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平凡な女には数奇とか無縁なんです。  作者: 谷内 朋
ガチで婚活三十路前 〜チョコが欲しいか? バレンタイン編〜
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cent vingt-neuf 有砂

 なつはこの店に入ってから多分ひと言も喋ってないと思う。くれちゃんの口から知らないてつこの一面を聞かされるのがそんなに嫌なのか?

 なら言わせてもらうが、てつこは本当の弱みとか腹の内はお主にしか見せてないんだぞ。そこに嫉妬心を持つのは贅沢というもんだ、高校まで一緒だった私よりもお主を信頼してるんだぞ。惚れた腫れたが無くてもちょっと悲しいんだぞそれってさ。

『てつこはなつにしか腹の内を見せない』

 そう言えばげんとく君も私と似たような考えをしてたこと今更ながら思い出したわ。考えてもみろ、くれちゃんにしろ安藤にしろ、てつこに恋愛感情を持ってる子からしたら、なつみたいな存在の子がいるってだけで無条件降伏しなきゃなんなかったんだぞ。

 勿論なつに罪がある訳じゃない。だけどさ、私はそのために涙した二人の思いを見てるんだ。安藤は滑り込みで告れただけマシだけど、くれちゃんはマネジに徹して涙を飲んだんだよ。

「中西君も身を固めるにはいい機会なのかもしれないね。私的にはカンナちゃんが一番安心だけどなぁ」

 くれちゃんのその言葉になつの表情が一瞬歪んだ気がした。これは多分私以外気付いてないと思うけど……それくらいの発言は許してやれよ、善意で言ってんだからさ。

「ダメよ、夫にする人は仕事と無関係の方が良い」

 おい、安藤にまで気遣わせてどうすんだよなつ?

「安藤さんって公私を分けたいタイプなんですね?」

「えぇ、線引きしないと疲れちゃいそう」

「私もそうなんです、彼とは街婚で知り合ったので」

 弥生ちゃんおもしれー、何気に凄い引き出し持ってないか?

「ところで、依田さんのご主人ってどんな方なんですか?」

 君多分それなつを余計不機嫌にさせるかも知れぬぞ。けど実際問題ごく普通の話題だからそのまま続けますけどね。

「高校の同級なの、今は社会人野球の現役選手なんだけど……」

「有砂ちゃんの同級ってことは総合高校だよね、そこの野球部ってことは依田稔?」

「えぇ、まぁ」

 くれちゃんは一歩間違えると自慢になる案件なので、返答一つにも気を遣ってる。まぁ周囲ではむしろ依田の方がやっかまれたんだけどな。

「えっ? あの?」

 私野球詳しくないんだけど、依田ってそんなに人気あったのか? 高階さんにしろ弥生ちゃんにしろ反応が物凄く良いんですけども。まぁ当然野球知らずのなつは全く興味が無さげ、だっててつこの応援だってほとんどしてこなかったからね。

「依田って本当に有名だったのね」

 安藤にとっては出来の悪いクラスメイトって感覚でしかなかったんだろな、当時から人気者とは思えぬ邪険な扱いしてたもん。

「安藤はもうちょっと依田に優しくしてもいいと思うよぉ」

「それはくれちゃんの役目、何で私が優しくしなきゃいけないのよ?」

「え〜っ、依田君って学校じゃそんな扱いだったんですか?」

 他校どころか他県出身の弥生ちゃんからしたら幻滅モノかなぁコレ? でも楽しそうに会話に参加してくれてるだけお母さんひと安心。高階さんと安藤がなつのフォロー役を買って出てくれてるけど……今日の奴はどうにも感じが悪い、『依田って誰だよ?』感ダダ漏れなんだって。

