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平凡な女には数奇とか無縁なんです。  作者: 谷内 朋
ガチで婚活三十路前 〜チョコが欲しいか? バレンタイン編〜
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cent quarante et un てつこ

 昨夜は久し振りに眠れなかった。

 家に帰ってから酒に頼ってさっさと寝てやろうとしたが、こういうムシャクシャした時に飲酒するとかえって目が冴えてしまう。俺自身酒は弱くないし、時間を置くと何でこんなことで怒ってんだ? ってそこにも腹が立って結局微睡む程度の睡眠しか取れてないと思う。

 ヤバい、こんな時って仕事もミスをしやすくなる。普段以上に気を張って今のところやらかしてはいないが、全身の筋肉が強張ってるのが分かるくらい今の俺は尋常な状態じゃない。

「アンタ昨夜何があったの?」

 今朝お袋にもそう言われてしまう始末で、瀬田さんにも今日は運転させられないと運転を代わってもらっている。

「ところで社長」

 午前の外回りを無事に乗り切った後、瀬田さんが思い出したように話を切り出してきた。多分アレだ、見合いの返事放ったらかしにしていたことを今更ながら思い出す。正直今日みたいな日にその話題はやめてほしいところだが、間に挟まれている身としては先方さんに接突かれている可能性もあるのか。

「先方さんにどうお返事させて頂きましょう?」

 ん〜、どうと言われても……勝手知ったる元カノだが、思い返してみると杏璃とは合わない気がする。

「やはりいきなり十二歳の子の母親役をさせるにはと思ってしまいますね」

「今回のお嬢さんはご承知なさった上で社長にお会いしたいと仰っています。先日のご様子だとお知り合いみたいでしたし」

 知り合いには違いないが、正直彼女と復縁したいとは思わない。出来ればとっとと断って頂きたいって俺がちゃんと意思表示しなかったことが原因なんだけど。

「顔見知り程度です」

「そんな嘘が通用するとでも?」

「どういうことです?」

 バレてる可能性があるのか。

「社長は平然となさっていましたが、清乃さんは好意を持って接していらっしゃいました。せめて一度はお二人でお話された方が宜しいかと」

「……」

 今更何を話せというんだ? そもそも期間限定の交際で、海外移住するからって思い出作りに付き合ってただけだぞ。

「お断りしてください、中途半端に合う回数を増やして気を持たせてしまう方が失礼ですから」

「それは構いませんが、そもそもご結婚を考えている理由は何ですか?」

「杏璃のためです」

 それ以外の理由なんか無い。俺は別に伴侶を欲してもいないというのが本音だからな。

「それだけですか? ご事情は先代からあらかた伺っていますが、もう少しお相手の女性に興味を持たれても宜しいんじゃないでしょうか?」

 確かに仰る通りだ、気持ちというものは大事だと俺だって思う。けどこれは実母の身勝手な事情によるものでもあって、あの女の好きにはさせたくないという気持ちが強い。

「俺は杏璃を泣かせるようなことはしたくありません。実母の所へ戻りたがっていない以上、親父としてやれることをやるだけです」

「しかしお相手の女性にだって心はあるのです、そのような理由で女性の人生を縛るおつもりですか?」

 そう、俺みたいな理由で結婚なんかしたって上手くいくはずがない。それは分かってるけど、なら一体どうすりゃ良かったんだ? 何が正しい方法なんだ?

「その点は心苦しいところですが、俺にとって一番大事なのは杏璃です。失礼を承知で申し上げれば、高校を卒業した時点で離婚していいと……」

「そのような考えの方に結婚は向きません。娘を持つ親として、社長のような方の元に嫁いでほしくありません」

 先方さんにはそのように伝えます。瀬田さんはそう言って話を打ち切った。けど俺はホッとした、周央清乃との結婚生活なんか想像もできないししたくもない。

『部活動と私、どっちが大事なの?』

 昭和かよ? と言いたくなるような依存心満開の言葉を事ある毎に浴びせてくるような女だ。頼られたり寄られたりするのは男として悪い気もしないので、最初のうちは彼女を優先していたこともあった。

 しかし『高校を卒業したら海外に移住する』ことをかさに『寂しい』と真夜中に電話してきたり、周囲の視線を掻い潜って部室にまで忍び込んできたりと、今となってはうんざりだったことしか思い出せない。

 卒業式の後、本当は依田を始めとした気安いメンバーと一緒にいたかったが、これが最後だと割り切って周央清乃と過ごした時間は思い出したくない。

 好きでもない女とのセックスがあそこまで苦痛だとは思いもしなかった。更にショックだったのが、気持ちとは裏腹に本能的な反応だけはいっちょ前にする自身の体にも幻滅した。

 その日を境にちょっとした女性不信状態になっている。腐れ縁や気を許した相手に対してはそうでもないが、高校卒業時に告ってきた安藤カンナに対しては、その不信を払拭するのに少しばかり時間を要してしまった。

 安藤のことは嫌いじゃない。一見お嬢様だが意外とサバサバしていて付き合いやすいタイプだ。仮に周央の存在が無ければどうしてただろうか?ごくたまにだがそんなことをふと考える瞬間がある。

「多分同じか……」

 しまった、思考と言葉が直結した。

「どうなさいました?」

「いえ何でもありません」

 俺は瀬田さんの顔も見ずにそうやり過ごした。

 

 ちょっと寝たい……自宅店舗前に到着し、そのまま店内に入って部屋に上がろうとしたところで降谷尚之と鉢合わせた。何でお前ここにいるんだ? しかも微妙に逃げようとしやがって。

「説明しろ、昨夜のこと」

 何言ってんだ俺、今はとにかく休みたいって思ってたとこなのに。

「あ〜そだね、そんな気はしてたわ」

 ったく、こんな時に聞くコイツのチャラい口調はいつも以上に腹が立つ。

「けどさぁ、方便の範疇ということで許してくんない?」

 その『方便の範疇』ってのを説明しろっつってんだよ。

「ってな訳なんで、社長お借りしますね」

「おぅ、構わんぞ。哲、ケータイ置いてけ」

 親父は角ばったゴツい手を差し出してきた。俺いつこういう手になれるんだろうな? と自分の細い手指を恨めしく思う。

「いえそこまでは……」

「いいから仕事はここまでにしとけ、その代わり水曜日返上な」

「はい」

 それでしょうがないか、そもそもそのきっかけを作ったのは俺の方だ。

「裏手に回ってくれ、支度してくる」

 本当なら着替えたいところだがそれだと待たせてしまうので、ケータイ、財布、車のキーだけを二階にある自室へと取りに上がる。

「お帰りパパ、出掛けるの?」

 今日は土曜日だから学校は休みか、杏璃は勉強デスクの椅子に座ってケータイと向き合っている。

「あぁ、ちょっとな」

 声を掛けておきながらケータイゲームに夢中かよ。

「行ってらっしゃい」

 まぁシカトされないだけマシか。

「ん、行ってきます」

 それきり反応は無かったが、降谷を待たせているので持つものだけ持って裏口から外へ出た。

「お前、『昨夜眠れませんでした』顔満載じゃん」

 誰のせいだと思ってんだ?けどこの男それを見越した上で言ってるだろうから、せめてもの足掻きで反応はしてやらない。

「キー貸せ、俺が運転した方がマシだ」

 俺は降谷にキーを渡し、運転を任せたらしれっと県境を越えてF県に入りやがった。

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