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平凡な女には数奇とか無縁なんです。  作者: 谷内 朋
ガチで婚活三十路前 〜チョコが欲しいか? バレンタイン編〜
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cent trente-trois てつこ

「何だ、なつじゃん」

 有砂もそれで分かったようだ。

「五条さんが? 普段見かけなかったんだけど」

 あいつ基本野球に興味無いからな、さすがに県大会決勝戦だから記念に〜とかで見にきてただけだと思うから木暮が見かけなくても当然なんだよ。

「そんな堂々と……送迎バスの駐車場にだよな?」

 稔ちょっと引いてるわ。

「はい、結構な人数の追っかけさんたちともその光景は見てましたので。皆固まってました、いくら何でもマナーが悪すぎるって」

 今更ではあるんですけど。三井さんは少々不機嫌そうにビールを飲んだ。

「知り合いだって油断した俺も悪かったんだよ」

「でも立ち入り禁止のコーンやプレートはちゃんと立ててありました、見落とすにしても不自然だと思います」

「残念ながらそれがなつなんだよなぁ」

 有砂はしみじみと言って一人頷いてる。俺としてもなつの公私の落差は承知してるからな。

「なつって優秀できちんとしててって感じだと思うけど、プライベートは割と抜けてるそ。簡単に言えばその落差が非常識レベルに激しいんだよ」

 なつは確かに結構抜けてるところがある。そういった意味で外面はかなり良い方だと思う。

「そうなんですか? 職場では総合職への要請もあるくらいなんですよ」

 マジかよ? 俺としてはそっちの方が意外だわ。三井さんからしたら、その非常識JKがなつだったってのは多少ショックだったみたいだ。

「あれが夏絵ちゃんだったっていうのがちょっとショックです……」

「まぁ弥生ちゃんからしたらそうだよねぇ」

「でも顧問に見られてなくてよかったね」

 木暮は昔話と割り切ってる感じだ。

「俺そういう女ちょっと引くわ。皆面識あるっぽいからどんな子か興味あったんだけど……居なくてよかった」

「ちょっとそんな言い方しなくても」

 稔の発言に木暮が慌てて窘めてる。

「何か話聞いてたらお姫様じゃん」

「そこだけ切り取るとそうかもね、実際会うとそうでもないよ」

 健吾さんは至って冷静に言う。多分だけど、三井さんの立場と稔の主張を否定しないよう慎重に言葉を選んでると思う。

「いえ遠慮したいですね」

「今日の感じだと居なくてよかっただろ、てつこ何飲む?」

 有砂はさらっと話を打ち切って俺の酒を気にしてる。そう言えば店入ってから何も飲み食いしてない。

「おでん、頼みましょうよ。依田君ここのおでん食べたことあります?」

「無い、そんなに美味いの?」

「『屋台のおでん』ってここなんですよ」

「マジ? めっちゃ食いたい!」

 三井さんは有砂と盛り上げ役に徹している。

「真姫子さんお酒どうします?」

「う〜ん、ソフトドリンクにする。空の皿もらうね」

 木暮まで甲斐甲斐しく皿を端に寄せ始める。そんな中安藤だけは悠然と残りの酒を飲んでいる。俺からするとこっちの方がお姫様だと思うのだが、生粋のお嬢様育ちなのでまぁ自然ではあるのか。

「俺安藤の姫様振りはムカつかないんだよ」

 おいもう蒸し返すな稔。

「んもぅ!」

 妻である木暮には肩を、有砂には頭を叩かれていた。その後なつの話題には一切触れず、それなりに楽しく飲み食いして十時半頃お開きとなった。

 車で来ていた依田夫妻と三井カップルがそれぞれの家路に着き、高階さんを駅まで送ってから有砂、安藤の三人で家に向けて歩いていた。

「杏璃ちゃんに渡したいものがあって」

「寝てるかも知んないぞ」

「それなら渡しておいてよ」

「だったら別の日にしろって」

 仕事上での付き合いだともう五年くらいになるんだな。正直ここまで気易く付き合えるようになるとは思ってもみなかった。

「何だ高校時代より親しくなってないか?」

 仕事上のことは有砂に見えてる訳ないからそう感じるのかもな。

「まぁ、いつまでも地区事情なんか引きずってらんないからな」

「葉山さんのクッションがあったのも良かったんだと思うわ。それが無かったらもう少し面倒だったかもね」

「そっか、長門(ながと)家には逆らえないもんなぁ」

 長門家……梅雨子さんの生家は“街エリア”でも特に上流階級のお家柄で、成金一二三家でも一切逆らえないくらいの格差があるらしい。

 島というからんちゃん贔屓の娘可愛さに、中学入学をきっかけに街から島へ移住されている。それでも今尚“街エリア”では影響力があるっていうからな。

 駅からでも十分と掛からず自宅に着き、裏口から入ると杏璃がお帰りと出迎えてくれた。安藤は『文子洋菓子堂』の紙袋を杏璃に手渡し、二言三言交わしてあっさりと帰っていった。

