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平凡な女には数奇とか無縁なんです。  作者: 谷内 朋
ガチで婚活三十路前 〜お前も婚活? 腐れ縁編〜
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cent quatrze

 正月休みも終わって今年初仕事の今日、小売店様ではとおに通常営業が始まっていて、その間に取引のあった伝票関係はそれなりに溜まっていた。簡単に言えば日常に戻った訳だけど、県外出身組の帰省土産がたんまりとあってちょこちょこ貪り食っていた。

「水無子さんは彼氏さんと?」

 東さんは先輩の恋バナに興味津々だ。

「えぇ、双方の家族揃って初詣に行ったわね」

「ならもう決められたんですか?」

「う~ん。ただお互い歳も歳だから、家族の方がそう思ってる感じ」

「うわぁ~、今年中にゴールインしちゃいそうですねぇ」

 水無子さんは戸惑いながらも嬉しそうに表情を緩めてらっしゃる。どちらかと言えばクールなキャリアウーマンタイプだから、こういう展開に照れがあるようだ。

 しかし彼女は総合職社員、結婚して子供がとなるとこれまで培ってきたキャリアが崩れてしまう可能性も出てくるだろう。我が社は男女格差こそ小さい雰囲気だが、ほとんどの方が結婚もしくは出産を機に退職されてしまうのだ。

 雇用形態がフルタイムしかないのがその理由だと思うが、制度そのものは産休育児手当の支給、休暇期間は最大六年とまぁ充実しているとは思う。参考までに申し上げると、男性社員の育児休暇制度もきちんと設けられている。行使されている方はほとんどいないらしいのだが。

 弥生ちゃんも仕事は続けたがっていたが、仕事と家庭の両立、そこに育児が加わると身が持たないと寿退社を決めている。元々体も弱いし、雇用形態にパートタイムがあればとぼやいてたこともあったっけ。


 ほんの少し正月気分の混じった雰囲気の中午前の勤務を終え、お弁当組の弥生ちゃんと私は食堂へ向かう。水無子さん、東さん、睦美ちゃんは外食すると会社を出て行かれた。

「水無子さんも結婚かぁ……」

 かく言う私、婚活も実らず独り身生活継続中。

「仕事、辞めたくなさそうな感じだったよね」

 弥生ちゃんはいつ見ても可愛らしくデコレイトされているキャラ弁当に箸を付けている。姉の盛り付けも負けてはいないが、可愛いのタイプが異なるというかキャラ弁ちっくな感じではない。

「うん、私としても先輩には残っていただきたいなぁ」

「そうだよね。三月で退職しちゃう私が言うのも何だけど、水無子さんがいないと経理課ってまとまらないと思うの」

 そうだよねぇなんて二人で話をしていると、久し振りと女性の声が耳に届いた。聞いたことのある声だなと思って振り返ると、本日付けでH県の倉庫勤務から本社勤務に戻ってきた友利(ともり)さくらがお弁当片手に手を振っていた。

 彼女は私たちと同期で、七年前に入社した女子社員の一人である。彼女はお父様が怪我をなされて介護の必要があり、半年前に出身地であるH県への帰省がてら倉庫勤務への異動となった。本社でも商品の在庫管理をしており、商品知識もかなり詳しい。

「久し振りだね、お父様回復されて良かったね」

「うん。わざわざ全快祝いありがとう」

 そう、私たちは同期全員声を掛け合い、連名で全快祝いを贈らせていただいた。彼女のお父様はビールが大層お好きという情報をリサーチし、外国産のビールと化粧箱を購入して自分たちで箱詰めした。

「父めちゃくちゃ喜んでて、全部飲んじゃった上にあちこちのお店で同じの探してるよ」

 こういう報告はとても嬉しい、お父様の怪我も治って何よりである。

「気に入って頂けてよかった、ご病気じゃないからお酒いいんじゃない?ってことになって」

「んでラッピングは生田(いくた)さんにお願いしたの」

 三人揃ってのお昼は一年と少し振りになる。彼女が所属している管理課はお昼休憩が変則型なのだ。

「今日からまた宜しくね、時々しかご一緒できないと思うけど……弥生ちゃん三月までなんだよね」

「うん。もう少しの間だけど、会える時はこうしておしゃべりしようね」

 私たち同期三人で仲良くお弁当を食べ、休憩が明けるまでの間会話は一度も途切れなかった。


「お疲れ様でした」

 初仕事である今日は通常よりも二時間早い退社となり、私はその時間分家でグダグダしようと我先に会社を出る。駅までの道すがらにあるリカーショップに立ち寄ってスパークリング日本酒を購入、保科酒造さんの人気商品である。

 ついでに軽くおつまみナッツも買って店を出ると、きっちりを通り越してケバいの領域に足を踏み入れている女性に道を塞がれた。ん? 何かな? 事によっては投げますが。

「お久し振りですわね」

 ん? どちら様? 私はケバいながらもそこそこの美女をじっと見つめる。うん、この顔知ってるけど名前が出てこない。

「私のことお忘れですの?」

「いえ、名前が……」

 白のツーピーススーツに白のパンプス、身長は私よりも少し高めだ。知ってるんだよこの顔、ただ名前何だっけ? やっぱり出てこないわ。

「思い出して頂けないかしら? 多少でしたらお待ちしますわ」

 なぜかざま~す口調のこの女性、どこぞのブルジョワ婦人なのか?

