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平凡な女には数奇とか無縁なんです。  作者: 谷内 朋
ガチで婚活三十路前 〜人生唯一の恋物語編〜
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cent vingt-trois 春香

 市駅繁華街の一件から一週間ほどが経ち、私はママに呼ばれて少し早く出勤した。寝起きが悪くて普段は誰よりも遅く出勤してくるチーママも顔を出している。

「おはようございます」

「おはようセナ、今日は重要な決定をしたから先に耳に入れておくわ」

 あぁ遂に来たわね、受け入れてもらえなかった子がいた訳だ。 

「この前の火事のことは知ってるわよね。地元店の殆どの子たちは受け入れ先が決まったんだけど、『マリーゴールド』の子だけなかなか決まらなくてね」

 やっぱりか。真偽の程は不明だけど、風評被害に悩まされる状況になってるみたいね。

「その感じだと受け入れを了承なさったんですね」

「えぇ、アンタだと話が早いわ」

 そりゃまぁ、何年の付き合いだと思ってるんです? チーママは電子タバコをふかしながら水を飲んでいる。

「さすがに全員は無理でしょう?」

「まぁ下位人気の子たちはさばけてたから五人ね。しかもあの店の上位五人」

 ってことは本店でも実力派だった子たちばかりでしょうね、多分ウチとしては正念場になるのかしら?

「吉凶混合ってところかしら。上手くいけば交流ができるけど、悪く転べば顧客様はごっそり奪われるでしょうね」

「そうなったらそれまでよ、ウチの子たちの実力不足なだけ」

 チーママの分析にママは静かに言った。

「下手に出る必要はないけど馴れ合うのも危険かもね。ただアイラでは勝てないわ」

 アイラというのはウチでは人気ナンバーワンのオカマホステスだ。それなりに綺麗で話上手ではあるんだけど性根が悪い、後輩いじめはするしウェイターの子たちをアゴで使う。

 そのくせママ、チーママ、ベテランホステスには下手に出てあざといったらありゃしない。折角だから『マリーゴールド』のトップクラスに鼻をへし折られてもいいんじゃないかしら。

「あの子だと最悪嫌がらせまでしそうね」

「テルを付けておいた方がいいかもね、それだと抑止にはなるかも」

 アイラはテルに片思いをしている。それで加工したって話もあるけど、あの子加工してる子は男女問わず対象外って言ってたわね。

「で、いつから入るんです?」

「実はもう来てもらってるの……入っていいわよ」

 ママに呼ばれて入ってきた『マリーゴールド』の五人()はなかなかに気の強そうなオカマ揃いだった。身なりもきちんとしていて、若くて綺麗ながらもニコニコ笑って済ませるほどの馬鹿でもなさそうだ。

「随分と手強い子たちが揃いましたね」

「そうでしょ。面白そうだから受けちゃった」

 ママってこういうの好きだから何気に楽しんでいらっしゃるわ。これに付き合わされるチーママの方がハラハラしてそうだけど、従業員間の純粋な競争は推奨なさってるから多分反対なんてしてないでしょうね。

「何かあったらこの子に聞きなさい。一番の古株ホステスだから多少役には立つわよ」

 あぁ私に世話係を押し付ける気ね、自分で引き受けたのなら自分でどうにかしなさいよ。

「セナと申します」

 私は五人娘の前に立って挨拶をする。彼女たちは軽く会釈し、真ん中に立っていた子が一歩前に出た。きっとこの子がナンバーワンね、オレンジ色の髪の毛を顎のラインで切り揃えて一見シンプルにしてるけど、身に着けているものは結構な上等品だから財界人の顧客様を抱えていらっしゃるようね。

「ロレーナと申します、しばらくの間お世話になります」

 ロレーナはご丁寧に仲間たちの紹介もしてくれた。黒髪の長身美女がルナ、ネイルアートに気合いが入ってるリンダ、小柄で巻き髪の子がライラック、アゲ嬢ちっくな子がレベッカ。この子たちを見た限り枕してる子はいなさそうね、むしろここにいない下位人気の子の方がヤバイんじゃないかしら?

「今日から入れるってことでいいのよね? お手柔らかにお願いしたいわ」

「こちらこそ、お勉強させて頂きます」

 あら可愛くないわね。余裕の表情で謙遜をかましてくれるロレーナをはじめ、『マリーゴールド』の五人娘たちは気合十分といった感じだった。

 

 ……で我らが『ファムファタル』のオカマホステスと『マリーゴールド』五人娘が顔を合わせ、ナンバーワンアイラを始めとした若手チームは早速ピリピリなさってるわ。まぁマリーとカトリーヌも若手だけど、私たちベテランと一緒にいるからあの子たちとはさほどの関わりはない。 