「しまった!」

 杏璃は急に思い出したように大きな声を上げた。

「安藤さんの連絡先、聞くの忘れた」

「私分かるよぉ、ちょっと待ってな」

 有砂は自分のケータイを操作し、しばらく待ってまた操作している。あぁ連絡先くらいは交換してんだな、俺安藤個人の連絡先まで知らないなそう言えば。

「杏璃、赤外線受信できるか?」

「ううん、無理」

「なら安藤の連絡先添付してメール送るから、後で登録しときな」

「うん分かった。ありがと有砂ちゃん」

 杏璃は有砂に礼を言い、嬉しそうにケータイを操作している。葉山さん宅に顔を出していた小学校低学年くらいまでは安藤とも親しくしていたが、学校生活最優先となっている今は挨拶程度の間柄になっている。

「んじゃ私も帰るよ」

 おぅ、で別れようと思ったが杏璃がパパ、と言ってきた。

「さっきの安藤さんもそうだけど、どうして女性一人で夜道歩かせるかなぁ? 有砂ちゃん家はちょっと遠いんだから送ってあげようよ」

「……」

 ホントませてきたな杏璃、まぁ正論ではあるんだけど。

「そうだよなぁ杏璃。ちょっと親父借りるぞ」

「うん、お気を付けてね〜」

 有砂は俺の腕を引っ掴み、強引に外へと連れ出した。有砂は普段以上の早足で、俺は引っ張られる形で付いて歩く。一つ目の角を曲がって自宅が視界に入らなくなったところでようやく腕を離す。

「そろそろいいな」

 何がだよ?

「今から二つ質問する。黙秘は許すが拒否は認めん」

 こういう時のコイツの質問は大概エグい。嫌な予感しかしないわ。

「はい一つ目〜、マジカノってどこのどいつ?」

 やっぱりか……でも正直時効みたいなもんだから白状したところで誰も損なんかしない。

「チェスカ女子大付属の同級生、名前は勘弁」

「ふむ、名前などどうでもいい。では二つ目〜、婚活理由を述べよ」

 そんなもんお前が知ってどうすんだよ?

「ん? 黙秘か?」

 悪いが答える気はない、家の事情にまで首突っ込むな。

「最近杏璃の実母がこの辺うろついてるらしくてな」

「お前何で……?」

「心配するな、情報源はなつじゃない」

 そういうことか……有砂には石渡組とのパイプがあった。

「何でそこでなつの名前が出てくんだよ?」

「そりゃそうだろ、お主はなつにしか本音を話さんからな。子供の頃からずっとそうだ」

「……」

「それはまぁいい、話を戻す。実母は杏璃との引き取りを画策してんだろうな、どうも離婚して別の男に乗り換えおったみたいでな」

「みたいも何も知ってんだろ」 

「もちのろ〜ん、あの弁護士ちょっとあくどいって有名らしいから。んでまぁその前に中西家に乗り込んで杏璃を返せ的なことでも言ったんだろ、親権こそ持ってないが生んだのはあの女だ。弁護士っちゅう肩書の旦那は更生をアピールできるカードにはなるだろ、経済力はお主以上だからなぶっちゃけ」

 そっちで斬り込まれたら俺の収入だと確実に負ける。

「娘を捨てた事実は児相も児童養護施設も把握してるから決して有利ではない、けど法的な観点で言えば血縁重視だったりもするからな。妥協案として然るべき母役の妻を用立てよと言ってきた、杏璃が母親自体を求めていないこと、お主が結婚に積極的ではないことを見越しての上でな」

 結局俺が結婚する気ないってのが弱みになってたのかよ。有砂の推察とやらはほぼ当たってる、それでも杏璃を手放したくない。失礼な話だけど、ほとぼりが冷めれば離婚すればいいとすら考えてる。

「それで杏璃は考えた、父の婚活は多分実を結ばない。ならなつを母役の妻に迎えてしまえと……」

「テキトーなこと言ってんじゃねぇよ!」

 そんな役なつにさせられるかよ! 腐れ縁で事情を理解してくれてても、あいつを傷物にはできないししたくないに決まってんだろ!

「いやそうでもないが。これから杏璃は付けられる味方を付けて、あの実母の術中にはまらない策を講じ始めると思うぞ。現時点でベストなのがなつとの結婚だと多分本気で思ってるだろうね」

 まさかとは思ったが、思い返すといくつかそうとも取れそうな行動をしていたかも知れない。

「それとな、今日くれちゃんがお主を気に掛けることをちょこっと言ったんだよ。なつは多分事情も知らないくせに詭弁垂れてんじゃねぇくらいのことは思ってたんじゃないかな」

 なつがそんな挑発的なこと思う訳ないだろ。多少KYなところはあるけど、木暮の発言くらいでいきり立つような馬鹿じゃない。

「てつこ、お主も付けられる味方はできるだけ付けておけ、なりふり構ってる場合じゃないぞ」

 有砂はなぜかもの悲しげな表情で俺の顔を見ながら言った。

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