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平凡な女には数奇とか無縁なんです。  作者: 谷内 朋
ガチで婚活三十路前 〜チョコが欲しいか? バレンタイン編〜
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cent trente-neuf

 降谷に自宅まで送ってもらって敷地内の入ると、冬樹が玄関前に座ってぶっとい本を読んでいた。

「ただいま、何してんの?」

「ん〜? 鍵とケータイとお財布持って出るの忘れちゃって〜」

 あ〜『嘘から出た真実』状態になってるわ。

「それでよく外で過ごせたね」

「学校なんて定期券だけで何とかなるよ〜、たま〜になら集れば奢ってくれるしね〜」

 あ〜コイツの場合頭脳という対価で飯奢らせるって魂胆だな。

「ご飯はどうした? まだ?」

 コイツ飲食店に一人で入れない、まさかまだとか言わないよね?

「今日はゼミの人たちと食べてきた〜」

「なら良かった、鍵開けるから」

 私はバッグから玄関の鍵を取り出し解錠する。冬樹は嬉しそうに立ち上がり、いの一番に中に入って照明と暖房を点けていく。

「アンタどれくらい待ってたの?」

「う〜ん、十分程度だと思う〜、だから本もちょっとしか読めなかった〜」

 冬樹はリビングのソファーに座って早速ぶっとい本を開いてる。

「体冷えてるだろうから先にお風呂入ったら?お湯張りしてくるから」

「うん、じゃあそれまで本読んでる〜」

 たまには自分でやります位のこと言えないのか? まぁそんなの期待してないけど。冬樹は一人でファーストフード店にすら入れないのだが、割と一人でいるのを好む。つるみたいというよりは、誰かに頼んでやってもらえという魂胆で世話好きそうな知人と親しくしておくといった感じだ。

『他人さんに必要以上の期待をしない、そうすれば腹も立たない』だそうで、固定の友人を持たないようにしてるようだ。自宅に同級生を連れてこないし、必要分しかケータイもいじらない。

『チンケなモブよりもオカマとかヤ●ザとかの方が面白いしね〜』と姉や秋都の友人共とつるむ方が多い。私の友人? それを考えたら普通なのばっかだけど、腐れ縁とは仲良くしてる。

「あき兄ちゃん何時に終わるんだっけ〜」

「十時って聞いてるけど、用でもあんの?」

「うん、お腹空いた〜」

 何? もう? 多分食事代を返金しなきゃなんなくなってるから標準分しか食べてこなかったな、これが奢りとなれば二〜三倍は食ってくるんだけど。

「お金、借りてんだね」

「ケチ臭いよね〜貧乏学生ってさ〜」

 貸してもらえるだけありがたいと思え。そもそもはお財布忘れて外出したお前が悪いんだろうが。

 冬樹は半端なく優秀な頭脳のおかげで、カテキョのアルバイトで結構いい小遣い稼ぎをしているようだ。しかもコイツバイトの分際で客を選び、自身の肩書をかさにして富豪レベルのご子息ご息女様しか相手にしない。

 まぁその分美人オカマな姉、平凡すぎる二流な私、顔だけイケてる馬鹿な秋都には誕生日、記念日程度ではあるが羽振り良く還元してくれるので、こっちとしては特に文句はございませんがね。

「ふゆ、湯張り終わったよ」

 風呂場からそれを知らせる音楽が聞こえてきた。私も続けて入ろうかな?

「んじゃお先ね〜」

 冬樹は嬉しそうに立ち上がり、部屋からパジャマと下着を出して風呂場へ直行していた。その間暇なのでリビングのテレビを点けると、平賀時計資料館リニューアルオープンの盛況振りがニュースになっていた。

 平賀時計は展開こそ地味にしているが、比較的名の通った有名人が愛用していることでブランド価値を上げている。大量生産はほとんどせず、しかも長く使えるようにと部品の型の変更も頻繁には行っていない……と先日伺った豆知識。