「何か風格ありますねぇ」

 なんて感心してるマリー、あなたここのナンバースリーなんだからもう少ししゃんとしなさいよ。

「市駅繁華街復旧が済むまでこの体制でいくからね」

 ママの朝礼を終えて開店準備、オカマホステスの戦いはここから始まっており、アイラはいつも以上にお化粧を念入りになさっていたが、五人娘は至って平常心で勝負は既に見えたような気がした。

 そして開店、今日は土曜日なので早くもお客様が入店なさった。この方は旧家の呉服店社長ね、ここをご利用の際は大抵アイラをご指名なさる上客様だ。

「ふふっ、最初のご指名は頂きだわ」

 余裕ぶっこいてるけど大丈夫かしら? 上客様には違いないけど、この方全国のクラブにお気に入りをたくさんはべらしてるのよ。ひょっとしたら『マリーゴールド』にとっても上客様である可能性だって十分考えられる。

 こういった上客様の案内はウェイターリーダーであるテルが接客をする。顧客様をソファー席にご案内すると控室に入ってきた。

「じゃ、行ってきま〜す」

 なんて浮かれてるアイラを素通りし、ロレーナの前に立つテル。何かそんな気がしたわ。

「ロレーナさん、ご指名です」

 はい。控えめに返事をしてすっと立ち上がるロレーナ、さすが立ち居振る舞いにも品があるわね。

「あの……」 

「えぇ、ヘルプですね。今日はお身内でなさった方が息も合わせやすいでしょう」

 そう、この方両手に花状態にしないと機嫌を損ねてしまう。かと言って新人も好まない、となると私の可能性もあるわね。

「勝手ながら自分で選んでもいいですか?」

「あら、『マリーゴールド』ではそういうシステムなの?」

 五人娘が揃って頷いたってことはそうなんでしょうね。

「今日は構わないわよね、テル」 

「えぇ、ママにも『慣れるまでは自由にさせてやれ』と事伝っていますので」

 なら問題無い。これで私とアンジェリカはナシと見たわ、まさか自分からお局オカマをヘルプに選ぶはずないものね。

 ロレーナは既に決めていた子がいるみたいで、脇目も振らずこちらに向けて歩いてくる。この感じだとマリーか……あらカトリーヌを選んだわ。 

「アンタ舐めてんの! 春日(かすが)様に新人付ける気!」

 う〜ん、この子まだ一年目だからギリマズいわね。どうするつもりなのかしら?

「私から直接お話します。あなた、お名前は?」

 もう自分で責任取ってもらいましょ、テルもママに言われてる以上仲裁もしない。

「カトリーヌと申します」

「そう。ではカトリーヌさん、ヘルプお願いしてもいいかしら?」 

「こういう時はどうするのか、分かってるわよね?」

 もう黙ってろアイラ、営業中に変な脅しかけんじゃないわよ。ヘルプ頼まれて断る新人がどこにいるのよ? こういった経験を積まないと一人前になれないのよ。

「はい、宜しくお願い致します」

 カトリーヌは細身で長い体をしゃんと立たせる。この子育ちが悪くて〜なんて自虐的なこと言ってるけど、所作はさほど悪くないのよ初めから。

「お先に行ってまいります」

 ロレーナはホステスたちにひと声掛け、カトリーヌを伴って店内に入っていく。今日は割とお客様の入りが良いようで、『マリーゴールド』の面々がどんどん指名されていく。他の子たちも同様自分でヘルプを選び、アンジェリカ、マリー、あとはアイラとつるんでいない若手の子を選んで接客に就いている。

 ……で、最後に残ったアゲ嬢レベッカ、独りぽつねんといるのが寂しかったのか私の隣に座ってきた。さっきまで飄々となさってたのに人懐っこいタイプなのねあなた。

「取り残されちゃいました」

「同士で仲良くしましょうか?」

 とは言っても『ファムファタル』のツートップは今なお控室にいますけどね。ナンバースリーはヘルプ、惨敗ですわよ。

「セナさん、ご指名です」

 ウェイタージェンくんに呼ばれてお話は中断、折角だからこの子連れて行こうかしら? アイラが残ってる以上一人にしておくのは危険だわね。

「え〜っ、独りにしないで〜」

 もう仕事モードに戻りなさい、連れてってあげるから。

「ならヘルプに付いてくれるかしら?」

「喜んでお供しまぁす!」

 はい交渉成立とレベッカを連れて店内に入ると、見憶えがあるような無いような若い男性が小さめのソファー席に座っていた。どうもご新規様と見えて落ち着かなさそうになさってるわ。

「ご指名ありがとうございます、セナと申します」

「ヘルプのレベッカと申します。お飲み物お作り致します」

 男性客様はオドオドしながらも恐縮したような会釈を返す。この方見たことあると思うんだけど、印象がどうも違う気がするのよね。

「ご無沙汰しています、佐伯明生です」

 ん? この名前もしかして……。

「いつぞやはご迷惑をお掛けしました」

 やっぱりか。

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