「多分日付が変わると思います」

 うん、さっさと名乗った方が時間の無駄にならないと思う。私オ家ニ帰リタイ。

「……仕方御座いませんわね、西村と申し上げればお分かり頂けるかしら?」

 西村……あぁ、()県会議員の娘か。

「ご無沙汰しています、急ぎの用がありますので手短にお願いします」

「こちらもそのつもりですわ。では単刀直入にお伺いします、郡司一啓さんとのご関係は?」

 単刀直入すぎるけどまぁいいか、一分一秒でも早くこの状況から脱却したいですわおほほ。

「いえ特に、何でしたら無関係を希望します」

「そのお言葉、信じても宜しいのかしら?」

「それはご自由になさってください、事実は述べていますが」

「言霊頂きましたわよ」

 西村智美はたったこれだけの会話をボイスレコーダーに収めていやがった。手のひらサイズのそれをチラつかせ、片方だけ口角を上げて勝ち誇った表情をなさってるわ。それくらいのやり取りなら記憶に留めていただきたい、恐らく生涯何の役にも立たない記録音声だと思う。

「では彼は私が頂戴しても?」

 はい是非そうしてください、何でしたら骨抜きにでもなさってください。

「えぇどうぞ」

「それでは用は済みましたのでごきげんよう」

 西村は上機嫌でその場を立ち去ったのだが、言葉遣い以上に強烈な存在感を残していきやがった。

「うえぇ~、超香水臭ぇ」


 ……とまぁちょっとした当たり屋さんに出会いましたが、ほぼ予定通りの時間帯に帰宅した私は早速日本酒とおつまみを開封した。

 本日姉も仕事始めで既に出勤、秋都も夜勤で家にいない。冬樹?学校はまだお休みだけど、ゼミの何とかで今日から三日ほど帰ってこない。兄も姉がいない今日は恐らく立ち寄らないだろう。

 つまりはアレだ、本日私は久し振りのおひとり様状態で、溜まりに溜まっているDVD観賞に明け暮れてやろうと自宅テレビを独占中なのだ。

 基本的に我が家はここにしかテレビが無い。今やケータイで動画やテレビが見られる時代、わざわざ何台もこんな大きなもの必要が無いのだ。今の録画デコーダーは二つの番組が同時録画できるし、夜勤中心の姉はほとんどテレビを見ない。秋都と冬樹は若いせいか動画サイトをメインに楽しんでおり、私は見たい番組のほとんどを録画してから後日見るというスタイルだ。

「さてっと」

 私はつい先日まで放送していたテレビドラマの録画分の消費を開始する。確かこの回からだな……とカーソルを合わせて再生ボタンを押す。

 このドラマは所謂身分差恋愛をテーマにした恋愛ドラマだったんだけど、前回観た辺りから雲行きが怪しくなっている。

 普通のサラリーマン家庭に育ったアラサー女性が、言い寄ってくる若社長のアプローチを軽やかにかわしていく姿が面白かったんだけど、前話辺りから主人公の心がぐらつき始めて何かちょっとデキそうな雰囲気になっちゃってるのよね。

 実はこのドラマには原作漫画があり、こちらではとことんまでに財ある御曹司とかのオッペケペ振りを完膚なきまでにこき下ろす作品だった。う~ん、世間のニーズってシンデレラストーリーとか玉の輿婚の方がお好みなのでしょうかねぇ。

「ん? こんなキャラいたっけ?」

 あ~ドラマ版のオリジナルキャラってのが出てきたよ。それ自体はいいんだけどとそのまま見ていたら……何? 幼馴染の御曹司? いや待って、そんなの出したら原作丸潰れじゃない。

「えっ? どうなってんの?」

 原作とはあまりにも違いすぎる展開に私は戸惑いを隠せない。いや待て軌道修正はきっと図ってくるはずだと願いながら観ていたが、事もあろうにかつてこの二人は肉体関係があっただのというとんでもない展開になっていた。

「はぁっ?」

 お酒が入っている私は、多少気持ちの揺らぎが大きくなってテレビ画面に怒りをぶつけてしまう。いや何で? この子彼氏いない歴イコール年齢だったじゃない、序盤は原作そのままの設定だったじゃない、今になってそこ変える? 原作はとおの昔に完結してて、記憶の限りこんな設定どこにも無かったわよ。

「何かムカついてきた」

 私は停止ボタンを押しこのドラマの録画分全てを削除した。仮に元の展開に戻っても、これが続くのであれば好み的に見るに耐えない。まぁ今だったらネットで結末見られるでしょ、そう思ってケータイでチェックしてみると、そのオリジナルキャラと結婚しますで終わったらしい。

「何だそりゃ」

 変な気分の高まり方をしてしまったので、外の風に当たろうと庭に面している大窓に移動する。当然のように縁側に日本酒とおつまみを置いて晩酌をしていると、とっぷり日の暮れた中家の前に車が停車し、スーツ姿の男性が訪ねてきた。

「こんな時間から飲んでんのかよ?」

 その男性とはてつこだった。

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