 んでそこに最近テレビ局を退社して話題になったフリーアナウンサーがレポーターとして資料館に入り、例の若社長が熟れた感じでインタビューに応えている。

 境さんとは進展なさったのかしら? と邪推なんかも込みでテレビを眺めていると、職人さんたちの作業が見られるエリアに入っていく。

 チャンネルを変えようと咄嗟にリモコンを掴む私と、明生君を探しテレビ画面に集中している私が混在していた。見たくないけど探してしまう、怖いもの見たさに似た変な緊張感が胸の中を支配していた。

 『私には専門知識がございません、ここからは別の者をお付けしますね』

 その言葉を合図に若社長の隣に立った元カレ…まだちょっと顔色が悪いような気もしたけど、元は営業職志望だっただけあって淀みなく作業の説明を始めていた。

 結局は見てしまったと敗北感を覚えながらも、あの時と同じ物腰柔らかな口調に過去の記憶を蘇らせていた。いつも優しかった明生君、テレビ越しの彼は性格まで変わってないんじゃないかと思う。

 明生君は明生君だ……シガーバーで言ってた降谷の言葉、今回は間違ってる。私の中の彼は今ここにいる、そう思えたのでケータイを掴んで彼の番号を探し出す。

 何て話そう? あっ、『テレビ観たよ』でいいよね? 久し振りだけど、フラレちゃってるけど、それでも再びコンタクトを取りにきてくれてるんだ。友達としてであれば付き合えると思う、通話ボタンを押そうとしたところで、秋都からメールが届く。

【十時半にピザが届くように手配してる、金は払ってるから商品来たら受け取っといて】

 はぁ? ピザぁ? さっきシガーバーで食ったよぉ。んでもって今何時だぁ? もう来るじゃん! なんて一人ワタワタしてたらピンポン♪ とチャイムが鳴った。

「はぁ〜い」

 私はケータイをテーブルの上に置いて玄関に向かう。

「『ピザキャップ』でーす! 商品お届けに伺いましたぁ!」

 と深夜帯に入る時間にも関わらず元気一杯な配送君。こんな夜遅くまでご苦労さまです。

「五条秋都さんからのご注文分です!」

 とどう見てもLサイズの箱が三つ、誰が食うんだこんなに?

「はい、伺っています」

「お代は頂いております。こちら商品と明細書です!」

 配送君からずっしりとした箱三つを受け取った。

「ありがとうございましたぁ!」

 最後まで元気一杯だった彼は颯爽と帰っていった。

「重っ」

 ピザ三枚って結構重いのね、私はそれをダイニングテーブルに置き、酒は無いかと冷蔵庫を開ける。お〜そう言えばてつこが買ってくれてた外国産のビールがまだいらっしゃるわ。

「ねぇ〜誰か来た〜?」

 風呂上がりの冬樹がパジャマ姿でリビングに入ってきた。あぁ腹空かせてるのがいるわここに。

「ピザ屋さん、秋都がネット注文か何かしたみたい」

 多分ここのピザ屋ならアプリケーションとか持っていそうだ、秋都はこういうのよく使ってるから。

「うわぁ〜い以心伝心できてる〜、コーラ無い〜?」

「レモンサイダーならある」

「むぅ〜」

 冬樹は不機嫌そうにむくれている。いやアンタが買ってきたんでしょうが。

「イタリアだとペリエにレモン絞った水が主流らしいよ」

 知らんけど。ここで甘やかしたら確実に買いに行かされる、いくら私がそこらの暴漢程度に負けないとはいえ、こんな時間にクソ寒い中外出なんかしたくない。

「ただいまー」

 あっ、ピザ男が帰ってきた。

「お帰り、ピザ届いてるよ」

「そっか。ちょっとコレ買いにスーパー寄ったんだ」

 と白いビニール袋をドンと置く。僅かに透けて見えるこの色と形状は……。

「コーラだ〜!」

「おぅ、ピザだとこっちの方が合うだろ」

 何か今日は以心伝心してるなぁ弟よ。冬樹は早速コーラのフタを開けているので、私はグラス三つをテーブルに並べる。

「手だけ洗ってくる、腹減ったわ」

 秋都は上着をソファーの背もたれに掛け、洗面所へ手を洗いに行った。

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