「中学時代から有名だったのよ。今は榊原建築の主力選手で、アマチュア野球界屈指のスラッガーなのよ」

 丁寧な説明ありがとう弥生ちゃん。ただね、君の同期は『スラッガー』って単語すら分かんないと思うんだわ。だって『何それ美味しいの?』って顔してるもん。

「何かむず痒くなってきちゃった」

 くれちゃんも多分なつのノリの悪さを感じ始めてるんだと思う。旦那褒められて照れちゃう的な感じにして、何とかなつにも分かる話題を振ろうと必死に考えてるっぽい。

「そう言えば憶えてる? 近藤寿也(こんどうとしや)って」

 お〜中学時代てつこと二遊間組んでた野球部員じゃん、この男なつとは二度同じクラスになってる。しかも野村拓哉と仲が良かったから、なつとは割と接点があったんじゃないのか? 確か野球推薦でF県の高校に行ってるはずだ。

「高原学院出身の方ですよね?彼確か……」

 そうそう詳しいな弥生ちゃん、コイツ野球センスってのが物凄くて当時滅茶苦茶モテたんだよ。んで甲子園出てドラフトかかってプロ球団に入ったんだけど、何を思ったか三年後くらいに頭丸めて出家して意味分かんねぇってなってたわ。

「なつぅ、憶えてない? 近藤って席隣になったことあるはずだよ」

 ついでに言うとな、お主の会社が新人研修で使ったお寺にいるんだぞ。

「ほら、新人研修の時の宿坊あったでしょ? 近藤さんそこで僧侶として修行なさってるのよ」

「えっ? 当時からいた?」

 お、憶えてないのかよ?

「うん、いらしたよ。最後の最後にお聞きしたらね、夏絵ちゃんとは中学が同じだって仰ってたのよ。ただ本人が思い出すまでは伏せててくれって」

「なら伏せてた方が良かったんじゃない?」

「今更もういいと思うよ、世間的にも認知されてることだし。あまり接点が無かったのね」

「うん、多分喋ったこと無いわ」

 何言ってんだ、君ら二人が喋ってる姿をこっちは何度となく見てるっちゅうねん。憶えてないにしても酷すぎないかなつ、くれちゃんの気遣いが伝わらなさすぎてこっちがイライラしてくるよ。

「そっか、五条さんと喋ってるところ見たことあったから憶えてると思ってたんだけど。記憶違いだったのね」

「多分そうだと思いますよ」

 はぁ? 少しは思い出そうとしろ。

「んでくれちゃん、近藤寿也がどうかした?」

 さすがにここで話を折られちゃうのは不憫すぎる、こうなったらなつ(拗ね子)は無視だ。

「うん、実は旦那の本家が檀家に入ってるお寺さんで、盆の集会の時にばったり会ったのよ。少しだけ話出来たんだけど、今は小学生の草野球チームのコーチもしてるんだって。早くに現役引退しちゃったけど、今でも野球を好きでいてくれてるのがちょっと嬉しくなっちゃった」

 くれちゃんそんなだから野球部員共に『ママさん』って言われちゃうんだよ、にしても依田はいい女捕まえたよな。

「真姫子さんって良いお母さんになりそうですね」

 弥生ちゃん、君も良いお母さんになれると思うぞ。

「ありがとう、そうなりたいと思ってる」

「当時から『ママさん』って言われてたものね、みんなくれちゃんなら信用できるって頼ってた子多かったわよ」

 私もその一人、と安藤は綺麗な笑顔でそう言った。うん、この子結構な美女なんだけど、男勝りすぎるのが勿体無いわ。

「頼ってくれるのは嬉しいんだけど、野球部以外でも『ママさん』って言われるのちょっとイヤだったなぁ」

 ってすんげ〜和やかトークの最中だってのに、なつは一人能面ヅラ。高階さんは「具合でも悪いのか?」って体の心配してるけど、多分話に付いてけなくていじけてるだけだよ。んでもう少し話が進んで依田の第二ボタンの話題になった辺りでなつのケータイがブーンと鳴り出した。

「通話着信だから席外すね」

 そう言って荷物をまとめて退席し、それきり戻ってこなかった。

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