cent vingt-huit 有砂
このところ私は休日毎に高階さんと会うようになっていた。話も面白いし一緒にいても全然疲れない。それに何より本性出しても全然嫌そうになさらない奇特な人なのだ。
この前初めて二人でお酒を飲みに行ったんだけど、私大して飲んでないのにいつもよりも酔いが早く回っちゃって。んでその居酒屋だと彼の自宅の方が近くて、酔いが冷めるまで休ませてもらった。
悪い男であればこれ幸いと襲うでしょ? けど高階さんはそんなことなさらず真面目に看病してくれて、律儀にも父に怒られるのも覚悟の上で『落ち着かれたらお届けします』ってわざわざ連絡してくれたんだって。
しかもそれをきちんと有言実行なさったもんだから父彼のこと気に入っちゃって、お付き合いしてる訳でもないのに『娘を宜しくお願いします』って頭下げる展開になっちゃった。
『僕なんかで良ければ末長くお付き合いさせてください』
とまぁこれでさらっと親公認、うちの父そんなに厳格じゃないからね。それでたまに親戚に叱られるんだけど、『男親ってのは人様の大事な娘をかっさらった上になるもんなんだ』って基本恋人には煩くない。それで私が失敗しても『次は同じ失敗するな』くらいしか言われない。
んで本人よりも親の方が先走ったお陰でお付き合いすることになった私たちは、折角だからバレンタインチョコを一緒に買おうという話になり、近場ではマカロンが超絶美味い店として有名な『文子洋菓子堂』に行くことにした訳よ。
『文子洋菓子堂』さん自体は結構な老舗洋菓子店で、『文子』というのは創業者となる女性パティシエさんの名前だそうだ。創設当初から従業員さんは全員女性で、今でも社長さんの名前は字違いながらも『あやこ』さんなんだって。
「思ったほど混んでないね」
開店直後に到着したのでまだ店内はゆったりとしている。これで午後から行こうなんて事態になると多分ごった返してただろうな。
「今のうちに良いのゲットしよう」
私たちは仲良く店内に入ってバレンタインチョコを物色。やっぱりここはマカロンじゃない?
「お〜、マジ美味いっすね」
店員さんに勧められたのをいいことに早速味見してやがったわ、けどこういうちゃっかり者は嫌いじゃないよ。
「気に入ったんならマカロンにする?」
「うん。えっとこれください」
早っ! 彼は十個入り三千円のマカロンを指差してご満悦になさってる。知り合って一ヶ月程度だけど、基本彼は行動に迷いが無い。
「帰ったら五個ずつ食べよっか」
「うん」
私たちはマカロンを買って店を出ると、ちょうど開店時間帯を狙ったらしきなつ、安藤、くれちゃんこと木暮真姫子ともう一名のご一行がやって来た。
「お〜いなつぅ〜」
私は最も付き合いの古いなつを呼ぶ。高階さんは安藤は知っていてもくれちゃんとは面識無いもんね、っていっても彼人付き合いは良い方なのでそこの心配はしてないけど。
「今日はやたらと知り合いに……」
まぁなつにとってはそうだろうねぇ。
「みたいだねぇ、おこんち〜安藤、くれちゃ〜ん」
この二人は高校の同級生で、くれちゃんは中学も一緒。中学時代は接点が無くてそう親しくなかったんだけど、高校に入ってちょっと話してみると案外付き合いやすい子なのよね。
「ひょっとして彼氏さん?」
「うん、紹介するね。高階尊さんです」
「依田真姫子です。彼女は安藤カンナ、私たち三人高校が同じなんです」
「高階です。安藤さんは正月にお会いしたよね?」
「えぇ、しばらく振りですね」
うんうん、和やかそうな展開で何よりだわ。それより面識の無いもう一名様って……あぁなつのお連れさんなのか。
彼女は一旦なつの傍に行って何か言葉を交わしてるけどなかなかこっちに来ない。ん? どうしたんだ? 見た感じの印象でしかないけど、お連れさんよりもなつの方が入りにくそうにしてるなぁ。
「どうしたんだろうな? 五条のやつ」
何してんだよなつ、マカロン買いに来たんじゃないのか? この面子全員と面識があるお主が何故そんなへっぴり腰なんだよ?
「お〜いなつぅ〜、マカロン買うんだろぉ?」
私の呼びかけにお連れ様が反応し、なつを引っ張って来てくれた。んで彼女は三井弥生さんという小柄で女子力満載そうな癒し系、なつの職場の同期だと。
「やっぱりコレかなぁ」
三井さんは特大サイズ六個入り五千円のマカロンを嬉しそうに選んでらっしゃった、この子案外只者じゃないかも。
んでこの六人が連れ立って職場用の義理チョコをテキトーに買い漁り、買い物疲れしたから休みがてらランチすることにした。くれちゃんは妊活により休職中なので、こうした外出が楽しくて仕方がないみたい。安藤とは特に仲が良かったから、未婚と既婚との溝が何だと言ってる割に安藤も滅茶苦茶楽しそうにしてる。
戸川と付き合うのやめたら? って思うんだけど、安藤自身戸川のことは嫌ってないみたいなんだよな。これは推測に過ぎないんだけど、一二三に対する信仰レベルの贔屓っ振りのせいで身を滅ぼしやしないかって心配してるのかも知れない。
その二人以上に気になるなつの態度、一体どうしたというのだ? お疲れどころじゃない感じの悪さすらあるのが妙に気になるなぁ。
「中西君元気してるのかなぁ?」
くれちゃんは中学時代も野球部のマネージャーだったからてつことはそれなりに仲も良い。
「正月に会ったけど普通に元気だったわよ、連絡取ってないの?」
「普通には取ってるよ、旦那との方が頻繁ではあるけど。ただやっぱり直接会わないと分からないところもあるじゃない、彼変に忍耐強いから無理してないかなって」
やっぱその辺はさすがだわ、中高六年間マネジしてただけはある。この子結構な気配り上手で、後輩部員さんには『ママさん』って呼ばれるくらいに絶大な信頼を勝ち取ってたもん。
「今はパパしてるのよね? 未婚で父親業って大変だと思うのよ」
「それ自体は楽しんでるけど、最近婚活始めてるらしいよぉ」
これは言っても大丈夫な案件、何せ隣の男の会社が企画し、私の職場となる多目的ホールで開催された婚活パーティーですもの。
「やっぱりお母さん的な役割の方っているんだと思うよ、同性じゃないと分からないことってあるじゃない」
うん、くれちゃんの言い分は現実的だと思うよ。
「それはお母さまでも良くないかしら? 今はまだまだお元気そうだし」
まぁ安藤の言い分もその通りなんだよねぇ、何せ杏璃自身が母親を望んでないんだよ多分。何らかの事情があってやむなくそうしてる感じっぽい、私はなつとのメールのやり取りを思い出していた。