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平凡な女には数奇とか無縁なんです。  作者: 谷内 朋
ガチで婚活三十路前 〜チョコが欲しいか? バレンタイン編〜
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cent quarante-deux てつこ

「そう言や腹減ったな、蕎麦食わね?」

 蕎麦? 何だよいきなり。確かにF県は蕎麦の産地ではあるけども。

「この先もうちょっと行った所に美味い蕎麦屋があるんだよ、ただ見落としやすい」

 なら別に蕎麦じゃなくていいぞ。

「え〜っと……おっ、あった」

 降谷はそう言って、道路右側にある竹やぶに突っ込んでいく。おいどこ行く気だよ? なんて思っていたら、ちょっとしたモデルルームレベルの洒落た家屋が現れた。

「着いた着いた、相っ変わらず見つけにくい店だよったく」

 もう竹刈れよ。そんなことをぶつくさと呟きながら空いている箇所に駐車している。

「ここの蕎麦屋、結構美味いんだよ」

 確かによく見るとそこそこ車停まってんな。F県を始めA県、G県、D県……首都圏ナンバーの車まである。

「ここの店主、二十七歳なんだわ。いくら親の跡継いでるにしても凄いよな、一遍店壊して改築して更に人気上げてんだよ。まぁ腕も親父さんより良いからな」

 ここまで斬新な建物にしたセンスも凄いな確かに。ただそこまでガラス張りにする必要性あるか?

「この辺って紅葉綺麗じゃん、国定公園近いからさ。それが少しでも大きく綺麗に見えるように、敢えてガラス張りの部分を増やしてるんだと。夜はライトアップもしてる。竹やぶ残してるのも、店内から舗装された道路が視界に入らないよう目隠し代わりにしてるんだ」

「詳しいな」

「まぁ、高校の後輩だからな。ついでに言うと、双子の兄貴は五条の姉さんの後輩」

 ん? ってことはオカマか? 二十七歳と言えば年齢的に……。

「まさか……」

「その『まさか』で多分合ってる、入るぞ」

 俺は降谷の後に付いて店に入ると、時間帯のせいもあるのかかなり賑わっている。

「「「「「いらっしゃいませ!」」」」」

 威勢の良い声が店内に響き渡る。景観がどうとか言ってた割に活気重視の店だな。

「静かに食いたきゃ夜営業の時間帯に入れって話だ。けど逆に言えば、あんま人に聞かれたくない話をする時は、こういった雰囲気の方が俺らに興味を示されない」

「つまりは自分らのことに夢中だから他人なんかどうでも良い、か」

「そういうこと」

「お待たせ致しました、ご新規二名様ですね。お煙草は?」

 俺は吸わないが降谷は葉巻だったか。けど外食先でタバコ類を吸ってるところは見たことが無い。

「いえ禁煙席で」

「畏まりました、お席へご案内致します」

 女性店員さんの案内で、俺らは一番奥の角の四人席に案内された。いやもうちょい手前の二人席でいい、何ならカウンター席でも構わないんだが。

「今の話聞かれたか」

 偶然聞こえた可能性はありそうだけどな。折角ご案内してくださったので、俺らは四人席に落ち着くことにした。

「いらっしゃいませ、ご無沙汰しております先輩」

 とお盆に乗せたお冷を持って現れたアンジェリカ……そっくりの大男、ってことはこの方がご店主か。何と言うか二十七歳には見えない、と同時に降谷は見てくれが若いから先輩後輩が逆に見える。

「先日お渡ししたクーポンはお持ちですか?」

 アンジェリカとは全然話し方が違うな、声質は似てるけど。

「おぅ、これな。勝手に決めちまって悪いけど、天ぷら盛り合わせ蕎麦でいいか?」

 あぁ。今の俺だとメニューに悩みそうだから逆に助かる。

「かけとざる、どっちにする?」

「ん〜、ざるで」

 今は二月だが今日はそこまで寒くはない。それに天気も良いから屋内にいるとポカポカと暖かくなる、角の席なだけあって日光がガンガン入ってきてるんだよ。

「畏まりましたぁ、先輩はぁ?」

 何か口調が変わった、アンジェリカに似てきたぞ。

「俺はかけで」

「畏まりましたぁ、しばらくお待ちくださぁい」

 さすがは双子だな。オーダーを取り終えたアンジェリカ弟もとい店主は厨房に引っ込んでいく。

「さすがは双子だろ?あっちがアンジェリカならこっちはジョセフィーヌだとさ」

 ジョセフィーヌ……むしろカルロスとかゴンザレスの方がしっくりくるが。そんなことよりさっさと昨夜の説明をしろ。

「まぁ落ち着け、まずは蕎麦食おうや」

 降谷は俺の心を見透かしたようにヘラヘラと笑っていた。


 で、先に飯を済ませて落ち着いたところで、降谷が一度姿勢を正す。そろそろ来るな。

「本題に入りますか。中西、昨夜の五条どう思った?」

 そこからかよ? 明らかにおかしかったけど。

「まぁ、通常運転ではなかったな」

「それ以外感じなかったのか?」

 何を言わせたいんだよ? 要はなつが一歩間違えたら木暮に噛みつきそうな展開だったから引き離した、ってとこだろ?

「察しは付いてるみたいだから次な。その後俺らが別んとこで連れ立ってたの見たんだろ? 多分お前はそこで苛立ってる」

「別の店行けばよかったろ、何で敢えてニアミスする可能性のある……」

「だってマトモなシガーバーあそこしか無ぇんだもん」

「何なんだよそれ?」

 この男抜けてるのか故意なのかがよく分からん。

「あのまま帰らせたら感情が増幅しそうだったしさ、毒吐かせてやんないともっとこじらせるだろ? だから二軒目行って仕切り直そうって俺が誘った」

「……」

 なつのための方便だったのか? なら強引にでも自宅まで送り届ければよかった、嘘吐いてるのは分かってたんだからさ。俺は押し切れなかったあの時の自分を後悔する。

「八時半くらいかな? チラッとお前の車見えたんだよ。五条は気づいてなかったけど、正直ヤベって思った」

 今この男に物凄い敗北感を覚えてる。

「けどそれならそれで良いのかもなとも思ってる。そろそろ本音を引き出してやってもいいんじゃないのか?」

「何の話してんだよ?」

 話が全く見えねぇ、降谷は時々こんな感じのことを言ってくるんだけどさ。

「お前の気持ちの話してんだけど」

 は?

「それとこれと何の関係があんだよ?」

「大アリだ、お前がグズグズしなけりゃこうまでなんなかったんだよ」

 俺のせいみたいに言うなよ、このことに関してはむしろ乗り遅れてんだから。

「もういい加減格好つけんのやめろ、見苦しくて見てらんねぇわ」

 何言ってんだコイツ、さっぱり意味が分かんねぇ。

「悪い、言ってることが分かんねぇ」

「お前なら分かると思ってたんだけど……まぁいいや、そこまでご所望であれば言ってやるよ」

 降谷はお冷を一口飲んで息を吐いた。なら初めからちゃんと言えくらいの気持ちで目の前の男を見据えていたが、俺の予想を遥かに超えるとんでもないひと言をサラッと吐かしやがった。

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