器に移す、合ってるよね? その間に秋都のものが出来上がり、美味しそうな香りが広がってきた。

「お〜出来た出来た」 

 秋都はミトンをはめて容器を取り出し、炊飯器に入ってるご飯を皿に盛っている。私は一生懸命取説を読み、空になったレンジの中にカレーの入った容器を入れる。合ってるよね?

「なつ姉、なるべく真ん中に置いた方がいいぞ」

 そうなの? 私は再度中をチェック、ちょっとズレていたので直しておく。合ってるよね?

「そのカレーなら五百ワットで三分だな、このボタン三回押してみ」

 秋都の指示通りワット数の書かれているボタンを三回押す。八百ワットとかあるの? 一応表示盤はチェックしてるけど合ってるよね?

「時間はこっちのボタン、長押しの方が早いけど、三分くらいだったら連打しても大してかかんないから」

「うん」

 私は不器用そうにゆっくりボタンを押していく。十秒、二十秒、三十秒……と押しているうちに三分と表示されたのでそこでボタンから手を離した、合ってるよね?

「なつ姉、ラップ掛けたか?」

 ん? どうだっけ? 念の為開けてみると……あっ、掛けてない。

「ほれ」

 と秋都がラップを渡してくれた。容器をフタするようにラップを掛け、再度レンジの中に置き直す。ワット数入力ヨシ、時間も三分ヨシ、あとはスタートボタンで合ってるよね?

「ん、それでコイツ押して三分待つだけ」

 最終チェックを秋都にしてもらっていざ勝負! レンジはドゥンと音を立て、容器に光を当てている。

「その間に飲み物、出せば?」

 うん。とお言葉に甘えて冷蔵庫に立ち、悲しく残されているレモンサイダーを手に取った。レンジの方は今のところ順調、あとは出来上がりを待つばかり……?

「ん?」

 先に異変に気づいたのはダイニングテーブルでカレーを食ってた秋都だった。えっ? 何? どしたの?

「何でだよっ?」

 秋都が慌てた声でレンジの扉を勢いよく開ける。うわっ! 何か焦げ臭い。

「あちゃ〜」

 秋都がレンジの中を見て頭を搔いてる。私も便乗して中を見ると、私のカレールーはものの一分で黒焦げになっていた。

「五百ワットで三分だよね?」

「あぁ、見た限り間違ってなかったぞ」

 八百ワットでもこうはなんねぇ、秋都も首をひねっている。

「しゃあない、冷めるまで待とう」

「何? 焦げ臭い匂いするけど」

 と間が悪く睡眠中だった姉と、レポートを作成していた冬樹が二階から降りてきた。 

「いや、レンジが……」

 そのひと言に姉が固まりました。


「で、操作そのものは合ってたのね?」

「おぅ、俺も見てるから間違いねぇよ」

「う〜ん……」

 姉はレンジの惨劇を前に一人唸っている。私は指定席で拷問もとい尋問を受けて凹み中。一応コンセントから抜いてるけど、煙はまだプスプスと出続けている。

「これじゃ熱くて触れないわね」

 姉は一旦レンジから離れ、掃除道具となる洗剤やスポンジを出していた。

「まだ二年くらいだったのに……」

 そのひと言に私のメンタルは崩れました。


 結局新しい電子レンジを迎え入れる必要性が出てきたので、姉が改めて中西電気店に電話を入れていたが、昨夜のことがあった私は少々気まずい思いがあった。

 どうか瀬田さんか先代でありますように〜なんて心の中で神頼みなんぞしつつ、ご近所の電気屋さんが来るってだけで変な緊張をしている私。 

「どうしたのなつ?」

 姉は何かに気付いているのか私を見て変な顔をしている。実は昨夜のことは飲みに行ったという事実しか伝えていない。家族を使った嘘を吐いてしまったがばっかりに、普段なら聞かれなくても話す事案なのにどうしても言えなかった。

「ん? どうもしないよ。電話誰が出てくれたの?」

 基本中西電気店は電話応対してくれた人が対応してくれる感じになっている。ここでてつこでなければ大丈夫。

「えっ? 先代だけど」

 ならよほどでない限り先代が濃厚だと思う。それが分かっただけでも何となくほっとした。


 それから一時間もしないうちに玄関からチャイム音が鳴る。きっと中西電気店だと姉が応対してくれる。

『ごめんください、電子レンジ持ってきたよ』

『すみません助かります。あの、壊れた分なんですが……』

『もちろん引き取らせて頂きますよ。ではお邪魔します』

『えぇどうぞ。杏璃も来てたの?』

『うん、家にいても暇だから』

 今日は土曜日だから学校お休みなのね。最近小学生以下は一人で外出させないでってチラシ家にも入ってたな。家に上がって来られた先代は早速箱を開けてレンジを設置してくださる。使い方は秋都が説明を聞き、姉は杏璃と何やら話をしている。

「済まないがはるちゃん、しばらく杏璃預かってくんないか? 今日は社長がいねぇから迎えは行けても夜になる」

 えっ? てつこいないの? 土日は絶対に休まないのに珍しいこともあるものだ。

「構いませんよ、何でしたらある程度のお時間にお送りしますが」

「悪いね、五条さんのご都合の良い方で」

 分かりました。先代はそれで安心なさったように仕事に戻られ、杏璃は込み入った話があるからと姉を連れて客間に入っていった。

「んじゃ僕レポート書いてこ〜」

 大学の進級レポートってそれなりに大変だったからね、かなり前だけど私も憶えがあるなぁ。あの頃は一番広い部屋を借りていた明生君宅によくお邪魔していた。

 彼のご実家は所謂旧家というやつで、それなりに由緒正しいお家柄だ。彼は私なんかよりも成績優秀で、勉強の面でもとても頼りになった。何度かに一度はお泊りさせて頂き、それなりに甘い時間を過ごした思い出もある。

 けどそう言えば彼は大学在学中家へ一度も訪ねてこなかった。私も彼のご実家は場所こそ知っているが、実際ご家族にお会いしたことは一度も無い。

『僕たちまだ一人前じゃないから』

 当時はそうだよねと納得してたけど、今思い返せば何となく変な気がする。ご家族の話もしなかったし、旧家だなんだっていうのも小久保か亘理に聞いただけだと思う。

『あいつんとこの親小煩いからな、俺らに対してあんま良い顔しないんだ』

『取り敢えずは今言ったこと黙っててくんね? 後で揉めんの面倒だから』

 まぁそういうことならと私も彼の前ではご家族絡みの話題は避けてきたし、明生君も五条家のことを根掘り葉掘り訊ねてこなかったと思う。

 そう考えたら彼は私を恋人として相応しいと思ってなかったのかな? とも思える。それなら……友達にはちゃんと紹介してくれてたからそんなことも無いのかな?

 それに今はお互い大人と言える年齢になった。彼の言葉に偽りがないのであれば、ご家族にも認めて頂けるのではないか? という甘い考えも頭をよぎる。

「まぁ、それも今更なんだけど」

 独り言を呟き、一人部屋の中でゴロゴロと過ごす私。そんなまったりとした時間をぶった斬るケータイのバイブ音、もう誰よ? 面倒臭い。 

「どっこいしょ」

 私は無理やり体を起こしてケータイを掴み、誰だよと画面を見ると明生君だった。本当に来ると思わなかった、私は勢い一択で通話ボタンを押す。

「はい」

『夏絵?』

 少し間を置いてから、懐かしいあの声が耳元に届いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